風の向くまま

新共同訳聖書ヨハネによる福音書3章8節より。いつも、聖霊の風を受けて爽やかに進んでいきたい。

2011年08月

8月28日の御言葉 「主の日が近づく」

「泣き叫べ、主の日が近づく。全能者が破壊する者を送られる。」 イザヤ書13章6節

 周辺諸国に対する預言が記されている第二部(13~27章)の初めに、「バビロン」に対する預言が記されています(1節)。「バビロン」の原語は「バベル」と言い、創世記11章1節以下の「バベルの塔」物語の「バベル」と同じ言葉です。

 バビロンは、アッシリア帝国の南東部、チグリス・ユーフエラテス川の下流域に位置しています。紀元前627年にアッシリアから独立し、その後勢力を拡大して、前612年にはニネベの町を占領、さらに610年にアッシリア帝国最後の要塞ハランを占領して、アッシリア帝国の歴史に幕を引きました。

 その後、前605年にシリアに駐留していたエジプト軍を撃破し、さらにペリシテ最大の都市アシケロンを占領、その勢いを駆ってエルサレムに迫ってきました。ユダヤの王ヨヤキムは、迫ってきたバビロン軍に降伏しました。前601年のことです。その3年後、反旗を翻したユダヤに再びバビロンの大軍が押し寄せました。バビロン軍がエルサレムまでやって来る直前、ヨヤキムは死去し、その子ヨヤキンが王座に着きました。ヨヤキン王はすぐに降伏し(前597年)、ユダの上流階級の人々と共に、捕囚としてバビロンに連れて行かれました。これが、第一次バビロン捕囚です。

 その10年後の前587年、バビロンの王によってヨヤキン王に代わって王位につけられたヨヤキンの叔父ゼデキヤが、バビロンに反旗を翻したため、バビロン軍に攻められて町が破壊され、神殿も焼かれ、王をはじめ町に残っていた者は皆、捕囚として連れ去られました(列王記下25章)。これを、第二次バビロン捕囚といいます。かくて、イスラエルはバビロニア帝国の属州となり、ダビデ王朝は滅亡しました。

 そのバビロンが神の怒りを招き、裁かれています。イザヤが預言した当時、バビロンを知っているユダヤ人は殆どいなかったのではないでしょうか。それは、バビロニア帝国が登場する百年も前のことだったからです。けれども11節に、「わたしは、世界をその悪のゆえに、逆らう者をその罪のゆえに罰する。また、傲慢な者の奢りを砕き、横暴な者の高ぶりを挫く」とあり、その悪の世界を代表するものとして、バビロンの名が最初に掲げられています。

 ただし、このイザヤの預言は、「バビロンについての託宣」と言われていますが、直接バビロンの人々にむけて語られたわけではありません。これを聞いたのは、ユダヤの人々です。ユダヤの人々も、ここに語られている、「傲慢な者の奢り、横暴な者の高ぶり」という悪と無縁ではなかったのです。バビロンが悪の代表として裁かれるならば、本来、神に礼拝をささげる民として選ばれていたイスラエル、ユダヤの人々は、彼らと同じ罪の下にいて、どれほどの罰を蒙ることになるのでしょうか。

 北イスラエル王国はアッシリアによって、南ユダ王国は、バビロンによって滅ぼされました。預言者は、それをイスラエルの民の背きの罪に対する神の裁きと考えました。今ここに神の怒りを招き、裁かれているバビロンが、南ユダ王国を罰する神の道具として用いられたわけです。

 冒頭の言葉(6節)に、「泣き叫べ、主の日が近づく。全能者が破壊する者を送られる」とあります。北イスラエルイスラエルにとってはアッシリア、アッシリアや南ユダにとってはバビロン、そして、バビロンにとっては17節の「メディア人」、即ちペルシャ帝国が、「破壊する者」でした。「破壊する者」(ショード)は、「シャーダド」(破壊する、荒らす、暴力を振るう)という動詞の名詞形ですが、「全能者」(シャダイ)が「破壊する者」(ショード)が送るというのは、語呂合わせ以上の意味を感じます。即ち、神はその全能をもって万物を創造されましたが、傲慢と横暴で御旨に背くものを神が滅ぼされるわけです。

 今日、主イエスが十字架で死なれ、三日目に甦られたことを記念して、日曜日を「主の日」と呼んでいます。「全能者」が世界の悪を代表するものとして、御自分の独り子イエスを十字架につけて滅ぼされました(ローマ書4章25節、2コリント書5章21節など)。それによって私たちの罪が赦されることになり、さらに死の力を打ち破って甦られたことで、私たちに永遠の命の希望をお与え下さったのです。泣き叫ぶべき「主の日」を、喜び感謝する日に変えて下さった神の深い憐れみと慈しみに感謝しましょう。

 主よ、感謝します。あなたの憐れみは永久に堪えることがありません。私たちも世界の悪の中におり、そして私たち自身が悪を行う者でした。けれどもその罪を赦し、御子イエスの血によって清めて下さいます。常に御前に謙り、十字架の主を仰がせて下さい。その御声に耳を傾けさせて下さい。 アーメン


ゴスペルコンサート&バイブルメッセージ

9月24日(土)午後7~9時、九州リバイバルミッションを、「ゴスペルコンサート&バイブルメッセージ」と題して、大牟田教会で開催致します。

下のアドレスをクリックすると、案内PDFファイルが開きます。
http://www.h7.dion.ne.jp/~omutabc/9.24omutamission.pdf

世界のトップミュージシャンと共演する最高峰サックス奏者ロン・ブラウンが、再び大牟田にやって来ます。
また、日本は福島県が産んだ世界的伝道者・有賀喜一先生(全日本リバイバルミッション代表など)をお迎えします。

今回は、九州リバイバルミッションの一環として、九州各地の教会で集会が開かれます。
http://www.j-revival.com/9rm/index.html

9月9日~12日:大分
9月14日~17日:宮崎
9月21~23日:熊本
9月24日~10月2日:福岡
10月1日:長崎
10月2日:佐賀

詳細は、全日本リバイバルミッション発行のニュース8月号をご覧下さるか、全日本リバイバルミッション(℡0536-23-6712)にお問い合わせ下さい。



無事帰って参りました

昨夜、無事戻って参りました。
この一週間、殆ど動き回らず、孫と一緒にべたべたと過ごして来ました。
そのうち、まとめてご報告したいと思います。

孫は、東日本を震災が襲った翌日、婿、娘と共に東京に戻りました。
しかし、原発事故による計画停電や放射能汚染の乳幼児に対する影響などを考えて、数週間後、婿の実家に疎開させて頂いていました。
そして、計画停電の終了と共に、東京での生活が再スタートしました。

離れている間も写メールで成長の様子を垣間見ていたのですが、5ヶ月ぶりに実際会ってみると、随分大きくなっていました。
何を言っているのかよく分かりませんが、ウチの血筋を引いているようで、何やらよく喋ります。
ときには、叫びもします。
本人は、歌っているつもりかも知れません。

この時期の勢いでずっと成長し続ければ、人間はどんなに大きく、また賢くなることだろうと思いますが、神様は私たちを平均的に成長させるというではなく、「とき」を定めて、その「とき」に相応しく成長するように導いておられるようです。

その意味で、今がどのような「とき」なのかを見定め、それに相応しい成長を遂げることが出来るようにしなければなりません。
幼子を育てる親にとって、まさにその知恵が求められています。
もちろん、あらゆる知恵と知識の宝は、キリストの内に隠されているのですから、キリストに聞きつつ、その知恵に与りつつ、謙遜に、喜びをもってこの大事に臨むよう、あらためて、娘一家の祝福と導きを祈り続けようと思いました。

いつも、私たちのためにお祈り下さる皆様に、心から感謝申し上げます。
そして、皆様にも、主の恵みと慈しみが、いつも豊かにありますよう、お祈り致します。


8月21日の御言葉 「よく聞け、よく見よ」

「主は言われた。『行け、この民に言うがよい、よく聞け、しかし理解するな、よく見よ、しかし悟るな、と』。」 イザヤ書6章9節

 6章には、イザヤが預言者として召されたときのことが記されています。それは、ウジヤ王が死んだ年のことでした(1節)。神はご自身の姿をイザヤの前に現し(1節)、セラフィムの賛美の声を聞かせ(2,3節)、神殿の敷居を揺れ動かし、神殿を神の臨在のしるしの雲で満たされました(4節)。

 それを見たイザヤは、すごいものを見たと有頂天になったのではありません。「災いだ。わたしは滅ぼされる。わたしは汚れた唇の者。汚れた唇の民の中に住む者。しかも、わたしの目は王なる万軍の主を仰ぎ見た」(5節)と言っています。罪深い人間は、清い神を見ることが出来ません。神を見た者は、その後、生き続けることが出来ないと、固く信じられていました(出エジプト記33章20節参照)。ということは、イザヤはこのとき、重い皮膚病になって死んだウジヤ王のことを考えていたのではないでしょうか。

 ウジヤ王は、イスラエルの王の中で最も長い52年間、王位にありました(歴代誌下26章3節)。その善政のゆえに、国は繁栄しましたが(同4~15節)、次第に高慢になり、あるとき、神殿で祭司に代わって香を炊く務めを行おうとしました(同16節)。祭司アザルヤがそれを制止しようとしたので、ウジヤ王は憤り、その怒りを祭司にぶつけます(同17,18節)。そのとき、神がウジヤを打たれたのです(同19節)。

 イザヤは今、エルサレムの神殿にいます。そして、「災いだ。わたしは滅ぼされる」と言ったということは、イザヤは祭司ではないにも拘らず、神殿にいて、大祭司以外には見ることが許されていない聖なるものを見たということを示しています。であれば、イザヤは祭司でもないのに、神殿にいたわけです。

 そのとき、セラフィムの一人が祭壇の炭火を取ってイザヤのところに飛んで来て、その口に触れ、「見よ、これがあなたの唇に触れたので、あなたの咎は取り去られ、罪は赦された」と言いました(6,7節)。祭壇の火で民の汚れを清め、罪を贖う儀式について、民数記17章に記されていますが、それをイザヤ一人のためにセラフィムが行ったわけです。即ち、神はイザヤを滅ぼしたかったのではなく、その使命のために預言者として選び、用いるため、イザヤを神殿に呼び出し、その栄光の姿を見せ、恐れおののくイザヤを祭壇の火をもって清められたのです。

 イザヤはそこで神の声を聞きます。それは、「だれを遣わすべきか、だれが我々に代わって行くだろうか」という声でした(8節)。それに対してイザヤはすぐに、「わたしがここにおります。わたしを遣わしてください」と語ります。イザヤは、たった今、神によって罪赦され、贖われる恵みを経験したばかりです。それは、まさに古い自分に死に、神に仕える新しい人生の始まりを意味したのです(ローマ書6章11,13節、ガラテヤ書1章13節以下参照)。

 このように選び立てられた預言者イザヤに対して、神は特別な任務を授けます。それは、「行け、この民に言うがよい、よく聞け、しかし理解するな。よく見よ、しかし悟るな、と。この民の心を頑なにし、耳を鈍くし、目を暗くせよ。目で見ることなく、耳で聞くことなく、その心で理解することなく、悔い改めて癒されることのないために」、という命令です(9,10節)。聞いて理解し、悔い改めて癒されるように語れ、というのではなく、聞いても理解するな、見ても悟るな、悔い改めて癒されることのないために、というのです。

 つまり、神はイザヤに、イスラエルが悔い改めをなすべき時期はもう終わった、もはやそれをするには遅すぎる、彼らには神の裁きが下る、と告げさせようとしているわけです。それは、5章19節で、イスラエルの民自身が、「イスラエルの聖なる方を急がせよ、早くことを起こさせよ、それを見せてもらおう。その方の計らいを近づかせ、実現させてみよ。そうすれば納得しよう」と語っているからです。

 なんと愚かなことでしょう。イスラエルの民に裁きを下すことにされた神は、決してそれを喜んでおられるはずがありません。怒りよりもむしろ、悲しみがその心を満たしていたのではないでしょうか。だからこそ、すぐに滅ぼし尽くされるのではなく、イザヤを遣わして、「もう遅い」と語らせるのです。かく語らせながら、もしも悔い改めてくれば、ニネベの町の人々を赦したように、赦しをお与えになるお方なのです。

 今日も、愛と憐れみに富む父なる神を仰ぎ、その御声に耳を傾け、御霊の導きに従って歩みましょう。

 主よ、あなたは愛と憐れみに富むお方です。背いたイスラエルに悔い改めを解き、滅ぼすことに決められた後も預言者を遣わし続けられました。その愛と憐れみにより、私たちも救いの恵みに与りました。どうか、この恵みを無駄にせず、神の愛と憐れみを、その生活を通して証しするため、私たちを遣わして下さい。 アーメン


これから

これから一週間、大牟田を離れ、孫の顔を見に出かけて来ます。
戻って来たらご報告申し上げる予定ですが、どうなりますか。
サイトの更新も出来ませんが、皆様に神さまのめぐみと慈しみが、常に豊かにありますよう、お祈りしています。
それでは、行って来ます。 シャローム!!



8月14日の御言葉 「もう一度出ておいで」

「もう一度出ておいで、シュラムのおとめ、もう一度出ておいで、姿を見せておくれ。マハナイムの踊りをおどるシュラムのおとめに、なぜ、それほど見とれるのか。」 雅歌7章1節

 冒頭の言葉(1節)の初めに、「帰れ」(シュービー)という言葉が二度繰り返されているのを、新共同訳は「もう一度出ておいで」と訳しています(口語訳では6章13節)。そして、「もう一度出ておいで」と二度繰り返されているということは、「帰れ」が四度も出て来るということです。つまり、しきりに「戻って来い」と呼んでいるわけです。

 6章12節に、「知らぬ間にわたしは、アミナディブの車に乗せられていました」とあり、それで、おとめが若者から引き離されてしまっていたということなのかもしれません。アミナディブとはどういう人物であるのか分かりませんが、あるいは、これを「高貴な民」という普通名詞と解釈して、王や貴族など位の高い者の馬車でどこかに連れられて行ったと想像することも出来そうです。

 「シュラムのおとめ」とありますが、「シュラム」という地名は知られていません。ナザレの南、エスドラエロンの谷のシュネム(ヨシュア記19章18節)のことかと考える人もいます。あるいは、ダビデ王のもとに連れて来られたシュネム生まれのアビシャグに因み(列王記上1章3節参照)、美しい娘のことを「シュネム=シュラムのおとめ」ということにしたのかも知れません。

 そして、「マハナイムの踊り」(1節)とは、ヤボク川の上流、ギレアドのマハナイムに伝わる踊りでしょうか。あるいは、マハナイムとは、「二つの陣営」という意味ですから(創世記32章3節)、二列に並ぶ軍隊の前で、あるいは二組の軍隊の間での踊りということでしょうか。

 「マハナイムの踊りをおどるシュラムのおとめに、なぜ、それほど見とれるのか」という言葉をだれが語っているのかでも、解釈が変わります。エルサレムのおとめたちの言葉とすれば、美しい女性、踊りの上手な女性は、シュラムのおとめだけじゃないよといった、やっかみ混じりの言葉ということになります。また、シュラムのおとめ自身の言葉とすれば、今度は少々恥じらいを含んだ、謙遜な言葉ということになるでしょう。そして、もしも若者の言葉だとすると、恋人の美しさを見て欲しいと思う反面、そんなに目を凝らして見るな、彼女はわたしのものだ、といった主張のように聞こえます。

 話は変わりますが、マハナイムは、イスラエルの父祖ヤコブがハランの地で財産をなし、兄エサウに再会するために戻ってきた場所です(創世記32章3節)。ヤコブはそこで、神の御使いたちを見ました。ここは神の陣営だということから、マハナイムという名がつけられたと説明されています。

 その地から、兄エサウに使いを送り、帰国の報告をします。エサウが400人の供を連れて迎えに来ると聞いたヤコブは、持ち物を二組に分けます。マハナイムで持ち物を二組に分け留というのは、意味深長ですね。ヤコブは兄エサウの長子の権利や父親の祝福を騙し取ったという負い目があり、兄エサウが自分を歓迎するために出てくると思えなかったので、一組がやられている間に逃げ出そうと考えていたのです。

 ところが、再開したエサウは、そのことに一言も触れませんでした。既に弟を赦していたのです。そのことに感激したヤコブは、「兄上のお顔は、わたしには神の御顔のように見えます。このわたしを温かく迎えてくださったのですから」と言います(同33章10節)。これは、ヤコブのエサウに対するおべんちゃらとも聞こえる言葉ですが、しかし私は、罪の赦し、負い目が赦されるのは、神の愛の御業であるという表現、兄の背後に神を見るという言葉ではないかと思います。マハナイムで見た神の御使いたちが、ヤコブとエサウの間に働いておられたということだと思います。

 私たちを守る神の陣営が、私たちの傍にもあり、主を信頼する私たちがマハナイムの踊りをおどって賛美するのを、主は待っておられるのではないでしょうか。

 主よ、あなたの深い愛と憐れみによって守られ、導かれていることを感謝致します。私たちの目を開いて、私たちを取り囲む主の軍勢が、どんな敵よりも強く、また大きいものであることを知らせて下さい。御前に、歌と踊りをもって賛美をささげさせて下さい。 アーメン




サマー・バイブルキャンプ

8月11日(木)~12日(金)、リフレスおおむたでサマーバイブルキャンプを開催致しました。

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先ず、会堂に集まり、お互いに自己紹介し、オリエンテーションです。
今回、小学生9名、中学生2名、リーダー8名の総勢21名の参加でした。


開会礼拝後、教会を出発、南関町のB&Gプールに出かけました。
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みんなで楽しく、お魚になりました。

プールで泳いだ後は、大津山公園でお昼です。
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恒例のスイカ割り。なかなか思うように割れないものですが、子どもたちなかなか上手でした。

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ここで、参加者全員の記念撮影をしました。全員といっても、当然、撮影者は入っていませんが。


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リフレスおおむたに移動して、最初にすることは、近くにある「道の駅」に買い出しに行くことです。
今年は、ハンバーグにスパゲティー、サラダを作ります。その食材を買うのですが、スムーズに買い物が出来ました。

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リーダーが夕食作りの準備などをしている間、子どもたちは賛美タイムです。
6曲ほど、皆で賛美をしました。
そのうち、3曲は、振りをつけたり、手話をつけたり、体を動かして、楽しく賛美しました。

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調理タイムスタート!
班ごと、皆が協力し、また仕事を分担して、調理を進めます。

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なかなか美味しそうでしょう? そう、美味しかったんです。
ご馳走さま~!!

夕食後は、バイブルキャンプのメインイベントのキャンプファイヤー。
じゃんけんゲームや○×クイズで楽しんだ後、ファイヤーを囲んで、賛美を歌い、牧師から聖書のメッセージを聞きました。
キャンプファイヤーの写真がうまく撮れず、残念でした。

入浴後、部屋に戻って感想文を書き、その後、みんなでお祈りをして就寝です。
男の子たちは、30分もしないうちに全員夢の中でした。夜9時半頃でしょう。
一方、女の子たちは遅くまで寝ずに動き回っていたようです。・・・この辺りが反省点ですね。

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翌朝7時にラジオ体操、それから近くの公園を散策しました。
朝食後、施設の体育館でドッジボールなどをして、しっかり汗をかきました。

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その後、後片付け、清掃を行って、施設を後にしました。

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教会に戻って来てから、閉会礼拝です。
教会学校校長の堤先生に、聖書の話をしていただきました。

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昼食後、感想文をまとめ、グループ毎に発表しました。
イエス・キリストを信じたい、バプテスマを受けたいという子もいました。
また、牧師になりたいという子も。
その心と考えを、神様がキリストの平和で守って下さり、実現に至らせて下さいますように。

最後に、副校長の髙椋先生がお祈りをして、散会となりました。
有意義な二日間、事故なく怪我なく、体調を崩すようなこともなく、無事に過ごせたこと、背後でお祈り下さり、キャンプを支えて下さった皆様に、そして、主なる神に、心から感謝致します。


田上富久長崎市長 平和宣言

8月9日(火)は、長崎の原爆の日。
66年前の11時2分に、それは起こりました。
今年は福島第一原発事故による放射能汚染があり、田上市長の平和宣言に注目しました。
以下は、その宣言です。


 「今年3月、東日本大震災に続く東京電力福島第一原子力発電所の事故に、私たちは愕然としました。爆発によりむきだしになった原子炉。周辺の町に住民の姿はありません。放射線を逃れて避難した人々が、いつになったら帰ることができるのかもわかりません。
 
 「ノーモア・ヒバクシャ」を訴えてきた被爆国の私たちが、どうして再び放射線の恐怖に脅えることになってしまったのでしょうか。
 
 自然への畏れを忘れていなかったか、人間の制御力を過信していなかったか、未来への責任から目をそらしていなかったか、私たちはこれからどんな社会をつくろうとしているのか、根底から議論をし、選択をする時がきています。

 たとえ長期間を要するとしても、より安全なエネルギーを基盤にする社会への転換を図るために、原子力にかわる再生可能エネルギーの開発を進めることが必要です。
 

 福島の原発事故が起きるまで、多くの人たちが原子力発電所の安全神話をいつのまにか信じていました。

 世界に2万発以上ある核兵器はどうでしょうか。核兵器の抑止力により世界は安全だと信じていないでしょうか。核兵器が使われることはないと思い込んでいないでしょうか。一箇所の原発の事故による放射線が社会にこれほど大きな混乱をひきおこしている今、核兵器で人びとを攻撃することが、いかに非人道的なことか、私たちははっきりと理解できるはずです。

 世界の皆さん、考えてみてください。私たちが暮らす都市の上空でヒロシマ・ナガサキの数百倍も強大になった核兵器が炸裂する恐ろしさを。人もモノも溶かしてしまうほどの強烈な熱線。建物をも吹き飛ばし押しつぶす凄まじい爆風。廃墟には数え切れないほどの黒焦げの死体が散乱するでしょう。生死のさかいでさまよう人々。傷を負った人々。生存者がいたとしても、強い放射能のために助けに行くこともできません。放射性物質は風に乗り、遠くへ運ばれ、地球は広く汚染されます。そして数十年にもわたり後障害に苦しむ人々を生むことになります。

 そんな苦しみを未来の人たちに経験させることは絶対にできません。核兵器はいらない。核兵器を人類が保有する理由はなにもありません。


 一昨年4月、アメリカのオバマ大統領は、チェコのプラハにおいて「核兵器のない世界」を目指すという演説をおこない、最強の核保有国が示した明確な目標に世界の期待は高まりました。アメリカとロシアの核兵器削減の条約成立など一定の成果はありましたが、その後大きな進展は見られず、新たな模擬核実験を実施するなど逆行する動きさえ見られます。

 オバマ大統領、被爆地を、そして世界の人々を失望させることなく、「核兵器のない世界」の実現に向けたリーダーシップを発揮してください。

 アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国など核保有国をはじめとする国際社会は、今こそ核兵器の全廃を目指す「核兵器禁止条約(NWC)」の締結に向けた努力を始める時です。日本政府には被爆国の政府として、こうした動きを強く推進していくことを求めます。

 日本政府に憲法の不戦と平和の理念に基づく行動をとるよう繰り返し訴えます。「非核三原則」の法制化と、日本と韓国、北朝鮮を非核化する「北東アジア非核兵器地帯」の創設に取り組んでください。また、高齢化する被爆者の実態に即した援護の充実をはかってください。  

 長崎市は今年、国連や日本政府、広島市と連携して、ジュネーブの国連欧州本部に被爆の惨状を伝える資料を展示します。私たちは原子爆弾の破壊の凄まじさ、むごさを世界のたくさんの人々に知ってほしいと願っています。

 「核兵器のない世界」を求める皆さん、あなたの街でも長崎市と協力して小さな原爆展を開催してください。世界の街角で被爆の写真パネルを展示してください。被爆地とともに手を取り合い、人間が人間らしく生きるために平和の輪をつなげていきましょう。  


 1945年8月9日午前11時2分、原子爆弾により長崎の街は壊滅しました。その廃墟から、私たちは平和都市として復興を遂げました。福島の皆さん、希望を失わないでください。東日本の被災地の皆さん、世界が皆さんを応援しています。一日も早い被災地の復興と原発事故の収束を心から願っています。

 原子爆弾により犠牲になられた方々と、東日本大震災により亡くなられた方々に哀悼の意を表し、今後とも広島市と協力し、世界に向けて核兵器廃絶を訴え続けていくことをここに宣言します。
  

2011年(平成23年)8月9日
長崎市長 田上 富久」



冒頭から原発事故に触れ、「たとえ長期間を要するとしても、より安全なエネルギーを基盤にする社会への転換を図るために、原子力にかわる再生可能エネルギーの開発を進めることが必要です」と、これまでより踏み込んだ宣言となっていますが、「脱原子力」を口にした菅首相ほどの明確さはありません。
被爆に、原発も原爆も、違いはありません。
「ノーモア被爆者」と言われたのですから、もう一歩踏み込んで、脱原発、脱原子力を語って頂きたいと思います。
菅政権に「脱原子力」を実行する力があるとは思えませんが、それを掲げる方々と力を合わせ、原子力に頼らない社会、原子力を必要としない生活の実現に向けて、行動していく必要があると思います。






8月7日の御言葉 「神を畏れ、その戒めを守れ」

「すべてに耳を傾けて得た結論。『神を畏れ、その戒めを守れ』。これこそ、人間のすべて。」 コヘレトの言葉12章13節

 11章9節以下の「若者」に対する格言の連なりで、著者は、「青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ」(1節)と語り始めています。そして、「苦しみの日々が来ないうちに。『年を重ねることに喜びはない』と言う年齢にならないうちに」と付け加えています。ここで、高齢になることを「苦しみの日々」と言い、「『年を重ねる事に喜びはない』と言う年齢」と語っていることから、著者は、高齢になると喜びが失せて苦しみの日々が来る、と考えているようです。

 これは、「あなたの父母を敬え、そうすればあなたは、あなたの神、主が与えられる土地に長く生きることができる」(出エジプト記20章12節)などといった言葉に示される、長寿は神から与えられる祝福とする立場とは対立するような考えです。これは、二者択一の問題ではなく、高齢というコインの表と裏の顔ということなのでしょう。

 喜び楽しんで生涯をすごすことが最高の幸せと語ってきた著者にとって(3章12節など参照)、喜びが失せるということは、まさに生き甲斐を失うことでしょう。それゆえ、「太陽が闇に変わり、月や星の光が失せ」(2節参照)といった表現から、「塵は元の大地に帰り、霊は与え主である神に帰る」(7節)と結ばれているわけです。

 本書で、神を「(お前の)創造主」(ボーレイハー)と呼ぶのはここだけです。少し読み方を変えて、これを「妻」や「井戸」と読んだり、あるいはまた「墓穴」と読み替える学者もいます。文脈を考えれば、「墓穴」、つまり「死」を考えよという読み方は、一理あるところです。しかしながら、直前の11章9節で、「若者よ、お前の若さを喜ぶがよい」と語っていました。喜べと言った直後に、空しさをもたらす死を心に留めよと言うのは、矛盾しているように思われ、少々考え難いところです。

 ここではやはり、空しさが訪れる前に、苦しい日々がやって来る前に、創造主なる神に心を留めよと、著者は語っていると考える方がよいのではないでしょうか。たとい高齢となって喜びが失せて苦しみがやって来ても、創造主に心を留めるならば、希望と平安に与ることが出来るでしょう。それは、創造主が私たちを心に留め、私たちの業を受け入れて下さるからです(9章7節参照)。

 そして、冒頭の言葉(13節)のとおり、「結論」として、「神を畏れ、その戒めを守れ」と命じています。「戒め」(ミツヴァ)を旧約聖書の「律法」(トーラー)と考えるならば、これは、コヘレトの思想にはなかったことと言ってよいと思います。8章5節では、「(王の)命令」(ミツヴァ)と訳されていますので、「飲み食いし、自分の労苦によって魂を満足させること」(2章24節)、「自分で食べて、自分で味わえ」(同25節)などといった、本書(コヘレトの言葉)に記されている命令を指していると考えれば、これは、私たちが聞くべき言葉ではないでしょうか。

 著者が探求して得た絶対確実な真理は、「人は死ぬ」ということでした。すべてを空しくする死が最も確実なことというのは、皮肉のようですが、しかし、人の死ぬ時を定められたのは、神です(3章2,11節)。神は、死をさえ支配しておられるのです。

 そして、死は私たちの終りを意味してはいません。使徒パウロが、「死は勝利にのみ込まれた。死よ、お前の勝利はどこにあるのか。死よ、お前のとげはどこにあるのか。死のとげは罪であり、罪の力は律法です。わたしたちの主イエス・キリストによってわたしたちに勝利を賜る神に、感謝しよう。わたしの愛する兄弟たち、こういうわけですから、動かされないようにしっかり立ち、主の業に常に励みなさい。主に結ばれているならば、自分たちの労苦が決して無駄にならないことを、あなたがたは知っているはずです」(第一コリント書15章54~58節)と語っています。

 主イエスを信じ、主に委ねられた賜物を用いて、今日なすべき務めに励みましょう。主は私たちの業をすべて受け入れて下さり、どんなマイナスも益に変えられるので、私たちの労苦が無駄になることはないのです。ハレルヤ!

 主よ、あなたの恵みと導きに感謝致します。主を畏れ、御前にひれ伏して御言葉に耳を傾け、その導きに従って歩むことを喜び、楽しむことが出来ますように。絶えず目を覚まし、信仰に基づいてしっかりと立ち、何事も愛をもって行うことが出来ますように。 アーメン


松井一實広島市長 平和宣言

8月6日(土)朝、松井市長の平和宣言を聞きました。

66年前の8時15分、朝の慌ただしいときに、史上初の原爆投下で、広島の町は壊滅的打撃を受けました。
ヒロシマは、原爆の惨状から見事に立ち上がり、市中心部にある公園のモニュメント、原爆ドームなどを除き、原爆の爪痕は残っていないように見えます。
けれども、被爆された方、犠牲となられた方やご遺族の痛み、苦しみは、まだ終わってはいません。
しかも、未だに原爆被爆の認定を求める人々がおられ、訴訟も続けられています。

そして、今年3月11日に起こった東日本大震災を起因とする原発事故で、放射能汚染が広く広がるという最悪の事態が引き起こされました。
未だ収束の目処も立っていません。
そんな中で行われるヒロシマの平和宣言に注目が集まりました。
以下がその宣言です。



 「66年前、あの時を迎えるまで、戦時中とはいえ、広島の市民はいつも通りに生活していました。かつて市内有数の繁華街であった、ここ平和記念公園の地にも、多くの家族が幸せに暮らす姿がありました。

 当時13歳だった男性は、打ち明けます。「8月5日は、中学2年生の私にとっては久しぶりに一日ゆっくり休める日曜日でした。仲良しだった同級生を誘って、近くの川で時間の経つのも忘れて夕方まで、砂場でたわむれ、泳いだのですが、真夏の暑いその日が彼との出会いの最後だったのです。」ところが、翌日の8月6日午前8時15分に、一発の原子爆弾でそれまでの生活が根底から破壊されてしまいます。

 当時16歳だった女性の言葉です。「体重40キロの私の体は、爆風に7メートル吹き飛ばされ意識を失った。意識が戻ったとき、辺りは真っ暗で、音の無い、静かな世界に、私一人、この世に取り残されたように思った。私は、腰のところにボロ布をまとっているだけの裸体で、左腕の皮膚が5センチ間隔で破れクルクルッと巻いていた。右腕は白っぽくなっていた。顔に手をやると、右頬はガサガサしていて、左頬はねっとりしていた。」


 原爆により街と暮らしが破壊し尽くされた中で、人々は、とまどい、傷つきながらもお互いに助け合おうとしました。――「突然、『助けて!』『おかあちゃん助けて!』泣き叫ぶたくさんの声が聞こえてきた。私は近くから聞こえる声に『助けてあげる』と呼びかけ、その方へ歩み寄ろうとしたが、体が重く、何とか動いて一人の幼い子供を助けた。両手の皮膚が無い私は、もう助けることはできない。…『ごめんなさい』…。」


 それは、この平和記念公園の地のみならず、広島のいたるところに見られた情景です。助けようにも助けられなかった、あるいは、身内で自分一人だけ生き残ったことへの罪の意識をいまだに持ち続けている人も少なくありません。


 被爆者は、様々な体験を通じて、原爆で犠牲となった方々の声や思いを胸に、核兵器のない世界を願い、毎日を懸命に生き抜いてきました。そして、被爆者をはじめとする広島市民は、国内外から心温まる多くの支援を受け、この街を蘇らせました。


 その被爆者は、平均年齢77歳を超えながらも、今もって、街を蘇生させた力を振り絞り、核兵器廃絶と世界恒久平和を希求し続けています。このままで良いのでしょうか。決してそうではありません。今こそ私たちが、すべての被爆者からその体験や平和への思いをしっかり学び、次世代に、そして世界に伝えていかなければなりません。

 私は、この平和宣言により、被爆者の体験や平和への思いを、この世界に生きる一人一人に伝えたいと考えています。そして、人々が集まる世界の都市が2020年までの核兵器廃絶を目指すよう、長崎市とともに平和市長会議の輪を広げることに力を注ぎます。さらに、各国、とりわけ臨界前核実験などを繰り返す米国を含めすべての核保有国には、核兵器廃絶に向けた取組を強力に進めてほしいのです。そのため、世界の為政者たちが広島の地に集い核不拡散体制を議論するための国際会議の開催を目指します。


 今年3月11日に東日本大震災が発生しました。その惨状は、66年前の広島の姿を彷彿させるものであり、とても心を痛めています。震災により亡くなられた多くの方々の御冥福を心からお祈りします。そして、広島は、一日も早い復興を願い、被災地の皆さんを応援しています。


 また、東京電力福島第一原子力発電所の事故も起こり、今なお続いている放射線の脅威は、被災者をはじめ多くの人々を不安に陥れ、原子力発電に対する国民の信頼を根底から崩してしまいました。そして、「核と人類は共存できない」との思いから脱原発を主張する人々、あるいは、原子力管理の一層の厳格化とともに、再生可能エネルギーの活用を訴える人々がいます。


 日本政府は、このような現状を真摯に受け止め、国民の理解と信頼を得られるよう早急にエネルギー政策を見直し、具体的な対応策を講じていくべきです。また、被爆者の高齢化は年々進んでいます。日本政府には、「黒い雨降雨地域」を早期に拡大するとともに、国の内外を問わず、きめ細かく温かい援護策を充実するよう強く求めます。


 私たちは、原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げるとともに、「原爆は二度とごめんだ」、「こんな思いをほかの誰にもさせてはならない」という思いを新たにし、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に全力を尽くすことを、ここに誓います。


平成23年(2011年)8月6日
広島市長 松井一實」



後ろから3段落目の、「そして、「核と人類は共存できない」との思いから脱原発を主張する人々、あるいは、原子力管理の一層の厳格化とともに、再生可能エネルギーの活用を訴える人々がいます」という文章は、私はそうは思っていないと語っているように見え、残念です。
被爆者の痛み苦しみを一番よく知る町の首長として、「ノーモアヒロシマ」を、「ノーモア被爆者」、「ノーモア原子力」へと踏み込んで欲しいものだと思います。


 


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