風の向くまま

新共同訳聖書ヨハネによる福音書3章8節より。いつも、聖霊の風を受けて爽やかに進んでいきたい。

2009年08月

休暇が終わりました

今日で一週間の休暇が終わりました。
明日からまた、ふんどしの紐を締め直して頑張ります。
HPも明日から更新します。
今後とも宜しくお願い致します。


明日9月1日(火)は、防災の日です。
現在東日本に接近し、すでに数人の方が怪我をされたりしている台風11号で、大きな被害が出ないように、くれぐれもご注意いただきたいと思っています。


皆様に主の守りと導きが常に豊かにありますように。

島原・雲仙の旅


島原01夏休み中に、雲仙・島原へ行って来ました。
島原へは、長洲港から有明フェリーで約45分くらいで多比良港に着きます。
乗船したときから、ガスっていて白っぽくなってはいますが、対岸はずっと見えていました。
海は穏やか、舟は海面を滑るように進みます。
 
島原02多比良港から雲仙は仁田峠に車を走らせ、展望台から普賢岳を見ました。
溶岩ドームが崩れ、土石流が発生した跡も見えました。
西には雲仙温泉、東には島原南部の町並みが眼下に広がり、ガスが出ていなければ、遠く阿蘇の山脈を見られるということでした。


島原03南島原市深江町にある「道の駅」の横に、土石流で被害にあった家屋がそのままの形で保存されていました。
土石流に呑み込まれ、電線が切れた電柱がそのままの姿で保存されています。
その向こうに見える家も、一階部分が完全に土の中に埋まってしまっています。

島原市には、雲仙の被害を記念するセンターがあり、200年に一度というような噴火やそれに伴う地震、火砕流、土石流の恐怖をちょっと体験させてくれるコーナーもありました。
現実に被害に遭われた方々は、どんな思いだったろうかと考えさせられました。

島原04島原といえば、島原の乱の史跡を巡らずにすますわけにはいかないでしょう。
ということで、原城跡を見に行きました。
島原半島の南端、口之津港の近くに原城跡はありました。
島原の乱は、宗教戦争だと思っていましたが、実際には、領民に対する過酷な税徴収に、飢饉が加わり、また、厳しいキリスト教迫害もあって、領民が起こした一揆でした。
それを、当時の島原領主・松倉勝家が、自らの失政と認めず、キリシタンによる暴動とし、また、江戸幕府も島原の乱をキリシタン弾圧の口実としたため、島原の乱は、キリスト教徒による宗教戦争という一面的な見方が定着することになったわけです。
 
島原05この一揆軍の総大将は、弱冠16歳の天草四郎(本名:益田四郎時貞)です。
生まれながらにしてカリスマ性があり、大変聡明で、慈悲深く、容姿端麗で女が見たら一目惚れするとまで言われたほどだったそうです。
また、経済的に恵まれていたため、幼少期から学問に親しみ、優れた教養があったとも言われています。
小西氏の旧臣やキリシタンの間で救世主として擁立、神格化された人物であると考えられており、様々な奇跡(盲目の少女に触れると視力を取り戻した、海面を歩いた等)を起こした伝説や、四郎が豊臣秀頼の落胤・豊臣秀綱であるとする風説も広められています。

ただ、出生を含め、何一つ詳らかではないようです。
そこがまた、カリスマのカリスマたる所以かも知れません。
 
島原06本丸跡地はかなり広く、住居跡などが発掘されたそうですが、2万数千とも3万ともいわれる一揆軍は、かなり整然と統制のとれた生活をしていたということです。

今後、原城跡の発掘が進み、当時の原城の容姿、構造などをはじめ、乱の全容が解明されると共に、原城のそばにある元島原藩主でキリシタン大名・有馬氏の居城・日野江城跡などがきちんと管理されるようになったらいいなあと思いながら、島原を後にしました。

機会があれば、今度は原城記念館を訪れてみたいと思います。

8月26日の御言葉

今朝は、パソコンでインターネットができる環境にあったので、今日の御言葉を書き込むことにしました。


「わたしは祭壇の傍らに立っておられる主を見た。主は言われた。『柱頭を打ち、敷石を揺り動かせ。すべての者の頭上で砕け。生き残った者は、わたしが剣で殺す。彼らのうちに逃れうる者はない。逃れて、生き延びる者はひとりもない。』」 アモス書9章1節

 預言者アモスは、冒頭の言葉(1節)のとおり、主が祭壇の傍らに立っておられるのを見ました。祭壇はいけにえを献げる場所、神との和解を祈る場所です。しかし、そこで神の口から語られたのは、赦しではありませんでした。
 
 「柱頭を打ち、敷石を揺り動かせ。すべての者の頭上で砕け。生き残った者は、わたしが剣で殺す。彼らのうちに逃れうる者はない.逃れて生き延びる者はひとりもない」と言われるとおり、それは、決定的な裁きです。
 
 2節の「たとえ、彼らが陰府に潜り込んでも、わたしは、そこからこの手で引き出す。たとえ天に上っても、わたしは、そこから引き下ろす」という言葉は、詩編139編8節を思わせる表現ですが、詩編の記者は、どこででも神の守りと導きを得ることが出来ると、その不思議に驚いています。しかしながら、ここでは神の裁きの手から逃れることは出来ないと、神が宣告しておられるのです。
 
 それは、何故でしょうか。イスラエルの民の礼拝、その賛美と祈りが神に届いていないということでしょう。なぜ、届かないのでしょうか。それは礼拝が、霊と真理によってなされていないからでしょう(ヨハネ福音書4章23,24)。
 
 アモスは、北イスラエル王国の聖所が置かれているベテルで、預言者としての働きをしていました(7章13節)。
 
 ベテルは、かつて神がヤコブ=イスラエルの前にご自身を示された場所です(創世記28章10節以下参照)。神は、そこでヤコブに祝福を与えられました(同28章13~15節)。ヤコブは、そこに記念碑を立てて神を礼拝しました(同28章18節以下)。神は今もご自身を、その祭壇の傍らに現されているのです。
 
 それなのに、イスラエルの民の目には、神の御姿が見えないのです。御声が聴こえないのです。
 
 かつて、シロの町の聖所で、エリという祭司が仕えていたとき(サムエル記上1章3節)、エリの息子たちが礼拝を蔑ろにしていて(同2章12節以下)、そのために、主の言葉が臨むことは少なく、幻が示されることもまれであった、と記されています(同3章1節)。
 
 そのとき、神の御声を聴いたのは、祭司エリではなく、エリに仕える幼子サムエルでした(同3章4節)。そして、サムエルに示されたのは、神がエリの家の断絶しようとしているということでした(同3章13,14節)。
 
 そして、実際にシロの聖所は閉じられることになります(エレミヤ書7章12,14節、26章6,9節)。前に学んだとおり、農夫であったアモスが預言者として働かなければならなかったのは、ベテルの祭司アマツヤが、祭司の務めを忠実に果たしていなかったから、その御声に耳を傾けようとしていなかったからです。
 
 あらためて、このことを自分に問いかけます。私たちは、神に喜ばれる礼拝を捧げているでしょうか。自らを神に喜ばれる聖なる生ける供え物として、御前に捧げているでしょうか。霊と真理をもって神を礼拝しているでしょうか。
 
 いつでも、「はい」と答えることの出来ない自分がここにいます。見せ掛けの信仰生活を反省します。裁きは確かに神の家から始まります。神を畏れなければなりません。
 
 けれども神は、私たちを滅ぼしたくて、裁きを下したくて、このように語られるわけではありません。8節に、「ただし、わたしはヤコブの家を全滅させはしないと、主は言われる」と記されています。これは、一方的な神の憐れみによる救いの宣言でしょう。神はヤコブの家、イスラエルの民が、神に立ち帰ることを待ち望んでおられるわけです。
 
 私たちは、今、神の豊かな恵みに常に与っています。絶えず感謝をもって、神をほめたたえる者にならせていただきましょう。聞く耳のある者は聞きなさいと言われる主の御言葉に耳を傾けましょう。御言葉に耳の開かれた者としていただきましょう。主の御心を悟り、その導きに従って歩みましょう。そして、喜びと感謝をもってその恵みを証しする者となりましょう。

 主よ、あなたの深い御愛を感謝致します。その憐れみによって生かされています。その恵みを徒に受けることなく、日々主の御言葉を聴き、その導きに従って歩ませて下さい。御前に唇の実を捧げることが出来ますように。 アーメン

今日から休暇

今日から一週間、夏期休暇を頂きました。
福岡、長崎など、近場をうろうろする予定です。

6月末辺りから、持病が少し悪くなり始め、8月初め頃は緩解に戻ったと思っていたのですが、今また、少し下り坂になって来ているので、あまり動き回らずにゆっくり過ごし、体調を整えたいと思います。

その間、HP、ブログの更新が止まります。
「今日の御言葉」をご覧下さっている方々には申し訳ありませんが、そういうことですから、めいめいで聖書を読み、御言葉から神の御声を聞いていただきたいと思います。

それでは皆様、行って参ります。

8月23日の御言葉 「ロ・ダバルを喜び」

「お前たちはロ・ダバル(空虚)を喜び、『われわれは自分の力でカルナイムを手に入れたではないか』と言う。」 アモス書6章13節

 預言者アモスは、繁栄に酔い、安逸をむさぼっているイスラエルの人々に、驕りを見ました(1節)。そこで、「カルネに赴いて、よく見よ。そこから、ハマト・ラバに行き、ペリシテ人のガトに下れ」と語ります(2節)。カルネは、シリアのはるか北方の町、ハマト・ラバはシリア中部、オロンテス河畔の町ハマトのことです。ガトは、記されているようにイスラエルの南西にあるペリシテの町です。
 
 北に、南に、これらの町を見に行け、というのは、サマリアだけが繁栄している町ではない、井の中の蛙になるな、ということでしょう。そして、北の二つの町はアモスの時代にアッシリアによって亡ぼされ、南のガトはその後、征服されていますから、あるいは、次はイスラエルだ、ということを含んでいるのかもしれません。
 
 そして、高慢によって思い違いしている様子を、12節に、「馬が岩の上を駆けるだろうか、牛が海を耕すだろうか」と記しています。「馬が岩の上を駆ける」とは、お前はカモシカのつもりなのか、ということです。「牛が海を耕す」とは、お前は魚のつもりなのか、ということです。
 
 ひづめの割れていない馬は、岩の上を跳びかけることは出来ないし、力の強い牛も、海の中では役に立ちません。そのように、今のイスラエルは、神にとって思い上がりもはなはだしい状態で、何の役にも立たない、ということでしょう。
 
 その傲慢さのゆえに、「お前たちは裁きを毒草に、恵みの業の実を苦よもぎに変えた」(12節)と言われています。「裁き」とは、「公正」(ミシュパート)、「恵みの業」とは「正義」(ツェダカー)という意味の言葉です。公正と正義が毒されているところを、神がお喜びになるはずがありません
 
 冒頭の言葉(13節)に、「お前たちはロ・ダバルを喜び、『われわれは自分の力でカルナイムを手に入れたではないか』と言う」とあります。これは、イスラエルが戦いによってロ・ダバルとカルナイムを獲得したということです。
 
 ロ・ダバルはガリラヤ湖の南、ヨルダン川東岸の町です。カルナイムはガリラヤ湖の東35キロのバシャンにある町です。ギレアドの二つの町をシリアから奪還して、イスラエルは戦勝の喜びに沸いているのでしょう。「カルナイム」は、雄牛の角を意味していて、角は力や権威の象徴ということから、自分たちの力が発揮出来た、その力が証明されたと喜んでいるわけです。
 
 しかし、彼らが手に入れたのは「ロ・ダバル」です。「ダバル」は、「言葉、出来事」という意味、「ロ」は否定を表す意味の言葉です。つまり、言葉がない、モノがないということで、「無駄、理由なし」、また「空虚」という意味になります。新共同訳聖書には、「ロ・ダバル(空虚)」と記されていました。彼らの喜びは空しい、無意味だということを表わしているわけです。
 
 なぜ、イスラエルの勝利が無意味なのでしょうか。それは、「レボ・ハマトからアラバの谷に至るまで」(14節)、イスラエルを圧迫する一つの国=アッシリア帝国が、神によって興されるからです。「レボ・ハマトからアラバの谷に至るまで」というのは、ソロモンがその支配下に治め(列王記上8章65節)、後にヤロブアム2世がその領域を回復したイスラエルの全土を指しています。
 
 今、ギレアドの地で二つの町をシリアから奪還して小さな勝利に浮かれているイスラエルが、さらに強大なアッシリアの力の前に、その全土にわたって完全に打ちのめされてしまうことになるというのです。
 
 私たちの力が空虚なものに費やされるということにならないように、公正な裁きを行い、恵みの業の実を結ぶように、しなければなりません。それは、神の御顔を慕い求め、御前に謙り、その御言葉に喜んで耳を傾け、御心に従って歩むことです。
 
 すばるとオリオンを造り、闇を朝に変え、昼を暗い夜にし、海の水を呼び集めて地の表に注がれる方、万軍の神なる主よ、御名が崇められますように。絶えず御言葉の光の内を歩ませて下さい。御心に従い、いつも主の御業に励むことが出来ますように。 アーメン

リンク集

大牟田教会HPリンク集について
http://www.h7.dion.ne.jp/~omutabc/link.html

南九州連合の「国分教会」のサイトが開けません。リンクを外しました。

福岡連合の「福岡西部教会」、「和白教会」のサイトが開けません。リンクを外しました。

神奈川連合の「横浜山手教会」のサイトが開けません。リンクを外しました。

北関東連合の「新潟地区バプテスト教会」は発展的に解散し、改めて「新潟主の港教会」として新しくスタートされました。古いHPがそのまま残されておりますが、リンクを外すことにしました。

リンクしているHPの中には、長い間更新されないまま、放置されているようなものもあります。既に牧師が辞任し、あるいは交代しているのに、変更されていないところもあります。

また、掲示板やブログのコメントに、ピンクの書き込みがなされているのに、そのままにしているところがあります。 更新出来なくなる理由は様々あるのでしょうけれども、放置していて他者に悪用されるようなことでは、教会としての使命を果たすどころか、人を罪に誘うようなことにもなってしまいます。少なくとも、そのようなことにならないように、最低限の管理はすべきだと思っています。

サマー・バイブルキャンプ


キャンプ01今年も、恒例のサマー・バイブルキャンプが、リフレスおおむたで開かれました。
絶好のキャンプ日和で、外遊びやプール活動、キャンプファイヤー、散策など、色々と楽しむことが出来ました。

その様子は、教会HPに詳しく載せていますので、是非ご覧下さい。
URL http://www.h7.dion.ne.jp/~omutabc/wklyphoto090817.html

大津山公園で遊んだ最後に、これまた恒例のスイカ割りを行います。公園におられた他所の方々も(偶然、幼稚園の子ども広場に来られていた方でした)飛び入り参加して下さいました。
 
キャンプ02スイカ割りのトリは、ワタシです。
自信満々振り下ろした竹は、スイカに触れることなく、地面を力強く叩きました。
結構手がしびれる空振りでした。
もっと謙虚に周りの人の声に耳を傾けなければならないことを思い知らされた瞬間でした。

とても有意義な二日間を過ごすことが出来て、参加された方々、奉仕して下さった方々、背後でお祈り下さった方々、子どもたちを送り出して下さったお家の方々、そして、すべてを祝福して下さった神様に、心から感謝致します。有り難うございました!

8月16日の御言葉 「わが霊を注ぐ」

「その後、わたしはすべての人にわが霊を注ぐ。あなたたちの息子や娘は預言し、老人は夢を見、若者は幻を見る。」 ヨエル書3章1節(口語訳・新改訳聖書2章28節)

 冒頭の言葉(1節)で神が、「わたしはすべての人にわが霊を注ぐ」と約束されています。「霊」は「息」、「風」とも訳されます。ここで「わが霊」というのは、神の息と解することが出来ます。
 
 創世記2章7節によれば、人は、神の息によって生きる者となりました。神の霊は、命を与える神の力なのです。ですから、「すべての人にわが霊を注ぐ」とは、罪に死んでいたイスラエルの民を再び生き返らせる、ということになります。
 
 そうすると、これは、エゼキエル書37章1節以下の「枯れた骨の復活」と同様の預言ということです。これは勿論、死者が蘇生するというのではなく、神を信じ、御言葉に聴き従う神の民が再創造されるということです。
 
 そして、霊が注がれることと、預言することや、夢・幻を見ることが関連付けられています。民数記12章6節に、「あなたたちの間に預言者がいれば、主なるわたしは幻によって自らを示し、夢によって彼に語る」とあります。ここで、夢と幻というのは、それを見る者の願望などではなく、神が預言者と語る手段であることが分かります。
 
 ということは、預言することと、夢、幻を見ることは、本質的に同じことと言ってもよいでしょう。サムエル記上10章には、サウルが王となる油注ぎを神の人サムエルから受けた後、神の霊が彼の上に激しく降って、彼が預言する状態になったということが記されています(同10節)。つまり、霊は、人に神の言葉を告げ知らせる力を与えるのです。
 
 かつて、このようなことは預言者や王など、神によって特別に選ばれた者に限られていました。けれども、ここには「すべての人にわが霊を注ぐ」とあります。息子にも娘にも、老人にも若者にも、神の力が与えられます。2節では、男女の奴隷にも注ぐと言われます。
 
 男も女も、老いも若きも、主人も僕も、すべてに人に分け隔てなく神の霊は注がれ、彼らは預言をし、夢、幻が与えられます。神はすべての人々に神の御声を聞かせ、その御言葉を告げ知らせる力を与えたいと願っておられるわけです。
 
 主イエスが召天された後の五旬祭(ペンテコステ)の日に、聖霊が降り、その力を受けた主イエスの弟子たちが、祭りを祝うためにエルサレムの都に集まっていた多くの人々に、それぞれの母国の言葉で福音を告げ知らせました(使徒言行録2章1節以下)。
 
 そのことについて主イエスが、「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる」(同1章8節)と語っておられました。即ち、主イエスが約束しておられた通りのことが起こったわけです。

 そしてペトロが、このペンテコステの出来事こそ、ヨエルの預言が実現したことなのだと語って(同14節以下)、ヨエル書3章を引用しています。

 ペトロは続けて、ユダヤ人に十字架につけて殺されたイエスこそ、主であり、メシアであること、神は主イエスを死の苦しみから解放して復活させられたことを、詩編16編8~11節を引用しながら、語り教えました(使徒2章22節以下)。
 
 このペトロのメッセージを聞いたその日、教会の仲間に加わった者、即ちクリスチャンになった人が、3000人もありました(同41節)。それも、ペトロの説教が分かりやすかった、感動的な話だったということではなく、聖霊の導きで、聞く者たちに信仰が与えられたということでしょう。
 
 そして、聖霊に導かれたクリスチャンたちは、福音宣教の働きをエルサレムからユダヤとサマリアの全土に(8章1,4節、9章31節)、さらに地の果てまで、拡大していきました。この日本でも、九州、福岡、筑後地方、この大牟田の町に、ヨエルの預言が実現されるよう祈りましょう。御霊に満たされて、主イエスの福音を宣べ伝えましょう。

 主よ、この大牟田の町に、日本中にペンテコステの出来事を起こして下さい。すべての人々に新しい命が与えられますように。夢、幻を見、信仰と希望と愛に生きることが出来ますように。 アーメン

8月9日の御言葉 「ベテルよ、お前たちの甚だしい悪の故に」

「ベテルよ、お前たちの甚だしい悪のゆえに、同じことがお前にも起こる。夜明けと共にイスラエルの王は必ず断たれる。」 ホセア書10章15節
 
 14節に、「シャルマンがベト・アルベルを破壊し、母も子らも撃ち殺したあの戦の日」という言葉があります。ベト・アルベルは、ヨルダン川の東側、マナセ族が嗣業として受けたギレアドの地にある町で、ガリラヤ湖の南東約30kmにありました。シャルマンとは誰のことか、よく分かりませんが、恐らく外国の王の名でしょう。
 
 また、この戦争がいつ起こったことなのかも、分かりかねます。しかし、当時の人々はこの戦争のことをよく知っていたのでしょう。だから、この事件を取り上げたうえで、冒頭の言葉(15節)で、「ベテルよ」と呼びかけているのです。そしてホセアは、「お前たちの甚だしい悪のゆえに、同じことがお前にも起こる」と言います。
 
 ベテルは、イスラエルでよく知られた町ですかつてここは、イスラエルの父祖ヤコブが、兄エサウの祝福を奪ったことでベエル・シェバからハランの地まで逃れる旅をしている途中(創世記28章10節)、神と出会い、祝福を受けた場所です。そのとき神は、「①この地を与える。②数が増し、四方へ広がる。③神が共にいる。④どこに行っても守る。⑤必ずこの地に連れ帰る。⑥約束が実現するまで見捨てない」と約束されました(同13節以下)。そして、神の約束どおり、ヤコブは多くの財産を携え、ハランの地から故郷へ戻って来ました(同31章)。
 
 神の御言葉は信ずべきです。神の約束は必ず実現するのです。ベテルとは「神の家(ベト=家、エル=神)」という意味ですが、ヤコブは荒れ野で神と出会い、その地をベテルと名づけたのです。
 
 神と出会い、御言葉を聴くところがベテルであれば、今日のベテルはどこにあるのでしょうか。そうです。どこにでもベテルがあります。私たちが神を求め、御言葉を聴こうとするなら、どこもベテルです。
 
 ところが、この町が滅ぼされ、「夜明けと共にイスラエルの王は必ず断たれる」と言われています。
 
 かつてイスラエルが南北に分裂したとき、北イスラエルを治めた初代の王ヤロブアムは、金の子牛の像を2体作り、一つをベテルに、もう一つをダンに置きました(列王記上12章28節以下)。さらに、ベテルに異教の神の像を祀る神殿を建て、祭司を配置しました(同31節以下)。
 
 以後、北イスラエルの王は、神に背く罪を繰り返します。列王記の記者はそのことを、「彼は主の目に悪とされることを行って、ヤロブアムの道を歩み、イスラエルに罪を犯させたヤロブアムの罪を繰り返した」と語っています(同15章34節、16章19節、30,31節、22章53節など)。
 
 ところで、5節の「サマリアの住民は、ベト・アベンの子牛のためにおびえ」という言葉は、ベテルのことを語っているものと考えられます。「ベト・アベン」とは、昨日も学んだように、「邪悪の家」という意味です。ホセアはここで、ヤロブアム以来、北イスラエルの人々は、真の神と出会うべき「ベテル(=神の家)」を、「ベト・アベン(=邪悪の家)」にしてしまった、と断罪しているわけです。
 
 ベテルの町、ベテルに置かれた神殿がイスラエルを祝福するのではありません。金の子牛がイスラエルを守ることもありません。イスラエルを祝福されるのは、生けるまことの神です。イスラエルの民を守られるのは、真の主なる神のみです。異教の神を祀ってまことの神を怒らせ、その保護を失ったイスラエルは、ホセアが語ったとおり、アッシリアに滅ぼされ、再び王国を再建することは出来ませんでした。
 
 「あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くしてあなたの神、主を愛しなさい」(申命記6章5節)と言われます。主を信じ、愛しましょう。

 主よ、私たちの耳を開いて下さい。主の御言葉に耳を傾け、御旨を深く悟ることが出来ますように。主を信じ、従うことが出来ますように。 アーメン

南九州バプテスト大会


大会01報告が遅くなりましたが、先週7月27日(月)~28日(火)、熊本・火の国ハイツを会場に、南九州バプテスト大会が開催されました。
テーマは、「私たちには夢(うた)がある~賛美はすごい~」です。

ゲストとして、クラシック・テナー歌手の豊原奏先生、チェリストの豊原さやか先生をお迎えしました。
一泊二日の日程の中で、二度のコンサートと分団指導(奏先生は声楽、さやか先生は器楽)をして頂きました。
 
大会02大会の中で、アピールの時間が持たれ、キリスト者奉仕会・大牟田恵愛園から、アピールが行われました。
3年前から、障害者自立支援法が施行された結果、多くの障害者が厳しい立場に置かれています。
障害者を保護する制度から自立を促し支援する制度に転換したということですが、現実には、国が福祉に回すお金を減らすための方策と言わざるを得ません。

キリスト者奉仕会・大牟田恵愛園が障害者と共に、障害者のためによい働きを続けることが出来るように、祈りと支援をお願いしたいと思います。

大会03福岡から、憲法9条Tシャツ配布係のくずめよし姉が大会に参加されました。
憲法9条が国際社会の宝として認知され、9条の条文を自国の憲法の中に入れようとする動きも始まっているという報告をして下さいました。
現在、私たちが贈った9条Tシャツを受け取って下さった方から、応答メッセージカードが戻って来ています(私にはインドの方からの応答がありましたが、インドの言葉で書かれているので、現在は判読不能です)。
Tシャツの配布を通して、互いに祈り合う関係を広く作ることが出来れば、世界から戦争をなくすことが出来るでしょう。


大会04金子千嘉世牧師が、平和宣言ブックレット「時のいましめ」(説教集)と、すべてのホーム・レスたちのためのCD「ゴーイング・ホーム」の紹介アピールをして下さいました。
現在、小泉、安倍内閣当時のようなあからさまな改憲の動きは影を潜めています。
しかし、政府の「安全保障と防衛力に関する懇談会」(座長・勝俣恒久東京電力会長)は4日午前、年末に予定されている「防衛計画の大綱」の見直しに向けた報告書を麻生太郎首相に提出しました。
報告書では、軍事大国化を否定する基本概念となってきた「専守防衛」について、「今日の視点から検証すべきだ」と見直しを提言し、集団的自衛権の行使を禁じてきた政府の憲法解釈の変更など、防衛政策の抜本的な転換を求めています。
これを受け、政府は大綱の見直し作業を本格化させる方針と伝えられています。
つまり、「戦争できる普通の国」作りは、今も精力的に進められているわけです。
また、第二次小泉内閣-自公連立政権以来、医療や福祉の制度が改悪され、規制緩和により、格差が拡大して来ました。その上、昨秋来の世界不況の影響で、これからも失業する人の数は増え続けることが懸念されています。
このような事態に、キリスト教会は社会に対してどのようなメッセージを語り伝えることが出来るのでしょうか。
CDを聴いて、考えて欲しいと思います。


南九州バプテスト大会について、大牟田教会ホームページのフォトレポートのページもご覧下さい。
URL http://www.h7.dion.ne.jp/~omutabc/wklyphoto090727.html
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