風の向くまま

新共同訳聖書ヨハネによる福音書3章8節より。いつも、聖霊の風を受けて爽やかに進んでいきたい。

4月9日(月) サムエル記下4章

「サウルの子ヨナタンには両足の萎えた息子がいた。サウルとヨナタンの訃報がイズレエルから届いたとき、その子は五歳であった。乳母が抱いて逃げたが、逃げようとして慌てたので彼を落とし、足が不自由になったのである。彼の名はメフィボシェトといった。」 サムエル記下4章4節

 アブネルが死んだという知らせが届くと、王イシュ・ボシェトは落胆し、全イスラエルは怯えました(1節)。それまでも、ダビデ率いるユダは勢力を拡大し、イスラエルは力を落としていました(3章1節)。軍の長を失ったイスラエルに対してどのような行動に出るのか、サウルの家をどのように扱おうとするのか、人々は戦々恐々その成り行きを見守っていたことでしょう。

 ところが、なんとイスラエル軍の略奪隊の隊長二人が、昼寝をしていた王イシュ・ボシェトを暗殺したのです(2,5,6節)。寝首を掻くとは、当にこのことです。そうして、彼らはイシュ・ボシェトの首を土産に、ダビデのもとを訪ねました(7節)。

 彼らは、軍の司令官であり、イスラエルの実質上の最高権力者であったアブネルが死んだ今、イシュ・ボシェトに仕えるより、ダビデに仕える方がよいと考えたのでしょう。そして、ダビデに仕官を申し出るに際し、サウルの子イシュ・ボシェトの首を差し出せば、ダビデの覚えもよく、もしかすると報償も期待出来ると考えていたのだろうと思います。

 けれども、彼らに与えられたのは死でした(9節以下)。二人は「ベニヤミンの者」(2節)と記されているので、サウル、イシュ・ボシェトとは同族です。悲しいかな、イシュ・ボシェトは同族の者に殺されたのです。そして、イシュ・ボシェトに手をかけた二人は、自分で蒔いた種を刈り取らなければなりませんでした。

 イシュ・ボシェトを暗殺した二人を処罰したダビデの態度で、全イスラエルはどんなに安心したことでしょうか。それは、先にイスラエル初代の王サウルのとどめを刺したというアマレク人を処罰したときと同じです(10節、1章13節以下)。

 しかも、ダビデはイシュ・ボシェトのことを「自分の家の寝床で休んでいた正しい人」と言っています(11節)。イシュ・ボシェトはアブネルによって擁立された王であって(2章8節)、サウルやダビデのように主に選ばれ、主の祭司によって油注がれたというわけではありませんが、しかし、後見人のアブネルを失ったからといって、イシュ・ボシェトが二人に殺される理由はなかったというのです。

 「正しい人を神に逆らう者が殺したのだ。その流血の罪をお前たちの手に問わずにいられようか」(11節)というダビデの言葉のとおりに二人を処刑することで(12節)、ここでもまた、ダビデがイスラエルの王位を狙って、軍の司令官アブネルや王イシュ・ボシェトを殺害させたわけではないこと、むしろ、サウルの家を重んじているということが示されました。

 ところで、冒頭の言葉(4節)で唐突に、「サウルの子ヨナタンには両足の萎えた息子がいた」という報告があります。サウルの子イシュ・ボシェトが暗殺されたため、サウル家の生き残り、正統な後継者はそのヨナタンの子一人になったということなのでしょう。

 ところが、そのとき5歳であったヨナタンの息子は、サウル、ヨナタン共に戦死の知らせを受け、乳母が抱いて逃げようとしたときに誤って落としてしまい、彼は両足に障害を負ってしまいました。だからというわけでもないでしょうけれども、イスラエルの人々がサウル家の生き残りを探し出して、イシュ・ボシェトの後継者にしようという動きにならなかったわけです。

 ダビデはヨナタンと、そしてまたサウルとも、彼の家を永遠に慈しむという約束していました(サム上20章15節、24章22節)。だから、ヨナタンに息子があったことを知っていれば、もっと早く保護の手を伸べていたと思います。しかし、その存在が分からなかったのは、息子が司令官アブネルを恐れて隠れていたからでしょうか。それとも、ユダの王ダビデを恐れていたのでしょうか。

 息子の名は、「メフィボシェト」といいます。メフィボシェトは、歴代誌ではメリブ・バアルと呼ばれています(歴代誌上8章34節、9章40節)。それは、「主に愛される者」という意味です。

 イシュ・ボシェト(エシュバアル)と同様(2章8節、歴代誌上8章33節)、メリブ・バアルの方が本来の名前でしたが、バアルがカナンのバアル神を連想させることと、サウルの子孫ということもあり、記者が、「恥を振りまく者」という意味のメフィボシェトという名前に変えたものと考えられています。

 メフィボシェトは、後にダビデによって見出され(9章1節以下)、やがてダビデと共に食卓について食事をすることになります(同7節)。そのときメフィボシェトは、「僕など何者でありましょうか。死んだ犬も同然のわたしを顧みてくださるとは」と言っています(同8節)。

 ここに、神の国に迎えられる資格のない私たちが、主イエスを信じて主と共に食卓につく神の子とされるという福音の恵みが、予め示されているかたちです。罪のために両手両足の萎えている私たち、目が見えず、耳が聞こえなくなっていた私たちを、主なる神が深く憐れみ、天の交わりに加えてくださるために御子キリストの十字架の死により、救いの道を開いてくださったのです。

 計り知れない恵みをお与えくださる主に心から感謝し、この年も、主の御前に謙遜になるのは勿論のこと、何より主の御声に耳を傾け、その召しに相応しく歩み働く者とならせて頂きましょう。

 主よ、私たちは文字通り、イシュ・ボシェト(恥の人)であり、また、メフィボシェト(恥を振りまく者)です。しかるに、主は私たちをご自分のものと呼び、主に愛される者としてくださいます。その恵みに感謝します。どうか、主を愛し、主に信頼して生きる者となることが出来ますように。絶えず御顔を拝し、御言葉に耳を傾けます。御霊に満たし、ご用のために用いてください。 アーメン

 

4月8日(日) サムエル記下3章

「王はアブネルを悼む歌を詠んだ。『愚か者が死ぬように、アブネルは死なねばならなかったのか。」 サムエル記下3章33節

 イスラエルの実権を握っている軍の司令官アブネルが(6節)、サウルの側女リツパと通じたことを、イシュ・ボシェトが咎めました(7節)。前王の側女を自分のものにするというのは、その王位を継承することを意味していたのです。名ばかりとはいえ、王であるイシュ・ボシェトが咎めるのは当然ですが、しかし、それはアブネルを激怒させただけでした。

 「今日までわたしは、あなたの父上サウルの家とその兄弟、友人たちに忠実に仕えてきまた。あなたをダビデの手に渡すこともしませんでした」(8節)と語るアブネルの言葉から、完全に立場が逆転していて、イシュ・ボシェトを殺すも生かすもアブネルの意のまま、イシュ・ボシェトはアブネルの傀儡に過ぎないということが示されます。

 実際、イシュ・ボシェトはアブネルを恐れて、言葉を返すことも出来ません(11節)。アブネルは、王権をダビデに渡すと宣言します(10節)。ダビデの勢力が増し、サウルの家が次第に衰えていくのを見て(1節)、勝ち馬に乗るつもりだったのでしょう。

 さらには、ダビデが全イスラエルの王となると、その功績でダビデが自分をイスラエル全軍の司令官に取り立ててくれるはずだという思いもあったのではないでしょうか。

 しかし、アブネルはダビデと契約を結ぶ話し合いに来て(19節)、ダビデの軍の司令官ヨアブに殺されてしまいました。ヨアブはアブネルをスパイだと言い(25節)、このまま放ってはおけないと考えたのです。あるいは、アブネルがダビデと契約を結べば、軍の司令官の地位を追われるのではないかと考え、それを嫌ったのかも知れません。

 しかし、真の理由は、ダビデ軍とイシュ・ボシェト軍のつばぜり合いで、ヨアブの弟アサエルがアブネルに殺されていたので、その仇を討つことだったのです(27、30節、2章18節以下)。しかし、権力争いであれ、弟の仇討ちであれ、そのような暴力が真の平和を生み出すことはありません。

 暴力に暴力で応ずると、更なる暴力の連鎖を産み出すというのは、テロ行為に対する反撃が報復に報復を産み、各地でその戦闘が泥沼に陥り、なかなか出口を見出すことができないといったところに、如実に示されているといってよいでしょう。ヨアブがアブネルを暗殺した結果、ダビデとアブネルの契約によるイスラエルの平和的統一は、ご破算になってしまいました。

 ダビデは冒頭の言葉(33節)の通り、アブネルの死を悼み、「勇将が愚か者のように死んだのはなぜか」と歌いました。これは、アブネルの死が、イスラエルとユダとの戦いによるものではなく、偽りの策略によるものであり、自分はそれに関わっていないことを表しています(37節も参照)。そして、そのような策略に愚かしくも引っかかってしまったのは何故かと問うているのです。

 アブネル自身も、まさか自分が殺されようなどとは、考えてもいなかったのでしょう。そこに、油断がありました。ダビデと契約を結び、全イスラエルの軍の司令官になろうといった野心のために、周りが見えていなかったのかもしれません。つまり、自分の策に溺れていたわけです。

 アブネルに限らず、誰であっても、欲に目がくらみ、また、恨みや怒りに心が燃えているときには、なかなか正常な判断は出来ないものです。その意味では、ヨアブも同罪ですし、私にも、彼らに石を投げる資格があるとは、到底思えません。

 2節以下に「ヘブロンで生まれたダビデの息子」の名が列挙されています。ここには、アヒノアム、アビガイルに加え、4人の女性を妻として迎えています。サウルの娘ミカルと併せ、7人の女性を妻としたことになります。その中で興味深いのは、3男アブサロムの母となったゲシュルの王タルマイの娘マアカという女性です(3節)。

 ゲシュルというのは、ガリラヤ湖東岸地域で、イシュ・ボシェトのいるマハナイムの北に位置します。つまり、ギレアドのマハナイムにいるイシュ・ボシェトを挟撃するために、ゲシュルの王女を妻に迎えたというかたちです。しかしながら、ためにする結婚で、幸いを産み出すことは出来ないようです。というのは、後にマアカの子アブサロムが父ダビデに弓引くことになるからです(15章以下)。

 心を鎮めて、神の前に出ましょう。御言葉に耳を傾けましょう。御言葉通りに歩む以外に、おのが道を清く保つことは不可能です(詩編119編9節)。主は、「お前たちは、立ち帰って、静かにしているならば救われる。安らかに信頼していることにこそ力がある」(イザヤ書30章15節)と言われます。主に信頼し、岩、砦、逃れ場なる神に救いを求め(詩編18編3節)、祈りましょう。

 主よ、あなたはその腕で力を振るい、思い上がる者を打ち散らし、権力ある者をその座から引き降ろし、身分の低い者を高く上げ、飢えた人を良い物で満たし、富める者を空腹のまま追い返されます。その僕イスラエルを受け入れて、憐れみをお忘れになりません。私たちの灯火を輝かし、闇を照らしてくださいます。主の他に神はありません。神の他に私たちの岩はありません。主こそ命の神です。主を崇め。御名を褒め讃えます。 アーメン






4月8日(日)主日礼拝説教

4月8日(日)の主日礼拝には、教会員12名、来賓17名(新来会者5名、子ども3名を含む)がお見えになりました。感謝です。


主日礼拝の説教動画をYouTubeにアップしました。

説教 「真の謙遜」
聖書 ルカ福音書9章46~50節
説教者 原田攝生 日本バプテスト静岡キリスト教会牧師


御覧ください。





4月8日(日)主日礼拝案内

03

4月8日(日)は、教会学校小学科、少年少女科(中学生~18歳)を9時半から、成人科(18歳以上)を9時45分から行います。
「聖書教育」誌にもとづいて、新約聖書・コリントの信徒への手紙から、共に聖書の学びと交わりを行います。


主日礼拝を10時半から行います。
礼拝では、ルカ福音書9章46~50節より「真の謙遜」と題して、原田牧師の説教を聴きます。


写真をクリックすると静岡教会公式サイトの礼拝説教の頁が開きます。
そこで、当日の礼拝プログラムを見ることができます。

 
キリスト教の集会は初めてという方もお気軽にご参加ください。


礼拝後、定例執事会を行います。









4月7日(土) サムエル記下2章

「ユダの人々はそこに来て、ダビデに油を注ぎ、ユダの家の王とした。ギレアドのヤベシュの人々がサウルを葬ったと知らされたとき」 サムエル記下2章4節

 サウルの死後、ダビデは主に託宣を求めて「どこかユダの町に上るべきでしょうか」と尋ねると、主は「上れ」と言われます。「どこへ上ればよいのでしょうか」と聞くと、「ヘブロンへ」とお答えになりました(1節)。

 そこで、主に告げられたとおり、二人の妻や従っていた兵とその家族を伴って、ガトの王アキシュから与えられたツィクラグから、北東方向約30kmのヘブロンに上って来て、そこに住まいを構えました(2,3節)。

 ヘブロンは、アブラハムと妻サラをはじめイスラエルの父祖たちが滞在し、生活していた場所であり、また葬られた墓所のある町です(創世記23章、25章10節、35章27,28節、50章13節)。ダビデはこの町から、イスラエルの王となる道を歩み始めるのです。

 冒頭の言葉(4節)のとおり、ダビデが戻って来たことを知ったユダの人々が、ヘブロンに集まって来ました。そして、ダビデに油を注いで、ユダの王としました。かつて主に選ばれ、サムエルによって油注がれていたダビデは(サムエル記上16章13節)、いよいよここに、王として立てられて油注がれる者となったのです。

 ユダの人々が集まったということは、かつてダビデをサウルに売り渡そうとしたジフやケイラの町の人々も、そこにいたことでしょう(同23章11節以下、19節以下、26章1節参照)。それを忘れるダビデではないと思いますが、それを恨みに思うことはなかったのでしょうか。

 けれども、そのようなことには全く触れられていません。サウルに売った人々に仕返しをしようというような動きもありません。この後、そうしたことが思い出されることもありません。それこそ、ダビデが人間的な思いではなく、主の御旨に従って歩んでいる証拠といってもよいでしょう。

 また、ギレアドのヤベシュの人々がサウルを葬ったと聞き(4節)、ダビデは使者を遣わして彼らを労い、主の祝福を祈ります(5,6節)。その際、「主君サウルに忠実(ヘセド)を尽くし」(5節)たので、「主があなたがたに慈しみ(ヘセド)とまこと(エメト)を尽くしてくださいますように」(6節)という言葉遣いで、彼らの忠誠に主が応えてくださると祝福しているのです。

 そこには、彼らの忠誠にもはやサウルが応えることができないということも含まれているのかも知れません。それで「わたしも、そうしたあなたがたの働きに報いたいと思います」(6節)と告げ、サウルに代わって自分がという思いを伝えているのです。しかしながら、いまだダビデはサウルの正統な後継者ではありません。

 それで、「力を奮起し、勇敢な者となってください。あなたがたの主君サウルは亡くなられましたが、ユダの家はこのわたしに油を注いで自分たちの王としました」と語ります(7節)。

 この言葉で、自分がユダの王とされたことに言及しているのは、王としての立ち場で、サウルの葬りのために奮起し、勇敢に働いたヤベシュの人々に報いたいということでしょう。そして、そのためには、ギレアドのヤベシュの人々の力が必要で、ダビデがサウルの後継者となれるよう、協力して欲しいという思いを込めているのです。

 ところが、サウルの軍の司令官だったアブネルが、サウルの4男イシュ・ボシェトを担いでヨルダン川東部のギレアドの地マハナイムに移り(8節)、そこで、ユダを除く全イスラエルの王としました(9節)。当然、ヤベシュの人々も、イシュ・ボシェトに従う者となったのです。

 ここで、「イシュ・ボシェト」というのは「恥の人」という意味です。歴代誌上8章33節には、「エシュバアル」と記されています。それは、「バアル(主)の人」、あるいは「主はいます」という意味です。おそらく、こちらが真の名前でしょう。それがここで、「イシュ・ボシェト」に変えられているのは、「バアル」がカナンのバアル神を思わせるからです。

 イスラエルの王たちがまことの神に背いてバアルを礼拝し、それが国を滅ぼす原因となりました。預言者たちは、そのような王の姿勢を痛烈に非難しました。それで、「恥の人」を意味する名で呼ばれるようになったわけです。

 また、イシュ・ボシェトは王とされてはいるものの、司令官アブネルに完全に実権を握られ、彼の思いのままにされることになるので(3章6節)、人々から実際にそのようにあだ名されたのかもしれません。

 こうして、サウルのもとに一つになっていたイスラエルが、その死後、二つに分裂してしまいました。これでは、隣りの強敵ペリシテに立ち向かうことは出来ません。だから、ベニヤミンに属するギブアやベテルなどではなく、ペリシテから遠いヨルダン川東のギレアドの地、マハナイムが首都に選ばれたわけです。

 マハナイムとは、「二つの陣営」という意味ですが(創世記32章3節)、実にユダの王ダビデの住むヘブロンの他にもう一つ、マハナイムにイスラエルの王イシュ・ボシェトがいる都が出来たのです。

 けれども、そこには神に託宣を求めることもなく、祭司によって油注がれるでもなく、サウルの息子の名を用いて軍の司令官アブネルが興した王朝です。ダビデとイシュ・ボシェト、どちらの王朝を主なる神が支持されるか、火を見るより明らかでしょう。

 神が味方されるのは、集まっている兵の多少などにはよりません。繰り返し学んでいるように、神が喜んでくださるのは犠牲の多さなどではなく、主の御声に聞き従うことであり、神の御前に打ち砕かれ、悔いる心なのです(サム上15章22節、詩51編19節)。

 その後、イスラエルとユダの家の間に戦いが起こり、それは、聖書の表現以上に激しいもので、簡単に決着のつかないことだったようですが、3章1節に「ダビデはますます勢力を増し、サウルの家は次第に衰えていった」と報告されています。

 あらためて信仰の基礎固めとして、謙って日々の御言葉に耳を傾け、心を新たにして、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりたいと思います(ローマ書12章2節)。そして、絶えずその御心に従順に歩みたいと思います。

 主よ、人の心には様々な計画がありますが、ただ主の御旨だけが堅く立つということを教えられます。日毎に御旨を尋ねて御前に進み、その御声に耳を傾け、導きに従って、絶えず喜びと感謝をもって忠実に歩むことが出来ますように。絶えず聖霊の満たしと導きをお与えください。 アーメン




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