風の向くまま

新共同訳聖書ヨハネによる福音書3章8節より。いつも、聖霊の風を受けて爽やかに進んでいきたい。

2012年12月

12月31日(月)の御言葉  サムエル記上18章

「ダビデがサウルと話し終えたとき、ヨナタンの魂はダビデの魂に結びつき、ヨナタンは自分自身のようにダビデを愛した。」 サムエル記上18章1節

 ゴリアトを倒したダビデはその日、サウルに召し抱えられることになりました(2節)。ダビデは出陣するたびに勝利を収め、武功をあげるので、サウルはダビデを戦士の長に任命しました(5節)。それが、すべての兵士やサウルの家臣に喜ばれたと記されています。

 若いダビデが戦士の長に取り立てられて、それを兵士や家臣たちが妬んだというのではなく、すべてのものが喜んだということは、ダビデの勇敢さや戦術の巧みさなどを、彼らが認めていたということでしょう。また、ペリシテの勇士ゴリアトを倒した者に、サウルが大金を与え、王女も下さり、その父の家には特典を与えると言われていましたので(17章25節)、ダビデが王家の一員となることを歓迎している、と見ることも出来ます。

 女たちもダビデを喜び迎え(6節)、「サウルは千を討ち、ダビデは万を討った」と歌い交わします(7節)。こうして、ダビデはすべての人々から愛されるようになりました。

 しかし、ただ一人サウル王は、そのようにダビデが讃えられるのを聞いて腹を立て、悔しがります(8節)。王の心はダビデへの嫉妬の念で満たされてしまいました(9節)。そして、ダビデを殺そうとします。

 聖書はそれを悪霊の仕業と表現していますが(10,11節)、地位の高い者が自分の地位を危うくする者を憎み、退けようとするのは世の常です。ということは、地位の高い者が、武功のある忠臣に嫉妬心や猜疑心を抱いて退けようとしたり、時には殺してしまうように仕向けるという手を、悪霊はよく用いるということでしょう。だから、一介の羊飼いから自分が取り立てたダビデに対して、サウルが本気で殺意を抱いているのです。

 裏返せば、それはサウルがダビデを恐れているということです(12,15節)。主がダビデと共にいて戦いに出れば連戦連勝(14節)、そして人望も厚く、人気は上がる一方となれば(15,16節)、主の霊が離れた自分から、王の地位が奪われるのも時間の問題と、サウルは考えていたのかも知れません。

 そこで、自ら手を下すことなく、ダビデを亡き者とするために、敵ペリシテの手を借りる手立てを考えます(17節)。それは、娘ミカルの婿として迎えることを条件に、ペリシテ人の陽皮百枚を結納金代わりに差し出すようにということです(25節)。それで、返り討ちにしてもらおうと考えたわけです。

 しかし、ダビデはすぐに行動し、要求された倍の200人分の陽皮を持ち帰りました(27節)。サウルは、主がダビデと共におられることを、改めて思い知らされます(28節)。また、自分の娘ミカルまでもダビデを愛しているということで、ますます恐れ、ダビデに敵意を抱くようになりました(29節)。

 その中で、ヨナタンの態度は注目に値します。ダビデの登場で一番不利な立場になるのが、王子ヨナタンです。王位を継ぐ最短距離にいる自分が、その地位を赤の他人に奪われるのです。年齢も、ヨナタンの方が10歳以上も上ではないかと考える注解者がいます。しかし、それらのことは、ヨナタンにとってどうでもよいことでした。彼は冒頭の言葉(1節)の通り、誰よりもダビデに惹かれ、自分自身のようにダビデを愛したのです。

 3節に、「彼と契約を結び」とあります。それは、王子と羊飼いが対等の立場にいるということを示します。このことは、ダビデが望んで出来ることではありませんから、ヨナタンがダビデを大切に思っているということの、何よりの証拠です。

 そして、自分の着ていた上着をダビデに着せ、また装束を剣、弓、帯に至るまで、すべて与えます(4節)。これはまるで、「乞食王子」物語よろしく、この日、ヨナタンがダビデとその立場を取り替えたことを象徴するかのような出来事です。

 今日、主イエスは私たち人類を深く愛され、一方、私たちはその愛に相応しい者でもないのに、私たちのためにご自身を十字架に贖いの供え物とされ、私たちを罪の呪いから解放して下さいました。それは、ご自分を信じる者に神の子となる資格をお与えになるためでした(ヨハネ1章12節)。これは、全く一方的に与えられた恵みなのです。

 主よ、この年も豊かな恵みの内を歩ませて下さり、心から感謝致します。新しい年も、私たちが神の子とされるためにどれほどの愛を賜っているか、いつも覚えさせて下さい。そのことによって愛を知った私たちが、感謝をもって互いに愛し合い、赦し合い、助け合う神の家族として、主と共に歩むことが出来ますように。 アーメン







12月30日(日)の御言葉  サムエル記上17章

「主は救いを賜るのに剣や槍を必要とはされないことを、ここに集まったすべての者は知るだろう。この戦いは主のものだ。主はお前たちを我々に渡される。」 サムエル記上17章47節


 前にペリシテ軍と戦ったときには、戦車3万、騎兵6千、砂粒のように多い兵士というペリシテ軍に対し、サウル王の息子ヨナタンと従者が二人で敵の先陣に攻め入って大混乱に陥れ(14章1節以下)、その後イスラエル全軍でペリシテを討つことが出来ました(同16節以下)。

 ところが、またもペリシテ軍がイスラエルに向かってエフェス・ダミムに陣を張りました(1節)。そして、ゴリアトという戦士が進み出て(4節)、一騎打ちを申し出ました(8,9節)。けれども、今回は全イスラエルがペリシテの前にすっかり怖じ気づいてしまい(11節)、40日に亘って戦いを挑まれますが、誰もそれに答えることが出来ませんでした(16節)。

 主の霊がサウル王を離れ、悪霊にさいなまれるようになった結果(16章14節)、恐れが全イスラエルに蔓延してしまったのでしょう。ここに、指導者が神の臨在と聖霊の油注ぎを失うことは、神の民にとって致命的な問題であることが分かります。昨日も学んだように、御言葉に従って歩み、主の霊の恵みを絶えず豊かに味わい、主の賜物と恵みを主のために用いさせていただかなければなりません。

 そこに、サウルに代わって油を注がれた少年ダビデが登場します。ダビデの仕事は羊飼いですが、父親に頼まれて、戦いに参加している兄たちにパンを届けがてら、チーズ十箇を千人隊長に渡して、兄たちの安否を確かめ、そのしるしをもらうために戦場に赴きました(17,18節)。

 ダビデはそこで、ゴリアトの口上を聞きます。兵士たちは恐れ戦きますが、ダビデは、「あのペリシテ人を打ち倒し、イスラエルからこの屈辱を取り除く者は、何をしてもらえるのですか。生ける神の戦列に挑戦するとは、あの無割礼のペリシテ人は、いったい何者ですか」と、周りにいた兵に尋ねます(26節)。これは、先のペリシテとの戦いで、先陣に切り込んだヨナタンの信仰に似ています(14章6節参照)。

 ゴリアトは、身長6アンマ半(約3メートル)の巨人で(4節)、青銅の鎧兜に身を包み(5,6節)、そして、歴戦の勇士です(33節)。一方、ダビデは少年で、戦争に参加したこともありません。常識で考えると、とても勝ち目はありません。自分が行ってペリシテ人と戦いましょうというダビデに、サウルは戦いにならない、と答えています(33節)。また、サウルがダビデに自分の鎧兜を着けさせると、歩くことも出来ない状態でした(38,39節)。

 しかし、ダビデには主の霊が激しく臨んでいました(16章13節)。そして、ゴリアトを必ず打ち倒すことが出来る、羊の群れを襲う獅子や熊の口から羊を取り戻させて下さった神が、ゴリアトの手から自分を必ず守って下さるという信仰がありました。

 ダビデが書いたという詩に、「わたしは絶えず主に相対しています。主は右にいまし、わたしは揺らぐことがありません」という言葉があります(詩編16編8節)。これは、常に自分の目の前に主を見ているということです。

 それは、必ずしもダビデが「常に」主を仰いでいたということではないでしょう。むしろ、主がダビデの前にお立ち下さり、ダビデをお支え下さったのです。ダビデは自分の右に立ち、ゴリアトと戦われる神の姿を信仰の目で見ており、それゆえ、恐れることがなかったわけです。

 ダビデは、石投げ紐と五つの石を持ってゴリアトの前に立ち(40節)、冒頭の言葉(47節)を語ります。ダビデが語ったとおり、神がイスラエルを救うのに用いられたのは、剣や槍ではありません。それを巧みに操る勇士でもありません。未だ成人していない少年ダビデの、石投げ紐に石一つでした(50節)。まさにそれは、主が勝利をダビデ=イスラエルにお与えになったしるしです。

 今日、私たちにとって勝利とは何でしょうか。それは、どんなときでもイエスを主と告白し、神が死人の中から主イエスを甦らせて下さったと信じることです。いつも喜び、絶えず祈り、どんなことでも感謝する信仰を固く持つことです。

 主よ、有力な者を辱めるために無力な者を選び、用いられます。ダビデを用いられたのは、まさにそれです。ゴリアトはダビデを侮りましたが、それが彼の致命傷でした。彼には、ダビデと共におられる神が見えなかったからです。主よ、私たちは絶えず御顔を仰ぎ、御言葉に耳を傾けます。聖霊で満たし、主の望まれるとおりの者にして下さい。新しい年が、主の恵みで満ちあふれますように。 アーメン





12月29日(土)の御言葉  サムエル記上16章

「主の霊はサウルから離れ、主から来る悪霊が彼をさいなむようになった。」 サムエル記上16章14節


 主はサムエルに、サウルを退け、エッサイの息子たちの中に王となる者を見出したので、角に油を満たして出かけなさいと命じられます(1節)。サムエルは、サウルのことで嘆き続けていました(15章35節参照)。主もまた、サウルを王としてたてたことを悔いられたと記されています(同上)。

 サムエルは、もともと王を立てることに反対していました(8章6節)。そして、立てられた王が神に従わないことから、イスラエルの行く末を思って嘆いていたのでしょう。けれども主なる神は、サムエルとは別の将来を見ておられたのです。

 ベツレヘムに赴いたサムエルは(4節)、町の長老たちの不安を余所に、早速エッサイとその息子たちを会食に招きます(5節)。やって来たエッサイとその息子たちを見て、サムエルは、長男エリアブに目を留め、彼こそ、王に相応しいものだと思いました(6節)。

 けれども、主は「わたしは彼を退ける」と言われました。主は、「人間が見るようには見ない。人は目に映ることを見るが、主は心によって見る」と言われます(7節)。同席した7人の息子らはいずれも、主によって選ばれる者ではありませんでした(10節)。

 ところが、食事の席に来ていないもう一人の息子がいました。それは、彼がまだ成人していなかったということでしょう。神は、最も小さいその息子を選ばれました(12節)。その子の名は「ダビデ」といいます(13節)。

 ここでダビデが選ばれたのは、容姿ではエリアブだけれども、心を見るとダビデが相応しいということでもありません。後にダビデは、他人の妻を姦淫を行い、懐妊したと知るや、その事実をごまかすために夫を戦死と見せかけて殺し、未亡人となった女性を妻とするという大罪を犯します。

 「主は心によって見る」というのは、そのような大罪を犯すダビデを選ぶのが神の御心である、という表現ではないでしょうか。そして、ダビデの家系を始め、すべての人類の罪を見に追って贖いの業を成し遂げるため、神は御心に適う者をダビデの末裔から生まれさせます。それが主イエスなのです(マタイ1章1節、3章17節)。

 サムエルがダビデに油を注ぐと、彼の上に主の霊が激しく降るようになりました(13節)。これは、かつてサウルに与えられた恵みでした(10章6,10節)。しかし、サウルはその恵みを失ってしまいました。それは、彼が神の恵みを自分のために利用し、満足を得ようとしたためです。

 神の栄光を盗むことは出来ません。欲望がはらんで罪を生み、罪が熟して死を生みます(ヤコブ書1章15節)。聖書が語る死とは、肉体の死というより、関係が絶たれることを意味します。罪によって人との関係が壊れ、神との関係が途絶するのです。サウルは神の命に従わず、自分の欲望に流されたために神に退けられ、主の霊が彼から離れ去ってしまったのです。

 それどころか、冒頭の言葉(14節)のとおり、「主から来る悪霊が彼をさいなむようになった」と言われます。「主から来る悪霊」というのは、主なる神が自ら悪霊を送り出すということではなく、悪霊といえども主なる神の許しなしに人を苛むことは出来ないということでしょう(ヨブ記1章6節以下、12節、2章1節以下、6節参照)。

 かつて悪魔は、蛇を通してアダムに、「お前は神のようになれる」と誘惑しました。誘惑に負けて悪魔に従った結果、神のようになれたのではなく、神にエデンの園から追放され、苦しみながら生きる者とされてしまいます(創世記3章)。高慢と反逆によって退けられたサウルは、ますますその罪を拡大させ、彼に代って油注がれたダビデを妬んで殺そうとするようになります。

 ある人から出て行った悪霊が戻って来てみると、空き家できちんと整理整頓されているのを見て、他の七つの霊を連れて来て入り込み、住み着くと、その人の状態は前よりも悪くなると、主イエスが例え話をされたことがありますが(ルカ11章24~26節)、このときのサウルは、まさにそのような状態でした。

 神様から与えられた恵みを疎かにせず、神のため、人のために用いて神に栄光をお返しするため、御言葉に従って歩み、絶えずその油注ぎを保ち続け、後の状態は前よりもはるかによくなったと言われるようにして頂きたいものです。

 主よ、あなたはダビデを選ばれました。それは、ダビデが清かったからではありません。ダビデの子孫として、御子キリストを誕生させ、全人類の罪の贖いを成し遂げさせるためでした。ダビデが選ばれたのは、主の恵み以外の何ものでもありません。主は私たちもお選び下さいました。その召しに答え、御言葉に従い、主の御心を行う者となることが出来ますように。 アーメン







12月28日(金)の御言葉  サムエル記上15章

「反逆は占いの罪に、高慢は偶像崇拝に等しい。御言葉を退けたあなたは、王位から退けられる。」 サムエル記上15章23節 

 サムエルが主の言葉として、「アマレクを討ち、アマレクに属するものは一切、滅ぼし尽くせ」(3節)とサウルに命じました。アマレクは、創世記36章12節によれば、エサウの孫で、イスラエルにとっては親族という間柄です。

 しかし、エジプトを脱出したイスラエルの民にレフィディムで攻撃を仕掛けたり(出エジプト記17章8節以下)、士師時代、近隣諸国の民と共にイスラエルに攻め上って来たりして(士師記3章13節、6章3節)、絶えず敵対しています。アマレクを滅ぼし尽くせという命令は、レフィディムの攻撃に報復するため、既に申命記25章17節以下に、その命令がモーセを通じてイスラエルの民に語られていました。

 サウルは21万の兵を集め、イスラエル南方のアマレクの町に攻め込み(4節以下)、アマレク人を討ちました(7節)。ところが、滅ぼし尽くせという命令にも拘わらず、アガグ王は生け捕りにし(8節)、羊と牛の最上のもの、肥えた動物、小羊など、上等なものは、惜しんで滅ぼし尽くしませんでした(9節)。

 それを見た主はサムエルに、「わたしはサウルを王に立てたことを悔やむ。彼はわたしに背を向け、わたしの命令を果たさない」と告げます(11節)。サムエルは翌朝サウルのもとに赴き、主の命令に従っていないことを指摘すると(14節,17節以下)、それは神への供え物にしようと、最上のものをとっておいたのだと言い訳けをします(15節,20,21節)。

 サムエルはサウルに、主が喜ばれるのは、焼き尽くす献げ物やいけにえではなく、主の御声に聞き従うことではないかと問い、聞き従うことはいけにえにまさり、耳を傾けることは雄羊の脂肪にまさると示した後(22節)、冒頭の言葉(23節)のとおり、その反逆行為によって、王位から退けられると告げます。

 偶像を仰ぐことや占いや呪い、霊媒などは、主の目に悪とされ、そのようなことを行う者は神に厭われます(レビ記19章4,26,31節)。「口寄せや霊媒を訪れて、これを求めて淫行を行う者があれば、わたしはその者にわたしの顔を向け、彼を民の中から断つ」(同20章6節)という言葉もあります。

 今サムエルは、サウル王に対して、神の命令に従わないこと、御言葉に耳を傾けないことは、神への反逆であり、高慢なことである。そしてそれは、占いや偶像礼拝の罪に等しいと、断罪しているのです。

 さらに、サウルの高慢は、命令に忠実に従おうとしなかっただけでなく、勝利をお与になった主に感謝して賛美をささげることはせず、自分のために戦勝記念碑をカルメルに建てているというところにも表われています(12節)。そのときサウルは、サムエルに報告することさえしていないのです。

 サムエルによる厳しい断罪の言葉を聞いて、サウル王は慌てて罪を認めますが、しかし、「兵士を恐れ、彼らの声に聞き従ってしまいました」と、責任を転嫁します(24節)。さらに、「民の長老の手前、イスラエルの手前」、自分を立ててくれるように、そうすれば主を礼拝する、とサウルは答えます(30節)。およそ真の悔い改めとはほど遠い、その地位にしがみつこうとする権力者の哀れな姿をここに見ます。

 サウルは、神に喜ばれることよりも、自分自身を喜ばせることを優先し、神を畏れるよりも人々の前に体面を失うことを恐れています。これは、昨日学んだサウルの息子ヨナタンの信仰とは全く好対照です。サウルのこうした姿勢が、やがて登場してくるダビデに対して、地位を守るためになりふり構わず、その命を狙うという行動に出させるのです(18章6節以下)。それゆえ、主によってその地位から退けられるのです。

 サウル王を反面教師として、サムエルが告げたとおり、主の御声に耳を傾け、御言葉に従って歩ませていただきましょう。

 主よ、御慈しみをもって私たちを憐れんで下さい。深い御憐れみをもって、私たちの愚かな背きの罪をぬぐって下さい。神よ、私の内に清い心を創造し、新しく確かな霊を授けて下さい。神よ、私たちの救いの神よ、恵みの御業をこの舌は喜び歌います。主よ、私の唇を開いて下さい。この口はあなたの賛美を歌います。 アーメン





12月27日(木)の御言葉  サムエル記上14章

「さあ、あの無割礼の者どもの先陣の方へ渡って行こう。主が我々二人のために計らってくださるにちがいない。主が勝利を得られるために、兵の数の多少は問題ではない。」 サムエル記上14章6節

 ヨナタンはある日、自分の武器を持っている従卒に、「向こう岸のペリシテ人の先陣を襲おう」と言い出します(1節)。3万の戦車に6千の騎兵、無数の兵士に攻め込まれて、それを迎え撃つ自軍イスラエルの兵はわずか6百。戦闘の火蓋が切られれば、結果は見えています。そこで、自分たちの方から打って出ようというわけです。

 とは言っても、ヨナタンの手には杖(24節)、従者の手に一本の剣、それが彼らの武器です。たった二人で、鉄の戦車や馬で武装してやってくるペリシテ軍に、どう立ち向かおうというのでしょうか。言うまでもなく、敵の方が圧倒的に大きいのです。数が多いのです。やってみなくても、結果は火を見るより明らかなのではないでしょうか。

 しかし、ヨナタンはそのように考えませんでした。冒頭の言葉(6節)で、彼はペリシテ人を「無割礼の者ども」と呼んでいます。当時、割礼をしているのはイスラエル人だけではありませんでしたが、ここにペリシテ人は割礼をしていないという情報を提供しているのではありません。主なる神を信じていない、異教徒だということです。

 主を信じていない異教徒が、主なる神を信じ、主が味方して下さるイスラエルの軍隊に勝てるはずがない、とヨナタンは確信しているのです。だから、「主が勝利を得られるために、兵の数の多少は問題ではない」というのです。

 理屈から言えば、人間がどんなに束になってかかっても、神には勝てないでしょう。しかし、目に見えない神に依り頼むというのは、言うほど易しくはありません。ヨナタンの父サウルは、主に信頼して、「七日間」、ギルガルでサムエルを待つということが出来ませんでした。

 目の前にペリシテ軍の大軍が集結しているのを見て、イスラエル軍の中に敵前逃亡する兵が続出したからです。だから、神を味方に付けるため、慌てて自分で献げ物をささげようとしたわけです(10章8節、13章8節以下参照)。神の霊の力を受けてアンモンの王ナハシュの軍を打ち破ったあの勇敢なサウルは(11章6,7,11節)、どこに行ってしまったのでしょう。

 けれども、ヨナタンには、主を信じる信仰がありました。彼の信仰の目には、ペリシテの大軍よりも、自分たちに味方される神の方が大きく見えていたのです。

 後に、アラム軍に町を包囲された折、預言者エリシャが怖じ惑う召使いゲハジに、「恐れてはならない。わたしたちと共にいる者の方が、彼らと共にいる者よりも多い」と言いました。そのとき、火の馬と戦車がエリシャを囲んで山に満ちていたのです(列王記下6章15節以下)。神が共におられることを信じる心、主の御業を見ることの出来る信仰の目、主が語られる御言葉を聴く信仰の耳を持つ者は幸いです。

 しかし、それは一朝一夕に獲得されるものではありません。敵を撃ち破るために用いられたヨナタンの手足、その心は、日頃から主の御前に跪き、賛美と祈りをささげるために用いられていたものと思われます。彼が、神の御前で時を過ごす者であったからこそ、どんなときでも神が味方して下さることを信じることが出来たのです。そして、主なる神もまた、彼の信仰にお答え下さったわけです。

 列王記上18章30節の、「壊された主の祭壇を繕った」という言葉から、「壊れやすいのは祈りの祭壇である」と、今は亡き榎本保郎先生が語っておられました。いつの間にか祈りの手が下がり、信仰の心が萎えてしまって、いざというときに力にならなくなってしまうのです。

 パウロが、「わたしたちの戦いは、血肉を相手にするものではなく、天にいる悪の諸霊を相手にするものなのです」(エフェソ書6章12節)と言っていますが、主との交わりのために時間を割いて御言葉に耳を傾け、祈ることこそ、私たちがいつも勝ち取らなければならない信仰の戦いなのです。主を信じて仰ぐならば、勝利は常に私たちのものなのです。

 絶えず主を仰ぎ、御言葉に耳を傾け、聖霊の導きを求めつつ、感謝をこめて賛美と祈りを主に捧げましょう。 

 主よ、あなたはいつも取るに足りない者、数少ない者を用いられます。彼らが勝利を得るのは、主に依り頼んでいるからです。主イエスの弟子は一握りでしたが、主は彼らを用いて全世界に福音の業を広げられました。私たちも主に選ばれた者として、主と主の御言葉に信頼して宣教の働きを進めることが出来ますように。 アーメン





12月26日(水)の御言葉  サムエル記上13章

「しかし、今となっては、あなたの王権は続かない。主は御心に適う人を求めて、その人をご自分の民の指導者として立てられる。主がお命じになったことをあなたが守らなかったからだ。」 サムエル記上13章14節


 サウルは、預言者サムエルに命じられたとおり(10章8節)、ギルガルでサムエルの到着を待っていました(8節)。けれども、約束の日になっても、なかなかサムエルが現れません。サウルは気が気ではありませんでした。

 というのは、イスラエルに向かって、ペリシテ軍が大軍をもって戦いを挑んで来たからです。その数は、戦車3万、騎兵6千、兵士は海辺の砂のように多い、つまり数え切れないほどという大軍です。対するイスラエルの兵士は3千です。

 この戦いのきっかけは、3千の兵のうち千を預けられたサウルの息子ヨナタンが(2節)、ゲバに配置されていたペリシテの守備隊を打ち破ったからでした(3節)。ペリシテ軍は、打ち破られた守備隊の報復にやって来たというところでしょう。

 しかし、ゲバの地というのは、ベニヤミン族の所領です(16節)。そこにペリシテの守備隊が配置されていたということは(3節)、その地を実効支配していたのはペリシテの方だったわけです。だから、ヨナタンは、自分たちの所領の地を取り戻したいと考えて、守備隊を打ち破ったのでしょう。

 当時、イスラエルには鍛冶屋が一人もいませんでした(19節)。製鉄技術などを獲得して、刀や槍を作り出すことがないよう、ペリシテ人が一切を厳格に管理していたわけです。

 そのため、鉄の剣や槍を手にしていたのは、サウルとその子ヨナタンだけでした(22節)。つまり、イスラエルの兵士たちは、まともな武器さえ持っていなかったのです。これでは全く戦いになりません。神の助けがなければ、とても生き残れないという状況です。

 だからこそ、サムエルに早く来てほしいと、その到着を待ちわびているのです。なかなかサムエルがやって来ないので、ペリシテに恐れをなしたイスラエル兵の中には、逃亡する者が続出するようになりました。3千人揃っていても戦いになるものかと言わざるを得ない状況なのに、最後には6百人になってしまいました(15節)。

 しびれを切らしたサウルは、自ら焼き尽くす献げ物と和解の献げ物を神にささげて、戦勝の嘆願をすることにしました(9節)。数の上でも、武器のことでも、全く勝負になりませんから、何とか、神の助けと導きを得たかったのです。すると、ちょうど献げ物をささげ終わったときにサムエルが到着したのです(10節)。

 サムエルはサウルに、主の命令を守らなかったから、あなたの王権は続かないと告げます(14節)。その命令は、「わたしよりも先にギルガルに行きなさい。わたしが着くまで七日間、待ってください。なすべきことを教えましょう」というものでした(10章8節)。サムエルが着くまで待てと言われているのだから、何があっても待っていなければならなかったのです。

 これは、サウルに課せられた試練でした。目に見える状況に振り回されずに、神を仰ぐことが出来るかどうか。自分の知恵や経験よりも、御言葉に耳を傾けるかどうか。兵の数、自分たちの力よりも、神を信頼することが出来るかどうかです。ペリシテが攻め寄せたのも、恐れをなしたイスラエル兵が戦線を離脱して逃げ出したのも、主の差し金だったわけです。そしてサウルは、残念ながらこの試験に失敗してしまったのです。

 私たちも同様です。状況に動かされないで、常に主に信頼することが出来るでしょうか。御言葉に忠実に従うことが出来るでしょうか。その信仰が問われます。

 日毎、神の御前に謙り、神の御旨が行われることを信じて祈りましょう。目には見えませんが、常に共にいて私たちを慰め、励まして下さる主の御言葉に耳を傾けましょう。死者を甦らせ、無から有を呼び出す方を信ずる真の信仰に与らせていただきましょう。自分を捨て、日々自分の十字架を背負って、主イエスに従いましょう。試練を通して開かれてくる主の新しい恵みに与り、心から主を賛美させていただきましょう。

 主よ、幼子が母親の胸で安心して憩うように、外に何がありましても、常にあなたに信頼し、平安の内に御言葉に従って歩むことが出来ますように。弱い私を顧み、信仰に歩ませて下さい。御名が崇められますように。 アーメン



12月25日(火)の御言葉  サムエル記上12章

「わたしもまた、あなたたちのために祈ることをやめ、主に対して罪を犯すようなことは決してしない。あなたたちに正しく善い道を教えよう。」 サムエル記上12章23節


 12章には、「サムエルの告別の辞」という見出しがつけられています。サムエルは、ギルガルでサウルの即位式を行い(11章14節)、国の指導者としての地位から退きます。そのための退任の辞です。

 裁判を行うことについては、既に息子たちを任命していました(8章2節)。王として、民を治めること、軍隊を指揮することなどが、サウルの仕事になったのです。サムエルは、「わたしは年老いて、髪も白くなった」(2節)と言います。これからサムエルは何をして過ごすのでしょうか。ゲートボールでしょうか。日がな一日日向ぼっこでしょうか。

 そうではありません。サムエルには、大切な使命があります。それは、預言者としての働きです。サムエルはここで、サウルに国の指揮を委ねるにあたり、祝辞を述べているわけではありません。

 12節に、「アンモン人の王ナハシュが攻めて来たのを見ると、あなたたちの神、主があなたたちの王であるにもかかわらず、『いや、王が我々の上に君臨すべきだ』とわたしに要求した」と言い、さらに、17節で、「今は小麦の刈り入れの時期ではないか。しかし、わたしが主に呼び求めると、主は雷と雨を下される。それを見てあなたたちは、自分たちのために王を求めて主の御前に犯した悪の大きかったことを知り、悟りなさい」と告げます。

 そして、サムエルが主に呼び求めると、主は雷と雨を下されました(18節)。「小麦の刈り入れの時期」(17節)というのは、5~6月のことで、パレスティナは通常、既に乾期に入っており、雨が降ることはありません。季節外れの雷と雨は、まさに民の目を覚まさせるものであり、その罪の大きさを気づかせるものでした。それで、民は主とサムエルを非常に恐れたのです(18節)。

 悔い改めの言葉を語る民に(19節)、先にサムエルは14節で、「主を畏れ、主に仕え、主の御命令に背かず、あなたたちもあなたたちの上に君臨する王も、あなたたちの神、主に従うならそれでよい」と語っていましたが、あらためて、「主を畏れ、心を尽くし、まことをもって主に仕えなさい。主がいかに偉大なことをあなたたちに示されたかを悟りなさい」と、信仰の道を示します(24節)。

 そして、不従順の道を歩むならば、「主はあなたたちもあなたたちの王も滅ぼし去られる」(25節)ということで、王を失うに留まらず、国を滅ぼすことになると警告しているのです。そしてこれは、紀元前8世紀に北イスラエル王国がアッシリアによって滅ぼされたこと、紀元前6世紀に南ユダ王国がバビロンによって滅ぼされ、王を初め民が捕囚とされたという悲劇を暗示しています。

 サムエルは、イスラエルの民が希望を持って信仰の道を歩むことが出来るように、二つのことを語りました。それは第一に、神はご自分の御旨に従って選ばれた民を、簡単に捨てて、ご自分の名を汚すようなことは決してなさらないということであり(22節)、第二に、冒頭の言葉(23節)で告げているとおり、サムエル自身がイスラエルの民のために執り成し祈ること、神の御旨を正しく教えるということです。

 サムエルは、自分が執り成しの祈りをやめることは、神の御前に罪を犯すことだと考えていました。これは、民のために執り成しの祈りが必要であるということであり、それなしに民は正しく歩むことが出来ないということを示しています。そして、執り成しの祈りは、神がサムエルに与えた使命だったのです。サムエルは神の御前に、民のために執り成し祈り、また、民に神の御旨を教える預言者として、残る生涯を献げるのです。

 「神の賜物と招きとは取り消されないものなのです」とパウロは言いました(ローマ書11章29節)。勿論、若いときと年老いてからとでは、働き方、働きぶりは異なるでしょう。しかし、主が取り消されない限り、その務めは続くのです。

 主の御名によって立てられた預言者の務めによって、民は生き返らされ、正しい道に導かれ、災いを恐れず、むしろ勇気と希望を持って進むことが出来るのです。私たちも、主に委ねられている能力に応じ、賜物に応じて、主のために精一杯励ませていただきましょう。

 主よ、私たちのためには、御子キリスト・イエスが右の座で執り成していて下さいます。それは何よりも心強く、希望と平安が与えられるものです。主の祈りに支えられながら、私たちに委ねられている宣教の使命に、また執り成し祈る務めに勤しみます。御名が崇められますように。全世界にキリストの降誕を祝う喜びと平安が豊かにありますように。 アーメン



公式サイト更新

大牟田教会の公式サイトを更新しました。
URL http://www.h7.dion.ne.jp/~omutabc/

礼拝プログラムのページに、説教動画(YouTube)のリンクをはりました。
URL http://www.h7.dion.ne.jp/~omutabc/sp121223.html
URL http://www.youtube.com/watch?v=_K0VDP7h2Cg&feature=youtu.be

ご覧になって下さい。


12月24日(月)の御言葉  サムエル記上11章

「サムエルは民に言った。『さあ、ギルガルに行こう。そこで王国を起こそう』。」 サムエル記上11章14節


 イスラエルの東隣のアンモン人の王ナハシュがイスラエルの東北辺、ギレアドの地のヤベシュに攻め上って来ました。アンモン軍に包囲されたヤベシュの住民は、降伏を申し出ます(1節)。ところが、ナハシュは、ヤベシュの住民全員の右目をえぐり出すのが契約条件で、それをもって全イスラエルを侮辱すると告げました(2節)。

 闘いもしないで降伏するような弱腰を侮辱するということなのでしょうか。あるいは、かつて士師エフタの時代、攻め込んで来たアンモンを徹底的に撃ち破ったことに対する報復ということなのでしょうか(士師記11章)。

 いずれにせよ、それを聞いたヤベシュの長老たちは、ナハシュに7日間の猶予を求め(3節)、サウルのいるギブアに来て、ことの顛末を民に報告しました(4節)。聞いた人々が声を上げて泣いたというのは、当時、アンモンに対抗出来る力があるとは考えていなかったという証拠なのかも知れません。

 そのとき、サウルは畑にいました(5節)。サムエルから油注がれ(10章1節)、王に任ぜられたとはいえ(同24節)、サウルを侮る者もいる上(同27節)、未だ王として、王国としての制度、仕組みも整っておらず、政治・外交に専念出来るような状況にはなっていなかったのです。

 畑から戻って来て報告を受けたサウルに聖霊が激しく降り、怒りに燃えます(6節)。すると、まるで士師サムソンのように、一軛の牛を捕らえてそれを切り裂き、使者に持たせてイスラエル全地に送り、「サウルとサムエルの後について出陣しない者があれば、その者の牛はこのようにされる」と告げさせます(7節)。

 サウルはここで、権威付けにサムエルの名も用いています。王に任ぜられたばかりのサウルより、預言者サムエルの名がイスラエル全体に知られていたからでしょう。しかし、サウルの剣幕に押されたのか、民は主への恐れに駆られ、全土から33万の兵がサウルのもとに結集しました(8節)。

 翌朝、サウルは兵を三つの組に分けてアンモン人の陣営に突入し、「生き残った者はちりぢりになり、二人一緒に生き残った者はいなかった」というほどに、さんざんに打ち負かすことが出来ました(11節)。

 この結果を受けて、サウルを侮っていた者たちを処刑しようと民が申し出た者もいましたが(12節)、サウルはそれを自分の手柄とするのではなく、「今日は、だれも殺してはならない。今日、主がイスラエルにおいて救いの業を行われたのだから」と語ります(13節)。勝って兜の緒を締めよという故事を思い起こしますが、このときのサウルのごとく、常に謙遜を武具として、身にまとわせていただけたらと思います。

 預言者サムエルは、冒頭の言葉(14節)のとおり、イスラエルの民に、王国を興すためにギルガルに行こう、と言います。ギルガルは、イスラエルの民が40年の荒れ野の生活を終え、約束の地カナンに入るため、ヨルダン川を渡った日に、その乾いた川底から拾った12の石を記念の石碑とした場所です。

 神はそのとき、「今日、わたしはあなたたちから、エジプトでの恥辱を取り除いた」と言われました(ヨシュア記5章9節)。そのために、その場所の名が「ギルガル(転がし去る、取り除くという意味)」と呼ばれたのです。

 また、後に預言者エリヤやエリシャと関係して(列王記下2章1節)、預言者仲間たちが集団で生活する預言者学校のようなものが作られた場所になりました(同4章38節以下)。つまり、神に聴き、神の御旨を語り告げることを学ぶ場所になったのです。

 そのギルガルが、今日ここに、サウル王朝の興される場所となりました。かつてエジプトの恥辱を取り除かれた神が、今日もイスラエルにおいて救いの御業を行われることを認め、記念する場所であり、そして、神に聴き従い、神の御言葉を宣べ伝える事を学び教える場所です。

 私たちも今日、主イエスを王として心の中心にお迎えし、そこをギルガルとして、主と共に歩み始めさせていただきましょう。

 主よ、私たちは主イエスの贖いにより、あらゆる縄目から解放され、神の子とされる栄誉に与りました。主イエスの十字架こそ、私たちのギルガルです。主を誇り、御名を褒め称えます。主の来臨を喜び祝うクリスマス、私たちの心の中心に主をお迎えし、その導きに従います。主を愛するすべての者に、恵みと平和が豊かにありますように。 アーメン





12月23日(日)の御言葉  サムエル記上10章

「サウルがサムエルと別れて帰途についたとき、神はサウルの心を新たにされた。以上のしるしはすべてその日に起こった。」 サムエル記上10章9節

 サムエルがサウルの頭に油を注いで、イスラエルの王に任じました(1節)。油を注ぐ儀式は、王として選ばれた者に、聖霊の知恵や力を授けることを、目に見えるしるしとして行うものです。サムエルはそのとき、「主があなたに油を注ぎ、ご自分の嗣業の民の指導者とされたのです」と言いました。即ち、民の指導者となるために霊の賜物を授けるのは、主なる神ご自身であるというのです。

 一方、油を注がれて王に任ぜられたサウルは、まだ何のことだかよく分からずにいたようです。サムエルは先見者として、これからサウルの身の上に起こることを告げます。第一は、二人の男性がサウルを探していること(2節)、第二に、礼拝に向かう3人の男にパンをもらうこと(3,4節)、第三は、預言者の一団に出会い、サウルも預言する状態になることです(5,6節)。それらのことが、主がサウルを王として選任されたしるしでした。

 だから、「これらのしるしがあなたに降ったら、しようと思うことは何でもしなさい。神があなたと共におられるのです」と告げます(7節)。神がサウルと共にいて、何をどのようにすればよいのか、知恵を授けて下さることでしょう。

 詩編1編2,3節に、「主の教えを愛し、その教えを昼も夜も口ずさむ人。その人は流れのほとりに植えられた木。ときが巡り来れば実を結び、葉もしおれることがない。その人のすることはすべて、繁栄をもたらす」と言われています。サウルが主の教えを愛し、従う者であるように、促されているわけです。それは、サウルを通して、イスラエルの民を祝福し、そのなすところすべて繁栄に至らせるためなのです。

 また、もう一つ大切な命令が発せられます。サムエルは、「わたしより先にギルガルに行きなさい。わたしもあなたのもとに行き、焼き尽くす献げ物と和解の献げ物をささげましょう。わたしがつくまで七日間、待ってください。なすべきことを教えましょう」(8節)と言います。これは後に、サウルの運命を左右するものとなります(13章参照)。

 そうして、冒頭の言葉(9節)のとおり、サムエルが2~6節でサウルに語ったことは、その日のうちに実現したと言われます。ただ、10節以下では、第三に起こったことだけが述べられています。それが、一番重要なしるしであるということでしょう。こうして、サウルが神に選び立てられた王であることが、証明されました。

 「神はサウルの心を新たにされた」というのは、そのときにサウルが、神の御心を悟ったということでしょう。その御心とは、サウルを王に任じることで、サウルはそれを受け入れたわけです。

 6節に、「主の霊が激しく降り、あなたも彼らと共に預言する状態になり、あなたは別人のようになる」とサムエルが語っているのは、人が見てそれと分かるように容貌が変化するというのではなく、心新たに神に聴き、神に従う者となるということです。神はご自分の御旨に従って選任する者が、その使命を果たすことが出来るように聖霊の油を注ぎ、必要な賜物をお与えになります。

 サウルは、聖霊が降って心新たにされたとき、サウルは預言する状態になったと言われます(10節)。彼の耳が開かれて、神の御声を聴き、その言葉を語ったのです。それを見た人々は、「キシュの息子に何が起こったのだ。サウルもまた預言者の仲間か」と言いました(11節)。サウルの変化に驚いているわけです。

 預言する状態からさめたサウルは、聖なる高台へ行きました(13節)。パレスティナでは、丘の上に礼拝の場所を築く習慣がありました。高いところは神に近いと考えられたのでしょう。そこに祭壇を築き、いけにえをささげて神を礼拝するのです。聖霊の賜物を受けて心新たにされたサウルが、神の御言葉を聞いた今、先ず神に礼拝をささげるのです。ここから、サウルの務めが始まりました。

 パウロが、「あなたがたはこの世に倣ってはなりません。むしろ、心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい」(ローマ書12章2節)と語っていますが、それは「心を新たにして自分を変えていただき」とあるように、自分で自分を変えるというのではなく、神様に変えていただくのです。

 どのようにしてでしょうか。それは、聖霊が降り、その力を受けることによってです。サウルはその力を受けたのです。私たちも、聖霊によって油注がれて神の器とされています。神が私たちを選んだ、そして立てたと言われているからです(ヨハネ15章16節)。耳を開いて御言葉を聞き、十字架の主を仰ぎつつ、使命を果たすことが出来るように祈りましょう。

 主よ、私たちがそれぞれ召されたところに従って御旨を行うことが出来るように、聞く耳、見る目、悟る心を授けて下さい。キリストは、私たちにとって神の知恵であり、義と聖と贖いとなられました。キリスト・イエスに結ばれ、クリスマスの喜びと平和の福音を告げ知らせることが出来ますように。 アーメン



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