「その日、モーセの書が民に読み聞かされ、アンモン人とモアブ人は神の会衆に永久に加われないと記されているのが分かった。・・人々はこの教えを聞くと、混血の者を皆、イスラエルから切り離した。」 ネヘミヤ記13章1,3節

 冒頭の言葉(1,3節)で、「その日(城壁奉献の日)にモーセの書が民に読み聞かされ、アンモン人とモアブ人は神の会衆に加われないことが分った(ので)・・・混血の者を皆、イスラエルから切り離した」と記されているということは、エズラ記9章で読んだ異邦人との結婚、混血の事件が再び起こり、同10章でなした契約と誓いが忠実に守られなかったということです。
 
 23節にも、「またそのころ、ユダの人々がアシュドド人やアンモン人やモアブ人の女と結婚していることが、わたしに分かった」と記されており、しかも、「その子どもたちの半数は、アシュドドの言葉あるいはそれぞれの民族の言葉を話し、ユダの言葉を知らなかった」(24節)と語られています。なんたることでしょうか。
 
 こうしたことが繰り返される背景には、イスラエルに戻って来た民の生活が、ずっと苦しく厳しいものだったということがあるのではないかと思います。始終、近隣の強い敵に脅かされ、あるいはパレスティナの厳しい自然環境に苦しめられていたのでしょう。そこで、少しでも安定した生活を送るために、強い国の民と姻戚関係を結び、彼らの生活習慣を取り入れ、その民のようになることを望むということが、繰り返し行われたのでしょう。
 
 アンモン人とモアブ人が永久に神の民に加われないというのは、ユダヤ教に改宗することを許さない、神の民に加えることが出来ないということではなく、異教の神をイスラエルの中に持ち込ませない、異教の習慣に倣ってはいけないということです。エズラの時代にも、イスラエルの神なる主を尋ね求めて、カナンの地の諸民族の汚れを離れて来た人々は、過越の食事に加わることが許されました(エズラ記6章21節)。
 
 士師の時代に、飢饉に見舞われたユダ族はエリメレク一家が故郷のベツレヘムを離れてモアブに移り住み、そこでモアブ人の嫁を迎えました(ルツ記1章1,2節)。それが災いを呼んだのか、一家の主人エリメレクと二人の息子たちが相次いで亡くなりました(同3,5節)。エリメレクの妻ナオミは傷心のうちに一人寂しく帰国しようとしますが(同8節以下)、息子の嫁の一人ルツが一緒について来ることになりました(同16節以下)。
 
 そのとき、ルツはナオミに、「あなたの民はわたしの民、あなたの神はわたしの神」と言い、イスラエルの民となり、ナオミの神を自分の神にすると固く決意していました。そして、導かれてエリメレクの親戚ボアズに嫁ぎ、ナオミのために男の子をもうけます(同4章13節)。その子はオベドと名付けられました(同16節)。
 
 2節に、「わたしたちの神は、その呪いを祝福に変えてくださった」という言葉が記されていますが、確かに神は、モアブ人の嫁ルツを通して、ナオミの一族の呪いを祝福に変えて下さったわけです。しかも、そのオベドは、イスラエルの偉大な王ダビデの祖父にあたります。イスラエルにとっても、大きな恵みが与えられることになったわけです。
 
 ネヘミヤは、このような厳しい状況の中で、罪を繰り返し犯し続けるイスラエルの民を正しく導くために、乱れた祭司室を清め(9節)、レビ人と詠唱者を集めて務めに就かせ(11節)、安息日を守らせるためにエルサレムの城門の管理を厳しくし(15節以下)、レビ人に身を清めて安息日を聖とするように命じました(22節)。そして、神の憐れみと恵みの導きを求めて祈っています(14,22,29節以下)。

 主は、主を尋ね求める者にご自分を示して下さり(歴代誌下15章2節)、主と心を一つにしようとする者を力づけて下さいます(同16章9節)。
 
 私たちも、人ではなく、ただ主を求め、主に信頼して、歩ませて頂きましょう。

 主よ、天変地異の前に私たちは本当に無力です。病と死の力に打ち勝つことも出来ません。主よ、すべての命が守られますように。全世界にキリストの平和がありますように。私たちを憐れみ、絶えず主の恵みに与らせ、御名の栄光をほめ讃えさせて下さい。 アーメン