風の向くままに

新共同訳聖書ヨハネによる福音書3章8節より。いつも、聖霊の風を受けて爽やかに進んでいきたい。

2012年10月

10月22日(月)の御言葉 「あなたの神、主は、あなたと共に歩まれる」

「強く、また雄々しくあれ。恐れてはならない。彼らのゆえにうろたえてはならない。あなたの神、主は、あなたと共に歩まれる。あなたを見放すことも、見捨てられることもない。」 申命記31章6節


 2節に、「わたしは今日、既に百二十歳であり、もはや自分の務めを果たすことはできない。主はわたしに対して、『あなたはこのヨルダン川を渡ることができない』と言われた」、というモーセの言葉があります。これを見る限り、もうこれで晴れてお役御免、お務めご苦労様でした、というところです。

 ただ、モーセの本心は、ヨルダン川を渡って約束の地を踏みたい、乳と蜜が流れるというカナンの地を見たいということでした(3章25節)。しかし、それは適わず、最後にネボ山、即ちピスガの山頂から、その地を眺めることだけが許されたのでした(同27節、34章1節以下)。

 どんなに優れた指導者でも、力のあるリーダーでも、永遠に働き続けることは出来ません。いつしか、そのバトンを次の者に渡さなければならないときが来るのです。その終わり方、バトンの渡し方は様々です。

 かつて、安倍首相、福田首相と続けて、突然首相を辞任するというおよそ無責任な幕引きで自民党の支持率低下を招きました。続く麻生首相は、首相となってすぐに世界不況が起こり、困難な政権運営を迫られたということで同情致しますが、引き際を読み間違えて、結局政権交代を実現させてしまいました。

 政権を引き継いだ民主党の鳩山首相は普天間基地の問題で、菅首相は福島原発事故の対応の拙さに加え、消費税増税を言い出して参院選で大敗を喫した責任をとる形で政権を後に譲り、今の野田首相は、辞めるに辞められず政権の座に着いている、麻生首相と同じような状況に追い込まれています。

 モーセは、ヨルダン川を渡れないことが確定したときから、後をエフライム族のヌンの子ヨシュアに託しました(民数記27章12節以下、23節)。いよいよ全権をヨシュアに委ねるにあたり、モーセがヨシュアに与えた奨めが、「強く、また雄々しくあれ」という言葉です(6,7,23節)。何度も同じ言葉が語られるということは、それだけ勇気が求められる場面があるということでしょう。

 それは、外敵に対してだけでありません。というのは、イスラエルの民がモーセに逆らい、神に背き続けたからです。身内からさえ、面と向かって非難を受けたことがあり、モーセの心はどれほど傷んだことでしょうか(民数記12章2節以下)。そこで、どんなに心萎えるような出来事に遭遇しても、共におられる神に信頼し、強く雄々しく立って、主に従う道を民に示せ、と語っているわけです。

 12章1節以下26章まで、イスラエルの民が約束の地に入って守るべき掟と法を語って聞かせ、28章69節以下、その掟と法に基づき、シナイ山で結んだ契約を更新するかたちで、モアブの地で契約を結びました。それらを書き留めさせ、祭司およびイスラエルの全長老に与えました(9,24節)。それこそ、モーセの遺言です。それによって、民はいつでもモーセの意志を確認出来ます。神の導きを知ることが出来ます。

 後継者ヨシュアがいて、モーセが語り聞かせた戒めの書があれば、鬼に金棒、これで用意は万全と言いたいところですが、モーセはしかし、そのように考えてはいませんでした。「わたしはあなたがかたくなで背く者であることを知っている。わたしが今日、まだ共に生きているときでさえ、あなたたちは主に背いている。わたしが死んだ後は、なおさらであろう」と語っているからです(27節)。

 だから、ヨシュアに、強く、雄々しくあれと語るのであり、また、祭司、長老たちに、七年ごと、仮庵祭の折に全イスラエルの前で読み聞かせ、忠実に守らせよ(10,11節)と命じるのです。どんなに心備えしても、それで安心ということはないでしょう。

 ヨシュアが拠って立つのは、イスラエルの民が素直に聴き従うかどうかというところではなく、「強く、また雄々しくあれ。恐れてはならない。彼らのゆえにうろたえてはならない。あなたの神、主は、あなたと共に歩まれる。あなたを見放すことも、見捨てられることもない」(6節、8節など)という御言葉です。主がそう約束されるからこそ、約束の地で安息を得ることが出来るのです。

 主よ、あなたは私の弱さをよくご存知です。あなたがご一緒下さらなければ、どうして信仰の道を全うすることが出来るでしょう。どうか前から後ろから、また上から下から私を取り囲んで、恵みをお与え下さいますように。信仰の創始者であり、完成者である主を仰ぎ見ながら、私の担うべき役割を果たすことが出来ますように。 アーメン



10月21日(日)の御言葉 「御言葉はあなたのごく近くにあり」

「御言葉はあなたのごく近くにあり、あなたの口と心にあるのだから、それを行うことができる。」 申命記30章14節


 15節に、「見よ、わたしは今日、命と幸い、死と災いをあなたの前に置く」と記されています。命か死か、幸いか災いか、祝福か呪いか。申命記には、この究極の二者択一が何度も出て来ます。勿論、どちらを選んでもよいというはずはありません。「命を選び」、幸いを得よ、祝福を得よと言われているのです(19節)。

 11節に、「わたしが今日あなたに命じるこの戒めは難しすぎるものでもなく、遠く及ばぬものでもない」とあります。教えを理解し、実行するのは難しくないのだから、それを行って、祝福を得よというのです。

 ここで、「難しい」の原語は、「不思議(パーラー)」という言葉で、神の御業などの形容に、「驚くべき」とか「奇しき」と訳されて、普通の人間が理解することの出来ない不思議な出来事という意味で用いられます。しかし、ここでは、「難しすぎるものではなく、遠く及ばぬものでもない」から、誰もが理解し、実行することが出来ると言われます。

 勿論、あらゆる律法、すべての戒めを行えと言われて、それが完璧に出来る人もまたいないでしょう。「それらのことは幼い時からみな守ってきました」と答えた青年も、主イエスには、それが完全でなかったことを見抜かれていました(マタイ19章16節以下)。

 しかし、神の赦しと救いに与り、神の愛を知った者として、命令に従いたいと願い、教えを実行しようと努力すること、神に近づこうとして歩み始めること、それがどんなに弱々しく、ゴールまでほど遠いものであっても、その一歩一歩を神は喜んで下さるにちがいありません。そして、よい業を始められた方が、キリスト・イエスの日までに、その業を完成して下さると、信じます。

 戒めが難しいものではないという根拠について、冒頭の言葉(14節)で、「御言葉はあなたのごく近くにあり、あなたの口と心にあるのだから、それを行うことができる」と言っています。

 これは先ず、神の御言葉を繰り返し朗読することです。御言葉が「口にある」とはそのことです。そして「心にある」とは、御言葉を信じることです。私たちも、朝毎に神の御言葉を聞いて神の御心を示され、その言葉を何度も思い起こし、思い巡らして、その恵みを味わいたいと思います。

 パウロが、この言葉をローマ書10章8節で引用しています。そして、「これは、わたしたちが宣べ伝えている信仰の言葉なのです」と解釈しました。つまり、口と心にある「御言葉」とは、主イエスのことを指していて、口で「イエスは主である」と告白し、心で「神がイエスを復活させた」と信じるなら、救われる(同9節)と説いているのです。

 主イエスを信じて心に迎え、主の御言葉を語れ、主イエスを証しせよということですね。だから、「すべての人に同じ主がおられ、ご自分を呼び求めるすべての人を豊かにお恵みになるからです」(同12節)とも言っています。

 こうした言葉の背後には、パウロ自身の信仰体験があると思います。迫害者をも愛し憐れみ、救おうとされる主イエスの愛に触れて目が開かれ、主イエスを信じる者となりました。御霊の力を受けて、主イエスの愛と救いを証しする者となりました(使徒言行録9章)。

 パウロは、彼の心に主イエスが住まい、もはや自分ではなく、キリストが生きているというのです(ガラテヤ書2章20節)。そして、どのような困難にも迫害にも気落ちしないで主を証しし、福音を語る時、彼の心には御霊を通して神の愛がいよいよ豊かに注がれ、喜びに満たされました。彼は、艱難さえも喜ぶことが出来る者とされていたのです(ローマ書5章1~5節)。

 日々神の御言葉に耳を傾け、それを行うことにより、岩の上に家を建てる賢い者とならせて頂きましょう(マタイ7章24,25節)。御言葉に土台し、導きに従う者は、どんな世の嵐が吹き荒れ、荒波が押し寄せてきても、神の祝福の内に守られるからです。主から受けた恵みを証しするため、御霊の満たしと力を祈り求めましょう。主は、求める者に聖霊を下さるからです。

 主よ、繰り返し背いたイスラエルを絶えず憐れみ、何度も祝福の道を示されました。そこに赦しを見ます。救いを見ます。今日私たちがあなたに従って歩むことが出来るのも、主が私たちを憐れみ、招き続けていて下さるからです。感謝をもって常に「イエスは主なり」と告白して参ります。私たちの歩みを守り導いて下さい。その恵みを証します。聖霊を与えて下さい。御名が崇められますように。御業がこの地に行われますように。 アーメン








10月20日(土)の御言葉 「悟る心、見る目、聞く耳をお与えにならなかった」

「あなたはその目であの大いなる試みとしるしと大いなる奇跡を見た。主はしかし、今日まで、それを悟る心、見る目、聞く耳をあなたたちにお与えにならなかった。」 申命記29章2,3節


 29~32章はモーセの告別説教というべき部分です。29~30章は、モアブにおける契約について語っています(28章69節)。

 その中で、冒頭の言葉(3節)は、私たちに必要なものを教えてくれます。それは、悟る心、見る目、聞く耳の三つです。

 「悟る心」とは、どういうものでしょうか。それは、40年の荒れ野の生活を導き、守られたお方こそ、神、主であると悟る心のことです。

 「見る目」について、イスラエルの民は、神がエジプトでなされたすべての業を見ました(1節)。葦の海での大いなる奇跡を見ました。荒れ野における大いなる試みとしるしを見ました(2節)。ここで問われるのは、どういうときにも、どういう場所でも、かつて荒れ野で救いの恵みを下さった神を見ることが出来るかどうか、ということです。

 特に必要なものは、「聞く耳」です。申命記において、神の御言葉、すべての掟と法、神の命令と教えに忠実に聴き従うように、何度も命じられています。主が神であり、このお方のほかに私たちを救うことが出来るものはないと悟ること、このお方の約束を信じ、その御手にすべてを委ねて歩むこと、そして、このお方の御言葉、御教えに忠実、従順な選びの民となるように、繰り返し語られ、導かれているのです。

 この「悟る心、見る目、聞く耳」は、主なる神が私たちにお与え下さる賜物です。けれども、それが今日まで与えられていなかったというのです。確かに、イスラエルは、出エジプトという大いなる奇跡を経験しても(2節)、荒れ野の生活で繰り返し神の恵みを味わっても(4節)、神の民として御心を悟り、神にのみ信頼して、従順に御言葉に聴き従うことが出来ませんでした。何度も神に不平を言い、何度も主を試み、背いて、神の怒りを招きました。

 主の賜物ということであらためて考えさせられることは、私たち人間の意志や努力によって、神の賜物を獲得することは出来ないということです。それは、恵みとして神から賜るのです。主なる神は、民との新たな契約締結に臨んで、今日、御言葉に聴き従う耳、日々共にいて下さる神を信頼して仰ぐ目、御心を悟り、主こそ神であることを固く信ずる心を、私たちにお与え下さろうとしているのです。

 9節に、「今日、あなたたちは、全員あなたたちの神、主の御前に立っている。部族の長、長老、役人、イスラエルのすべての男子、その妻子、宿営内の寄留者、薪を集める者から水を汲む者に至るまでいる」とあります。主なる神と契約を結ぶために、イスラエルのすべての民が神の御前に出ています。ここで結ばれる契約が、イスラエルの民一人一人を対象にしている、一人一人が契約の相手であるということです。

 さらに、13~14節に、「わたしはあなたたちとだけ、呪いの誓いを伴うこの契約を結ぶのではなく、今日、ここで、我々の神、主の御前に我々と共に立っている者とも、今日、ここに我々と共にいない者とも結ぶのである」と言います。即ち神は、契約の相手を限定しておられないのです。

 神はこの契約の相手を、時間空間を越えてもっと広げようとしておられます。今ここに共にいない、他の場所にいる者や、次の世代、次の次の世代、もっとずっと後の世代の人々とも結びたいということです。つまり、神はすべての者と契約を結びたいと思っておられるのです。

 神はかつてホレブで契約を結び、そして、ここモアブでそれを更新されます。一度契約を結べば、それで善いというのではありません。あなたは今日、私と契約を結びますかと問われるのです。即ち、神との契約は毎日更新されるのです。毎日、「あなたは今日、私を主と呼びますか。私の言葉に耳を傾けますか。私を信じて仰ぎますか」と問われているのです。

 主の問いかけに、常に「はい」と答えて、従って行きたいと思います。

 主よ、私たちは置かれた状況、境遇によって心が変わります。キリストのみ、信仰のみに立つことが出来なくなります。どうか清い心、確かな新しい霊を授けて下さい。信仰に堅く立ち、絶えず主に目を向け、御言葉に耳を傾けることが出来ますように。アーメン



10月19日(金)の御言葉 「心からの喜びと幸せに溢れてあなたの神、主に仕えないので」

「あなたが、すべてに豊かでありながら、心からの喜びと幸せにあふれてあなたの神、主に仕えないので」 申命記28章47節


 28章には、「神の祝福」(1節以下)と「神の呪い」(15節以下)が記されています。神の祝福には、理想的な姿、こうであればよいなあいう、希望溢れる表現が並んでいます。

 一方、神の呪いは、まず分量的に、神の祝福の4倍の長さで語られています。内容は、15~18節に神の祝福を裏返した記述があり、20節以下は、疫病や天変地異、そして異国の支配など、これは悲観的なものというよりも、実際にイスラエルが味わった災難、悲劇の描写というものになっています。

 疫病や天変地異などは、イスラエルの民がエジプトを脱出する際に、エジプトに下された災いでした。イスラエルの民は、神の恵みを得てエジプトを脱出したのです。エジプトに下された災いでイスラエルの民が打たれ、そして、「エジプトに送り返される」(68節)というのは、文字通りエジプトの奴隷となるということでもありましょうけれども、神の一切の恵みを失い、呪われた結果であるということが明示される形なのです。

 イスラエルの民は、ダビデ王の時代に、神の大いなる祝福を得ました。それこそ神は、町にいても祝福され、野にいても祝福され(3節)、入るときも祝福され、出て行くときも祝福され(6節)、立ち向かう敵を目の前で打ち破られたのです(7節)。

 ダビデから王朝を引き継いだその子ソロモンも、神から受けた知恵をもって、これ以上ないというほどの祝福を受けました(列王記上3章)。壮麗な神殿を建て、贅を尽くした王宮を完成することも出来ました(同6~8章)。ソロモンの名声を聴き、知恵を聞くために世界中の人々が拝謁を求め、貢ぎ物を携えてやって来たと言います(同10章1節以下、23~25節)。

 ところが、ソロモンには700人の王妃と300人の側室がいて、この妻たちがソロモンを惑わしました(同11章1節以下)。外国から娶った王妃や側室のために異教の神々を祀る場所が築かれ、その礼拝が行われるようになり、ソロモンは主の戒めに背いたのです。ソロモンはいったい何のために千人もの妻たちを抱えたのでしょうか。

 婚姻関係を結んで、両国の平和安定的な交易を求めるためでしょうか。あるいは、よい子孫を残すためでしょうか。その他、様々な理由があるのでしょうけれども、勿論それは、神の導きではありません。むしろ、神の戒めに背く行為です(同11章2節、出エジプト記34章12節以下)。

 その結果、ソロモンの存命中に既に敵対する者が起こり、死後、イスラエルは南北に分裂します(列王記上12章)。そうして、北イスラエルは紀元前721年にアッシリアに(列王記下15章27節以下)、南ユダは紀元前587年にバビロンに滅ぼされ、民は捕囚として連れ去られるという結果を刈り取ることになりました(同25章)。

 民を正しく裁き、善と悪を判断するために聞き分ける心をお与え下さいと神に求め、知恵に満ちた賢明な心を授かったソロモンが(王上3章6節以下、9節)、なぜ、愚かにも神に背く道を歩んでしまったのでしょうか。その理由は定かではありませんし、理解に苦しむところです。

 冒頭の言葉(47節)で、「あなたが、すべてに豊かでありながら、心からの喜びと幸せに溢れてあなたの神、主に仕えないので」と言われています。ソロモンは、あらゆる面で豊かになったとき、シェバの女王を初め多くの来訪者たちが賛辞を口にするのをおのが誉れとし、いつしか心高ぶって感謝を忘れ、喜びと幸せに溢れて主に仕えることをしなくなったのでしょう。

 一つ一つ神に知恵を求めずとも、自分の世界一豊かな知恵で判断し、最も良い裁決が出来ると思い始めて、歯車を狂わせてしまったのかも知れません。主を畏れることが、知恵の初めなのです(箴言1章7節)。パウロは、知恵と知識の宝はすべて、キリストの内に隠れていると言っています(コロサイ書2章3節)。神の御前に謙ればこそ、知恵が明らかにされるのです。神を畏れる心を忘れて、懸命に生きることは出来ません。

 神の恵みが仇となることがないように、恩知らずにならないように、絶えず御前に謙り、日々御言葉に耳を傾け、「今日」主が命じられるところをことごとく忠実に守り、主と共に歩みましょう。


 主よ、与えられている恵みに心から感謝致します。その恵みを主の御業の前進のために生かして用いることが出来ますように。そのために、聞き分ける心、実践する力を授けて下さい。喜びと幸せに溢れて主に仕えさせて下さい。御心が行われますように。 アーメン
 








10月18日(木)の御言葉 「あなたの神、主の御前で喜び祝いなさい」

「また、和解の献げ物を屠ってそれにあずかり、あなたの神、主の御前で喜び祝いなさい。」 申命記27章7節


 1節冒頭に、「モーセは、イスラエルの長老たちと共に民にこう命じた」と記されていますが、モーセがイスラエルの民に語りかける際に、「長老と共に」立つというのは、これまで前例のないことでした。ここに命じられているのは、冒頭の言葉(2,3節)にあるとおり、ヨルダン川を渡って約束の地に入ったら、大きな石に漆喰を塗り、その上に律法の言葉を書き記せというものです。

 モーセは、約束の地に入ることが許されてはいません。ですから、ここで命じたことを民が忠実に実行するかどうか、モーセ自身が確かめることが出来ません。そのために、長老たちがモーセと共に立ち、いわば立会人しての役割を果たしているわけです。

 律法の言葉を石に書き記させるのは、その石碑を見る人に神の戒めを守るべきことを常に思い起こさせるという狙いがあるのでしょう。「律法の言葉をすべて書き記せ」(3節)と言われているということは、神がモーセを通じてお命じになった律法を、すべて守り行えというわけです。

 ただし、「律法の言葉をすべて」とは、いわばモーセ五書全体を書き記せということですから、その分量の多さから、それを文字通りに実行するのは、とても大変なことではなかったかと思われます。恐らく、契約の箱に十戒の刻まれた石の板を納めたように、石碑に律法のすべてを代表する「十戒」を書き記したのではないでしょうか。

 4節に、「これらの石をエバル山に立てよ」と言われます。エバル山について、以前、「あなたが入って得ようとしている土地に、あなたの神、主が導き入れられるとき、ゲリジム山に祝福を、エバル山に呪いを置きなさい」と言われていました(11章29節)。それは、主の戒めに聴き従うならば祝福を受け、戒めに耳を傾けようとせず神に背く道を行くならば呪いを受けるということでした(同27,28節)。

 そして、エバル山には、石碑が建てられるだけでなく、祭壇も築かれることになります(5節)。それは石の祭壇で、そこに焼き尽くす献げ物をささげ(6節)、また、和解の献げ物をささげます(7節)。和解の献げ物は、それをもって神に和解を求めるというよりも、罪赦され、和解の恵みに与った感謝の献げ物といった方がよいのでしょう。

 和解の献げ物は、脂肪を燃やして煙とし、胸の肉と右後ろ足は祭司らのものとなり、それ以外の肉は、奉納者が神の御前で食するのです(レビ記3章、7章11節以下)。冒頭の言葉(7節)で、「和解の献げ物を屠ってそれにあずかり、あなたの神、主の御前で喜び祝いなさい」というのは、そのことです。

 あらためて、イスラエルの民が約束の地に入るということは、罪の赦しという神の恵みの賜物です。赦しがなければ、だれ一人、約束の地に入ることが出来なかったでしょう。だから、「主の御前で喜び祝いなさい」と言われるのです。

 私たちの罪を赦すために、神の御子、主イエスが献げ物となられたのです。主の晩餐式というのは、主の裂かれた体を記念するパンと、主の流された血を記念するぶどうの杯をいただくのですが(マルコ14章212節以下など)、それは、神の国での祝宴の先取りでもあります。というのは、主イエスが「神の国で新たに飲む日まで、ぶどうの実から作ったものを飲むことはもう決してあるまい」(同14章25節)と仰っているからです。

 神の国で、主と共にぶどうの実から作ったものを飲むときが来ると約束されています。それは、どんなに大きな喜びでしょうか。言葉では表現出来ない喜びが爆発するときでしょう。主の晩餐式は、それを先取りしているのです。「主の御前で喜び祝いなさい」と言われているのですから、晩餐に与るとき、もっと喜ぶべきです。もっと神に感謝すべきです。

 私たちのささげる礼拝が、神を喜び祝う礼拝となるように、主の御言葉に耳を傾け、御旨に従い、日々豊かな祝福に与りましょう。


 主よ、計り知れない恵みに心から感謝します。罪赦され、救われ、神の子とされ、永遠の命に与りました。祈りが聞かれ、癒しや助けをいただきます。聖霊の力を受け、主の恵みを証しすることが出来ます。日々御言葉が開かれ、御旨を悟ります。御業のために用いて下さい。いよいよ御名が崇められますように。 アーメン








10月17日(水)の御言葉 「滅びゆく一アラム人であり、わずかな人を伴ってエジプトに下り」

「わたしの先祖は、滅び行く一アラム人であり、わずかな人を伴ってエジプトに下り、そこに寄留しました。しかしそこで数の多い、大いなる国民になりました。」 申命記26章5節


 約束の地に入り、そこに住むようになったとき、地の実りの初物を神のもとに携えるようにということが、1,2節に定められています。古来、「あらゆる地の実りの初物」というのは、神聖なものと考えられて来ました。初物を携えて神社に詣でるというのは、わが国にもある慣わしです。

 カナンには、バアルやアシェラを祀る場所がいたるところに設けられ、礼拝が行われていました。バアルは雨をもたらす神であり、アシェラは大地の神です。この神々のまぐわいにより、地に豊かな実りをもたらすと考えられていました。豊作を願う儀式や収穫の恵みに感謝する儀式が、神々の前で行われます。律法で禁じられているにも拘らず、イスラエルの民も、その儀式に参加するようになって行きました。

 そのことについて、ここでは、「あなたの神、主」こそが真の神であり、ただ一人、礼拝されるべきお方であることを、その名を繰り返し用いることで示しています。

 神の前に出るときに、地の実りの初物を捧げた後(4節)、冒頭の言葉(5節)で始まる信仰の告白を行うように命じておられます。そこで語られるのは、まず出自で、「滅び行く一アラム人」と言います。アラムとは、ヨルダン川東岸からチグリス・ユーフラテス流域までに住むアラム人のいる広い地域を指すものです。

 イスラエルの先祖アブラハムは、「カルデアのウル」(創世記11章31節)、即ちユーフラテス川河口の町の出身です。ウルから父テラに連れられて水源地に近いハランの地に移り住み、そこで主の御言葉を聞いて、カナンに下って来ました。

 彼には子どもが与えられていませんでした。神の助けと導きがなければ、彼の代で系図が途絶えてしまうところでした。「滅び行く一アラム人」の素質は十分です。「わずかな人を伴ってエジプトに下り」、寄留しようとしたこともあります。

 ただ、「そこで、強くて数の多い、大いなる国民になりました」と告白させられる件をみると、これは、アブラハムの孫ヤコブのことであることが分かります。ヤコブは、兄エサウの祝福を奪い、ハランの地に避難したことがあります(創世記27章)。彼はたった一人でハランの地に赴きましたが、そこで神の恵みに与って二人の妻、二人の側室を得、12人の男児をなしました(同29章以下)。多くの財産を抱えて故郷に戻って来ます。

 その後、パレスティナを襲った飢饉のため、子らとその家族70名(先にエジプトに売られ、宰相となっていたヨセフの家族も含めて)を連れて、エジプトに下ります(創世記48章、出エジプト記1章5節)。ゴシェンの地に寄留したヤコブの家族は、王に厚遇されてその数を増し、「強くて数の多い、大いなる国民」に成長したのです(同7節)。

 しかし、それがエジプトにとって不安の種になります。ヨセフを知らない世代の王が出ると(同8節以下)、イスラエルの民は厚遇される立場から一転、重労働を課される奴隷の立場に落とされました(同11節)。

 神は、助けを求めるイスラエルの民の声を聴き、その苦しみ、労苦、虐げを御覧になり(7節)、力ある御手をもってエジプトから導き出し、彼らに約束の地をお与えになりました(8,9節)。ですから、初物をささげるのは、約束の地に入ることが出来たという喜び、約束を主が真実に適えて下さったという感謝のしるしなのです。

 それを、約束の地に定住し、作物の実りを見た最初にするだけでなく、新しい季節の産物の初物をささげるごとに行うのです。そのことで、実りに対する感謝と共に、自分たちがこれまで受けてきた神の恵み、自分たちが神の民と呼ばれるために与えられた神の愛の深さを思い起こし、その感謝を言い表すのです。

 それは、新しい地においても神の恵みを受けるという信仰の表明であり、そのために御言葉に聴き従うことを誓うことなのです(14,15節)。

 主よ、私たちも新しい月ごとに主が命じられた主の晩餐を守り、「教会の約束」を確認しています。私たちが神の子とされるためにどれほどの愛を賜ったことか、思いを新たにするためです。どうか私たちを祝福し、与えられている務め、働き、私たちが仕えている場所、家庭、職場、地域を祝福して下さい。 アーメン






10月16日(火)の御言葉 「アマレクの記憶を天の下からぬぐい去れ」

「あなたの神、主があなたに嗣業の土地として得させるために与えられる土地で、あなたの神、主が周囲のすべての敵からあなたを守って安らぎを与えられるとき、忘れずに、アマレクの記憶を天の下からぬぐい去らねばならない。」 申命記25章19節


 25章最後の「アマレクを滅ぼせ」という見出しが付けられた17節以下の段落、その冒頭の17節に、「アマレクがしたことを思い起こしなさい」とあり、それは、アマレクがエジプトを脱出したイスラエルの民に襲いかかり、しんがりにいた落伍者をすべて責め滅ぼして神を畏れなることがなかったと、説明されています(18節)。

 アマレクの仕業に基づいて、冒頭の言葉(19節)のとおり、「あなたの神、主が周囲のすべての敵からあなたを守って安らぎを与えられるとき、忘れずに、アマレクの記憶を天の下からぬぐい去らねばならない」という厳しい命令が記されています。アマレクの徹底的な殲滅が命じられているわけです。

 これは、出エジプト記17章8節以下のイスラエルとアマレクとの戦いのことを言っているものと思われます。その戦いでは、ヨシュアの奮戦とモーセの執り成しの祈りにより、アマレクを打ち破ることが出来ました(同12節)。そして、主がモーセに、「わたしは、アマレクの記憶を天の下から完全にぬぐい去る」と言われ(同14節)、モーセが「彼らは主の御座に背いて手を上げた。主は代々アマレクと戦われる」と言っています(同16節)。

 ただ、18節で、「あなたが疲れきっているとき、あなたのしんがりにいた落伍者をすべて責め滅ぼし、神を畏れることがなかった」と言われているようなことは、出エジプト記には何も記されてはいません。

 ここで、創世記36章12,16節によれば、アマレク人は、ヤコブの兄エサウの子孫と伝えられています。とすると、23章8節の、「エドム人をいとってはならない。彼らはあなたの兄弟である」という言葉とぶつかってしまいます。エドム人とは、エサウの子孫のことだからです(創世記25章30節)。

 ここに記されているアマレク人に対する嫌悪感は、恐らくその後の士師時代、王国時代を通じて、繰り返しエドムの荒れ野からイスラエル南部に侵入して略奪を行うなど勢いを振るい、モアブ、アンモン、ミデアンと共に脅威となっていたからでしょう(士師記3章13節、6章3,4節、サムエル記上15章、30章)。

 ところで、私たちはこの記事をどのように読むべきでしょうか。イスラエルに敵対し、神の民に弓引くアマレクの民は、滅ぼし尽くして永遠の忘却の彼方に追い遣るべきなのでしょうか。文字通りに取れば、そうなのかもしれません。

 実際、聖書のほかに、アマレク人の存在を記している資料はありません。アマレク人に関する考古学的発見もないようです。それにも拘わらず、聖書にアマレクの記事が記されているので、その記憶を天の下から拭い去るどころか、世の終わりまで語り継がれていくわけです。

 ということは、申命記が伝えようとしているのは、アマレクを滅ぼし尽くすこと、アマレクに敵愾心を燃やし続けることなどではなく、出エジプト記17章16節のモーセの言葉のように、イスラエルに敵することは、神を敵に回すことであり、神ご自身がイスラエルの民のために戦って下さるということではないでしょうか。

 確かに、私たちにも「敵」がいることでしょう。私たちに敵対し、害を与えるため、「敵」と言わざるを得ないような相手です。敵との戦いを避けられず、神の武具で武装せよと言われるところもあります(エフェソ書6章10節以下)。しかしそれは、人間を相手にするものではありません。

 そして、身を守る武具として、真理の帯、正義の胸当て、福音宣教の靴、信仰の盾、救いの兜、そして御霊の剣を取れと言われます(同16,17節)。ここには、相手に害を与える武具は、存在しません。御霊の剣とは、神の御言葉のことだと説明されています(同17節)。神の御言葉で悪魔の策略を打ち破れというわけです。

 主イエスは、人間の敵に対しては、「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」(マタイ5章44節)と言われました。これは、簡単に実行出来るものではありません。しかし、実行出来ないものでもありません。神の御言葉に従うことこそ、私たちと「敵」との間にうごめく悪魔の策略を打ち破る戦いなのです。

 御霊の力により、御言葉に従わせないよう働く悪しき力、思いを取り除いて頂きましょう。御霊の導きを祈りつつ、絶えず主の御言葉に耳を傾けましょう。

 主よ、誰かに右の頬を打たれて左の頬も向けてやるというような心のもち合わせは、私にはありません。しかし、あなたは敵を愛せよと言われます。御旨に聴き従うことが出来ますように。信仰と祈りによって一歩踏み出させて下さい。 アーメン










10月15日(月)の御言葉 「寄留者、孤児、寡婦のものとしなさい」

「畑で穀物を刈り入れるとき、一束畑に忘れても、取りに戻ってはならない。それは寄留者、孤児、寡婦のものとしなさい。こうしてあなたの手の業すべてについて、あなたの神、主はあなたを祝福される。」 申命記24章19節


 新共同訳聖書は、5節以下の段落に「人道上の規定」という小見出しをつけています。特に、貧しく、弱い立場の人々に対する配慮が記されます。

 6節に、「挽き臼あるいはその上石を質にとってはならない」という言葉があります。挽き臼は穀物を粉に挽くために欠かせない生活必需品ですから、それを担保に取れば、すぐに借りたお金を返してくれるだろうという考えがあるわけです。しかし、それは生活に困窮している人の生存を脅かす行為として禁じられます。

 10節以下も同様で、上着以外に担保となるものがないような貧しい人には、その日の内にそれを返せと言われます。それは、上着が夜具でもあるからです(13節)。17節の、「寡婦の着物を質に取ってはならない」というのも同様です。

 そのような配慮が命じられる根拠は、イスラエルの民がかつてエジプトの奴隷であり、その苦しい状況を主が憐れみ、そこから救い出して下さったということです(18節)。

 冒頭の言葉(19節)も、その関連で語られます(22節参照)。「畑で穀物を刈り入れるとき、一束畑に忘れても、取りに戻ってはならない」というのは、レビ記19章9節の、「穀物を収穫するときは、畑の隅まで駆りつくしてはならない。収穫後の落穂を拾い集めてはならない」と同じで、落穂を拾うのは、貧しい人々が命を支える糧を確保する大切な手段でした。

 主イエス一行が麦畑を通られたとき、弟子たちが穂を摘んで食べたとき、それをファリサイ派の人から咎められましたが(ルカ6章1,2節)、それは、「他人のものを盗ってもよいのか」ということではありませんでした。麦畑で穂を手で摘んで食べることは、貧しい者や旅人には許されていたわけです(23章26節参照)。「安息日」に収穫と食事の準備をしたことが、問題とされたのです。

 落穂拾いと言えば、ルツ記の記事を思い出します。モアブ人女性ルツは、ユダヤから移り住んできたエリメレクの息子と結婚しますが夫に先立たれ、姑のナオミと共に、姑の故郷ベツレヘムに戻ります(ルツ記1章)。ルツは早速落穂を拾いに行きますが、それは、たまたま姑ナオミの親戚ボアズの畑でした(同2章1節以下、3節)。ボアズは、異国人であり寡婦であるルツの身の上を知り(同2章5節以下)、厚意を示します(同8節以下)。

 ここに、申命記の戒めが忠実に守られた実例を見ることが出来ます。モアブ女性ルツに親切にし、やがて結婚したボアズとルツの間にオベドが生まれ、オベドからエッサイ、そしてエッサイからダビデが誕生します(ルツ記4章13,21,22節)。ボアズはダビデ王の曽祖父となったのです。

 幕末期の1865年7月、米国のA.ハーディーは、自分が所有している船(ワイルド・ローバー号)のボーイとして渡米して来た一人の日本人青年に目を留め、青年の志を知って自宅に引き取り、学問をさせるため全面的に援助します。青年は、ハーディーの感化でクリスチャンになり、大学を卒業して神学校で学んでいたとき、明治政府最初の外交官・森有礼と会い、その後、岩倉具視の遣米使節団の通訳として協力することになります。

 神学校を卒業し、宣教師となって帰国した青年が、日本の将来のためにと様々な困難の乗り越え、京都に同志社大学を建てます。この青年こそ、ご存知、新島襄先生でした。ハーディーが一人の寄留者に示した愛が、以後、大きな実を結ぶことになったのです。新島先生は、ハーディーをアメリカの父と呼び、自分のミドル・ネームに名前をもらってジョセフ・ハーディ・ニイシマ(Joseph Hardy Neesima)と称していたそうです。

 私たちも主イエスの恵みに与って神の子とされ、クリスチャン(キリストのもの)と呼ばれています。キリストに愛された愛をもって、互いに愛し合いましょう(ヨハネ15章12節)。主が手の業すべてを祝福して下さるからです。


 主よ、御子が私たちのために一切を捨ててこの世においで下さいました。それは御子の貧しさによって私たちが富む者となるためでした。神は、主を信じる私たちのためには、御子と一緒にすべてのものをお与え下さるのです。ハレルヤ!アーメン







10月14日(日)の御言葉 「逃れて来た奴隷を主人に引き渡してはならない」

「主人のもとを逃れてあなたのもとに来た奴隷を、その主人に引き渡してはならない。」 申命記23章16節


 冒頭の言葉(16節)で言及されている「奴隷」とは、負債の支払いのために身を売って奉公するヘブライ人奴隷ではなく、他の国から逃亡して来た奴隷のことです。この箇所では、そのような逃亡奴隷に対して、もとの主人に引き渡さず、むしろ、「どこかの町の彼が選ぶ場所に、望むがままにあなたと共に住まわせなさい」(17節)と、避難所を提供して保護するように命じています。

 しかしながら、そのようなことをすれば、国外逃亡奴隷を引き渡さないということで、国際社会の摩擦を呼び、大変な事態になってしまうのではないでしょうか。また、そのような逃亡奴隷に対する対応は、国内の奴隷制度にも影響を与えそうです。

 新約時代、ローマ帝国のもとでは、逃亡奴隷が捕まえられれば、十字架刑という極刑が待っていましたし、ローマ市には、逃亡奴隷を捕まえる特別警察が組織されていたと聞いています。その意味では、奴隷制を廃止することなど全く考えられない時代に、奴隷の生存権を守る画期的な規定といってもよいでしょう。

 ここで、「逃れて・・来た」(ナーツァル)というのは、イスラエルの民をエジプトから「救い出す」というときに用いられる言葉です(出エジプト記3章8節、6章6節など)。イスラエルの民は、かつてエジプトで奴隷として使役されていました。その民の叫びを主なる神が聞かれ、彼らをエジプトから救い出して、約束の地に導き入れようとしているのです(出エジプト記3章7節以下)。

 ですから、彼らのもとに逃れて来る他国からの逃亡奴隷は、いわば同胞、家族なのであり、彼らを匿い、共に住むようにするのは、当然のことというわけです。彼らには、住む場所を自由に選ぶ権利さえ、保障されます。

 使徒パウロが、オネシモをフィレモンのもとに送り帰す、という手紙を書いています(フィレモン書8節以下、12節)。オネシモは、フィレモンの家の奴隷でしたが、彼のもとを逃げ出してパウロのところに身を寄せていたのです。そのため、「以前はあなたにとって役に立たない者でした」(同11節)と言われるのです。

 オネシモとは、「役に立つ」という意味の名前で、特に奴隷の名として用いられたそうです。その名に反して、オネシモが役立たずになってパウロのもとに逃げて来たのを、もう一度、フィレモンのもとに送り返そうという話です。

 「役に立たない者」とは、ただ逃げ出したというだけではなかったようです。同18節に、「彼があなたに何か損害を与えたり、負債を負ったりしていたら」とありますが、実際、逃げ出すときに金品を持ち出して、フィレモンに損害を与えていたのだろうと思われます。

 そういうオネシモが、どのような経過で、パウロのもとに身を寄せることになったのか分かりませんが、恐らくエフェソで監禁されていたパウロに執り成しを頼み、仕えている内に、キリストの教えを受け入れ、クリスチャンになりました。「監禁中にもうけたわたしの子オネシモ」(同10節)とはそのことを示しています。

 そこでパウロは、オネシモをフィレモンに送り帰すことにします。しかしそれは、「もはや奴隷としてではなく、奴隷以上の者、愛する兄弟としてです」(同16節)。パウロはフィレモンに、オネシモをパウロと思って迎え入れて下さいと求め(同17節)、オネシモがフィレモンに与えた損害は、パウロが肩代わりしようとまで言います(同18,19節)。

 このパウロの姿勢は、一見冒頭の言葉に反しているようですが、フィレモンがオネシモをパウロの求めにしたがって受け入れるならば、以後、オネシモは自由の身となり、住む場所を自由に選ぶことが出来るようになります。その意味で、冒頭の言葉の核心をついた姿勢を示したということになります。

 パウロはなぜそこまで、オネシモのことに親身になっているのでしょうか。それは、主の導きに反して御子キリストを迫害する者となっていたパウロでしたが(ガラテヤ書1章13節以下)、裁かれるどころか、復活の主イエスと出会ってキリストを信じる者となり、更にその福音の伝道者とされたのです(使徒言行録9章1節以下など)。その神の恵みを味わった者として、オネシモに関わるのは当然のことだったのでしょう。

 罪の奴隷であった私を贖い出して自由の身にして下さった主イエスに感謝し、聖霊の力と導きを受けて、贖いの主の証人にならせて頂きましょう。


 主よ、あなたはかつて罪の奴隷であった私を、御子の十字架の死によって贖い出して下さいました。その恵みを知ったとき、多くの人にこの喜びを味わって欲しいと思いました。今もその思いが心の内にあります。主よ、聖霊の力に満たして下さい。主の愛の証し人とならせて下さい。 アーメン



 





10月13日(土)の御言葉 「見て見ぬ振りをしてはならない」

「同胞の牛または羊が迷っているのを見て、見ない振りをしてはならない。必ず同胞のもとに連れ返さねばならない。」 申命記22章1節


 22章には、短い法令が集められています。そこには、相応しくない服装を戒める規定や(5節)、「混ぜ合わせてはならないもの」についての規定があります(9節以下)。それらの規定が信仰とどのように関わるのか、少々見え難いところがありますし、今日、文字通りにそれを守らなければならないということでもないように思われます。

 ただ、イスラエルの民は、「主の聖なる民」であり、地の面にいるすべての民の中から選ばれて、神の「宝の民」とされたものです(7章6節)。即ち、神はイスラエルに他と区別された、「聖なる民」であることを求めておられるわけです。

 勿論それは、一見してそれと分かる外面的な違いというものではありません。むしろ、信仰の姿勢という内面的なものです。それゆえに、神の掟と戒めに聴き従い、清いものと汚れたものとを明確に区別し、それを不用意に混ぜ合わせたりしてはならない、と言われているのです。

 また、母鳥が雛や卵を抱いているのを見つけたら、母鳥を追い払って産んだものだけを取れというのは(6,7節)、鳥のことを心にかけているというより、次また来たときに再び卵が取れる、他の人もその恵みに与れるという、人間本意の規定でしょう。

 この規定を守ることで、「そうすれば、あなたは幸いを得、長く生きることができる」と約束されています。申命記では、神の掟と戒めを守る者が、長く生きることが出来ると繰り返し言われます。

 特に、十戒で、「あなたの父母を敬え。あなたの神、主が命じられたとおりに。そうすればあなたは、あなたの神、主が与えられる土地に長く生き、幸いを得る」と約束されていたことと考え合わせると、母鳥を追い払うこと、母鳥を守る意味を、母を敬うことと重ねて、子らに教えるのでしょう。

 1節以下には、「同胞を助けること」の規定があります。ここで目につくのは、「見ない振りをしてはならない」という言葉です(1,3,4節)。見ない振りをするのは、面倒をかけられたくないからです。自分には別にすべき仕事があり、他人のことにかまけている暇はないと思われるからです。誰のものか分からない家畜を家に連れ帰り、同胞が探しに来るまで手元で世話し、来れば返してやるなんて無駄働きは、いやなこったと考えるのです。

 主イエスが、「善いサマリア人」のたとえを話されました(ルカ10章30節以下)。その話の中で、追いはぎに襲われ、半殺しにされた人を見つけた祭司やレビ人という宗教家たちは、道の向こう側を通り過ぎて行きました(同31,32節)。彼らは、追いはぎに襲われた人を見て、見ない振りをしたわけです。

 しかし、あるサマリア人がその人を見て哀れに思い、介抱してろばに乗せ、宿屋に連れて行って世話を頼み、費用について請合います(同33節以下)。

 ここで、宗教家たちは無情な人物というのではありません。彼らは、血を流している人に触れて汚れを受け、神の聖所で務めが果たせなくなることを避けているのです。自分の務めと彼を助けることを天秤にかけて、その責任のゆえに務めを選んだのです。

 一方、サマリア人は、当時、ユダヤ人から不浄な存在とされ、社会的に見捨てられた異教徒という立場でした。彼は、見捨てられた存在だったので、人々から見捨てられた旅人の悲しみ、痛みがよく分かって、到底見捨てることが出来なかったのです。とはいえ、同じような立場の人ならば同じように出来るかといえば、必ずしもそうは行かないことを、私たちは知っています。

 むしろこれは、主イエス以外には出来ないことではないでしょうか。主イエスこそ、私たちを憐れみ、おのが立場を捨ててこの世においで下さり、すべての代価を引き受けて私たちを救って下さったメシアなのです。

 人の困窮を見たとき、見なかったことにするのではなく、助けをお与え下さる主に祈りつつ、示されることを心を込めて実行させていただきましょう。


 主よ、私の弱さをあなたはご存知で、絶えず必要な助けをお与え下さいます。同胞の弱さを知るとき、向こう側を通るのではなく、まずその必要のために祈り、主が助けて下さることを求めます。私は主の僕です。主がお命じ下さることに従います。なすべきことを教えて下さい。なすべき力をお与え下さい。御心がなりますように。 アーメン







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