風の向くまま

新共同訳聖書ヨハネによる福音書3章8節より。いつも、聖霊の風を受けて爽やかに進んでいきたい。

2009年12月

除夜祈祷会


除夜祈祷会0112月31日(木)夜、福岡から戻って来て、除夜祈祷会を行いました。

 「イエス、あなたの名は」、「パワー・オブ・ユア・ラブ」を賛美し、聖書日課から出エジプト記37章を読み、共に御言葉を学びました。

そして、この一年間の思い出、感謝を語り合いました。
クリスマスのバプテスマ式のことや、新会堂の基本設計承認の総会のこと、子どもの結婚、家族の健康、召天のことなど、色々な話題がありました。

特に、家族の救いについては、皆がその思いを語りました。 「信仰こそ、わが家の宝」と仰られた言葉を伺って、本当にそうだなあと思わされました。
「父の信仰を受け継いだ」などということは、まだまだ出来るものではありませんが、主イエスを信頼して、新しい年も一歩一歩、歩みを進めていきたいと思います。

共に祈りをささげ、「あなたこそ私の主」を賛美し、最後に主の祈りを唱和しました。

その後、出席者の写真を撮りました。


新しい年が、大牟田教会に連なる方々、その家族にとって、希望と平安、喜びに満ち溢れる一年となりますように。
全日本に主の恵みが注がれ、リバイバルを見せて頂くことが出来ますように。
経済が祝されますように。
日々、心豊かに過ごすことが出来ますように。
心から祝福をお祈り致します。 アーメン

父帰る


父012009年12月30日(水)午前5時35分、慢性腎不全により、父が天の故郷に帰りました。

この写真は、納棺した父の顔の周りを花で飾ったものです。
左目を薄く開けて、微笑んでいるような柔らかな表情をしています。

ペースメーカーのリード線取り替え手術後、自宅で過ごしていた父が23日(水)に体調不良を訴えて入院。
働きが悪くなっていた腎臓がついにパンク、体外にカリウムを排出出来ないという状況になりました。
カリウムは、心臓に悪影響を及ぼすのだそうで、いつ心停止になってもおかしくないと、主治医から告げられました。

このような場合には通常、人工透析ということになるわけですが、父は心臓が悪くて、透析に耐えられません。
残念ながら薬物治療も効果がなく、あとは最期の時を待つばかり。
父の意志に従い、延命治療はせず、ただ痛み、苦しみを緩和するだけです。

25日(金)クリスマスの朝、病院のCCUに父を訪ねたとき、意識ははっきりしているものの、明瞭な言葉を発することが出来なくなっていました。
手指を動かして、体位を変えろ、枕を外せなどと合図し、「~するのか?」と尋ねると、イエス、ノーの意思表示があります。

聖書日課の出エジプト記31章12節以下を読み、「なすべき務めを終えて、永遠の安息に入れられるときが来ているのなら、このまま召して下さい。まだ、なすべき務めが残されているのなら、それを果たす力を授けてください。いずれにせよ、神の栄光を拝することが出来ますように」と祈ると、父はアーメンと応じ、笑顔を見せてくれました。

27日(日)午後2時半頃、母から父が呼吸困難になった、血圧も下がっているという連絡が来たので、再び病院を訪ねました。
心不全による苦しみが原因だったようですが、わたしが尋ねたときには、苦しそうな表情を見せているものの、呼吸、血圧などは平常に戻っているようでした。
出エジプト記33章14節の「主が、『わたしが自ら同行し、あなたに安息を与えよう』と言われる』という御言葉で、主が父に共なり、安息を与えて下さるように祈りました。

29日(火)、帰って来た娘を伴って父を見舞いました。
広島の兄、水戸、名古屋の弟たち、北海道の妹も来ていました。
痰を取り除くための吸引を嫌がりますし、痛み止めの注射も拒んでいます。
なんでも、吸引では、余り上手でない看護師さんに喉を傷つけられ、痛い思いをさせられたのだそうです。
また、痛み止めは、意識がもうろうとするのがいやなのだそうです。

そんなこんなで、かなりきつそうでしたが、娘のために、リュウマチで力が入らなくなった手に渾身の力を込めて娘の手を取り、言葉にならない言葉で祝福を祈ってくれました。

出エジプト記35章2節を読み、「主の最も厳かな安息日である」という言葉から、主の全き安息に父を迎えて下さるように、そして主の栄光を見せて下さるように祈ると、アーメンと言い、それまでの苦しそうな表情から、穏やかな笑顔になりました。
水戸の弟家族が病室で賛美したときには、足でリズムを取り、指揮をするように手を振って喜んだそうです。

後から聞いた話では、父は痛み止めの注射を打つよりも、賛美を聞いたり、聖書の御言葉や祈りの方が、よほど平安になると、付き添っていた妹に伝えたそうです。

そして、翌30日(水)朝5時ごろ、妹から父の呼吸が止まったという連絡が入り、5時40分頃、別の妹を通じて、5時35分に死亡が確認されたという連絡がありました。
夜が明けるのを待って、聖書の学びと祈り会を教会役員に委ね、福岡に向かいました。
そして、父の葬儀の予定が、兄弟・家族の都合もあって、30日(水)午後2時に納棺式、7時から前夜式、翌31日(木)午前10時から出棺式、福岡市葬祭場で火葬した後、1月4日(月)午後1時から告別式ということになりました。
 
父02前夜式は、父が所属していた福岡ベタニヤ村教会で、安藤牧師の司式により、30日(水)午後7時から営まれました。
写真は、式後、親族代表で挨拶をする母と兄です。
はじめは家族だけで密葬とか言っていたのですが、最終的にはオープンにしたために、予想を超える百名以上の来会者があり、用意された式次第も讃美歌集も全く足りないという状況でした。
 
父04翌31日(木)、午前11時半過ぎに火葬が始まり、控え室で、集まった家族の写真を撮りました。
司式の安藤牧師ご夫妻、ベタニヤ村教会員の広田さんも加わって下さいました。
娘の介護のために家に残った妹一人を除き、母、兄弟7人とその家族が一枚の写真に収まりました。

この後、遺骨を骨壺に収め、午後1時半頃教会に戻り、会食した後、散会となりました。

父のため、私たちのために祈って下さった皆様に、心から感謝致します。

1月4日(月)の告別式において、父を通して主の御名が崇められることを願っています。
 

12月27日の御言葉 「あなたの間にあって上ることはしない」

「あなたは乳と蜜の流れる土地に上りなさい。しかし、わたしはあなたの間にあって上ることはしない。途中であなたを滅ぼしてしまうことがないためである。あなたはかたくなな民である。」 出エジプト記33章3節

 32章34節に、「しかし今、わたしがあなたに告げた所にこの民を導いて行きなさい。見よ、わたしの使いがあなたに先立って行く」と主がモーセに語られ、そして、冒頭の言葉(3節)が告げられています。口では、「主が語られたことをすべて行い、守ります」(24章7節)と言いながら、実際には教えに背いて、神の像を造り、戯れていたイスラエルの民に(32章参照)、神が見切りをつけられたというところでしょうか。
 
 だから、御使いが先立って導くと言われ、しかしご自分はイスラエルの民とご一緒されない、と告げられたのでしょう。そして、それは「途中であなたを滅ぼしてしまうことがないためである」という理由も、よく分かります。イスラエルの民は、この後も、モーセに不平を言い、神を試すようなことを繰り返すからです。
 
 ただしかし、人が心に思い計ることは幼いときから良いものでないということは、先刻ご承知のはずです(創世記8章21節)。「わたしのために聖なる所を造らせなさい。わたしは彼らの中に住むであろう」(25章8節)という決断をなさったとき、それはイスラエルの民が御言葉に従うと告白したからではありましょうが、イスラエルの民の頑なさ、弱さは織り込み済みではなかったのでしょうか。
 
 そもそも、神がイスラエルの民をエジプトから脱出させるためにモーセをお遣わしになるとき、「わたしは必ずあなたと共にいる。このことこそ、わたしがあなたを遣わすしるしである」(3章12節)と言われ、また、「さあ、行くがよい。このわたしがあなたの口と共にあって、あなたが語るべきことを教えよう」(4章12節)と言われていました。それなのに、今ここでなぜ、「あなたの間にあって上ることはしない」と仰られるのでしょうか。
 
 それは、神がモーセを試そうとされたことで、本心からそう仰っておられたのではないのでしょう。この後で、「直ちに、身につけている飾りを取り去りなさい。そうすれば、わたしはあなたをどのようにするか考えよう」(5節)と言われています。この御言葉に民が従うかどうかを見ることと、外見の飾りを取り除くことを、悔い改めのしるしとしよう、ということでしょう。
 
 また、「もしあなたがわたしに御好意を示してくださるのでしたら、どうか今、あなたの道をお示しください」(13節)とモーセが求めると、主なる神は、「わたしが自ら同行し、あなたに安息を与えよう」(14節)と答えておられます。
 
 考えてみれば、神がご一緒されないと言われたときに、モーセは、それならば自分の使命も終わったということも出来たでしょう。神様から愛想つかされるような民のお守りはご免と、逃げ出すことも出来たでしょう。しかし、モーセはそうしませんでした。
 
 神がご一緒であれば、頑なな民との間に何度も騒動がおき、しんどい目をするから、神に離れていただいておこうか、御使いが先立って道を教えるなら、それでもよいと考えることも出来たでしょう。しかし、モーセはそれもしませんでした。
 
 モーセは、同胞を見限ることが出来ないと考えていたと思います。
 
 そして、それ以上に、神がご一緒でなければ、何が出来ても空しい、否、何も出来ないと考えていたのです。だから、「もし、あなたご自身が行ってくださらないのなら、わたしたちをここから上らせないで下さい。いったい何によって、わたしとあなたの民に御好意を示してくださることが分かるでしょうか。あなたがわたしたちと共に行ってくださることによってではありませんか」(15,16節)と神に語っているわけです。
 
 主イエスも、「わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている。ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことが出来ないように、あなたがたも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない」と仰っているとおりです(ヨハネ福音書15章4節)。

 主よ、いつも私たちと共にいて下さい。ご一緒下さっていることを教えて下さい。どうか、あなたの栄光をお示し下さい。御言葉に聞き従う私たちになれますように。主の御名が崇められますように。御心が行われますように。 アーメン

キャンドル・サービス

昨日、クリスマスイブ・キャンドルサービスが行われました。
参加者は、子ども12名を含め、86名でした。

今回は、初めての方もたくさんおいで下さいました。

句会のお友達がおいで下さったり、幼稚園の保護者会でご一緒だった方がお見え下さったり、また、チラシがポストに入っていたので、とおいで下さった方もありました。

葉書を出したり、ポスターや看板を貼ったり、チラシを配ったり、色々な方法で案内致しましたが、それらは決して無駄にはならないということを、今回も見せて頂きました。

ご案内下さった教会の皆様にも、感謝致します。


今回、もしもイエスさまがこの世においでにならなかったらという話をさせて頂きました。
そうすると、勿論、クリスマスはありません。
サンタクロースも、ジングルベルも、ツリーも、ケーキもなくなります。

新約聖書がなくなります。
罪の赦し、永遠の命、復活の希望もなくなるでしょう。

教会もありません。
私は牧師ではなく、別の仕事をしていることになります。


そう考えると、今日このようにクリスマスを祝うのは、キリストがこの世においで下さったからこそです。
あらためて、主の恵みに感謝し、心からクリスマスを喜び祝いたいと思いました。

12月20日の御言葉 「垂れ幕」

「その垂れ幕は留め金の下に掛け、その垂れ幕の奥に掟の箱を置く。この垂れ幕のはあなたたちに対して聖所と至聖所とを分けるものとなる。」 出エジプト記26章33節

 箱や机、燭台に続いて、幕屋を覆う幕(1節以下)、壁板と横木(15節以下)、至聖所の垂れ幕を造ります(31節以下)。15節以下の記事によれば、幕屋には縦10アンマ、横1.5アンマの壁板が用いられます。1アンマはおよそ45センチですから、10アンマは4.5メートル、1.5アンマは67.5センチです。

 聖所の南北の壁にはその板を20枚ずつ並べます(18節)。ということは、幕屋の奥行きは30アンマ、約13.5メートルになります。間口は壁板を8枚(22節)、即ち12アンマ、約5.4メートルです。そして幕屋の高さは10アンマ(16節)、つまり約4.5メートルです。こうしてみると、随分大きなものであることが分かります。

 そのため、幕屋を覆う幕を織るというのは、随分骨の折れる仕事だったことでしょう。長さ28アンマ×幅4アンマの幕を10枚織り、さらに、「亜麻のより糸、青、紫、緋色の糸を使って意匠家の描いたケルビムの模様を織り上げ」ます(1節)。ケルビムの模様が織り込まれるのは、幕屋をケルビムが守るということを表わしているに違いありません。

 また、山羊の毛を使って11枚の幕を造り、幕屋を覆う天幕とします(7節)。1枚の幕は、長さ30アンマ×幅4アンマです。さらに、雄羊の毛皮で天幕の覆いを造り、さらにその上をジュゴンの皮で覆います(14節)。この天幕と天幕の覆いにより、雨や風、強い日射から幕屋が守られることになります。

 こうして、神の幕屋は幾重にも守られているのですが、それは、そこでなされる神への礼拝が何ものにも妨げられないように守るものと考えても良いのでしょう。

 幕屋の壁板と横木の造り方が指示された後(15節以下)、至聖所の垂れ幕について指示されます。これは、聖所と至聖所とを分けるものです。至聖所には贖いの座(契約の箱)が置かれていて、そこに主が臨まれます(25章22節)。聖所は、主を礼拝する場所です。

 その間に垂れ幕があるのは、罪ある人間が聖なる神を見て、撃たれることがないように、隔ての壁となっているわけです。そこにもケルビムの模様がつけられています。これは、エデンの園の命の木に至る道を守るためにケルビムと、剣の炎を置かれたという、創世記3章24節の言葉を思い出させます。人が神の神聖を侵すことは許されないということです。  

 けれども、その垂れ幕が裂けてなくなるときが来ます。それは、主イエスが十字架で息を引き取られたときです。そのとき、神殿の垂れ幕が真っ二つに裂けました(マルコ福音書15章38節など)。キリストの十字架の死によって罪赦され、すべての汚れから清められた私たちには、もはや神殿の垂れ幕、至聖所と聖所を隔てる壁は必要がなくなり、大胆に神に近づけるように、道が開かれたのです。

 マタイ福音書では、「墓が開いて、眠りについていた多くの聖なる者たちの体が生き返った」(同27章52節)とも言われています。それは、エデンの園の東で、命の木の番をしているケルビムが退けられて、人が永遠の命に与れるようになったということでもあります。

 「だから、憐れみを受け、恵みにあずかって、時宜にかなった助けをいただくために、大胆に恵みの座に近づこうではありませんか」(ヘブライ書4章16節)。

 主よ、御子キリストが私たちの罪のためにご自身を献げられ、その後、罪と死の力を打ち破って甦られ、天に上り、永遠に神の右の座に着かれました。イエスは、垂れ幕、つまり、御自分の肉を通って、新しい生きた道を私たちのために開いて下さったので、心清められて神に近づくことが出来ます。ハレルヤ! アーメン

運転免許更新


免許証今日、筑後地区の家庭集会の後、運転免許の更新に、筑後自動車運転免許試験場まで行きました。

実は、家庭集会の会場と運転免許試験場は、目と鼻の先というと言い過ぎだけど、車で2,3分といった距離。

午後2時過ぎに会場を出て、試験場に行き、色々な手続きを終えて、更新講習が行われる部屋の椅子に座ったのが2時20分でした。

講習は2時半から30分。
講師の立て板に水のような、でもしっかり抑えるべきポイントを抑えた話を聞いているうちに、講習時間終了。

3時過ぎに手にしたのが、写真の免許証です。
もらったときの第一印象は、免許証の厚さが厚くなったということ。
なんでも、マイクロチップが組み込まれているそうです。
本籍が空欄になっているというのは、個人情報保護の目的で、マイクロチップの情報を読む機械にかけて、分かるようになっているらしいです。

マイクロチップに入れられている情報がどれほどのものなのか、見当もつきませんが、表面に記載されている数字などでも、かなりのことがすぐに分かることになっています。

たとえば、免許証に記されている12桁の番号のうち、最初の二桁は免許証を取得した県のナンバーで、「54」は愛知県であることを示しています。
因みに、東京は「30」、四国愛媛は「82」、九州福岡は「90」、佐賀「91」、長崎「92」、熊本「93」、大分「94」、宮崎「95」、鹿児島「96」、沖縄「97」だそうです。

次の二桁は取得年が西暦の下二桁で表わされています。
私の場合、「77」つまり、1977年(昭和52年)に免許を手にしたということです。

次の6桁は、県毎に管理している番号ですが、最初の二桁は、試験で間違えた問題の数ではないか、という情報があるそうです。
であれば、私は「04」ですから、100点満点中96点で合格したことになりますが、どうだったかな~?

あ、違う。
原付は50問で100点だったから、4つ間違うと92点。
何となく、そうだったと思う。


最後の数字は、免許証を紛失した回数です。
普通は「0」のはずです。
私は「2」で、教員時代に2度紛失して、再発行されています。


さらに、番号の下に各種自動車運転免許取得年月日が記されています。
私の場合、1977年(昭和52年)の原付免許が最初なので、一番上にそれがなければならないのに、日付が入っておらず、2行目の「ほか」の欄に昭和58年(1983年)の年月日が入っています。

私は1月生まれで、1983年当時は、誕生日の一ヶ月前から誕生日までが更新期間でした。
つまり、これは更新すべき時に更新し忘れため、最初の免許が失効したこと、そして、2月8日になって更新に行き、罰金を払って免許証を発行してもらったということを示しています。

そうなったのは、このとき西南学院大学神学部を受験するため、2月末に勤めていた職場を辞めることになっていて、引っ越しのことも含めてバタバタしていたときだからということではあるのですが・・・


このように、免許証を見ると、私がいかにうっかり者であるか、モノの管理がお粗末であるかということが一目瞭然というわけです。

そういえば、どなたかが、免許証の末尾番号が「0」でない人は、就職の面接試験で落とされることがあるとか仰っていましたよ。
よかった~、大牟田教会の牧師招聘委員会で免許証を見せなさいと言われなくて。


※青文字は、後日付記。

12月13日の御言葉 「わたしの宝となる」

「今、もしわたしの声に聞き従い、わたしの契約を守るならば、あなたたちはすべての民の間にあって、わたしの宝となる。世界はすべてわたしのものである。」 出エジプト記19章5節

 1節に、イスラエルの民が、「エジプトを出て三月目のその日に、シナイの荒れ野に到着した」とありますが、「三月目のその日」は、原文では「第三の新月」という言葉です。1月15日に出立していますので、それから第三の新月は、4月1日にということになります。
 
 彼等はレフィディムを出発して、シナイの荒れ野に着き、山に向かって宿営しました。その山が18節のシナイ山のことです。ただ、シナイ山の場所は諸説あります。伝統的には、シナイ半島南方にそびえる「ジェベル・ムーサ(モーセの山の意)」(標高2,273m)であろう、と考えられて来ました。
 
 モーセが山を登って行くと、主なる神が彼に語りかけられました(3節)。神は、イスラエルの民をエジプトの奴隷の苦しみから解放し、そして、「鷲の翼に乗せて」シナイ山のふもとまで連れて来られました(4節)。
 
 同様の表現が申命記32章11節にあり、「鷲が巣を揺り動かし、雛の上を飛びかけり、羽を広げて捕らえ、翼に乗せて運ぶように」と記されています。ここでは、神を、雛を養い育てる鷲に見立てています。巣を揺り動かし、雛の上を飛び翔って、自らの翼で飛び立つように促し、上手に飛べずに墜落しそうになるときは、雛の下でその羽を広げて受け止め、翼にのせて運ぶというのです。また、母鳥の大きな翼は、雛の避難場所で、その翼の下で雛を守ります。
 
 イスラエルの民は、気がついたらシナイ山の前に宿営していて、何の苦労もなかったというわけではありません。むしろ、苦労の連続でしたが、どんな時にも神が彼らの避け所となり、恵みを与え、無事シナイ山まで連れて来られたのです。
 
 その恵みを受けたのは、冒頭の言葉(5節)のとおり、民が主の御声に従い、その契約を守ることを通して、神の宝となるためです。ここで神は、私たちのことを「わたしの宝」と呼んで下さいます。イザヤ書43章4節の、「わたしの目にあなたは価高く、貴く、わたしはあなたを愛し・・・」という言葉も、似たような消息を示していると思います。自分で自分のことを宝と主張したり、自分を価高い存在というのではありません。神がそう表現して下さるのです。
 
 この宝は、いつも宝箱に納められていたわけではありません。イスラエルの民は、エジプトの奴隷の家で苦しみ、呻き声を上げていました。神は民の苦しみに目を留め、その呻きを聞いて、救い出して下さったのです。
 
 それは主イエスがルカ福音書15章のたとえ話を通して語られた神の姿そのものです。神は、迷子になった一匹の羊を捜し回る羊飼いのように、なくした1枚の銀貨を捜す女のように、そして、親不孝の弟息子を待ち続け、ぼろぼろになって帰ってきたら最上のもので喜び祝う父親のように、そうするのが「当たり前ではないか」と言って無限の愛をイスラエルの民に、そして私たちに注いで下さるのです。
 
 神が私たちを宝と言われるのは、宝箱に陳列しておくためではありません。自分たちが他の人々とは違う、特別な存在であると誇らせるためなどではないのです。神は、祭司の王国の聖なる国民として、神と世界中の人々のために執り成し、そして、御言葉に聞き従うように語り広める使命を委ねるために選ばれました。「世界はすべてわたしのものである」と言われているのは、神の御心が全世界に伝えられるために、私たちが神によって選ばれたということなのです。
 
 「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、また、わたしの名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、わたしがあなたがを任命したのである」(ヨハネ福音書15章16節)。

 主よ、私たちは何者なので、御心に留めて下さったのですか。私が何者なので、これを顧みられるのですか。その限りないご愛の故に、ただただ驚くばかりです。心を尽くして感謝をささげ、喜びをもってその驚くべき御業を語り伝えましょう。御名が崇められますように。御国が来ますように。 アーメン

リンク集

大牟田教会HPリンク集について
http://www.h7.dion.ne.jp/~omutabc/link.html

南九州連合の「熊本愛泉教会」がサイトを閉じられたようです。リンクを外しました。

教会音楽関係の欄に「エターナルミュージック・ミニストリー」を載せました。福岡ジョイホープチャペルのメンバーで、九州リバイバル聖会でも奉仕していただいています。
URL http://music.geocities.jp/eternalmusic08/
YouTubeで、エターナルミュージックの安武氏が演奏している動画を見つけました。ブログに埋め込むことは出来ませんでしたので、下記アドレスをクリックして、ご覧になって下さい。
Yasutake Gospel Sax
URL http://www.youtube.com/watch?v=IbE3yJgKIq0 Gospel Sax Solo "The Promised Rainbow"
URL http://www.youtube.com/watch?v=fqGga741ObY

追記
関西連合の「浜甲子園教会」がサイトを開設されました。
URL http://hbchamakoshien.web.fc2.com/
是非ご覧になって下さい。

クリスマスコンサート

西南学院大学チャペルクワイヤのクリスマスコンサートに行きました。

今年は、名誉教授の古澤先生がチャペルクワイヤを創設されて50年の節目の年です。
この節目に、先生は指導者の座を後進に譲られることになりました。
これからは、福岡近郊にいるチャペルクワイヤのOBが指導者となって、活動を続けて行くそうです。

今回は、50周年であり、古澤先生がタクトを振る最後の年とあって、クワイヤにOBも加わり、アカペラの素晴らしいコーラスを聴かせてくれました。

その様子をYouTubeにアップしましたので、ご覧下さい。
手持ちのデジカメで撮りましたから、画質・音質の悪さはご容赦下さい。


12月6日の御言葉 「主の祭り」

「この日は、あなたたちにとって記念すべき日となる。あなたたちは、この日を主の祭りとして祝い、代々にわたって守るべき不変の定めとして祝わねばならない。」 出エジプト記12章14節

 主なる神は、エジプトに最後の災いを下すと宣告されましたが(11章参照)、モーセとアロンに、「この月をあなたたちの正月とし、年の初めの月としなさい」(2節)と言われました。エジプトからの脱出を記念して、その月を正月とするわけです。
 
 そして、正月14日の夜に最後の災いを下すことを決め、その4日前の正月10日には小羊を調達しておくこと(3節)、14日当日は夕暮れに小羊を屠り(6節)、その血を入り口の二本の柱と鴨居に塗り(7節)、そしてその夜、小羊の肉を焼き、酵母を入れないパンと苦菜を添えて食べること(8節)、そのときには、腰帯を締め、靴を履き、杖を手にして急いで食べよと指示されます(11節)。それは、エジプト人にせきたてられるまま、ファラオの気が変わらないうちに出立しなければならないからです。イスラエルの民は、主が命じられたとおりに行いました(28節)。
 
 真夜中になって、主がすべての初子を撃たれたので、大いなる叫びが国中に起こりました(29,30節)。しかしながら、ゴシェンのイスラエルの民の家には災いが起こりませんでした。小羊の血がしるしとなって、主はその家をパス=過越したのです(13節)。
 
 ファラオはモーセたちを呼び出し、「さあ、わたしの民の中から出て行くがよい、あなたたちもイスラエルの人々も。あなたたちが願っていたように、行って、主に仕えるがよい。羊の群れも牛の群れも、あなたたちが願っていたように、連れて行くがよい。そして、わたしをも祝福してもらいたい」と言います(31,32節)。この言葉は、ただ礼拝しに行くことだけを許可したということではなく、帰国をも許す表現でしょう。エジプト人はイスラエルの民の望むままに金銀の装飾品や衣類を与えて、急いで国を去らせようとしました(33節以下)。そうしなければ、初子だけでなく、みんな死んでしまうと思ったからです。
 
 イスラエルの民は、ヤコブの家族70人がエジプトに下って来てから(創世記46章)430年ぶりにエジプトを去り、故郷を目指します(40節)。彼らは、430年の間に、壮年男子だけでおよそ60万人になっていました(37節)。ということは、女性に子ども、老人を加えると、200万人にもなっているということでしょう。エジプト人初め異邦人との混血を繰り返したとしても、にわかには信じがたい、およそ考えられない数ですが、確かにこれは、神がイスラエルを祝福しておられたという証拠です(1章7,12,20節参照)。
 
 イスラエルの民は、エジプトの奴隷の苦しみから解放され、神の民イスラエルとしての歩みを始めました。冒頭の言葉(14節)のとおり、そのことを毎年記念するように命じられているのは(17,24,25節も参照)、この出来事が、神の民イスラエルの原点となったからです。神はこの出来事を「主の過越」(11節)と呼ばれました。そこから、この出来事を記念して祝うこの祭りを「過越祭」(43節)と呼びます。
 
 今日、私たちキリスト教徒はこの日を、キリストの受難と復活を祝うイースターとして大切に守っています。主イエスが、過越祭のときに十字架につけられ、そして、三日目に甦られたからです。洗礼者ヨハネが主イエスを「見よ、世の罪を取り除く神の小羊だ」と言いましたが(ヨハネ福音書1章29節)、それはヨハネが主イエスを主の過越に屠られる小羊に見立て、キリストの十字架の血によって私たちに下されるべき罪の呪いがパス=過越されたと語っているのです。命ぜられるまでもなく、救いの恵みに与ったことを代々にわたって祝い続けましょう。

 主よ、あなたはエジプトの奴隷であったイスラエルの民を贖い出して御自分の民とされたように、罪に縛られていた私たちを贖い、神の民として下さいました。そのために、御子キリストが十字架で死に、贖いの御業を成し遂げて下さったことを心から感謝致します。主の救いに与った者として、その恵みを喜んで証しするものとならせて下さい。 アーメン
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