風の向くままに

新共同訳聖書ヨハネによる福音書3章8節より。いつも、聖霊の風を受けて爽やかに進んでいきたい。

2012年09月

9月20日(木)の御言葉 「逃れの町」

「共同体は、人を殺してしまった者を血の復讐をする者の手から救い出し、共同体が、彼の逃げ込んだ逃れの町に彼を帰さなければならない。彼は聖なる油を注がれた大祭司が死ぬまで、そこにとどまらねばならない。」 民数記35章25節


 34章にイスラエル諸部族の土地の配分について記されていましたが、35章では、「レビ人の町」について言及されています。レビ人は、12部族の一つでしたが、約束の地に土地の配分を受けません。嗣業の地を所有することが許されていないのです(18章24節、26章62節)。だから、レビ人が居住する町を、諸部族の所有地から提供してもらう必要があるのです。

 主なる神がイスラエルの民と共に住まわれるために臨在の幕屋が設けられたように、主に仕える人々が諸部族の中に住むために、レビ人の町が設けられました。レビ人にとってそれは、神と人に仕える生活を送ることであり、人々にとっては、神に仕える聖なる生活の手本を身近に垣間見ることでした。

 レビ人の町として、「人を殺した者が逃れるための逃れの町を六つ」と、その他に「四十二の町」、合わせて48の町が設けられることになります(6節)。これは、「受ける嗣業の地の大きさに応じて」、「大きい部族からは多く、小さい部族からは少なく」取られます(8節)。最大部族のユダ族からは(26章参照)、最も多くの町を提供することになります。

 9節以下に、「逃れの町」の規定が記されています。これは、出エジプト記21章12,13節で「人を討って死なせた者は必ず死刑に処せられる。ただし、故意にではなく、偶然、彼の手に神が渡された場合は、わたしはあなたのために一つの場所を定める。彼はそこに逃れることができる」と定められていたものを、具体的に実施するための施行細則のようなものです。

 逃れの町は、誤って人を殺した人が、「共同体の前に立って裁きを受ける前に」、復讐する者の手に落ちて殺されないようにするために設けられます(12節)。故意に、殺意をもってなされた殺人かどうか、16節以下に判例が示され、それに基づいて、共同体が当事者を裁くわけです(24節)。

 また、認定に当たって、複数の証人の証言が必要とされていますが(30節)、これは、冤罪を防ぐ工夫と言ってよいのでしょう。あるいはまた、どのような理由であれ、人を死に至らしめることには慎重であるべきだということでしょう。

 冒頭の言葉(25節)に、「彼は聖なる油を注がれた大祭司が死ぬまで、そこにとどまらねばならない」と記されています。故意でなくても、殺人の罪を犯した者として、町の中に監禁されるということです。その規定を守らずに町の外に出れば、復讐する者から殺されても、止むを得ないとされています(27節)。

 一方、大祭司が亡くなれば、誤って人を殺した罪は赦されて、自分の所有地に帰ることが出来ます(28節)。大祭司の代替わりによる特赦のかたちですが、大祭司は神と民との仲保者であり、大祭司の死が身代わりの死、贖いの死と見なされるわけです。

 ヘブライ書9章11,12節に、「キリストは、既に実現している恵みの大祭司としておいでになったのですから、人間の手で造られたのではない、すなわち、この世のものではない、更に大きく、更に完全な幕屋を通り、雄山羊と若い雄牛の血によらないで、ご自身の血によって、ただ一度聖所に入って永遠の贖いを成し遂げられたのです」とあります。

 主イエスが十字架で私たちの身代わりに贖いの死を遂げて下さったことにより、私たちは罪赦され、神の子とされて天に国籍を持つ者となり、永遠の御国に迎えられるということです。逃れの町の規定、そして、大祭司の死による特赦の制度は、神の御子キリストの贖いの死による救いを、予め表しているようです。

 大祭司なるイエス・キリストにつながり、その御言葉に留まっていれば、イエス・キリストの弟子として真理を知り、真理は私たちを自由にします(ヨハネ8章31,32節)。「味わい、見よ、主の恵み深さを。いかに幸いなことか、御もとに身を寄せる人は。・・・主はその僕の魂を贖ってくださる。主を避けどころとする人は、罪に定められることがない」(詩編34編9,23節)。

 日々、御言葉の恵みに与り、真理の内を共に歩ませていただきましょう。


 主よ、私たちをあなたの慈しみの御翼のもとに守り、慈しみをお与え下さリ、感謝致します。絶えず慈しみの内に留まります。その恵み深さを味わいます。私たちをあなたの恵みと慈しみをあかしする証人として整え、用いて下さい。 アーメン








9月19日(水)の御言葉 「キネレト湖からヨルダン川を下り塩の海に」

「更に境界線は、キネレト湖の東斜面を経て、ヨルダン川を下り、塩の海に達する。」 民数記34章11,12節


 約束の地を臨むことの出来るモアブの野までやって来て、神は、「イスラエルの嗣業の土地」について、その境界線を示し(2~15節)、次に、その土地を分配する責任者を各部族から一人ずつ、計10名指名します(17節以下)。ルベン族とガド族は、ヨルダン川の東、アモリ人の地に既に分配を受けているため、責任者が出ていません。

 指名された10名のうち、ユダ族の責任者エフネの子カレブ以外に(19節)、知っている名前はありません。しかし、その名の意味は、興味深いものです。特に、エルやエリというのは、神を意味する言葉です。その名前から、彼らに名をつけた親たちが、主なる神にどのような思いを持っていたのかを窺い知ることが出来ます。

 シェムエル(20節)は「神の御名」、エリダド(21節)は「神は愛し給う」、ブキ(22節)は「主は試み給う」、ハニエル(23節)は「神は恵み深い」、ケムエル(24節)は「神の会衆」、エリツァファン(25節)は「神は隠し給う」、パルティエル(26節)は「神は救い給う」、アヒフド(27節)は「威厳ある兄弟」、そしてペダフエル(28節)は「神は贖い給う」というものでした。

 彼らは、荒れ野において神の試みを受けていましたが、そこに神の愛と恵みを感じ、また御翼の下に守られる安心感のようなものを感じていたようです。そしてまた、主がそのような名を持った者たちを指名されたということは、約束の地に民を迎え入れようとしておられる主のメッセージと受け止めることも出来ます。

 ただ、カレブだけは、その意味が「犬」という言葉です。何故そのような名前なのか、よく分かりません。しかし、カレブの信仰、勇敢さは、これまでの彼の言動によく表れています。

 ところで、冒頭の言葉(11,12節)は、イスラエルの東の境界線を示しています。北境がかなりシリア領に食い込んでいますが、ヨルダン川の水源地からキネレト湖すなわちガリラヤの湖を経、ヨルダン川を下って塩の海すなわち死海に達する線です。

 レバノンに降り積もった雪や雨が、フィリポ・カイサリアなどから湧き出し、いくつかの支流となってフーレ湖に流れ込み、そこからガリラヤ湖に上ヨルダン川が流れ、ガリラヤ湖から下ヨルダン川を下って死海に至ります。死海は、海抜マイナス392メートルにあり、ここから流れ出るところがありません。

 流れ込む水の量と、水面から蒸発する量がほぼ等しいため、司会の水量は一定に保たれています。しかし、流れ込む水が蒸発して塩分が濃縮されていきますので、通常の6倍という塩分濃度になり、とても生物の住めない世界です。だから、「死海」と言われるのです。魚が豊かに生息して周辺の漁師たちの生計を立てさせることの出来る、ヨルダン川上流のガリラヤ湖とはまったく対照的です。

 水は高いところから低いところへと流れます。恵みもそうです。御前に謙る者に、神の恵みは豊かに注がれます。しかし、受けるだけで与えることを学ばなければ、その恵みは価値を失い、死んでしまいます。イスラエルの民は、主に愛され、その恵みを豊かに受けました。

 彼らにそれを受ける資格があったというのではありません。神が貧弱なイスラエルの民を憐れみ、文字通り恵みとしてお与えになったのです。それは、神の愛と恵みを証しするため、すべての人が神の愛と恵みを味わえるようにするためです。その御心を悟らず、恵みを私し、徒に自ら誇り高ぶるなら、御前から退けられてしまいます。

 アブラハムは「祝福の源」と言われました。彼は祝福を自分のために受ける者ではなく、アブラハムを通して地上のすべての氏族が祝福に入るようにするのです(創世記12章2,3節)。

 ヨルダン川の水源地の一つフィリポ・カイサリアは、ヘロデ大王の息子フィリポがローマ風の町を建て、カイサルに献上した町です。地中海沿岸のカイサリアと区別して、フィリポ・カイサリアと呼ばれます。主イエスがこの地方に来て、弟子たちに「あなたがたはわたしを何者だと言うのか」と尋ねられました(マタイ16章13節以下、15節)。

 カイサルを主としている町で、ペトロは、「あなたはメシア、いける神の子です」と答えて主を喜ばせました(同16節)。いつでもどこでも、この信仰が求められているのです。絶えず聖霊に導かれ、イエスを主と告白する信仰に堅く立ち、委ねられた福音宣教の使命、主イエスの証人としての務めを全うさせて頂きましょう。


 主よ、私たちも主イエスを信じて、アブラハムの子となりました。信仰に堅く立ち、聖霊に満たされて、主の愛と恵みの証し人として用いられますように。主の御名が崇められますように。御国が来ますように。 アーメン







9月18日(火)の御言葉 「その土地の住民をあなたたちの前から追い払わないならば」

「もし、その土地の住民をあなたたちの前から追い払わないならば、残しておいた者たちは、あなたたちの目に突き刺さるとげ、脇腹に刺さる茨となって、あなたたちが住む土地であなたたちを悩ますであろう。」 民数記33章55節


 33章には、「エジプトを出てからの旅程」が記されています。40箇所余りの宿営地の名が記されていますが、現在でも、殆どの場所が確定されてはいません。

 ルートも、シナイ半島の北方を通ってカデシュに直行したと考える北方説、シナイ山での主の顕現が活火山の活動を思わせるので(出エジプト記19章18,19節参照)、シナイ半島の中央を横断して、エイラトからアラビア半島をアカバ湾沿いに南下したところの死火山地帯にシナイ山があるとする中央説、ジェベル・ムーサ(アラビア語で「モーセの山」の意)と呼ばれる山をシナイ山とする南方説と、学者によって概ね三つに分かれます。

 つまり、出発地のラメセス、スコトと、重要な中継点のカデシュ・バルネアを除くと、場所が特定される宿営地は殆どなく、十戒を授けられたシナイ山でさえも、これが絶対にそうだというものではないのです。ただ、伝統的に南方説がそれらしいと考えられて来ました。

 そうなると、主の命令によってモーセが宿営地を書き留めたということですが(2節)、その目的は、宿営地の場所を知るということよりも、そこで何があったのかということを忘れないようにするため、ということなのでしょう。民数記のヘブライ語の原題が「荒れ野で」(ベ・ミドゥバル)でした。まさに、荒れ野で何があったのかを、民数記は記しているわけです。

 イスラエルの民は、シナイの荒れ野で40年を過ごしました。神の助けがなければ、およそ考えられない年数です。しかし、それはまた、イスラエルの民が神に背いた記録でもあります。彼らが素直に主を信じ、その導きに従っていれば、もっとずっと早く、カナンの地に入ることが出来たでしょう。

 その最大の理由が、約束の地を探った斥候たちがもたらした悪い情報で神に泣き言を言い、エジプトに戻ろうとして神の怒りを買い、約束の地を前に回れ右、40年の荒れ野の旅に出発させられた、カデシュでの出来事です(13,14章)。不信の罪がいかなる災いをもたらしたか、決して忘れてはならないということです。

 そして、50節以下に、「ヨルダン川を渡るにあたっての命令」が記されています。まず最初に、「あなたたちの前から、その住民をすべて追い払い、すべての石像と鋳像を粉砕し、異教の祭壇をことごとく破壊しなさい」(52節)とあります。

 これは、十戒を授かるためにモーセが留守をしていたシナイの荒れ野で、アロンが金の子牛像を造って拝ませたことや(出エジプト記32章)、モアブの女性に惑わされてペオルのバアルを拝んだことが(民数記25章)、その背景にあります。しかしながら、この命令にも拘らず、異教の神を拝む偶像礼拝の罪は、この後、イスラエルから除き去られることはありませんでした。それほどに根深い問題だということです。

 国内から、異邦の民、異教の偶像を完全に一掃出来なかったのは、異邦の民がイスラエルの民よりも強かったからでしょう(ヨシュア記17章16節、23章7節、士師記1章19節など)。ダビデ王の時代に力関係が逆転した後も、それをしなかったのは、ヨシュア時代以降長い年月、異教の生活文化に慣らされてしまったからでしょう。それゆえ、内外の試練が襲ってくるたびに、異邦の民と連合すると共に、異教の神々を礼拝しました。

 そして、異教の神々を取り除かなかったイスラエルは、冒頭の言葉(55節)で警告されていたとおり、周辺列強に悩まされ、結局、北イスラエル王国が紀元前721年にアッシリアによって、南ユダ王国は紀元前587年にバビロンによって滅ぼされ、異邦の地に捕囚として連れ去られる結果になってしまうのです。

 私たちは、自分の生活の中から、神の御旨に沿わないものを追い払っているでしょうか。神に喜ばれないものを持ち込んではいないでしょうか。御言葉に従って点検してみましょう。


 主よ、私の心を探り、あなたを喜ぶ心であるかどうかを点検して下さい。あなたが私と共におられるとき、私は揺らぐことがなく、心喜び、安心して憩うことが出来ます。真理の御言葉に従って歩むとき、満ち足りて永遠の喜びをいただきます。常に、御手の内に私を守って下さい。あなたを避け所といたします。 アーメン









9月17日(月)の御言葉 「またもや主の激しい怒りを招こうとする」

「それなのに、罪人であるあなたたちが父に代わって立ち上がり、またもや主の激しい怒りをイスラエルの上に招こうとする。」 民数記32章14節


 ようやく約束の地カナンが近づいてきたとき、また一つの問題が起こりました。ルベン族とガド族の人々がやって来て、、ヨルダン川の東、アモリ人から奪ったのは家畜に適した土地で、自分たちはたくさんの家畜を持っているから、この土地を自分たちの嗣業の地として欲しい。ヨルダン川の西側の土地はいりません、とモーセに申し出たのです(3~5節)。

 それを聞いたモーセはすぐに、カデシュ・バルネアでの出来事を思い出しました(13,14章参照)。それは、カナンの地を探った斥候たちが、カナンには上って行けない、自分たちはそこで殺されてしまうと報告して民の心を挫き、民は、殺されるくらいなら、エジプトに戻ろうと文句を言って、結局、みんな荒れ野で滅ぼされるという結果になったことです(8~13節)。

 つまりモーセは、ルベンとガドの人々が、「ヨルダン川を渡らせないでください」と申し出た言葉を、約束の地よりも、ヨルダン川東部のヤゼルとギレアドの地方の方がよいという、神への不信と受け止めたのです。それを放置すれば、またもや荒れ野の道に逆戻りさせられてしまうかも知れませんし、この世代の人々は、荒れ野で死に絶えることになってしまうかも知れません。

 だから13節で、「主はイスラエルに対して激しく怒り、四十年にわたり、彼らを荒れ野にさまよわせられ、主が悪と見なされることを行った世代の者はことごとく死に絶えた」と語った後、14節で「それなのに、罪人であるあなたたちが父に代わって立ち上がり、またもや主の激しい怒りをイスラエルの上に招こうとする」と語るのです。

 「罪人であるあなたがた」を、口語訳は「罪びとのやから」、新改訳は「罪びとの子ら」と訳しています。「やから、子ら」と訳されたのはタルブートという言葉で、これは、神が人を創造して、「増えよ」(ラーバー)と祝福された言葉と同類です。神に背いた親の世代が死に絶え、新しい世代は神に従うものだと期待していたのに、生まれて来たのは、またも同じ罪人だったのかという驚き、あるいは憤り、はたまた落胆の表現です。

 それに対して、ルベンとガドの人々は、自分たちは神の御旨に背くつもりはないから、イスラエルの先頭に立って進み、民を約束の地に導くことを約束し、そのため先ずこの地に城壁のある町を築いて子らを住まわせること、約束の地を征服し終えるまで戦うこと、そして、約束の地には嗣業を得ないことを提案します(16節以下)。

 モーセは、約束の地を獲るために先頭に立って戦い、その後にヨルダン川東岸のギレアドの地に戻るというこの提案を受け入れます(20節以下)。ここに、彼らが民の心を挫こうとして、ギレアドの地が欲しいと語ったのではないことが明確になったからです。

 そこでモーセは、祭司エルアザル、ヌンの子ヨシュアという後継者たち、及び諸部族の家長たちを集め、ルベンとガドの人々の嗣業の地について、指示を与えます(28節以下)。モーセは召される日が近く、自ら最終確認をすることが出来ないためです(31章2節)。ガドとルベンの人々は、それらの人々の前で再度約束します(31,32節)。

 「わたしたちもみな、かつては彼らの中にいて、肉の欲に従って日を過ごし、肉とその思いとの欲するままを行い、ほかの人々と同じく、生れながらの怒りの子であった。しかるに、あわれみに富む神は、わたしたちを愛して下さったその大きな愛をもって、罪過によって死んでいたわたしたちを、キリストと共に生かし―あなたがたの救われたのは、恵みによるのである―キリスト・イエスにあって、共によみがえらせ、共に天上で座につかせて下さったのである」(エフェソ書2章3~6節)。

 神に愛されている子供として、主と共に、愛によって歩みましょう。光の子として歩みましょう。

 主よ、台風16号が九州の西の海上を進みましたが、特に大きな被害の亡かったことを感謝します。ただ、これから、韓国を縦断しそうです。先の台風では、命を落とされた方も多くありました。どうか、顧みて下さい。あなたに愛されている者として、主にあって、よい業を行うことが出来ますように。主を畏れ、互いに仕え合うことが出来ますように。 アーメン



9月16日(日)の御言葉 「わたしたち自身の贖いの儀式をしたい」

「わたしたちは、めいめいで手に入れた腕飾り、腕輪、指輪、耳輪、首飾りなど金の飾り物を献げ物として主にささげ、主の御前に、わたしたち自身の贖いの儀式をしたいのです。」 民数記31章50節


 31章には、「ミディアンに対する復讐」について、記されています。主がモーセに、「イスラエルの人々がミディアン人から受けた仕打ちに報復しなさい」と言われました(2節)。「ミディアン人から受けた仕打ち」とは、ミディアン人がモアブ人と共にイスラエルの人々を唆して、ペオルのバアルという偶像を拝むようにさせたことを指しています(25章1節以下、18節)。

 そのことについては、既に25章17節で、「ミディアン人を襲い、彼らを撃ちなさい」と言われていました。それをここで、実行するようにと言われたわけです。「その後、あなたは先祖の列に加えられるであろう」(2節)というのは、ミディアンに対する報復が済めば使命が完了し、それを最後に、モーセは天に召されることになるということです。

 メリバの水の一件で、モーセはイスラエルの会衆を約束の土地に導き入れることは出来ないと言われていました(20章12節)。先に姉ミリアムが召され(20章1節)、次いで兄アロンが召され(20章28節)、いよいよモーセも、最期の時が近づいて来たわけです。

 殺された王たちの名と共に、「ペオルの子バラムをも剣にかけて殺した」と記されています(8節)。モアブの王バラクの招きでイスラエルを呪うためにやって来た預言者バラムが、主の御告げを受けて、繰返しイスラエルを祝福しました(22~24章)。そのバラムが、なぜここで殺されたのでしょうか。

 その理由が16節に、「ペオルの事件は、この女たちがバラムに唆され、イスラエルの人々を背かせて引き起こしたもので、そのために、主の共同体に災いがくだったではないか」と記されています。モアブではイスラエルを祝福したバラムが、25章のペオルの事件の首謀者とされているのです。

 主の御旨に従ってイスラエルを祝福した預言者が、なぜ、主に背かせるようなことをしたのでしょうか。ある旧約学者が、ペオルの事件とイスラエルを祝福した出来事とで、順序が逆になっているのではないかと言います。即ち、ミディアンの女性を用いてイスラエルの民を主に背かせる事件があり、それを知ったモアブの王がバラムを召して、イスラエルを呪わせようとしたのではないかというわけです。それが、妥当かも知れません。

 このとき、1万2千の兵でミディアンを撃ち、「男を知らない女」3万2千人を捕虜にしたということは、ミディアンの兵はイスラエルの兵士よりも随分数が多かったということでしょう。ところが、戦いが終わって調べてみると、イスラエル兵には一人の犠牲者も出なかったそうです(49節)。

 それを知った兵士たちは、冒頭の言葉(50節)のとおり、分捕り品の金の飾り物を主への献げ物としてモーセのところに持って来ました。それらは恐らく、ミディアンで分捕った戦利品のうち、会衆と分け合う必要がなかった、即ち兵士の個人所有とすることが許された品だったのでしょう。

 献げられた金は、合計16,750シェケル(約191キログラム)でした。これを、今日の金価格(1g:4600円)に換算すると、8億7千900万円ほどになります。それを主の御前に献げることにしたということは、一人も犠牲者が出なかったということ、そして、そういう結果になったのは、万軍の主ご自身がイスラエルの民を率いて戦われ、完全な勝利をお与え下さったということで、それらに対する感謝の意を表しているわけです。
 
 主は私たちの身代わりとなって一切の罪の呪いを身に受け、十字架に死なれました。そして、三日目に死の力を打ち破って甦られました。私たちは、ただ主イエスを信じるだけで、罪が赦され、神の子とされ、永遠の命に与ります。その恵みを知った私たちは、何を献げましょうか。「ただ身と魂とを献げてぬかずく」(新生讃美歌235番5節)のみです。


 主よ、今年は豪雨で九州に大きな災害が起こり、韓国でも台風によって多くの人々が犠牲になりました。憐れみをお与え下さい。あなたは愛する者を失う痛みをよくよくご存じでしょう。私たちを神の子とするために、その独り子を犠牲にされました。どれほど感謝しても、それでもう十分ということはありません。だからこそ、いつも喜び、どんな時にも感謝が出来ます。そこに常に留まることが出来るよう、祈ります。弱い私たちを助けて下さい。 アーメン






9月15日(土)の御言葉 「すべて、口にしたとおり、実行しなければならない」

「人が主に誓願を立てるか、物断ちの誓いをするならば、その言葉を破ってはならない。すべて、口にしたとおり、実行しなければならない。」 民数記30章3節


 30章には、「誓願の規定」について記されています。これは、前章39節の、「満願の献げ物や随意の献げ物」という言葉との関連で、ここに置かれたものと思われます。「満願の献げ物」は、誓願の際に、その願いが成就すれば献げ物をするという約束をして、実行されるというものだからです。

 「誓願の規定」の基本は、冒頭の言葉(3節)のとおり、「人が主に誓願を立てるか、物断ちの誓いをするならば、その言葉を破ってはならない。すべて、口にしたとおり、実行しなければならない」ということです。

 士師記11章にその例があります。士師エフタがアンモン人との戦いに臨んで、「もしあなたがアンモン人をわたしの手に渡してくださるなら、わたしがアンモンとの戦いから無事に帰るとき、わたしの家の戸口からわたしを迎えに出て来る者を主のものといたします。わたしはその者を、焼き尽くす献げ物といたします」と誓いました(士師11章30,31節)。

 その願いがかなえられ、凱旋して戻って来たとき、一人娘が彼を出迎えました(同34節)。エフタは、「わたしは主の御前に口を開いてしまった。取り返しがつかない」と語り(同35節)、娘も、「父上。あなたは主の御前で口を開かれました。どうか、わたしを、その口でおっしゃったとおりにしてください」と応じています(36節)。人が主の前に立てて誓いを破ってはならないということです。

 4節以下には、女性が誓願を立てるときの規定が記されています。まず、結婚前で、女性が家にいるときには、父親の許可によってその誓願は有効となります(5節)。許可が下りなければ、無効です(6節)。

 結婚することになって、それが誓願期間中である場合、夫が許可すれば、それは有効ですが(8節)、許可しなければ、破棄されます(9節)。結婚後に誓願を立てる場合も、夫が許可すれば有効ですが(12節)、許可しなければ無効です(13節)。最初何も言わず、後からそれを禁止する場合、夫が誓願破棄の罪を負うことになります(14節)。

 今日では、これは女性を半人前扱いする差別的な規定ということになるかも知れません。ただ、この規定は、誓願の責任者を定めているわけで、誓願が必ず実行されることを求めているのです。

 というのは、当時の女性は、経済的にも極めて弱い立場にありました。誓願を立てても、自身では満願の献げ物をする能力がなかったと考えられます。だから、誓いがきちんと果たされるために、最初に家長の許可を求めて、神の前にその誓願を実行する責任者としておくわけです。

 ところで、山上の説教の中で主イエスは、「わたしは言っておく。一切誓いを立ててはならない」と言われました(マタイ福音書5章34節)。それは、誓いが果たせないくらいなら、最初から誓うな、という意味ではありません。誓いなど必要としない真実な生活をせよ、と言われるのです。というのは、偽りを誓いで誤魔化すことさえするからです。

 ペトロがカイアファの家の中庭で、イエスを知らないというとき、3度目には、「そんな人は知らない」と誓って言ってしまいます(マルコ14章71節)。ペトロ自身、自分が主イエスを否定するようになるなど、考えもしなかったことでしょう(同14章31節)。けれども、状況次第でそれが起こってしまう、それが私たちの弱さです。主イエスは、このペトロの弱さ、不真実な誓いの罪をもご自分の身に負われます。

 エフェソ書5章21節以下では、夫婦の関係を、キリストと教会の関係で教えています。つまり、教会はキリストの花嫁なのです。だから、妻なる教会のために責任をおとり下さるのです。その主イエスの真実に、教会は、そして私たち一人一人は支えられているのです。命をかけて私たちを愛して下さる主を心の中心に迎え、誓いを必要としないほどに真実な生活を作らせて頂きましょう。


 主よ、あなたは常に真実をもって語り、御業を行われます。生まれながらの怒りの子であった私たちを神の子とされたのは、神の愛と真実の賜物です。主から離れて、私の内に真実はありません。主の真実に支えられて、今の私があります。すべて主に委ね、その導きに従って歩みます。御名が崇められますように。 アーメン






9月14日(金)の御言葉 「聖なる集まりを開く」

「八日目には、聖なる集まりを開く。いかなる仕事もしてはならない。」 民数記29章35節
 

 29章には、年度後半の祝日の献げ物が規定されています。まず、7月1日に聖なる集会を開きます。それを、「角笛を吹き鳴らす日」としています(1節)。ユダヤ教の伝統では、この日を、「新年の日」と呼ぶそうです。現在は、春を新年としていますが、春と秋のいずれを新年とするかで綱引きがあったと聞いたことがあります。7月1日を、「新年の日」と呼ぶのは、その名残ということでしょう。

 10日にも、聖なる集会を開きます(7節)。ここには、この祝日の名が記されていませんが、レビ記23章27節に、「贖罪日」と記されています。同16章に「贖罪日」の詳細な規定があり、同31節に、「これは、あなたたちにとって最も厳かな安息日である」と記されています。

 年に一度、この日に大祭司は至聖所に入って罪の贖いの儀式を行います(出エジプト記30章10節、レビ記16章3節以下、34節)。この日、民は「苦行」(レビ記16章29~31節、23章27,29節)、即ち断食を行います。

 贖いの儀式の後、大祭司は生きている雄山羊の頭に両手を置き、イスラエルの人々のすべての罪責と背きと罪を雄山羊の頭に移して荒れ野に追いやります(レビ記16章20~22節)。罪の身代わりとされることを英語でスケープゴート(scapegoat)と言いますが、それは、ここから来ています。

 「贖罪」(キプリーム)という言葉は、「覆う」(キッペル)という言葉から派生したものです。「いかに幸いなことでしょう、背きを赦され、罪を覆っていただいた者は」と詩編32編1節に詠われています。雄牛と雄山羊の血で神の目から罪が覆われ、それによって赦しが与えられるということです。

 最後の晩餐の席上、主イエスが杯を取って、「これは、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である」と言われましたが(マルコ福音書14章24節)、神の独り子なる主イエスの血によって私たちの罪が覆われ、神との新しい契約が締結されたわけです。

 15日にも、聖なる集会を開き、七日間祝います(12節)。これは、「仮庵祭」です(レビ記23章33節)。13節以下に、8日間にわたって祝われる祭りにささげられる献げ物のリストが詳細に記されています。三大祭(過越
祭、七週祭、仮庵祭)の中で、仮庵祭が最も盛大に祝われました。それは、いけにえの量にも現れています。

   過越祭 牛14頭 羊7匹  小羊49匹  山羊7匹

   七週祭 牛2頭  羊1匹  小羊7匹   山羊1匹

   仮庵祭 牛71頭 羊15匹 小羊105匹 山羊8匹

 ユダヤには、「仮庵祭にエルサレム巡礼をしなかった者は、喜びを知らない者だ」という言葉があるそうです。仮庵祭はぶどうの収穫祭ですが、約束の地に入ってぶどうなどの豊かな収穫にあずかったとき、エジプトの奴隷生活から解放され、荒れ野を40年旅したときのことを忘れないようにするためであり(レビ記23章43節)、そのときの苦しみと比べて、約束の地での生活がいかに幸いなものであるかを知って、神に感謝するのです。

 ヨハネ福音書7章37節に、「祭りが最も盛大に祝われる終わりの日」という言葉があります。これは仮庵祭の最終日のことです。最大の祝祭日の最も盛大な祝日が終わりの日、即ち8日目のことというわけです。冒頭の言葉(35節)では、この日、「聖なる集まりを開く」とあり、そこで神を礼拝します。

 そして、前日までと比べると全く控えめな量のいけにえをささげます(36節)。それをヨハネが「盛大」と表現しているのは、人が神の御前に静まるときに、神の御声がさやかに聞こえたり、大いなる御業を見させていただくことが出来る。それこそが、神の民の最も大きな喜びである、ということではないでしょうか。

 「渇いている人は誰でも、わたしのところに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書に書いてある通り、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる」(ヨハネ福音書7章37,38節)と、そのとき主イエスが言われました。命の御言葉を受け、御霊の恵みに与り、「その人の内から生きた水が川となって流れ出る」と言われているように、主の御業のために働く者とならせていただきましょう。


 主よ、あなたから離れて、私たちが実のある人生を送ることが出来ません。あなたこそ、恵みの源であり、また希望と平安の源であられるからです。私たちの感謝のしるしとして、賛美のいけにえ、即ち唇の実を絶えずあなたにおささげします。私たちを主に喜ばれるまことの礼拝者として下さい。 アーメン









9月13日(木)の御言葉 「安息日には、無傷の一歳の羊二匹をささげ」

「安息日には、無傷の一歳の羊二匹をささげ、上等の小麦粉十分の二エファにオリーブ油を混ぜて作った穀物の献げ物とぶどう酒の献げ物を添える。」 民数記28章9節


 28,29章には、出エジプト記29章38節以下、レビ記23章以下などにも記されていた、「献げ物の規定」がまとめられています。28章には、毎日、毎週、毎月ささげる献げ物と、年度前半の祭の規定があり、29章には年度後半の祭の規定があります。

 神は、初めに光を創造され、光を昼、闇を夜と呼ばれて一日が形成されました(創世記1章3~5節)。昼が夜に変わるとき、そして夜が昼に変わるとき、「日ごとの献げ物」として、一歳の羊一匹ずつをささげます(3節)。

 また、神は6日間で天地万物を完成され、第七の日に安息されたので、この日を祝福して聖別されました(創世記2章1~3節)。一週間の務めを終え、安息するとき、「安息日の献げ物」として、一歳の羊二匹をささげます(9節)。

 天の大空に光る物として、太陽と月、星が作られました(創世記1章14~19節)。天体の運行により、季節が設けられ、一年が定められます。ユダヤでは、新月がその月の一日です。一ヶ月が経過して新月を迎えるとき、「一日(ついたち)の献げ物」として、雄牛二頭、雄羊一匹、一歳の羊七匹をささげ(11節)、それに贖罪の献げ物として、雄山羊一匹をささげます(15節)。

 第一の月の14日は主の過越(16節)、15日は除酵祭という祭りの日です(17節)。主の過越から50日目に七週祭を祝います(16節以下)。因みに、半年後の第七の月には、大贖罪日(29章7節以下)と仮庵祭(同12節以下)があります。

 こうして見ると、イスラエルにとって、神は時を司り、時に働きかけて恵みをお与え下さるお方であると信じられているようです。だから、「何事にも時があり、天の下の出来事には全て定められた時がある。・・・神はすべてを時宜にかなうように造り、また、永遠を思う心を人に与えられる」(コヘレト3章1~11節)という御言葉があるのでしょう。

 この定めの中で、「安息日の献げ物」について、モーセ5書の中に具体的な指示がなされているのは、この箇所だけで、他はエゼキエル書46章4節以下にもう一度言及されています。

 十戒には、主を礼拝する祝祭日について、過越祭や仮庵祭などの規定はありません。ただ安息日だけが、「安息日を心に留め、これを聖別せよ」と規定されています(出エジプト20章8節)。

 十戒に規定されるほどに重要な日なのですが、安息日の献げ物についての具体的な指示が、出エジプト記にもレビ記にもないというのは、少々驚きの発見です。勿論、ここに規定されているのですから、行われなかったということではありませんし、いい加減になされていたということでもないでしょう。

 今日、私たちは神にいけにえをささげてはいません。それは、キリストが、罪のための唯一のいけにえとしてご自身をささげられ、罪と不法の赦しをお与え下さったので、罪を贖う供え物が必要でなくなったのです(ヘブライ書7章27節、9章23節以下、10章12,14,18節)。

 だからといって、献げ物は一切不要ということでもありません。「神の求めるいけにえは打ち砕かれた霊。打ち砕かれ悔いる心を、神よ、あなたは侮られません」(詩編51編19節)と言われます。神を礼拝する私たちの心、思いこそ、主が求められるものだというのです。

 また、「安息日に歩き回ることをやめ、わたしの聖なる日にしたいことをするのをやめ、主の聖日を尊ぶべき日と呼び、これを尊び、旅をするのをやめ、したいことをし続けず、取引を慎むなら、そのとき、あなたは主を喜びとする」(イザヤ書58章13,14節)と語られています。主を喜びとする者は、主を礼拝する日を尊重するはずです。

 主を畏れ、謙って心から主を礼拝することこそ、安息日に相応しい献げ物ということです。主はそのような礼拝者を求めておられるのです(ヨハネ福音書4章23,24節)。


 主よ、あなたは私たちに、謙って御言葉を聴き、御言葉に従うように教えて下さっています。それは、私たちが御言葉を守らなければならないからではなく、御言葉によって私たちが守られ、祝福されるためです。変わらない愛をもって常に守り導いて下さる主の御名がいよいよ崇められますように。 アーメン







9月12日(水)の御言葉 「あなたの権威を彼に分け与え」

「あなたの権威を彼に分け与え、イスラエルの人々の共同体全体を彼に従わせなさい。」 民数記27章20節


 12節以下の段落は、「モーセの後継者ヨシュアの任命」について記しています。主はモーセに、「このアバリム山に登り、わたしがイスラエルの人々に与えた土地を見渡しなさい。それを見た後、あなたもまた兄弟アロンと同じように、先祖の列に加えられるであろう」と言われました(12,13節)。

 モーセは、兄アロンと共にイスラエルの民をエジプトから連れ出した後、40年に亘って荒れ野を導いて来ました。けれども、アロンもモーセも、また女預言者であった姉ミリアムも、約束の地に入ることは出来ませんでした。ミリアムはカデシュで死にました(20章1節)。アロンはホル山で息を引き取りました(同28節)。二人してモーセに不平を言ったことが、その理由でしょう。

 モーセは、メリバで民に水を与える際、神の御言葉を注意深く聞かず、主が「岩に命じて水を出せ」と言われたのに、岩を二度打ちました(同11節)。それで主なる神は、「イスラエルの人々の前に、わたしの聖なることを示さなかった。それゆえ、あなたたちはこの会衆を、わたしが彼らに与える土地に導き入れることはできない」と言われていました(同12節)。そして、いよいよモーセにも、最期の時が近づいて来ました。

 ただ、モーセには、約束の地を見渡すことが許されました(12節)。アバリム山から約束の地を見渡したら、それがモーセにとって、地上の生の最後になるわけですが、モーセは反発するわけでもなく、取り乱すでもなく、素直にその御言葉を受け入れています。

 その上で、「どうかこの共同体を指揮する人を任命し、彼らを率いて出陣し、彼らを率いて凱旋し、進ませ、また連れ戻す者とし、主の共同体を飼う者のいない羊の群れのようにしないでください」と主に求めました(16,17節)。モーセは、どこまでも民の指導者としての使命を果たそうとして、自分が召された後の心配をしているわけです。

 主はその願いにすぐに応えられました。「霊に満たされた人、ヌンの子ヨシュアを選んで、手を彼の上に置き、祭司エレアザルと共同体の前に立たせて、彼らの見ている前で職に任じなさい」と言われます(18,19節)。

 ここで、「霊に満たされた人」は、霊がその人の内におられるという言葉です。つまり、モーセが手を置いて自分の後継者として職に任じる前に、既に主ご自身がヨシュアを選び、その務めを果たすために必要な賜物を与えておられたということです。モーセはそれを承認し、人々の前で公認する儀式として手を置くのです。

 主は、続けて冒頭の言葉(20節)で、「あなたの権威を彼に分け与えなさい」と言われます。ここで、「権威」(ホード)という言葉は、普通「神の威光や尊厳」という意味で用いられるものです。それがここで「あなたの権威(ホード)」という言い方がなされるのは、モーセの有していた権威が神の権威、威光を表わすものであったということを示していると言ってよいのではないでしょうか。

 そのすべてをヨシュアに与えるというのではありません。原文は、「あなたの権威から与えよ」という言葉で、与えられるのが一部であることを示しています。だから、「権威を彼に分け与え」と訳されているのです。確かにヨシュアも傑出した指導者で、既にエフライム族の長としてカナン偵察に派遣され(13章8節)、信仰に立って語り(14章7~9節)、約束の地に入る恵みを得ました(同30節)。

 しかし、「主は人がその友と語る王に、顔と顔を合わせてモーセと語られ」ますが(出エジプト33章11節)、ヨシュアは祭司エルアザルを通してウリムによる判断を聞かなければならないのです(21節)。モーセのような指導者は、再び現れないということでしょうか。そうかも知れません。一人の指導者によってではなく、主に従う一人一人にその役割が分け与えられるというしるしでしょう。

 主なる神は私たちのために、神の御子イエスをお遣しになり、神の御心を教えて下さいます(ヘブライ書1章2節)。また、聖霊が私たちを導いて真理を悟らせて下さいます(ヨハネ16章13節)。それは、私たちがキリストに従い、福音宣教の使命を全うするためなのです(マタイ28章18節以下、ヨハネ15章16節)。

 聖霊に満たされ、霊の賜物とその力を頂いて、めいめいの使命を全うすることが出来るよう、御言葉と御霊の導きを祈り求めましょう。


 主よ、あなたは御子によって天地を創造され、力ある言葉によって万物を支えておられます。その御子が私たちの身代わりとして十字架に死なれ、私たちはその贖いによって活かされています。その深い恵みのゆえに、主に委ねられた使命を全うすることが出来ますように。御名を崇めさせたまえ。 アーメン








9月11日(火)の御言葉 「登録された者は一人もいない」

「その中には、モーセと祭司アロンがシナイの荒れ野でイスラエルの人々を登録したときに登録された者は一人もいなかった。」 民数記26章64節


 26章には、「第二の人口調査」が記されています。それは主がモーセと祭司エレアザルに、「イスラエルの人々の共同体全体の中から、イスラエルにおいて兵役に就くことのできる二十歳以上の者を、家系に従って人口調査しなさい」(2節)と命じて行わせたものです。

 1章に記されていた「最初の人口調査」では、部族ごとの家系の長の名が挙げられて、登録者数が記されていました。26章では、家系の長の代わりに氏族名が挙げられています。

 登録者総数は、一回目が603,550人だったのに対し、今回は601,730人でした。若干の減少というところです。部族毎に比較すると、最大部族は、ユダ族で1,900人増えています。第2位はダン族で、1,700人の増加になっています。一回目第3位だったシメオン族は37,100人減少させて最小部族になりました。一方、一回目最小だったマナセ族が20,500人増加して第5位になりました。増加率は断然トップです。

 シメオン族が数を減らした背景に、創世記34章のディナにまつわる事件や49章のヤコブの呪いがあります。また、人口調査の直前、ペオルのバアルを慕ったかどで災害が生じた際(25章1節以下)、ミディアンの女に惑わされたシメオン族の指導者ジムリが討たれたこと(同14節)もあるでしょう。逆に、マナセが増加したのは、ヤコブがヨセフのために最上級の祝福の祈りをしたから(創世記49章22節以下)ということになるでしょうか。

 各部族の増減の理由がつまびらかなわけではありませんが、その時々に神に対して、また隣人に対していかに振る舞い、語ったかによって、祝福されたり呪われたりということが繰り返され、その結果、登録された者の数に影響が出ているということです。

 十戒の中で、「わたしを否む者には、父祖の罪を子孫に三代、四代までも問うが、わたしを愛し、わたしの戒めを守る者には、幾千代にも及ぶ慈しみを与える」(出エジプト20章5,6節)と約束されている通り、自分の言動が、自分の代だけでなく、子々孫々にまで影響を及ぼすわけです。

 同時に53節以下で、人数の多い部族には多くの、少ない部族には少しの嗣業の土地を与えよと言われており、今回の人口調査が、兵役のことだけでなく、嗣業の土地分配のためであることを表わしています。荒れ野の生活の中で神に祝され、その数を増した部族が、より多くの嗣業の地を取ることが出来るということになりました。

 冒頭の言葉(64節)は、この人口調査の結語です。驚くべきことに、40年前、シナイの荒れ野で登録された者は、一人もいないと言われます。40年前にも20歳以上50歳以下の者が登録されたわけですから、40年経った今、その人々は60~90歳になっています。「兵役に就くことができる」という条件があるので、二度目に登録される者が一人もいないというのは、当たり前なのです。

 けれども、一人もいないという報告は、60歳から90歳までの男性が、本当はいるけど登録されなかった抹消されたというのではなくて、「主が、彼らは必ず荒れ野で死ぬと言われたから」(65節)と記され、「ただエフネの子カレブとヌンの子ヨシュアを除いて、だれも生き残った者はなかった」ということですから、その世代の男性が実際にその二人しかいないというのです。

 これは、神に背いた古い世代が一掃されたということ、イスラエルの民が約束の地を嗣業の地として受けるという神の御計画に変更がないことをを示しています。そして神は、神の約束の地を受け継ぐイスラエルの民が、
神を愛し、その戒めを守ってあゆむように、期待しておられるのです。

 その民の中に、カレブとヨシュアがいます。約束の地を探る斥候の中で。この二人だけは、主が共におられ、必ず約束の地を与えて下さると主張しました(14章6節以下)。この信仰が彼らを救ったのです。「信仰がなければ、神に喜ばれることはできません」(ヘブライ書11章6節)。ヨシュアが、モーセの後継者として、イスラエルの民を約束の地に導き入れます。

 絶えず主を仰ぎ、御言葉に信頼して歩みましょう。


 主よ、荒れ野の試みにおいて、多くの人々は不信仰、不従順のゆえに約束の安息に入ることが出来ませんでした。私には、ヨシュアやカレブのように信仰に立って行動出来るという保証はありません。だからこそ、あなたに依り頼みます。あなたから離れては何も出来ないからです。どうか、試みにあわせず、悪しきものからお救い下さい。 アーメン








プロフィール

pastabco

記事検索
最新コメント
月別アーカイブ
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

ギャラリー
  • 11月10日(日)主日礼拝案内
  • 11月3日(日)主日礼拝説教
  • 11月3日(日)主日礼拝案内
  • 10月27日(日)秋期特別礼拝説教
  • 10月27日(日)秋期特別礼拝説教
  • 10月27日(日)秋期特別礼拝説教
  • 10月27日(日)秋の特別礼拝案内
  • 秋の特別礼拝ご案内
  • 10月20日(日)主日礼拝説教
  • 10月20日(日)主日礼拝案内
  • 10月13日(日)主日礼拝説教
  • 10月13日(日)主日礼拝案内
  • 10月6日(日)主日礼拝説教
  • 10月6日(日)主日礼拝案内
  • 9月29日(日)主日礼拝説教
livedoor 天気
「J-CASTニュース」は提供を終了しました。
楽天市場
「Amazonライブリンク」は提供を終了しました。
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ