風の向くまま

新共同訳聖書ヨハネによる福音書3章8節より。いつも、聖霊の風を受けて爽やかに進んでいきたい。

2013年06月

6月30日(日)の御言葉 エステル記9章

「ユダヤ人が敵をなくして安らぎを得た日として、悩みが喜びに、嘆きが祭りに変わった月として、この月の両日を宴会と祝祭の日とし、贈り物を交換し、貧しい人に施しをすることとした。」 エステル記9章22節


 第12の月(アダルの月=私たちの暦で2~3月頃)の13日が来ました。この日は、ハマンがモルデカイのことで、ユダヤ人を征伐しようとした日でしたが、立場が逆転して、ユダヤ人が仇敵を征伐する日となったのです(1節)。

 ユダヤ人に対する恐れ、モルデカイの日の出の勢いに恐れをなして、立ち向かう者は一人もいないだろうと思われましたが(2,4節)、この日、スサの町では500人の者が剣にかけて殺され(5,6節)、ハマンの息子10人も殺されました(7~10節)。

 ハマンの息子たちを中心として、ハマンの処刑に対する報復行動があったのではないでしょうか。また、ハマン以外にも、ユダヤ人に対する反感のようなものを持っている人々が、いたのでしょう。あるいは、ユダヤ人モルデカイが王の栄誉を受けていることを妬ましく思う輩が、蜂起したのかも知れません。

 諸州の高官、総督、地方長官、王の役人たちは皆、モルデカイに対する恐れから、ユダヤ人の味方になっていましたので(3節)、ユダヤ人たちは敵対する者をすべて討ち滅ぼすことが出来ました。その数は王国全体で7万5千人と記されています(16節)。ペルシアによるバビロン捕囚の解放で帰国したユダヤの民が4万2千人あまりでしたから(エズラ記2章64節)、7万5千人は思いがけず大きな数字です。

 しかし、ユダヤ人たちが自分たちの思いに任せて行動していれば、男だけでなく女も子どもも皆殺しにし、家を焼き、その財産を奪い尽くすというようなことになったと思われますので、死者はこの数倍にもなったことでしょう。けれども、ユダヤ人たちは、敵対者の財産に手をつけなかったという報告から(10,15,16節)、敵対しない者を討つようなこともしなかったといってよいでしょう。

 こうして、ユダヤ人たちはペルシャ帝国内で安らぎを得、この日を喜びと祝いの日としました(17節以下)。冒頭の言葉(22節)のとおり、彼らにとって、悩みが喜びに、嘆きが祭りに変わったのです。最悪となるはずの日が、最高の日になりました。

 当初ハマンがこの日を「プル(くじ)」で決めたことに因んで「プリム」と呼び(24,26節)、プリムの祭りを祝うことを定めました(27節)。そして、この祭では、贈り物を交換し、貧しい人に施しをすることにしました(19,22節)。

 「祭」という字は、「肉月」が神に供えるいけにえ、「又」がいけにえを持つ手、「示」が神、または供えることを表わしていて、いけにえの肉を神に供えるという意味を持っています。つまり、祭の中心は、神に対していけにえを献げることなのです。たとえば、レビ記23章には、「主の祝祭日」の規定がありますが、それらの日にささげるべき献げ物についても、記されています。

 けれども、プリムの祭では、特に神を礼拝する儀式が行われるような定めはありません。むしろ、喜びの日として、祝宴を開いてその日を楽しみ、贈り物を交換するのです(18,19節)。

 同様に、キリスト教会で行う礼拝はキリストの受難と復活を記念して行われますが、いけにえに注目が集まることは少ないと思います。そのいけにえとは、神御自身が用意された「世の罪を取り除く神の小羊」(ヨハネ1章29節)なる神の独り子イエス様です。

 私たちは、十字架という祭壇に御自身を献げられた贖いの供え物主イエス様により、罪赦され、永遠の命を授けられ、神の子とされたのです。ゆえに、主への感謝と賛美をささげ、主の日を喜び祝うのです。

 今私たちを取り巻いている状況がどうであれ、私たちの人生の土台には、悩みを喜びに、嘆きを祭りに変えて下さる主がいて、絶えず喜び、どんなことも感謝出来るようにして下います。

 主イエス・キリストによる救いに与った者として、主なる神に対して霊と信実をもって礼拝をささげる真の礼拝者とならせていただきましょう。心から、唇の実、主をほめ讃える賛美のいけにえを献げましょう。

 主よ、十字架の贖いを通して、どんなマイナスもプラスに変えられる救いの道が開かれました。真理であり、命であられる主イエスの道を、永遠の御国目指してまっすぐに進みます。主を信じる者の上に恵みと慈しみが常に豊かにありますように。 アーメン





6月29日(土)の御言葉 エステル記8章

「お前たちはよいと思うことをユダヤ人のために王の名によって書き記し、王の指輪で印を押すがよい。王の名によって書き記され、王の指輪で印を押された文書は、取り消すことができない。」 エステル記8章8節


 ユダヤ人の敵ハマンは処刑され(7章10節)、その財産は没収、すべてエステルに与えられました(1節)。そして、ハマンに預けていた王の指輪がモルデカイに与えられます(2節、3章10節参照)。

 その指輪は、王の実印として用いるもので(8節参照)、それで勅書を作ることが出来るようになります。そのことは、これから、モルデカイがハマンに代わって首相となることを意味しています。そしてエステルは、自分に与えられたハマンの財産の管理をモルデカイに委ねました(2節)。

 これにて一件落着と言いたいところですが、しかし、これで作戦終了ではありません。ハマンが王の名前で発令したユダヤ人絶滅計画が、まだ生きています。放っておいても、エステルとモルデカイ両名は、12月13日に定められている難を逃れられるだろうと思われますが、二人は勿論それでよいと考えていません。

 同胞のために、あらためて王に嘆願します(3,5,6節)。王は、「わたしはハマンの家をエステルに与え、ハマンを木につるした。ハマンがユダヤ人を滅ぼそうとしたからにほかならない」と言い(7節)、冒頭の言葉(8節)のとおり、新たな勅令を出すことを許します。

 王の名によって新しく出された勅令は、ユダヤ人が自分たちの命を守るために集まり、自分たちを迫害する民族、軍隊に反撃して滅ぼし、持ち物を没収することを許すというものです(11節)。これは、いわば専守防衛を定めたもので、害を受ける前に攻撃することは許されていません。

 しかし、この勅令は、結果的に前の勅令を取り消すものとなりました。人々はユダヤ人を恐れ、自らユダヤ人になろうとする者が多く出たと言われます(17節)。であれば、表だってユダヤ人に刃向かおうとする者など、なかったことでしょう。

 こうして、エステルが決死の覚悟で行動したことが功を奏し、ユダヤ人たちは救われたのです。首都スサでは、モルデカイが衣装を整えて王の前を下がって来たのを、歓声をもって迎えました(15節)。先のユダヤ人絶滅の勅令では、首都スサに混乱があったと記されていましたが(3章15節)、全く対照的な反応です。

 町の人々は、王に対する暗殺計画を未然に防いだという手柄を吹聴せず、そのための報償を求めようともしなかったモルデカイの清々しさを好感し、ペルシアに素晴らしい首相が与えられたことを喜んだのでしょう。それは、ユダヤ人にとって栄誉なことであり(16節)、新しい勅令を聞いたユダヤ人たちは、いたるところでその知らせを喜び祝い、宴会を開きました(17節)。

 使徒パウロが、「神は、わたしたちの一切の罪を赦し、規則によってわたしたちを訴えて不利に陥れていた証書を破棄し、これを十字架に釘付けにして取り除いてくださいました」(コロサイ書2章14節)と記しています。私たちの主イエスが自らを十字架に犠牲としてささげ、私たちを罪と死の呪いから救って下さったのです。

 主イエスを信じた者には、神の子となる資格が与えられました(ヨハネ1章12節)。まさに、「いかなる恵みぞ、かかる身をも、妙なる救いに入れたもうとは」(新生讃美歌301番)と言うほかない神の計らいです。

 また、「あなたがたもまた、キリストにおいて、真理の言葉、救いをもたらす福音を聞き、そして信じて、約束された聖霊で証印を押されたのです。この栄光キリストの福音を信じて、約束された聖霊で証印を押されました。この聖霊は、わたしたちが御国を受け継ぐための保証であり、こうしてわたしたちは贖われて神のものとなり、神の栄光をたたえることになるのです」(エフェソ書1章13,14節)と語ります。

 私たちが神に、「アッバ、父よ」と呼びかけることが出来るのは、私たちを神の子とする聖霊の働きなのです(ローマ書8章15節)。神の恵みにより、私たちに素晴らしい救いが与えられていることを感謝し、父、子、御霊なる神に向かい、絶えず唇の実を捧げましょう。

 主よ、私たちに救いの衣を着せ、聖霊をお与えになり、神の子として生きる恵みに与らせて下さって、心より感謝致します。それはまさしく、アメイジング・グレイスです。主に栄光がありますように。神の御心が地の上に行われますように。全世界に主の平和が豊かにありますように。 アーメン






6月28日(金)の御言葉 エステル記7章

「こうしてハマンは、自分がモルデカイのために立てた柱につるされ、王の怒りは治まった。」 エステル記7章10節
 
 王妃エステルが主催する2度目の酒宴に、ハマンと共に臨んだクセルクセス王は(1節)、前回同様、「何か望みがあるならかなえてあげる」と言うと(2節、5章3,6節参照)、エステルから思いがけないことが告げられました。それは、王妃と王妃の民族は、殺され、絶滅させられそうになっているので、自分と自分の民族の命を助けて欲しいという願いです(3,4節)。

 ペルシアでは、首相ハマンの進めるユダヤ人絶滅計画が、その開始のときを待っていました(3章6節以下)。それは、王が実行許可を与えたものです(同10,11節)。しかしながら、王は、ハマンが絶滅させようとしているのが、ユダヤ民族であることを知らなかったのかも知れません(同8,9節)。

 また、エステルがユダヤ民族の一員であることは、それまで秘密にされていました(2章10,20節)。ですから、命の恩人であるユダヤ人モルデカイに栄誉を与えよとハマンに命じたとき(6章参照)、王はモルデカイが属するユダヤ民族の絶滅計画を変更したり、取り消そうとはしていません。

 王は、「一体、誰がそのようなことをたくらんでいるのか」と尋ねました(5節)。エステルは、「その恐ろしい敵とは、この悪者ハマンでございます」と答えました(6節)。それで王は、ハマンの計画を正しく理解したわけです。

 しかし、すぐにハマンを断罪しません。怒って立ち上がりましたが、そのまま庭に出て行くのです(7節)。王が何を考えていたのか、記されていません。ただ、自分が詳細を知らないまま許可した計画で、王妃がハマンに殺されるところだったと知って憤りはしたものの、エステルとハマン、王妃と首相、どちらをとるべきか、頭を冷やして考えようとでも思ったのではないでしょうか。

 そもそも、王は自分の言うことに従わなかった前王妃ワシュティを、あっさり切ることの出来た人物です(1章19,21節)。また、ハマンが巨額の献金をもって一民族の根絶を進言したとき、それはどんな民族か確認しないまま、許可を与えた人物なのです(3章9,10節)。

 ところが、王が王宮の庭から酒宴の席に戻ってくると、ハマンがエステルのいる長椅子に身を投げかけていました(8節)。ハマンはエステルに命乞いをし、王に口添えを頼もうとしていたわけですが(7節)、王には、ハマンがエステルに言い寄っているように見えたのです。王は、「わたしのいるこの宮殿で、王妃にまで乱暴しようとするのか」と言います(8節)、これで、ハマンの罪が確定しました。

 そのとき、宦官ハルボナが、「ちょうど、柱があります。王のために貴重なことを告げてくれたあのモルデカイをつるそうとして、ハマンが立てたものです。50アンマもの高さをもって、ハマンの家に立てられています」と告げました(9節)。命の恩人モルデカイへの悪意までも知った王は、即座に、「ハマンをそれにつるせ」と命じました(9節)。

 柱の高さは50アンマ、約23メートルあります。どこからもよく見えたことでしょう。ハマンは、すべての者が自分に敬礼するので、思い上がっていました。そしてただ一人、自分に礼をしないモルデカイとその民族を根絶しようと企みました。その結果、首相の座から引きずりおろされ、誰からもよく見える高い柱の上に自分の愚かな罪の姿を-さらさなければならなくなったのです。

 それは、私たちの罪の姿でもあります。かつて読んだ芥川龍之介の著書、「蜘蛛の糸」に登場するカンダタの、釈迦の垂らした蜘蛛の糸を独り占めしようとして、再び地獄に落ちていく姿に、自分自身を見る思いがしました。誰も、自分が何をしているのか知らずにいるのです。

 しかし、罪深い私に代わって、主イエスが木にかけられ、その呪いをご自分の身に受けつつ、「父よ、彼らをお赦しください」と執り成し祈られました(ルカ23章34節)。それによって、私の罪は赦され、王の王、主の主なる神の怒りが治まったのです。主の御名はほむべきかな。

 今日も、十字架の主を見上げ、その御足跡に従って歩ませていただきましょう。
 
 主よ、愚かで罪深い私のために、主イエスが贖いの業を成し遂げ、救いの道を開いて下さったことを感謝致します。今日も、全世界に主イエス・キリストの平和が豊かにありますように。御名が崇められますように。御心がこの地になりますように。私たちを平和の器として用いて下さい。 アーメン



6月27日(木)の御言葉 エステル記6章

「王はそこでハマンに言った。『それでは早速、わたしの着物と馬を取り、王宮の門に座っているユダヤ人モルデカイに、お前が今言ったとおりにしなさい。お前が今言ったことは何一つおろそかにしてはならない』。」 エステル記6章10節

 ハマンが、自分に全く敬意を払おうとしないモルデカイの処刑の許可を得るため、王宮にやってきたとき(4節)、クセルクセス王はハマンに、「王が栄誉を与えることを望む者には、何をすればよいのだろうか」と尋ねました(6節)。というのは、二人の宦官が王の暗殺を謀った際(2節)、それを未然に防ぐに功のあったモルデカイに対して、何ら表彰されていないことを知ったからです(3節)。

 王の問いに対して、ハマンは、、「王のお召しになる服をもって来させ、お乗りになる馬、頭に王冠をつけた馬を引いて来させるとよいでしょう。それを貴族で、王の高官である者にゆだね、栄誉を与えることをお望みになる人にその服を着けさせ、都の広場でその人を馬に乗せ、その前で、『王が栄誉を与えることを望む者には、このようなことがなされる』と、触れさせられてはいかがでしょうか」と進言しました(8,9節)。

 ハマンはそのとき、王が栄誉を与えたいと思うのは、自分以外にはいないと考えたのです(6節)。なぜ、自分が王の栄誉を受けることが出来ると考えたのか、その理由は不明ですが、王の服を着せ、王冠をつけた馬に乗せるということは、その人物をして王のように振る舞わせるということで、ハマンは自分が王のようになりたいと考えていたのでしょう。

 そういうことをいえば、「お前はわたしに取って代わろうというのか」と、王の逆鱗に触れることになるかも知れません。しかし、ハマンはそのとき、王の栄誉という言葉に目がくらんでしまっていたのです。

 王がハマンの言葉を聞いて、それをどう感じたのかは記されていませんが、冒頭の言葉(10節)のとおり、「それでは早速、わたしの着物と馬を取り、王宮の門に座っているユダヤ人モルデカイに、お前が今言ったとおりにしなさい。お前が今言ったことは何一つおろそかにしてはならない」と命じます。

 それは、素直にモルデカイにその栄誉を与えようと考えてのことだと思われますが、モルデカイのために栄誉を触れ回る御者の役目を、首相のハマンにさせることで、王は知ってか知らずか、「主はその腕で力を振るい、思い上がる者を打ち散らし、権力ある者をその座から引き降ろし、身分の低い者を高く上げ」(ルカ1章51,52節)るという役割を果たしています。

 王は、夜眠れないので宮廷日誌を読み上げさせて(1節)、宦官の謀反のこと、モルデカイに栄誉を与えていないことを知りました(3節)。それで、どうすればよいかという問いになったわけです(6節)。一方ハマンは、自分の敬礼しないユダヤ人モルデカイを処刑する許可を得ようとしていたのに、自分がモルデカイの御者をし、彼の栄誉を触れ回らなければならないという屈辱的な役割を負わなければならない羽目に陥ってしまったのです。

 栄誉に目がくらみ、有頂天になって語ったことが、全く仇になってしまったわけです。そのために、王によって立場が全く逆転されてしまいました。「今言ったとおりにせよ、何一つおろそかにするな」という命令は、ハマンの思い上がりを完全に打ち砕きました。

 パウロが、「だから、偽りを捨て、それぞれ隣人に対して真実を語りなさい。・・・怒ることがあっても、罪を犯してはなりません。日が暮れるまで怒ったままでいてはいけません。悪魔にすきを与えてはなりません。・・・悪い言葉を一切口にしてはなりません。ただ、聞く人に恵みが与えられるように、その人を造り上げるのに役立つ言葉を必要に応じて語りなさい」(エフェソ書4章25~27節、29節)と語っています。

 それは、私たちの心に住まわれている神の聖霊を悲しませないためです(同30節)。むしろ、キリストの言葉が私たちの心に豊かに宿るようにし、知恵を尽くして互いに教え、諭し合い、詩編と賛歌と霊的な歌により、感謝して心から神をほめ讃えていただきましょう(コロサイ書3章16節)。

 主よ、どうか弱い私たちを助け、私たちの思いと考えを主の平安で守り、御言葉と御霊によって導いて下さい。悪い言葉を口にせず、隣人のために祝福を祈り、人を作り上げるのに役立つ言葉を語ることが出来ますように。今週も、全世界にキリストの平和が豊かにありますように。 アーメン






6月26日(水)の御言葉 エステル記5章

「この日、ハマンはうきうきと上機嫌で引き下がった。しかし、王宮の門にはモルデカイがいて、立ちもせず動こうともしなかった。ハマンはこれを見て、怒りがこみ上げてくるのを覚えた。」 エステル記5章9節


 王妃エステルとモルデカイとのやりとりから「三日目」(1節)、即ち、三日三晩断食することにして(4章16節)、それを実行した最終日のこと、エステルは王妃の衣装をまとい、決死の覚悟で王宮の内庭に入りました(1節)。

 王宮の入り口に向かって座っていた王が、庭に立っているエステルを認め、手にしていた金の笏を差し伸べました(2節)。それは、エステルを側へ来るように促す合図です。「満悦の面持ちで」とは、エステルの登場を王が喜んだということで、法を犯して王に近づいたエステルの行為が許されたことを意味します。

 エステルがそのような振る舞いに及んだからには、何か重要な願いがあるに違いないと考えた王は、「王妃エステル、どうしたのか」と尋ね、「願いとあれば国の半分なりとも与えよう」と語ります(3節)。これは、ヘロデの誕生日に娘サロメが踊りをおどって喜ばせたとき、「欲しいものがあれば何でも言いなさい」といって約束したのと同じ言葉であり(マルコ6章23節)、王はエステルの登場を喜び、どんな要求でも答えてやりたいと考えているわけです。

 エステルが王の前に立ったのは、同胞ユダヤ人の救済を王に嘆願するためです。けれども、「願いとあれば国の半分なりとも与えよう」という言葉を聞いたエステルは、その願いをすぐに切り出そうとはしません。「今日私は酒宴を準備いたしますから、ハマンと一緒にお出ましください」と願います(4節)。

 王とハマンは、ユダヤ人絶滅の勅書を帝国全土に発布した後、酒を酌み交わしていました(3章15節)。その二人を、ユダヤ人王妃エステルが自ら設けた酒宴に招いたのです。王はその願いを受け、早速ハマンと共に酒宴に赴きました(5節)。

 王は、その席で王が再度、「何か望みがあるならかなえてあげる」と約束します(6節)。王妃の決死の願いが、ハマンと酒宴を開くだけのこととは考えられなかったのでしょう。すると、もう一度酒宴を開くので、ハマンと一緒に出席するように、そして、そこで仰せのとおり私の願いを申し上げますと、エステルは答えました(8節)。

 王と王妃のプライベートな酒宴に2度も続けて招かれたハマンは、もう有頂天でした。帰宅して、親しい友達を招き、妻を同席させて、自分の財産や大勢の息子たちについて、また王から与えられた栄誉、自分の栄進について、自慢をします(10,11節)。さらに、王妃から特別な酒宴に招かれたことを語り聞かせます(12節)。冒頭の言葉(9節)に、「うきうきと上機嫌で」とありますが、まさしく、この上もなく幸せな気分だったことでしょう。

 しかし、彼の心に刺さるとげがあって、その気分をぶち壊します。それは、ユダヤ人モルデカイの存在でした。ハマンは上機嫌で王宮から下がろうとして、門のところでモルデカイを見ました。モルデカイは敬礼しないばかりか、動こうともしません。それを見て、心に怒りがこみ上げてくるのを覚えました(9節)。

 人は、善事よりも悪事に心とらわれるものです。王の信任を得、王妃の特別な招きを受けて最高の気分なのですが、「モルデカイを見るたびに、すべてがわたしにはむなしいものとなる」と、ハマンは妻や友らに訴えました(13節)。

 それに対して、妻たちの、「50アンマもある高い柱を立て、明朝、王にモルデカイをそれにつるすよう進言してはいかがですか」との勧めに気をよくしたハマンは、早速実行に取りかかりました(14節)。ユダヤ人絶滅計画は、そもそも、モルデカイが自分に敬礼しなかったことに端を発していることなので、11ヶ月後の計画実施を待たずして、モルデカイを殺してしまおうというわけです。

 しかしながら、王妃エステルもユダヤ人であり、モルデカイはその養父であり、後見人となっている人物です。このつながりをハマンが知っていれば、どうだったでしょう。自分の計画が、自分を最高に気分に導いてくれているエステルを殺そうとすることだと知れば、どうでしょうか。知らないからこそのハマンの行動なのです。

 けれども、「人を呪わば穴二つ」です。彼は自分の蒔いたものを刈り取らなければなりません(ガラテヤ書6章7節)。主イエスは、「人を裁くな。あなたがたも裁かれないようにするためである。あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、自分の量る秤で量り与えられる」(マタイ7章1,2節)と言われました。

 謙って絶えず神の御言葉に聴き、御旨に従って歩みましょう。

 主よ、エステルは真剣に祈り、神の力に押し出されて行動しました。そこに、主の守りと導きがありました。私たちも、神の国と神の義を第一に求めて御前に進みます。御旨を行わせて下さい。御名が崇められますように。 アーメン





6月25日(火)の御言葉 エステル記4章

「この時にあたってあなたが口を閉ざしているなら、ユダヤ人の解放と救済は他のところから起こり、あなた自身と父の家は滅ぼされるにちがいない。この時のためにこそ、あなたは王妃の位にまで達したのではないか。」 エステル記4章14節


 アダルの月(12月・・私たちの暦で2~3月)の13日にユダヤ人は一人残らず殺され、その財産は没収されるという王の勅令が発布され(3章12節以下)、その一部始終を知ったモルデカイは、衣服を裂き、粗布をまとって灰をかぶり、都の中に出て行って叫び声をあげました(1節)。ユダヤ人の間にも大きな嘆きが生じ、多くの者が同様に粗布をまとい、灰の中に座って断食し、悲嘆に暮れました(3節)。

 王妃エステルのいる後宮には、この勅書のことが知らされておりませんでしたので、モルデカイのいでたち、振舞を女官、宦官から知らされてエステルは驚き、人を遣わして粗布を脱がせようと、衣服を届けました(4節)。

 モルデカイはそれを受け取らず、遣わされた宦官ハタクに事の顛末を詳しく語り(6,7節)、スサで公示されたユダヤ人絶滅の勅書の写しを託し、併せて、エステルが王のもとに行って、自分の民のために寛大な処置を求めて嘆願するようにと伝言させます(8節)。

 エステルは、王の許可なく政を司る王宮の内庭に近づく者は殺されるという定めになっていること、自分にはこの一ヶ月、王の召しがないことを伝えました(11節)。それに対してモルデカイは、自分だけ王宮にいて死を免れると思うなと言い(13節)、冒頭の言葉(14節)の通り、この時のために、王妃の位にいるのではないかと迫ります。

 この時、モルデカイには確信がありました。それは、ユダヤ人の解放と救済が必ず起こるということです。そして、エステルは、それをするための器として、最もふさわしい場所に置かれているということです。

 だから、エステルがそのまま口を閉ざしていて何の働きもしなければ、他のところからユダヤ人の解放と救済が起こり、エステルとその家は滅ぼされるだろう(14節)、と言っているわけです。ということは、エステルが生きる道は、モルデカイの言うとおりに王のもとに行き、ユダヤ人救済の嘆願をするしかないわけです。

 エステルは自分の立場を理解しました。そして、決意しました。「スサにいるすべてのユダヤ人を集め、私のために三日三晩断食し、飲食を一切断ってください。私も女官たちと共に、同じように断食いたします。このようにしてから、定めに反することではありますが、私は王のもとに参ります。このために死ななければならないのでしたら、死ぬ覚悟でおります」と、モルデカイに返事しました(16節)。

 何故、ユダヤ人滅亡の勅令が出されたのですか、それは、モルデカイが首相ハマンに敬礼せよという王の命令に従わなかったからです。それゆえ、エステルが王の定めに反して、ユダヤ人同胞のために命を懸けて王のもとに行き、寛大な処置を嘆願しなければならなくなったのです。

 1節でモルデカイが示した苦悩の姿は、勿論、自分と同族の身の上に降りかかる悲劇のためではありますが、同族救済のために死を賭して働かなければならない娘エステルことを思ってのことだったのではないでしょうか。そのためにこそ、エステルは王妃になったわけです。

 神はイスラエルを繰り返し助け、導いて来られました。その究極の解放と救済の業を、神の御子イエス・キリストが十字架の上で成し遂げられます。エステルの役割は、まさにこの主イエスの贖いの業を予め告げ知らせることなのです。

 そして、モルデカイがエステルに「王の前に行け」と命じたこと、それは、娘に「死ね」と命じることでした。ユダヤ人救済のために娘エステルに死を要求する父モルデカイは、私たちを救うために独り子を犠牲にする父なる神の姿を映し出しています。

 この主イエスの贖いによって私たちが解放と救済の恵みを味わったということは、一方で、神が命じられるところに行き、命じられることを行うという、従順な信仰が求められているということではないでしょうか。


 主よ、断食して王の前に出ようとするエステルの姿に、ゲッセマネで祈られた主イエスの御姿が浮かびます。私たちのために死んで下さった主イエスの救いの御業に与った者として、委ねられた使命を忠実に、感謝をもって果たすことが出来ますように。御業がなされますように。そして、全世界に今日も主イエスの平和が豊かにありますように。 アーメン




6月24日(月)の御言葉 エステル記3章

「ハマンは、モルデカイが自分にひざまずいて敬礼しないのを見て、腹を立てていた。」 エステル記3章5節


 ユダヤ人のエステルが王妃となり、その後見人役のモルデカイが王への謀反を未然に防ぐ重要な役割を果たして、いかにペルシアにとってユダヤ人の存在が有益なものであるかが示されました。しかし、エステルの出自は秘められており(2章20節)、モルデカイの功績は宮廷日誌には記されたものの、表彰されませんでした(6章3節参照)。

 その後、アガグ人ハメダタの子ハマンが引き立てられ、「同僚の大臣のだれよりも高い地位」、即ち首相の座につけられました(1節)。そして王は、自分が選んだハマンの前にすべての者が膝をかがめて敬礼するように、勅令を発したのです(2節)。

 ところが、モルデカイは、ハマンに跪かず、敬礼しませんでした。王宮の役人たちから促されたとき、自分がユダヤ人であることを理由に、それを断りました(3,4節)。それは、ハマンがイスラエルに古くから敵対して来たアマレク人の王アガグの子孫だったからでしょう(出エジプト17章8節以下、サムエル記上15章8節)。

 イスラエルの王サウルは、主の命に背き、アガグ王に手を下しませんでしたが、そのことがサウルを王の座から退ける結果となりました(サム上15章11節)。モルデカイは、サウル王の属していたベニヤミン族の出身ですから(2章5節)、深い因縁がそこにはあります。

 エステルには出自を明らかにしないようにと命じていたモルデカイですが、このことに対して曖昧な態度をとることが出来なかったわけです。しかし、王の命令に背くその頑固なまでの態度が、ペルシア帝国内に住むすべてのユダヤ人を窮地に陥れることになります。

 ハマンは、モルデカイが自分にひざまずいて敬礼しないのを見て腹を立て(5節)、その理由がモルデカイがユダヤ人だからということを知って、ユダヤ人を一人残らず根絶やしすることを決意します(6節)。ハマンがそのように考えていたとは思えませんが、それはまるで、父祖アガグのための弔い合戦のようです(サム上15章33節参照)。

 ハマンは恐らく占い師にくじを投げさせ(7節)、ユダヤ人を絶滅させる日を決めます。それは、12月の13日に決まりました(7,13節)。それから、クセルクセス王に、ユダヤ人がいかに有害無益な民であるかということ、それにひきかえ、自分は王に銀1万キカル(約342トン≒今日現在240億円)を差し出すことの出来る有益な存在であるということを表明し、ユダヤ人根絶を進言しました(8,9節)。

 ハマンが首相に取り立てられた背景に、こうした資金力がものを言っていたのかも知れません。そして、王はハマンに、ユダヤ人を思い通りにしてよいというお墨付きを与えます(10節)。

 早速勅書が作られ、帝国内各州の長官、各民族の首長に送られます(12節)。ユダヤ人絶滅計画実行まで、猶予期間は11ヶ月です(13節)。けれども、ペルシアの民はこの決定を喜んだわけではなく、首都スサにおいて混乱を引き起こしました(15節)。つまり、ペルシアの国民にとっては、ユダヤ人は有害無益な存在ではなかったわけです。

 そんな混乱をよそに、ハマンと王は酒を酌み交わしています(15節)。ユダヤ人絶滅を企む首相ハマンと、自分の身勝手で王妃ワシュティを退位させた王クセルクセス。絶体絶命の危機にあるユダヤ民族にとって、最悪の組み合わせです。

 そして、ここにあるのも酒。酒に酔い痴れるのは身を持ち崩すもとと言います(エフェソ5章18節)。ことがうまく運んでいる二人には美酒かも知れませんが、酒は人の判断を狂わせます。破滅の罠が忍び寄って来ているのに、それに気づかないまま突き進んでしまうこともあります。

 目を覚まし、神の言葉に耳を傾けなければなりません。酒ではなく、聖霊に満たされて、神をたたえる歌を歌いましょう(エフェソ5章18節)。主なる神がすべてをプラスに変えて下さるからです。

 主よ、モルデカイの行動が、おのが民を思わぬ危機に陥れました。それは古い確執でした。互いに相手を赦さない態度は、幸せを産み出しません。私たちに赦す心、敵を愛する力を与えて下さい。私たちは主から、限りなく愛を注がれ、すべての罪を赦していただいているからです。御国が来ますように。 アーメン




6月23日(日)の御言葉 エステル記2章

「王はどの女にもましてエステルを愛し、エステルは娘たちの中で王の厚意と愛に最も恵まれることとなった。王は彼女の頭に王妃の冠を置き、ワシュティに代わる王妃とした。」 エステル記2章17節


 全国各州から首都スサに美しい乙女たちが集められることになりました(2節以下)。その中から、王の眼鏡に適う女性がいれば、退位させたワシュティに代わる王妃としようということになったのです(4節)。

 そこに、ユダヤ人「エステル」がいました(7節)。「エステル」はペルシア語で「星」という意味です。エステルのヘブル名は「ハダサ」で(7節)、「ミルトス」のことです。ミルトスは地中海沿岸原産の常緑低木で、別名「マートル」、「ギンバイカ(銀梅花)」と言います。

 花が結婚式などの飾りに使われるため、「祝いの木」とも呼ばれるそうです。葉と果実に芳香があり、香水などの原料に使われます。また、ユダヤ教3大祭りのひとつである「仮庵の祭り」では、現在でもミルトスの枝を使って仮庵が作られています。

 エステルは早くに両親を失い、従兄のモルデカイに娘として引き取られ、養われていました(7節)。エステルは王宮に連れて行かれ、後宮の監督ヘガイに託されました(8節)。ヘガイはエステルに目をかけ、特別扱いにします(9節)。それは、エステルの姿も顔立ちも美しかったからでしょう(7節)。

 1年の準備の後、集められた娘たちは順番に王のもとに召し出されました(12節以下)。エステルにも順番が回って来て、王宮に連れて行かれました(15,16節)。

 すると、冒頭の言葉(17節)のとおり、エステルは王の寵愛を一身に受け、ワシュティに代わる王妃となることになりました。モルデカイはエステルに対して、王の前で自分の出自を明らかにするなと命じていました(10,20節)。ユダヤ人と知られることが、彼女の不利益になると考えていたからでしょう。ところが、なんとエステルが王妃となったのです。

 モルデカイは、王宮に上がったエステルを気遣い、いつも後宮の門の側にいました(11節)。モルデカイはそこで、偶然にもクセルクセス王の暗殺計画を知りました(21節)。早速そのことをエステルに伝え、エステルは王に告げました(22節)。その件が調べられ、容疑が確かめられたので、謀反人たちが処刑されました(23節)。即ち、モルデカイとエステルの働きで、王に対する謀反を未然に防ぐことが出来たわけです。

 興味深いことに、エステル記には一度も、神が登場して来ません。神を求める祈りも、神をほめ讃える賛美も記されていません。しかし、目には見えませんが、歴史の裏側で、その歴史を支配し、動かしておられるのは神です。

 ユダヤ人のモルデカイとエステルがペルシアの首都スサに住んでいたこと、ワシュティに代わる王妃を選ぶ美人コンテストが開かれたこと、エステルがミス・ペルシア候補に選ばれ、王妃となる栄冠に輝いたことは、自然の成り行きではありません。

 さらに、モルデカイが後宮の門の側で王に対する謀反の情報を手に入れ、それを王妃エステルに告げることができたこと、その容疑が裏付けられ、犯罪者が処刑されたことも、こうした出来事の背後に、歴史の支配者であられる神の御手が働いている証しです。というのも、謀反を未然に防いで王を守ったことが、将来、ユダヤ民族を守ることに力を発揮することになるからです。

 そう考えてみると、王の酒宴に召し出されるのを王妃ワシュティが拒否したこと、ワシュティに代わる王妃を選ぶことにしたことなど、これらの出来事に背後にも神がおられたわけです。そのことによってエステルが王妃となる道が開かれたのです。

 更に言えば、モルデカイやエステルが首都スサにいたのは、バビロン捕囚の故です。そしてそれは、イスラエルの民が神に背いた結果ですが、しかし、それが民族にとってマイナスだったということではなく、巡り巡って、イスラエルの民を守る計画につながるのです。

 まさにエレミヤが、「わたしは、あなたたちのために立てた計画をよく心に留めている、と主は言われる。それは平和の計画であって、災いの計画ではない。将来と希望を与えるものである」(エレミヤ書29章11節)と預言したとおり、ユダヤの民に将来と希望を与える出来事を産み出しました。

 このように歴史を支配しておられる主の導きを信じ、絶えず主の御心を求めて神の前に出ましょう。御言葉に耳を傾け、主に従う者となりましょう。主を待ち望み、主に依り頼みましょう。

 主よ、あなたの深い憐れみと慈しみに感謝致します。歴史を支配しておられる主に信頼し、御言葉に耳を傾ける者に、恵みと導きが常に豊かにありますように。全世界にキリストの平和がありますように。そうして主の御名が高らかに崇められますように。 アーメン




6月22日(土)の御言葉 エステル記1章

「ところが、王妃ワシュティは宦官の伝えた王の命令を拒み、来ようとしなかった。」 エステル記1章12節

 今日から、エステル記を読み始めます。1節に、「クセルクセスの時代のことである」と記されているということは、本書が著わされたのは、当然のことながら、それよりも後の時代ということになります。紀元前400年頃というところでしょうか。

 インドからクシュ(エチオピヤ)に至る127州の支配者であるペルシアのクセルクセス王が(1節)、治世第3年(BC483年)に、大臣や家臣たち、軍人、貴族、諸州の高官たちを招いて大宴会を催しました(3節)。それは、その年に始まるギリシャ遠征に備えて国民を勇気づけるためのものではなかったかと推測されています。

 「180日」(4節)というのですから、半年にも及ぶ大宴会が催されたわけです。それによって、ペルシアがいかに富み栄えているかを国内外に示そうとしたのでしょう。

 大宴会を終えた後、今度は7日間、首都スサの全住民を招く酒宴を、王宮の庭で催しました。権力と富を欲しいままにしている王の寛大さを示すもので(7節)、招かれた者たちからどれほどの賛辞が王に贈られたのか、想像に難くありません。

 大変気をよくし、ぶどう酒に酔って上機嫌になった王は(10節)、宴会の最後の日、冠を着けた王妃を召し出そうとします(11節)。王妃の美しさを見せようとしたと記されていますが、王が自分の持ち物自慢の最後に、王妃を自慢の種にしようとしたのでしょう。

 ただし、宦官を介しての招請を拒否することは、王のメンツに拘わることになるので、王妃がそれを無碍に断るとは考えられません。このとき王は、王妃に冠だけを着けて出て来るように指示していたのではないかと考える学者もいます。あるいは、そのように酒に酔っていなければ要求出来ないような破廉恥な行為を命じていたのかも知れません。

 帝国の頂点に君臨し、号令一つですべてを動かすことの出来た王はそのとき、自分の思い通りにならないものあるということなど、考えたこともないというような状況ではなかったでしょうか。

 ところが、冒頭の言葉(12節)のとおり、王妃ワシュティは、宦官の伝えた王の命令を拒否しました。それは、彼女に与えられていた正統な権利だったと思います。そもそも、王妃は王の持ち物ではありません。人生の伴侶です。酒宴で王妃を見せ物にしようとするのは、許されることではないでしょう。

 王妃に拒否されたところで、酒の席でのことと笑って誤魔化して終わりにしてしまうべきだったのでしょうが、王は、自分の言うことを聞かない王妃に腹を立てます。王の寛大さを示すための酒宴が、とんでもない方向に進んでいきます。

 怒りに燃えた王は、自分の意に従わない王妃をどうすべきか、7人の大臣たちに相談します(13節以下、15節)。すると、大臣の一人メムカンが、「これを放置すれば、夫が妻に従わないという悪弊を生むだろう。ワシュティを退位させ、別の女性を王妃にするという勅令を出すべきだ。そうすれば、女たちが夫を敬うようになるだろう」と答申しました(16節以下、19節)。

 それをよしとした王は、その通りに勅書を全国に送りました(21節以下)。そのようにして、王は自分の権威、権力を誇示しようとしているわけです。

 ところで、著者がこの物語を記したのは、ペルシアの王の振る舞いを笑おうということではないでしょうか。王は、常に自分の権力を誇示するために行動しています。何でも自分の思い通りにすることの出来る、比類なき力を有している偉大な王が、実際には一人の女性の心を把えることが出来ません。一体、なんのための権力なのでしょう。ここでは、ただの自惚れた愚か者になってしまっています。

 むしろ、王妃ワシュティが何故命令を拒んだのか、何を守ろうとしていたのかを理解する心が必要だったのです。それが出来ないところに、クセルクセス王の、そして、私たち人間の、弱さ、愚かさ、罪があります。

 「何事も利己心や虚栄心からするのではなく、へりくだって、互いに相手を自分よりも優れた者と考え、めいめい自分のことだけでなく、他人のことにも注意を払いなさい」(フィリピ書2章3,4節)と語るパウロの如く、神の御言葉に聴き、キリストに倣って謙遜と柔和を学ばせていただきましょう(マタイ11章29節)。


 主よ、自分の思い通りに事が運ばないとき、私たちはしばしば愚かに行動します。そうして、事態を危機的に悪化させてしまいます。常に御前に静まって御心を求め、御言葉と御霊の導きに与らせて下さい。主の恵みと導きが豊かにありますように。全世界にキリストの平和がありますように。 アーメン




6月21日(金)の御言葉 ネヘミヤ記13章

「その日、モーセの書が民に読み聞かされ、アンモン人とモアブ人は神の会衆に永久に加われないと記されているのが分かった。・・人々はこの教えを聞くと、混血の者を皆、イスラエルから切り離した。」 ネヘミヤ記13章1,3節

 冒頭の言葉(1,3節)で、「その日(城壁奉献の日)にモーセの書が民に読み聞かされ、アンモン人とモアブ人は神の会衆に加われないことが分った(ので)・・・混血の者を皆、イスラエルから切り離した」と記されているということは、エズラ記9章で読んだ異邦人との結婚、混血の事件が再び起こり、同10章でなした契約と誓いが忠実に守られなかったということです。

 23節にも、「またそのころ、ユダの人々がアシュドド人やアンモン人やモアブ人の女と結婚していることが、わたしに分かった」と記されており、しかも、「その子どもたちの半数は、アシュドドの言葉あるいはそれぞれの民族の言葉を話し、ユダの言葉を知らなかった」(24節)と語られています。なんたることでしょうか。

 こうしたことが繰り返される背景には、イスラエルに戻って来た民の生活が、ずっと苦しく厳しいものだったということがあるのだろうと思います。始終、近隣の強い敵に脅かされ、あるいはパレスティナの厳しい自然環境に苦しめられていたでしょう。そこで、少しでも安定した生活を送るために、強い国の民と姻戚関係を結び、彼らの生活習慣を取り入れ、その民のようになることを望むということが、繰り返し行われたのではないでしょうか。

 アンモン人とモアブ人が永久に神の民に加われないというのは、ユダヤ教に改宗することを許さない、神の民に加えることが出来ないということではなく、異教の神をイスラエルの中に持ち込ませない、異教の習慣に倣ってはいけないということです。エズラの時代にも、イスラエルの神なる主を尋ね求めて、カナンの地の諸民族の汚れを離れて来た人々は、過越の食事に加わることが許されました(エズラ記6章21節)。

 士師の時代に、飢饉に見舞われたユダ族のエリメレク一家が故郷のベツレヘムを離れてモアブに移り住み、そこでモアブ人の嫁を迎えました(ルツ記1章1,2節)。それが災いを呼んだのか、一家の主人エリメレクと二人の息子たちが相次いで亡くなりました(同3,5節)。エリメレクの妻ナオミは傷心のうちに一人寂しく帰国しようとしますが(同8節以下)、息子の嫁の一人ルツが一緒について来ることになりました(同16節以下)。

 そのとき、ルツはナオミに、「あなたの民はわたしの民、あなたの神はわたしの神」と言い、イスラエルの民となり、ナオミの神を自分の神にすると固く決意していました。そして、導かれてエリメレクの親戚ボアズに嫁ぎ、ナオミのために男の子をもうけます(同4章13節)。その子はオベドと名付けられました(同16節)。そして、オベドにエッサイが生まれ、エッサイにダビデが生まれたのです(同22節)。

 2節に、「わたしたちの神は、その呪いを祝福に変えてくださった」という言葉が記されていますが、確かに神は、モアブ人の嫁ルツを通して、ナオミの一族の呪いを祝福に変えて下さったわけです。しかも、そのオベドは、前述の通り、イスラエルの偉大な王ダビデの祖父にあたります。イスラエルにとっても、大きな恵みが与えられることになったわけです。

 ネヘミヤは、このような厳しい状況の中で、罪を繰り返し犯し続けるイスラエルの民を正しく導くために、乱れた祭司室を清め(9節)、レビ人と詠唱者を集めて務めに就かせ(11節)、安息日を守らせるためにエルサレムの城門の管理を厳しくし(15節以下)、レビ人に身を清めて安息日を聖とするように命じました(22節)。そして、神の憐れみと恵みの導きを求めて祈っています(14,22,29節以下)。

 主は、主を尋ね求める者にご自分を示して下さり(歴代誌下15章2節)、主と心を一つにしようとする者を力づけて下さいます(同16章9節)。

 私たちも、人ではなく、ただ主を求め、主に信頼して、歩ませて頂きましょう。

 主よ、天変地異の前に私たちは本当に無力です。病と死の力に打ち勝つことも出来ません。主よ、すべての命が守られますように。全世界にキリストの平和がありますように。私たちを憐れみ、絶えず主の恵みに与らせ、御名の栄光をほめ讃えさせて下さい。 アーメン





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