風の向くまま

新共同訳聖書ヨハネによる福音書3章8節より。いつも、聖霊の風を受けて爽やかに進んでいきたい。

2012年10月

10月31日(水)の御言葉 「町の城壁は崩れ落ちる」

「彼らが雄羊の角笛を長く吹き鳴らし、その音があなたたちの耳に達したら、民は皆、鬨の声をあげなさい。町の城壁は崩れ落ちるから、民は、それぞれ、その場所から突入しなさい。」 ヨシュア記6章5節


 主の軍の将軍が、ひれ伏して拝したヨシュアに、エリコの町を攻撃するための作戦を授けました。その作戦とは、兵士たちが町の周りを1周回り、それを六日間続けるというものです(3節)。

 そのとき、7人の祭司が雄羊の角笛を携えて先導します。そして、七日目には7周回ります。それから、角笛を吹き鳴らします(4節)。その音を合図に、冒頭の言葉(5節)の通り、後方に控えているイスラエルの民全員で鬨の声をあげます。そうすると城壁が崩れ落ちるので、そこから町に突入せよというのです。

 町の周りを一日目から六日目まで1周、七日目は7周、合計13周回り、大声を出せば城壁が崩れ落ちるというのは、いつでもどこでも、誰がやっても、必ずそのようになるという作戦ではありません。主の軍の将軍が授けて下さった作戦だからこそ、今回それが起こるというわけですが、俄かには信じ難い内容です。実行することが難しいわけでもありませんが、まともにやってみようと思う人はどれほどいるだろうかと考えてしまいます。

 ここでしかし、ヨシュアは単純に信じました。先ず祭司たちを呼び集めて、主の軍の将軍が授けた作戦を伝えました(6節)。次に、民全体にそれを命じました(7節)。すると、誰もが素直に聴き、従います(8節)。そして、七日目、7周回った後、皆で鬨の声をあげると、主の軍の将軍が告げたとおり、城壁が崩れ落ちました(20節)。そこから城内に入り、町を占領しました。そして、命あるものはことごとく剣にかけて滅ぼし尽くしました(21節)。

 あらためて、エリコの城壁が崩れたのは、吹き鳴らされた角笛や鬨の声の大きさの故ではありません。また、何度も町の周りを回ったからということでもありません。城壁を崩したのは、主の御力です。主が御腕を伸ばされたので、城壁が崩れたのです。ということは、町の周りを13周回ることも、角笛を吹くこと、鬨の声をあげることなども、城壁を崩落させるための必要な条件ではないのです。

 つまり、主がなさろうと思われれば、イスラエルの民が何もしなくても、城壁を崩落させ、町を破壊することが出来たはずです。しかし、主なる神はこのようにして、イスラエルの民が御言葉に聴き従うか否かを御覧になったわけです。

 エレミヤ書1章12節に、「あなたの見るとおりだ。わたしは、わたしの御言葉を成し遂げようと見張っている」と記されています。主は、ご自分の御言葉を成就することがお出来になるのですが、しかし、それを「見張っている」と言われるのは、御言葉が信仰をもって聞かれるか、御言葉がそれを聞いた人々と信仰によって結びつけられるか否かを見張られるわけです。

 神はこのとき、イスラエルの罪を裁くため、北にあるバビロニア帝国を「燃えたぎる鍋」として、用いようとしておられました(同13節参照)。もしもイスラエルの民が、エレミヤの預言の言葉を聞いて悔い改め、神に従う信仰を示していたならば、その災いが止められることになったでしょう。

 ヘブライ書4章2節に、「彼らには聞いた言葉は役に立ちませんでした。その言葉が、それを聞いた人々と、信仰によって結びつかなかったためです」と記されています。エジプトを脱出した民が、神の御言葉を信じなかったために荒れ野で神に打たれ、約束の地に入れなかったというのです。

 そして、その不信仰、不従順は荒れ野でのことに留まらず、ソロモン以後エレミヤの時代に至るまで繰り返されたため、結局、国が南北に分裂した後、北はアッシリアに、南はバビロンによって滅ぼされ、捕囚となる憂き目を見るようになったわけです。

 ヘブライ書の記者は、「信じたわたしたちは、この安息に与ることができるのです」(同3節)と言います。即ち、私たちが神の言葉を信じ、それに聴き従うことを求めているわけです。一度信じさえすれば、それでよいわけではありません。信じ続けること、聴き従い続けることが求められています。

 日々、主の御言葉を信仰をもって聴き、その御心を悟ることが出来るように、その導きに従って歩み出すことが出来るように、祈りつつ御言葉を開きましょう。

 主よ、あなたの御言葉ほど確かなものはありません。昨日も今日もとこしえまでも真実です。御言葉を聞く信仰を与えて下さい。謙って御言葉に従うことが出来ますように。 アーメン





公式サイト更新

公式サイトを更新しました。

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聖書講演会メッセージ動画、フォトレポートなど、御覧ください。









10月30日(火)の御言葉 「あなたの足から履き物を脱げ」

「主の軍の将軍はヨシュアに言った。『あなたの足から履物を脱げ。あなたの立っている場所は聖なる所である』。ヨシュアはそのとおりにした。」 ヨシュア記5章15節


 ギルガルに宿営している民に、主は割礼を施すよう命じられました(2節)。それは、荒れ野で生まれた男たちが、無割礼だったからです(7節)。割礼は、神と民との契約のしるしとして施されました(創世記17章9節以下)。荒れ野で生まれた男たちが無割礼だったということは、430年のエジプトにおける奴隷生活の中において、割礼が徹底されていなかったしるしではないでしょうか。

 9節で、主がヨシュアに、「今日、わたしはあなたたちから、エジプトでの恥辱を取り除いた(ガラ)」と言われました。それで、その場所がギルガルと呼ばれるという説明になっています。「今日、エジプトでの恥辱を取り除いた」ということは、荒れ野の生活においては、恥辱を雪ぐことが出来なかったということです。

 「エジプトでの恥辱」というのですから、エジプトにおける奴隷生活のことでしょうけれども、モーセに率いられてエジプトを脱出したものの、不信仰、不従順であったために、エジプトを脱出した第一世代は、約束の地に入ることが出来なかったということをも、ここに示しているわけです。

 割礼を受けた後、彼らはエリコの平野で過越祭を祝いました(10節)。それは、永遠に守るべき定めとして、「主が約束されたとおりあなたたちに与えられる土地に入ったとき、この儀式を守らねばならない」と規定されていたからです(出エジプト記12章25節)。割礼を施した後に過越祭を祝ったのは、「無割礼の者は、だれもこれを食べることができない」(同12章48節)という規則になっているからです。

 かくて、ヨシュアたちは、今ここに神との契約を確認し、神の救いの約束が成就したことを、皆で喜び祝ったわけです。

 過越祭が行われた後、どれほどの日時が経過したのか分かりませんが、あるときヨシュアは、抜き身の剣を手にした一人の男が立っているのを見ました(13節)。ヨシュアが歩み寄り、「あなたは味方か、それとも敵か」と問いかけると(13節)、彼は、「いや。わたしは主の軍の将軍である。今、ついたところだ」と答えました(14節)。

 「いや」というのは、味方でも敵でもないということです。即ち、主の軍の将軍はこのとき、ヨシュアに味方するために来たというのではありません。ことを決するのは神であり、ヨシュアが主の命に従うかどうかを試しに来たわけです。

 抜き身の剣といえば、モアブの王バラクが雇った預言者バラムの前に立ち塞がった主の御使いのことを思います(民数記22章22節以下)。バラクが与えると約束した報酬に少々目のくらんでいるバラムは、抜き身の剣を持って立っている主の御使いを認めることが出来ませんでした。後で目の開かれたバラムに御使いは、「この人たちと共に行きなさい。しかし、ただわたしがあなたに告げることだけを告げなさい」(同35節)と言いました。

 一方、ヨシュアはすぐにひれ伏して拝し、「わが主は、この僕に何をお言いつけになるのですか」と尋ねます(14節)。つまり、ヨシュアは主の軍の将軍の前にひれ伏すことで、主に従う姿勢を示したのです。神は、どんないけにえよりも、御前に謙り、御言葉に聴き従うことを喜ばれます(サムエル記上15章22節、詩編40編7節、51編18,19節)。

 主の軍の将軍は、冒頭の言葉(15節)の通り、「あなたの足から履物を脱げ。あなたの立っているところは聖なる所である」と言います。これは、神の山ホレブで燃える柴の間からモーセに語られた神の言葉を思い出させます(出エジプト記3章5節)。つまり、ここで主の将軍はヨシュアに履物を脱がせ、まさしく、主に聴き従う下僕として召しているのです。

 また、「聖なる所」は、6章19節の「聖なるもの」と同じ言葉です。その関連で、モーセの立っている場所が「聖なる所」だというのは、エリコが主のものであるという宣言と考えることが出来ます。だから、主の命に従ってその地を獲り、すべてを神にささげることが求められることになるのです(6章2,17節)。

 「だから、神の力強い御手の下で自分を低くしなさい。そうすれば、かの時には高めていただけます。思い煩いは、何もかも神にお任せしなさい。神が、あなたがたのことを心にかけていてしたさるからです」(第一ペトロ5章6,7節)。

 主よ、あなたはヨシュアに履物を脱ぐように命じました。私たちも今、履物を脱ぐ思いで御前にいます。あなたは永遠の命の言葉を持っておられます。どうぞお話下さい。僕は聞いております。御名が崇められますように。御心がこの地にもなされますように。 アーメン





10月29日(月)の御言葉 「十二の石を立てた」

「ヨシュアはまた、契約の箱を担いだ祭司たちが川の真ん中で足をとどめた跡に十二の石を立てたが、それは今日までそこにある。」 ヨシュア記4章9節


 民がヨルダン川を渡り終えた時(1節)、主がヨシュアに、「部族ごとに一人ずつ代表を選び、ヨルダン川の真ん中から石を12個拾わせ、今夜野営する場所に据えさせなさい」と命じられました(2,3節)。それは、ヨルダン川の流れが主の契約の箱の前でせき止められたことを記念する記念碑なのです(7節)。

 神がイスラエルの民のためにヨルダン川の流れをせき止め、乾いたところを渡らせたというのは、驚くべき出来事です。そう何度も経験出来ることではありません。

 23節に、「それはちょうど、我々が葦の海を渡りきるまで、あなたたちの神、主が我々のために海の水を涸らしてくださったのと同じである」と記されているとおり、イスラエルの民は、エジプトを脱出するときに葦の海を渡る奇跡を経験し、そして、約束の地に入るとき、ヨルダン川を渡る奇跡を経験しています。いわば、シナイの荒れ野の旅が、葦の海の奇跡で始まり、ヨルダン川の奇跡で閉じられたということになります。

 しかしながら、その両方を経験したのは、エフネの子カレブと、ヌンの子ヨシュアの二人だけです。葦の海を渡るという奇跡を経験し、また荒れ野でマナを食べ、水を飲み、鶉の肉まで与えられるという日毎の糧に与りながら、なお神の不平を言い、あろうことか異教の神々を慕い求めたため、神はイスラエルの民を荒れ野で打たれました。それで、ヨシュアとカレブを除き、ヨルダン川を渡って約束の地に入れた者はいなかったのです。

 ヨルダン川を渡ったことを記念する碑を立てさせるのは、それを見る者がヨルダン川の奇跡を思い出すようにさせるためであり、そしてまた、子々孫々にこの出来事を告げ知らせるためです(6,7節、21,22節)。

 それはしかし、ただ単に、ヨルダン川の奇跡を語り継がせるのが目的なのではなく、24節で、「地上のすべての民が主の御手の力強いことを知るためであり、また、あなたたちが常に、あなたたちの神、主を敬うためである」と言われているように、その奇跡を通して示された、イスラエルの民に対する神の恵みを知って、すべての民が常に主を畏れ敬い、その恵みをいつも新しく味わうようになるためなのです。

 イスラエルの民は、ヨルダン川を渡ってエリコの町の東境にあるギルガルに宿営しました(19節)。そこで、主に命じられたとおり、ギルガルに記念碑が立てられました。「ギルガル」については、5章9節で、「エジプトでの恥辱を取り除いた(ガラ)」と関連して、その名がつけられたと記されています。

 ところで、12の石を立てた記念碑は、ヨルダン川を渡った最初の宿営地ギルガルに設置されただけでなく、冒頭の言葉(9節)によれば、ヨルダン川の真ん中にも置かれているようです。ギルガルに立てられた記念碑の12の石は、ヨルダン川の真ん中の、祭司らが足を置いた場所から取られたのですが(3節)、ヨシュアがヨルダン川の真ん中に立てた記念の石は、どこから持って来られたのでしょうか。

 8節とのつながりから言えば、まずヨルダン川から石が取られてギルガルに据えられ、次いでギルガルから石を取ってヨルダン川の真ん中に立てた、というように見えます。川の中の、祭司たちが足を止めた場所を記念するということでしょう。

 第一コリント10章2節に、「皆、雲の中、海の中で、モーセに属するものとなるバプテスマを授けられ」という言葉があります。葦の海を通った経験を、「モーセに属するものとなるバプテスマを授けられ」たと表現しているわけです。であれば、ここでイスラエルの民は、「川の中でヨシュアに属するものとなるバプテスマを授けられた」ということになります。

 ここで、「ヨシュア(イェホシュア)」は、ギリシャ語音写すると「イエス」になります。モーセに従って主なる神との旧い契約に導き入れられた民が、ヨシュア(=イエス)に従って約束の地に導き入れられたというのは、とても意味深いものでしょう。

 私たちキリスト者は、キリスト・イエスに結ばれるためにバプテスマを受けました(ローマ6章3節)。そこにしっかりと記念碑を立て、神の恵みを信じ、常に主を畏れ敬い、その恵みを絶えず新しく味わいましょう。

 主よ、キリストの死に与るバプテスマにより、キリストと共に生きるものとされたことを感謝します。神の憐れみにより、自分自身を死者の中から生き返ったものとして神に献げ、また義のための道具として神に献げます。何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかを弁えることが出来ますように。 アーメン






聖書講演会の動画アップ

10月27日(土)~28日(日)、聖書講演会を開催いたしました。
講師は、伊集院教会協力牧師・伊集院幼稚園園長の麦野賦先生です。
講演会の総主題は、「愛は人を生かす」です。
ご自身の体験談を交え、とても分かり易く、聖書の福音を語って下さいました。
その時の動画をYouTubeにアップしましたので、御覧ください。

第一日目
URL http://www.youtube.com/watch?v=2HiJrDaAN8w&feature=youtu.be

第二日目
URL http://www.youtube.com/watch?v=8n7uWlouO0s&feature=youtu.be




10月28日(日)の御言葉 「契約の箱を担ぎ、民の先に立って川を渡れ」

「ヨシュアが祭司たちに、『契約の箱を担ぎ、民の先に立って、川を渡れ』と命じると、彼らは契約の箱を担ぎ、民の先に立って進んだ。」 ヨシュア記3章6節


 イスラエルの民は、エジプトの奴隷生活430年(出エジプト記12章40節)、荒れ野の放浪生活40年を経て(民数記14章34節、申命記5章6節)、ようやくヨルダン川の岸辺にやって来ました(1節)。夢にまで見たといえば大袈裟かも知れませんが、主が与えると約束されたカナンの地は、もう目の前です。

 冒頭の言葉(6節)で、「契約の箱を担ぎ、民の先に立って、川を渡れ」と命じられている通り、民の先頭を契約の箱を担いだ祭司、レビ人たちが進みます。契約の箱を担いだ祭司たちが「民の先に立って」と言われているのは、主なる神が民の先頭を歩まれるということでしょう。民は主に従って歩むのです。

 民は、契約の箱との間に、約二千アンマの距離をとり、それ以上近寄ってはならないと言われます(4節)。二千アンマは、約900メートルです。これは、民が契約の箱に触れて打たれることがないようにという注意でしょう。また、契約の箱を担いだ祭司たちがヨルダン川を渡るときに何が起こるのか、その様子をつぶさに観察するという目的があるのかも知れません。

 契約の箱は、縦2.5アンマ(約112.5センチ)、横1.5アンマ(約67.5センチ)、高さ1.5アンマという立方体で、アカシヤ材で作られ、それを金で覆っていました(出エジプト記25章10節以下)。その蓋は「贖いの座」と呼ばれ(同17,21節)、そこには2体のケルビムがつけられていました(同18節以下)。

 ケルビムは、翼を持つ半人半獣の天的な生き物で、エデンの園を守り(創世記3章24節)、神を乗せて運ぶ(サムエル記下22章11節)などの役割を持っています。つまり、ケルビムに乗られた主が、戦闘を進まれて、後に従ってくるイスラエルの民の進む道をもうけられるわけです。。

 彼らは、「川を渡れ」と命じられています。ヨルダン川には、歩いて渡れる浅瀬がありますが、祭司たちがその知識を持っていたとは思えません。「渡れ」と命じられたので、渡れる、と単純に考えていたのではないでしょうか。しかし、祭司たちがヨルダン川のところに来たとき、「春の刈り入れの時期」、つまり、レバノン山系の雪解け水で川の水量が増し、「堤を越えんばかりに満ちて」いて(15節)、それを歩いて渡るのは不可能でした。

 主はヨシュアに命じて、「祭司たちに、ヨルダン川の水際に着いたら、ヨルダン川の中に立ち止まれと命じなさい」と言われ(8節)、それを受けたヨシュアは、「全地の主である主の箱を担ぐ祭司たちの足がヨルダン川の水に入ると、川上から流れてくる水がせき止められ、ヨルダン川の水は、壁のように立つであろう」と民に告げました(13節)。

 祭司たちの目の前には、川幅一杯に水のみなぎった川があります。そんな川の中に立ち止まれるようには見えなかったでしょう。以前、イスラエルの民はモーセに率いられて葦の海を渡りました(出エジプト記14章参照)。しかしながら、そのときは、モーセが手を海に向かって差し伸べたところ、主が激しい東風で海を押し返されので、乾いた地が表われ、民はそこを通ったのです(同21節以下)。

 今度は、川の水は流れています。しかし、彼らは箱を担いで川の中に進みました。ここに彼らの信仰を見ることが出来ます。彼らは、川の水が分かれたから、渡り始めたのではなく、とうとうと流れ下る川に踏み込んだのです。

 それはしかし、無鉄砲ではありません。「川上から流れてくる水がせき止められる」(13節)と言われた主の御言葉を信じ、「渡れ」という主の命令に従って進んだのです。そして神は、お語りになったとおり、ヨルダン川の水をせきとめられたので(16節)、祭司たちは川の真ん中の干上がった川床に立ち止まることが出来、民は皆、川を渡り終えました(17節)。

 私たちが御言葉に従って信仰の決断をするとき、それを試すかのように進路に困難が立ち塞がることがあります。けれども、御言葉に従うときに不思議な平安がその歩みを支え、それが確かに神の御心であることを教えてくれるのです。

 主の御声に耳を傾けましょう。その聞いたところに従い、信仰をもって歩み出しましょう。

 主よ、イスラエルの民は、信仰をもってヨルダン川を渡り、約束の地に入ることが出来ました。そこには、御言葉がありました。そして、主の先立ちがありました。主が共にいて下さるしるしを見ることが出来たのです。今、私たちにも御言葉が与えられています。そして、聖霊が私たちの内に住み、常に共にいて下さいます。日々、信仰によって前進させて下さい。御名が崇められますように。 アーメン






聖書講演会 「愛は人を生かす」

10月27日(土)、28日(日)両日、聖書講演会を開催いたします。
27日(土)は午後7時~9時、28日(日)は午前10時30分~12時の予定です。
講師は、麦野賦(むぎの・みつぎ)先生です。
先生は現在70歳、鹿児島・伊集院で長く牧師、幼稚園長を務めて来られました。
詳細は、教会サイトのPDFファイルを御覧下さい。

URL http://www.h7.dion.ne.jp/~omutabc/121027md.pdf

入場料、会費などは頂きません。
28日(日)は、礼拝の形式で行いますので、席上献金があります。

キリスト教の集会は初めてという方も、是非お出かけ下さい。





10月27日(土)の御言葉 「わたしの一族に誠意を示す、と今、主の前で誓ってください」

「わたしはあなたたちに誠意を示したのですから、あなたたちも、わたしの一族に誠意を示す、と今、主の前で、わたしに誓ってください。そして、確かな証拠をください。」ヨシュア記2章12節


 ヨシュアに率いられたイスラエルの民は、いよいよ約束の地、カナンへやって来ました。最初に、ヨルダン川を渡ったところの最初の町エリコとその周辺を、二人の斥候に探らせました。二人の斥候は、そこで遊女ラハブと出会います。今日は、そのラハブの言葉から学びたいと思います。

 先ず、9節です。「主がこの土地をあなたたちに与えられたこと、またそのことで、わたしたちが恐怖に襲われ、この辺りの住民は皆、怖じ気づいていることを、わたしは知っています」とあります。ここでラハブは、イスラエル人が近づいて来たと聞いて、エリコとその周辺の人々は恐怖に襲われ、怖じ気づいている、と言っています。

 それは神が、エリコの町と周辺の人々に、イスラエルを恐れる心を与えられたからです。イスラエルの民が、強力な武器を持っていたわけではありません。戦いに勇ましい武装集団などというわけでもありません。ただ、エリコの人々は、イスラエルと共におられる主なる神を見たわけです。

 次に、11節の後半です。「あなたたちの神、主こそ、上は天、下は地に至るまで神であられるからです」と言います。ここに、ラハブの明確な信仰の告白があります。「上は天、下は地に至るまで神であられる」とは、イスラエルの神以外に神はいない、主こそ、まことの神だということです。

 カナン周辺には、雨の神バアルや大地の神アシェラを神として礼拝する信仰がありました。太陽や月、また牛などが神として拝まれることもあります。一方、聖書では、神はただお一人で(申命記6章4節)、天地万物を創造されたお方と教えています(創世記1章1節以下など)。

 異邦人の女性が、どうしてこのような信仰を持つことが出来たのでしょうか。それは、神の導きとしか、言いようがありません。主こそ神であることを悟る心、神の栄光を見る信仰の目、神の御声を聴くことの出来る耳は、神の賜物、プレゼントなのです(申命記29章4節)。聖霊の神が働いて、私たちに「イエスこそ主である」という信仰を与え、そのように告白させて下さるのです(一コリント12章3節参照)。

 それから、冒頭の言葉(12節)で、「わたしはあなたたちに誠意を示したのですから、あなたたちも、わたしの一族に誠意を示す、と今、主の前で、わたしに誓ってください。そして、確かな証拠をください」と願っています。

 ここに、「誠意」と言われているのは、ヘブライ語で「ヘセド」という言葉です。「ヘセド」は、通常、「憐れみ、慈しみ」と訳されます。ある聖書では、「変わらざる愛」と訳されていました。私の誠意、私の愛は不変ではありません。移ろいます。裏切ります。変わらざる愛をお持ちの方はただ一人、神のみです。

 ラハブは、自分が神のように見ているイスラエルの二人の斥候に、変わらない愛を求めました。それも、自分だけでなく、自分の一族にも憐れみを、変わらない愛を与えて下さいと求めました。そして、確かな証拠を下さいと求めました。こんな虫がいい、図々しいような求めに応えられるでしょうか。それとも、拒否されるのでしょうか。

 答えは、「応えられる」です。なぜでしょうか。それは、主は「憐れみ深く恵みに富む神、忍耐強く、慈しみとまことに満ち、幾千代にも及ぶ慈しみを守り、罪と背きと過ちを赦す」お方だからです(出エジプト記34章6,7節など)。「幾千代にも及ぶ慈しみ」ということは、ラハブとその家族に対しても、誠意をお示しになるということになります。

 新約聖書にも、「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます」という言葉があります(使徒言行録16章31節)。家族の一人が主イエスを信じると、その信仰で、神の救い、神の慈しみが家族に及ぶ、それが神の御心、ご計画だということです。

 私たちは、変わらない愛で神を愛せるでしょうか。私たちがどのような思いで神を信じ、愛しているか、神ご自身がよくご存じです。むしろ、私たちが信仰を失うことのないように、執り成し祈っていて下さいます。私たちの信仰は主の祈りに守られ、支えられているのです(ルカ22章31~32節参照)。

 ラハブは誠意を願い、確証を求めました。私たちに与えられる救いの確証とは、真理の御霊、聖霊です(エフェソ1章13~14節参照)。聖霊を通して、私たちの心に神のご愛が注がれます(ローマ5章5節)。御霊によって、すべてをありのまま受け入れる広い愛、すべての罪を赦し救う深い愛、いつまでも変わらない永遠の愛、そして、御国の栄光を示す清く高い愛を知り(エフェソ3章17節以下)、その愛をもって互いに愛し合いましょう。
 
 主よ、私たちの目が開かれ、私たちが神の子とされていること、その権威、その力を知り、またそのためにどんなに大きな愛を賜ったかを悟って、委ねられた使命をしっかりと果たすことが出来ますように。 アーメン




10月26日(金)の御言葉 「強くあれ、雄々しくあれ」

「ただ、強く、大いに雄々しくあって、わたしの僕モーセが命じた律法をすべて忠実に守り、右にも左にもそれてはならない。そうすれば、あなたはどこに行っても成功する。」 ヨシュア記1章7節
 
 今日から、ヨシュア記を読み始めます。通常歴史書に位置づけられるヘブライ語聖書(マソラ本文)では、ヨシュア記は、続く士師記、サムエル記、列王記と共に、「預言者」(ネビーム)の中に分類されています。聖書における預言の役割は、これから起こる出来事を予め語るというよりも、「律法の書」(トーラー)に記されている教えを解説し、それを実行するように命じるものです。

 1章には、モーセの後継者としてヨシュアが任命されたことについて、記されています。ヨシュアは、「モーセの従者」(1節)と紹介されているように、レフィディムでのアマレクとの戦いを指揮する者として選出されて以来(出エジプト記17章9節)、忠実なモーセの僕として歩みました(同24章13節、32章17節、33章11節など)。

 メリバの水の一件でモーセが約束の地に入れないことになって(民数記20章1節以下、12節)、神はヨシュアを後継者に任命されました(同27章12節以下、18節)。申命記でも、1章38節、3章28節、31章にそのことが記されていました。

 ここにあらためて、ヨシュアがモーセの後継者として立てられたのですが、ヨシュアは勿論、モーセではありません。モーセに代わる、モーセと同様の指導者ということでもありません。

 モーセは神に聴き、神に従う「主の僕」でした(申命記34章5節)。ヨシュアも勿論神に従う僕ですが、しかし、冒頭の言葉(7節)で、神がヨシュアに対して、「わたしの僕モーセが命じた律法をすべて忠実に守り、右にも左にもそれてはならない」と命じられています。つまり、モーセの命じた律法に従うことが求められているのです。その意味でも、実にヨシュアは、「主の僕」であるモーセの従者なのです。

 モーセは、モアブのピスガの頂から約束の地カナンの全域を見渡しました(申命記34章1,2節)。モーセの従者ヌンの子ヨシュアは、ヨルダン川を渡ってその地を領土とします(4節)。これは、アブラハムと結ばれた契約が成就することを意味します(創世記12章7節、15章18節以下参照)。

 主はヨシュアと共にいて、見放すことも、見捨てることもしないので(5節)、「強く、雄々しくあれ」(6節)と命じられます。それは、主が与えると誓われた土地を、民に継がせるためです。

 幼稚園では、運動会に子どもたちが、「雄々しくあれ」(こどもせいか30番)の讃美歌を歌います。それはこの箇所からとられた歌です。「雄々しくあれ、強くあれ、少年たちよ」と歌い出しますから、その勇ましさがお互いを鼓舞するのに相応しいということで、いつも選ばれています。確かに、子どもたちが声をそろえ、力一杯歌うその歌声を聴いていると、そこから力を頂き、自分も頑張ろうという思いが湧いて来ます。

 6節では、外敵との戦いにおいて「強く、雄々しく」あることが求められているようですが、冒頭の言葉(7節)では、律法を守り行うことに、強さ、雄々しさが求められています。御言葉から右や左へそらさせようとする様々な力が働くからです。

 イスラエルにとって、飢えや渇きが、御言葉からそらさせる力になることがありました。また、彼らの前に立ちはだかる敵が、神に背かせる力となりました。カナンの民が拝むバアルやアシェラという神々に惑わされたこともあります。

 主は、「律法を忠実に守り、右にも左にもそれてはならない。そうすれば、あなたはどこに行っても成功する」(7節、申命記5章32,33節)と言われ、続けて、「この律法の書をあなたの口から放すことなく、昼も夜も口ずさみ、そこに書かれていることをすべて忠実に守りなさい。そうすれば、あなたは、その行く先々で栄え、成功する」と約束されます(8節、詩編1編2,3節)。

 何事にもまず御言葉に聴き、そこから力を得て、まっすぐに歩む者とならせていただきましょう。

 主よ、あなたの教えを愛し、その導きに従って歩むことの出来る者は幸いです。主を信じ、御言葉に従って歩む者に、豊かな実を結ぶ人生をお与え下さるからです。常に主を畏れ、御言葉を愛する者とならせて下さい。御言葉に従い、右にも左にも曲がらず、まっすぐに歩ませて下さい。御名が崇められますように。 アーメン







10月25日(木)の御言葉 「主の僕モーセは、主の命令によって死んだ」

「主の僕モーセは、主の命令によってモアブの地で死んだ。」 申命記34章5節


 申命記の最後に、「モーセの死」が報告されます。創世記から申命記までの5巻をモーセ5書と呼び、伝統的にモーセがその著者であるという考えが示されていますが、少なくとも申命記34章は、モーセが書けない文章です。明らかに、後代の人が申命記を編集して、この部分を書き記したわけです。

 死の直前、神はモーセをネボ山に登らせ、イスラエルの全地を見せられました(1節)。3章27節に語られていたことを、ここで実行したわけです。現実には、標高800m程度のネボ山から、イスラエル全地を見渡すのは不可能です。全地を見渡すことが出来たのは、山の上だからではなく、主がモーセにそれを見せられたからということでしょう。

 「ギレアド」はヨルダン川の東側、「ダン」、「ナフタリの全土」はイスラエルの北境、「エフライムとマナセの領土」はイスラエル中部、「ユダの全土」はイスラエル南部、「ネゲブ」はイスラエルの南境、「エリコの谷からツォアルまで」は、死海周辺のことです。これで確かに、イスラエルの全地を見渡したことになります。

 かつて主がアブラハムに、「さあ、目を上げて、あなたがいる場所から東西南北を見渡しなさい。見える限りの土地をすべて、わたしは永久にあなたとあなたの子孫に与える」と言われました(創世記13章14,15節)。

 モーセにすべての地を見せられたということは、それをすべてモーセとその子孫に与えるということを表しています。4節で、「これがあなたの子孫に与えるとわたしがアブラハム、イサク、ヤコブに誓った土地である。わたしはあなたがそれを自分の目で見るようにした」、と言われるのは、そのことです。

 けれども、モーセはそれを自分の所有にすることは出来ませんでした。そこに入ることを許されなかったのです。「あなたはしかし、そこに渡って行くことはできない」(4節)と、最後の最後にもう一度、駄目押しをされています。

 そして、冒頭の言葉(5節)で、モーセの死が報告されます。どのような最期だったのかは、不明です。その上、モーセを葬ったのが主ご自身で、その墓が「ベト・ペオルの近くのモアブの地にある谷」(それはイスラエルの民が宿営していた場所近辺:3章29節)にあるようですが、しかし、「今日に至るまで、だれも彼が葬られた場所を知らない」と言われます(6節)。ということは、モーセの死を見届けた者は誰もいないということになります。

 あらためて、なぜモーセは約束の地に入ることを許されなかったのでしょうか。民数記20章に記されている、「メリバの水」の出来事で、約束の地に入ることが出来ないということにされていますが(同1節以下、12節)、それはあまりにも厳しい裁きではないでしょうか。モーセは、ヨルダン川を渡りたいと考えていました。そう願いもしました(3章25節)。けれども、その願いは聞かれませんでした。

 「主の命令によって・・・死んだ」(5節)と言われていますが、そのときモーセは「120歳であったが、目はかすまず、活力もうせてはいなかった」(7節)のです。モーセとしては、随分心残りだったのではないでしょうか。

 しかしながら、この情け容赦ない処置に対して、モーセ自身は全く抗弁してはいません。約束の地に入りたいと願いはしましたが、拒絶されてた後、神に文句を言ってはいません。悔しいと思わなかったのでしょうか。恨みに思わなかったのでしょうか。モーセが自分の思いをどのように処理したのか全く分かりませんが、ともかくも、主の命令を受け入れているのです。

 ここに、「へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした」(フィリピ書2章8節)という主イエスの姿を示されます。主イエスこそ、何の落ち度もない、罪のない神の御子であられますが、神の命令に従い、私たちの罪を十字架に負って、30代の若さで死なれました。

 であれば、そのように主の命令に従うことは、モーセにとって、最高の喜びだったのではないか、と教えられました。かくてモーセは、「主の僕」としての生涯を全うし、主の命令に従って天に召されたのです。

 主よ、あなたは御前に謙る者を高く引き上げて下さるお方です。徹底的に御言葉に従って歩み、約束の地に入る直前の死をさえ受け入れたモーセのように、あなたを畏れ、あなたに信頼し、御言葉に従うことを喜びとする主の僕として、私も歩むことが出来ますように。 アーメン




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