風の向くまま

新共同訳聖書ヨハネによる福音書3章8節より。いつも、聖霊の風を受けて爽やかに進んでいきたい。

2008年09月

9月28日の御言葉 「御名の栄光を輝かせてください」

「わたしたちの救いの神よ、わたしたちを助けて、あなたの御名の栄光を輝かせてください。御名のために、わたしたちを救い出し、わたしたちの罪をお赦しください。」 詩編79編9節

 詩編79編は、74編に非常によく似た、イスラエルの救いを求める祈りの詩です。その背景は、「異国の民があなたの嗣業を襲い、あなたの聖なる神殿を汚し、エルサレムを瓦礫の山としました」(1節)という言葉から、紀元前587年の第二次バビロン捕囚という出来事の後、エルサレムに残っている者が記したものと考えられます。バビロンの兵士は殺戮と暴虐を行い、奴隷として連れて行かれなかった多くの者が殺され、遺体を葬る者もないまま(3節)、猛禽の餌食になっているという悲惨な状況(2節)が、そこに描かれています。そのために、残りの者たちは嘲られ、辱められてもいます(4節)。

 詩人は、その状況を神に訴えて、「主よ、いつまで続くのでしょう」と言います(5節)。異国の民に苦しめられているのに、なぜ助けて下さらないのか、いつ手を伸ばして下さるのか、と問いかけます。そして、「あなたは永久に憤っておられるのでしょうか」と記していることで、この苦しみは、神から来ている、と詩人が考えていることが分かります。「永久に憤っておられるのか」という言葉には、捕囚の苦しみを味わって後、かなりの時間が経過したのかとも思わせ、そうすれば、二度と神の恵みに与ることは出来ないのか、神は私たちの祈りを聞いて下さらないのか、と訴える言葉といえるでしょう。

 神が憤っておられるということは、詩人たちに非があることを認めているということです。そのことを8節で、「どうか、わたしたちの昔の悪に御心を留めず、御憐れみを速やかに差し向けてください」とも語っています。悪をなした自分たちが拠って立つのは、自分たちの正しい振る舞いなどではなく、立場を回復するために支払う犠牲などでもなく、ただ神の「御憐れみ」にすがるほかはない、と言っているのです。そこでさらに詩人は、「わたしたちの救いの神よ、わたしたちを助けて、あなたの御名の栄光を輝かせてください。御名のために、わたしたちを救い出し、わたしたちの罪をお赦しください」と求めます(9節)。

 イスラエルの民は、もともと、優秀で数の多い民ではありませんでした。エジプトで奴隷の苦しみを味わっていたイスラエルの民を神が憐れみ、モーセを遣わして救い出されたのです(申命記7章6節以下)。つまり、イスラエルが神に愛されて、約束の地に安住しているということが、神の深い愛と憐れみを地の表のすべての民に知らしめる手段とされたわけです。ですから、イスラエルの民が近隣の民に嘲られることは、それは勿論イスラエルの民の罪のゆえですが、しかしそれは、イスラエルの神の名折れになることなので、それはお避け下さい。そのためにイスラエルの罪を赦し、この苦しみから救って下さい、と求めているのです。

 よく考えるまでもなく、この祈りは、なんとムシのいい理屈でしょう。私たちが汚したイスラエルの神の名を、放っておくのは神の名折れになるので、神ご自身が御名を清めるように、と求めているわけです。

 しかし、主なる神は、この祈りを引き取られました。主イエスがご自身の祈りとして弟子たちに教えられた祈りの言葉、即ち「主の祈り」の中で、「御名をあがめさせたまえ」(新共同訳聖書では「御名が崇められますように」マタイ福音書6章9節)と祈りますが、この箇所の原文ギリシア語を直訳すると、「あなたの名が聖くされますように」という言葉になるのです。この祈りをささげよと教えられた主イエスが、ご自身の命をもって私たちの罪を赦し、贖い、御名の栄光を表して下さったのです。ここに、神の愛があります。

 主よ、あなたは「血に対する報復」を、諸外国を征服するという形ではなく、主イエスの贖いにより、全世界を救うという手段で人々の目に表されるようになさいました。その愛のゆえに、私たちも主イエスを信じ、神の民とされる恵みに与りました。主の御心を心とし、委ねられている使命のために自らを捧げて、御名の栄光を褒め称えさせて下さい。 アーメン

祈って下さい その3

現在、インドにおけるキリスト教迫害の情報で日本語でタイムリーに読めるのは、「陣内俊のブログ」だけでしょうか。とりあえず、リンクをはりましたので、ご覧になって下さい。
現在、サイドバーの「RECENT ENTRIES」にある「情報10」が最新のコメントです。
URL http://ameblo.jp/shunjinnai-kingdomcome/entry-10144231834.html

そこには、「All India Christian Council」(全インド・クリスチャン協議会とでもいうのでしょうか)のサイトが紹介され、そのサイトには、オリッサでの被害の様子を英文で伝えています。「情報9」には、AICCのサイトの記事から、オリッサでの暴動と虐殺について、9月16日現在の被害の見積もりが翻訳されていました。

・被害を受けた地域 14
・被害を受けた村 300
・被害を受けた人 5万人以上
・森に隠れている人 約4万人
・政府の難民キャンプにいる人 約1万2千人
・政府以外の仮設施設にいる人 約千人
・これまでに確認された死者  45人
・負傷した男女(そのほとんどが森にいる) 1万8千人
・破壊された家  4千世帯
・破壊された教会の建物  54
・破壊された学校  11
・攻撃されたNGO  4

 未だに沈静化しない暴動のためにお祈り下さい。

ワープロの日

今日は、ワープロの日です。
昨日、ワープロについてのメールが来たからではありません(※前日のワープロを求める記事は、もう入手出来たという報告があり、削除しました)。

社団法人情報処理学会の開設したコンピュータ博物館のサイトに、日本語ワードプロセッサ「誕生と発展の歴史」のページがあり、そこに、「日本語ワードプロセッサ(以下ワープロと略す)が最初に現れたのは1977年のビジネスショウで、シャープから参考出品のかたちでかな漢字変換方式の試作品が展示された。1978年9月26日に東芝から本格的なワープロの製品「JW-10」が発表され、データショーにおいてデモ展示された。この日は、「ワープロの日」とされている」という記述があります(アドレスは、URL http://museum.ipsj.or.jp/computer/word/history.html です)。

JW-10というワープロは、ほぼ事務机と同じサイズ(床面積にすれば畳一畳分)で、重さは180kg、価格も630万円というヘビー級でした。その後、急速に小型軽量化、低価格化が進み、10年後には、持ち運びが簡単で、カラー印刷の出来るワープロが20万円を切る価格で購入出来るようになりました。

私が最初に使ったワープロは、知人が持っていた富士通のオアシスです。親指シフトという独特のキーボードでした。それで、会員名簿を作りました。自分で買った最初のワープロは、キャノンのキャノワードα10です。活字が一番綺麗という謳い文句に心ひかれました。週報や月報、近所に配る月報別刷りなどの原稿作りに活躍しました。インクリボンを使用するタイプでしたが、カラーリボンはもったいなくて、使う気になれなかったという記憶があります。数年後、プリンターがインクジェットタイプになり、新しいものを買いました。なんでも便利になったと思いました。

そのころはまだ、パソコンを買おうというアイデアはありませんでしたが、ウインドウズ95が発売されて、IBMのAptiva・デスクトップを購入しました。いつの間にか、ワープロは電機量販店から姿を消していました。絶滅危惧種というところでしょうか。でも、コンピュータを家庭に導入する糸口を提供する働きをしたなあと思います。

ウチにあるワープロは、現在家内が使用中で、今パソコンに少しずつ移行しているところです。ワープロが故障すれば、修理は不能でしょう。また、プリンタのインクが手に入らなくなっても、御用済みです。日本の文書作りを変えたワープロの登場を記念する「ワープロの日」は、これからどうなっていくのでしょうね。

こんな結末になるなんて その後

新聞報道などによると、福岡で起こった事件は、子どもの、「病気のお母さんなんかいらない」という言葉に反応しての行為だったそうだ。
母がトイレを利用するとき、いつも息子がその介助をしていた。
公園のトイレで介助を頼んだとき、機嫌の悪かった息子は、「なぜ授業参観に来てくれないのか。病気のお母さんなんかいらない」などと言ったという。
いかに母親が自分の病気を苦にしていたか、それを口にした子どもとの将来をいかに案じていたことかと思う。
なぜその心情を周囲に話し、相談しなかったのかと思うが、もし私が相談を受けていれば、こう対応してあげただろう、それによって二人を守ることが出来ただろうという答えを持っていない人は、彼女の行動を責めることは出来ないのではないか。
というのは、私も彼女と同じ状況にいたら、彼女のようには絶対しなかったと言える自信はないから。
また、彼女から相談を受けても、具体的に彼女のために行動出来たかと考えると、これもまた、具体的な手だてを持っているわけではない。
ただ、弱い人間同士が、一緒に悩み、一緒に考え、なんとか解決を見出そうとするところに、その糸口はあると思うだけ。
彼女はしかし、私が彼女の相談に乗るなどとは、期待することはおろか、思い浮かべることもなかったと思うと、私は今、彼女の周りに神の御使いが遣わされて、彼女が徒に命を絶つことがないように守ること、そして、キリストの平和が彼女の心と考えとを守るようにと祈るほかない。

リバイバル2008

朝6時半に出発して大分県中津に向かい、リバイバル2008の集いに参加して、夜10時、無事に帰り着きました。
教会内外で様々な行事が企画推進されるこの時期、どの程度お集まり下さるだろうかと、内心不安に思うところもありましたが、幸い、予定していた百名を超え、130名ほどの方がおいで下さり、共に恵みに与りました。

講師は、東北中央教会牧師、拡大宣教学院学院長の永井信義先生です。
第一聖会では、ルカ福音書10章1~20節から、収穫は多いという視点に立ち、めいめいが主の働き人となるように神から選ばれ、立てられた存在であることを確認して、どのように福音を伝えていくかという、伝道のプロセスについて教えて下さいました。
第二聖会では、ルカ福音書5章1~11節から、神の導きに従い、自分の持てるものをささげること、次に、深みに漕ぎ出し、主のチャレンジに応えること、最後には、すべてを捨てて主に従うこと、その前に、罪が示されると共に、「恐れるな」と語りかけて下さる主の御声を聞くこと、かくて人を漁る漁師となることを教えていただきました。
「人を漁る」とは、生け捕りにすることという意味で、ここでは、命を与えることを示しているとも。
メッセージの後、深みに漕ぎ出し、主のチャレンジに応えるよう招かれると、多くの方が前に進まれ、祝福の按手を受けられました。
一人一人が主の働き人ととして召された者であることをあらためて確認した瞬間であり、そして、今このときからリバイバルの御業がめいめいの内に始まっていることを示された恵みの時でした。

第一聖会と第二聖会の間にワーシップタイムが設けられ、福岡聖書教会の中高生ティーム、博多教会の賛美ティーム“ナチュラル”、そして神の愛教会のバンド“REVIVE”がそれぞれの賛美を主にささげました。
永井先生もサプライズで登場して素晴らしい歌声を披露し、聖歌の「弟子と為し給え」、「驚くばかりの」をメドレーで賛美して下さいました。
主が私たちに様々なタイプの賛美をお与え下さり、賛美ティームを起こしていただいていることを、本当に感謝しました。
また、明日を担う若者たちが教会に起こされ、立てられ、用いられる姿を見せていただきました。
九州の諸教会が文字通りリバイブされ、多くの若者が集い、また年配の方も活き活きと用いられる、そのような教会となるように、願わされました。

主がこの営みを祝され、九州にリバイバルが訪れるまで、この聖会を続けていくこと、正月に志賀島で開催される九州リバイバル聖会と共に、九州のリバイバルに寄与する聖会となるよう祈りつつ励んでいくことが出来るよう、主の導きを祈ります。
今回、リバイバル2008を主催し、多くの方を招き、素晴らしい講師を立てて恵みに恵みを増し加えて下さった主なる神に、心から感謝致します。
また、背後で会の祝福を祈り続けて下さった皆様、参加して下さった皆様に、心からの感謝を申し上げます。
有り難うございました。

リバイバル2008開催のお知らせ(再掲載)

リバイバル2008が明日開催されます。
9月2日に掲載した記事をもう一度ここに載せます。
是非お出かけ下さい。
九州にあるすべてのキリスト教会、そこに集うクリスチャンのリバイバルのため、そして、福音宣教の働きの前進のため、講師としてお見え下さる永井信義先生をはじめ、お集まり下さる方々と共に主を仰ぎ、祈りを合わせたいと思います。
会場を、九州のリバイバルを願うクリスチャンたちで満たしていただくことが出来ますように。
共に、リバイバルを熱く祈り求め、主を崇める賛美をささげることが出来ますように。
講師を通して、御言葉の恵みに豊かに与らせていただくことが出来ますように。

*********************************

主の御名を賛美いたします。
一昨年、震災の影響で九州リバイバル聖会が福岡で開催出来なくなった折、リバイバルを求める熱い祈りに押し出され、中津扇城教会でリバイバル2006を開催致しました。
その後の話し合いで、九州リバイバル聖会と関係を持ちつつ、リバイバルを願って、この集会を継続すべきではないかということになりました。
そこで、9月23日(火)10時~18時、中津扇城教会でリバイバル2008を開催させて頂きます。
講師は、永井信義先生(東北中央教会牧師、拡大宣教学院長)です。
プログラムは、10時と16時からの2回の聖会と、13時半からのPPH(賛美と祈りの時間)聖会を計画しています。
リバイバルは、どこかの場所で何かの機会に起こるのではなく、私たち一人一人の主との親密な交わりの中で起こされ、継続されていくものではないでしょうか。
閉塞感のあるこの時代、賛美を通して主が私たちの心の窓を開いて下さり、そうしてリバイバルの扉が開かれることを願っています。
リバイバル2008が、私たちの心の窓を開き、リバイバルの扉を開く集いとなるよう、お祈り下さい。そして、リバイバルを願ってお集い下さい。
皆様に主の恵みと慈しみが豊かにありますよう、心からお祈り致します。

        記

リバイバル2008の集い
とき:2008年9月23日(火)午前10時~18時
ところ:日本キリスト中津扇城教会
 大分県中津市上宮永4-58 ℡0979-22-2094
講師:永井信義先生(東北中央教会牧師・拡大宣教学院学院長)
プログラム
 ・10時 ~12時 :第一聖会
 ・13時半~15時半:賛美聖会
 ・16時 ~18時 :第二聖会
参加登録費:1000円(中学生以下は無料)
主催:リバイバル21実行委員会
    (実行委員長 原田攝生)
  
永井先生は、北九州大学、サウスウエスタン・バプテスト神学校を卒業され、テキサスのウィートランド合同メソジスト教会音楽主事、保土ヶ谷純福音教会牧師を務め、そして現職となられました。
その他、東京中央神学院・大学院教授、ゴスペルミュージックアカデミー講師の他、ミクタムP&Wシリーズ、リビングプレイズ、ざわめきなど、数々のレコーディング、訳詞などを手がけ、また、リバイバル新聞論説委員、日本ペンテコステ協議会書記、日本ペンテコステ親交会常置委員会書記などを務めておられます。

九州、全日本のリバイバルを願う方々に是非お集まりいただきたく、宜しくお願い致します。
主の恵みと導きをお祈り致します。

祈って下さい その2

9月11日に祈りを要請を出しました。今日のクリスチャントゥデイの記事では、インドでの暴動は沈静化するどころか、いっそう激化しているという状況を伝えています。
URL http://christiantoday.co.jp/main/international-news-1731.html

また、愛知新生教会の坂田先生からのメールで、英語で読めるインドの迫害の実態を伝えるものとして、「Emergency Prayer Alert-India」の記事(今年9月8日付)が紹介されています。
URL http://www.win1040.com/EPA/index.htm
ここをクリックされたら、開くページの「Emergency Prayer Alert-India」の文字をクリックして下さい。
内側のスクロールバーを下に下げていくと、直視出来ないような写真が出て来ますが、これが、今インドで起きている現実であることに目を背けず、インドにキリストの十字架が立てられ、平和と自由を回復することが出来るように、祈って頂きたいと思います。

「Emergency Prayer Alert」の記事を検索してみたら、インドにおけるキリスト教会に対する迫害は、6月16日に発生したものだとされています。既に3ヶ月が経過し、暴動が激化しているという状況を考えると、最初の日記に紹介した陣内俊さんのメールで、インドの政府や警察は、ヒンズー寄りの世論で動くので、ことがいったん収るまでは動かない、といっておられるのが事実であることを証明しています。神の守りと導きを切に祈ります。

9月11日の記事も、併せてお読み下さい。

こんな結末になるなんて

先週18日(木)に福岡で発生した小学校1年生男児の殺人事件が、全く思いがけないというか、あって欲しくないかたちで決着を見ようとしている。
母親が子どもを連れて近所の公園に行き、トイレに入った数分の間に、子どもが首にかけていた携帯電話のストラップが凶器になって、子どもが殺害された。
その携帯電話は、GPS機能付きで、どこにいてもすぐ見つけられるよう、母親が子どもに持たせていたもの。
母親は取り乱して子どもを捜していて、周囲の人々がそれを手伝い、行方不明になってから30分後、残念なことに母親が用を足したというトイレの裏で、最悪の状態で発見された。
不審な人物が目撃されていたという情報がニュースで流れ、一刻も早く犯人が特定されること、その全容が解明されることを願った。
ところが、容疑者として逮捕されたのは、なんと母親だった。
不審人物の目撃情報がほとんどなかったこと、母親の供述に不明な点があり、あらためて問い質して、犯行を認めたとのこと。
その理由は、子育てに悩んでいたからだと。
あってはならないし、あろうはずもないことと思いたいが、最近、親が子を虐待し、殺める事件が、胎児殺人(堕胎)も含めて、後を絶たない。
しかしながら、こうした事件を、わが子に手をかけた人だけの責任とするなら、それは、子どもを育てることに疲れ果てているひとを鞭打つだけで、この手の殺人に歯止めをかけることは出来ないだろう。
家庭に学校、行政、福祉、医療、宗教などがそれぞれの立場で協力して子育て支援ネットワークを強化し、連携して問題に対処する必要がある。
我が国には、この問題を解決する知恵も能力も、十分に備わっていると信じる。

私の子どもの頃、家の玄関も窓も、鍵をかけてはいなかった。
子どもたちは、親の目の届かないところでのびのびと遊んでいた。
道路や空き地、裏山、どこでも遊び場になった。
ある時は、人の来ない小屋を秘密基地と呼んで入り込み、忍者部隊ごっこなどをしていたこともある。
近所で遊ぶときは、年長者がボスで下のものの面倒を見ながら、よく遊んだ。
2B弾や爆竹という火薬を使ったもので、少々危険な遊びをしていたこともある。
悪いことをしていたら、どこの小父さんでも小母さんでも、ちゃんと叱ってくれた。
近所の小父さん小母さんは、皆顔見知りだった。
コンビニなど一軒もなかったけど、隣組がコンビニだった。
味噌、醤油の貸し借りは日常茶飯事。
いちいち帳面につけることもなかった。
昭和39年(1964年)に開催された東京オリンピックの開会式は、学校が休みになったので、隣組で一台しかないカラーテレビを持っているお宅におじゃまして皆で見た。
電話も隣の家にあったのをいつも借りていた。
電話がかかってくると、小母さんが呼びに来てくれた。
隣の家の電話番号を、呼び出しのマークをつけて名刺に書いたり、公の書類に書くというのが当たり前の時代だった。
その当時に戻ることは不可能だと思うが、そのときのような人間関係を回復することが出来たら、子育てに悩んで子を殺める親はいなくなるだろう。
第二次大戦後、豊かになることを追い求めて来た結果、人間関係、それも親子という最も基本的な人間関係が、考えられないほど貧しく脆くなってしまった。
もう一度、人間関係が豊かになる時代、子どもたちが安心して遊べる安全な社会作りを目指したい。

 
  「見よ、兄弟が共に座っている。
   何という恵み、何という喜び。
   かぐわしい油が頭に注がれ、ひげに滴り
   衣のエリに垂れるアロンのひげに滴り
   ヘルモンにおく露のように
     シオンの山々に滴り落ちる。
   シオンで、主は布告された。
     祝福と、とこしえの命を。」
              詩篇133編

9月21日の御言葉 「王が救いますように」

「王が助けを求めて叫ぶ乏しい人を、助けるものもない貧しい人を救いますように。」 詩編72編12節

 詩篇72編は、「ソロモンの詩」という表題がつけられていますが、むしろ、ソロモン王のための祈りの詩というかたちです。

 1節に、「神よ、あなたによる裁きを、王に、あなたによる恵みの御業を、王の子にお授けください」と語られています。この「お授けください」(テイン=動詞「ナータン(与えるという意)」の命令形)という言葉だけが、この詩のの中で用いられている動詞中、唯一命令形になっています。他は未完了形で、「~しますように」と訳されているとおり、願いを表す形になっています。

 「あなたによる裁き」は、「あなたの公正(ミシュパート)」、「あなたによる恵みの御業」は、「あなたの義(ツェダカー)」という言葉です。「公正(ミシュパート)」は、裁判や政治における公平な取り扱いを意味し、「義(ツェダカー)」は、特に神との契約に沿った正しい関係を表していて、「正義、義、救い」などと訳されます。

 王に公正と義を授けて下さいと願うということは、公正と義が神の持ち物であるということ、そして、ここだけが命令形であるということで、王は公正と義を必ず神から授からなければならない、ということを示しています。

 2節を直訳すると、「彼があなたの民を義をもって、あなたの貧しい者たちを公正をもって裁きますように」となり、義と公正がコンビで登場します。3節は、「山があなたの民のために平和(シャローム)を、丘が義をもたらすように」となり、ここでは平和と義というコンビになっています。王が公正と義をもって政を行うとき、国の全土に平和と義がもたらされるということでしょう。

 8節には、「王が海から海まで、大河から地の果てまで、支配しますように」という願いが記されています。「海から海まで」とは、ペルシャ湾から地中海までということでしょう。「大河から地の果てまで」は、チグリス、ユーフラテス河から北の果てまでということでしょう。これは、当時のイスラエルの人々が考えていた全世界といってよいでしょう。

 そのすべてを統治したイスラエルの王はいません。むしろ、この地域にあって力のあるアッシリアやバビロン、ペルシャ、後にギリシャ、それからローマといった列強諸国によって支配されてきました。ですから、神から公正と義を授けられたイスラエルの王が立って全土を治め、それによってここに平和と義が打ち立てられることを願っているわけです。

 この王は、冒頭の言葉(12節)のとおり、「助けを求めて叫ぶ乏しい人」や「助けるものもない貧しい人を救い」、そして、「弱い人、乏しい人を憐れみ、乏しい人の命を救い」(13節)、「不法に虐げる者から彼らの命を贖う」(14節)ことが期待されています。それが、詩人の描く、公正と義によって政を行う王によってもたらされた平和と義の世界です。

 ソロモンについては、神に授けられた知恵によって遊女の訴えを正しく裁いたという記事を思い出します(列王記上3章)。けれども、ソロモンはこの詩に詠われているような理想的な王ではありませんでした。確かにすばらしい知恵を授かり、すばらしい政治を行うこともあったでしょう。世界中の富が集まっても来ました。しかし、彼の犯した過ちのゆえに、彼の死後、国は分裂してしまいます(同11,12章)。

 けれども神は、ソロモンの子孫に、これを実現する王を立てられました。ダビデの子なる主イエス・キリストです。イエス・キリストを信じる者すべてに、神の義が与えられます(ローマ書3章22節)。キリストによる贖いの業を通して、神の恵みにより無償で義とされるのです(同24節)。キリストが王として支配されるところには、義と平和と喜びがあります(同14章17節)。12節の「王」を主イエス・キリストと読み替えて、地球全土にキリストによる義と平和を打ち立てて下さるようにと、詩人と共にこの祈りをささげたいと思います。キリストこそ、私たちの平和だからです(エフェソ書2章14節)。

 主よ、全世界にキリストによる義と平和と喜びがありますように。寄る辺なく貧しくされている者たちを憐れみ、救って下さい。あなたの憐れみこそ、全世界の希望です。アーメン

苗字の日

送られてきたメルマに、「今日は苗字の日」という記述があったので、調べてみました。すると、明治3年(1870年)の今日、「平民苗字許可令」という太政官布告が、戸籍整理のために出されたということでした。

ご承知のように、明治の世になるまでは、貴族や武士以外に苗字を名乗ってはいませんでした。この布告によって、苗字を名乗ることが認められたわけですが、民衆はすぐに苗字をつけようとはしなかったようです。というのは、明治8年(1875年)2月13日に、「平民苗字必称義務令」が布告されているからです。

つまり、必ず苗字をつけることが義務とされなければ、進んで苗字をつけようとはしなかったということです。どうも、民衆は苗字をつけると余計に税金が取られるのではないかと警戒していたようで、明治政府がまだ民衆に信用を得ていなかったわけです。

それで、9月19日が苗字の日、2月13日は苗字制定記念日となったそうです。

ところで、苗字の日に因み、原田姓についても調べてみましたら、「原田という苗字の分布地図」というサイトを見つけました。アドレスは、URL http://www5a.biglobe.ne.jp/~myouji/zukan/frame/f000051.htm です。それによれば、福岡県内でも大牟田市は、原田を名乗る世帯が比較的多くいる町です。原田を名乗る分布密度が一番高いのは山梨県南都留郡秋山村の17.6277%で、100人に18人弱が原田姓です。これはしかし、人口が少なければ率は高くなるということです。もし人口が5人であれば、原田姓が一人でも、分布密度は20%になるからです。世帯数と分布密度の双方が高いとき、実質的に原田を名乗る人が多いということになります。

私がかつて中学校の教員をしていた愛知県知多郡東浦町の大字生路という地域には、まとまって原田を名乗る世帯があったので、赴任したときに、地元の人かと思ったと言われたことがありました。そのうち、原田姓の謂れなども調べられたらいいなと思います。
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