風の向くまま

新共同訳聖書ヨハネによる福音書3章8節より。いつも、聖霊の風を受けて爽やかに進んでいきたい。

7月5日の御言葉 「お前が彼らを憎んで行った怒りと妬みに応じて」

「お前が彼らを憎んで行った怒りとねたみに応じて、わたしもお前に行う。わたしがお前を裁くとき、わたしは彼らに知られるようになる。」 エゼキエル書35章11節

 35章には、セイル山に対する託宣が記されています。セイル山とはエドムのことです(創世記36章8節)。エドムはイスラエルと国境を接する死海の南東部、セイルの山地に住み、イスラエルとは様々なときに相争ってきました。
 
 既に25章12節以下に、エドムに対する裁きが語られておりましたが、ここに改めて預言がなされています。それは、彼らがバビロン軍の尻馬に乗ってエルサレムを滅ぼすことに加担したからであり(5節)、隙あらばイスラエルをおのが領土にしようと狙って(10節)、略奪を繰り返しているからです。これらの表現から、神は神に背き続けていたイスラエルを裁くために、バビロンを御自分の器として用いられますが、エドムは神に選ばれた器ではなかった、ということが示されます。
 
 神は冒頭の言葉(11節)のとおり、彼らの憎しみと妬みによる悪行に応じ、エドムに対して同じように行うと言われます(11節)。エドムがイスラエルに対して敵意、憎しみを持っていることは理解出来ます。もともとはイサクの双子の兄弟エサウとヤコブの問題でした。
 
 兄エサウ(=エドム)は弟ヤコブ(=イスラエル)によって長子の権を奪われ(創世記25章27節以下)、次いで神の祝福を奪われました(27章)。エサウはヤコブを必ず殺すと決意する事態になりました(27章41節以下)。その後、兄弟は和解したようですが(33章)、イスラエルに対する憎しみが絶えず心の底に宿っていたのではないでしょうか。
 
 そして、ダビデ・ソロモンの時代、イスラエルは銅山と紅海(アカバ湾)に出る港を手に入れるためにエドムを侵略し、支配しました。列王記上9章26節にエツヨン・ゲベルという地名が出て来ますが、ここには銅の精錬所がありました。ここで青銅を作り、神殿や宮殿の建築に用いたのです。また、ソロモンはここに良い港を作りました。
 
 かつて出エジプトの民がエジプトから約束の地カナンに入るためにここを通ったことがあり、陸路でも重要な宿営の町でした(民数記33章35節)。ですから、ここは陸と海の要となる町だったわけです(新共同訳聖書後部の地図「2.出エジプトの道」も参照)。このような侵略と支配に対してさらに憎悪が深まったことでしょう。
 
 ですから、バビロンがイスラエルに攻めてきたとき、エドムはバビロンの側についてエルサレム攻略を行ったわけです。それによって、積年の恨みを晴らしたかったことでしょう。けれども、そのような憎しみや妬みは、良いものを産み出しません。絶えず争いを産み出します。それは結局、自らの滅びとなってしまうのです。
 
 「9.11」同時多発テロ以降のアメリカとアフガン、イラクの戦争、現在にも続く紛争状態が、それを雄弁に物語っています。やられたらやり返せという論理は分かりやすいけれども、そこに真理はありません。報復に報復が繰り返されるだけです。勿論、神がそれを喜ばれるはずがありません。戦争によって神の祝福を勝ち取ることは出来ないのです。
 
 今年4月に北朝鮮が通信衛星打ち上げと称して大陸間弾道ミサイルの発射実験を行い、国際社会の非難を受けるや、六カ国協議をボイコットし、核実験、ミサイル発射実験を強行するなど挑発行為が繰り返されています。それを受けて、国連安保理で制裁を強化しようとしています。ただ、制裁をより強化するというやり方だけでは、北朝鮮を徒に追い詰め、軍が暴走して核兵器を使用するというような最悪のシナリオを選択することにもなりかねません。
 
 北朝鮮が核開発を放棄し、日本が求める拉致被害者を解放するという結論に導かれるため、北朝鮮を六カ国協議のテーブルに着かせ、神がその協議を導いて、よい結論に至るための道筋がつけられることを祈り願いたいと思います。
 
 主よ、どうかキリストにある平和が、全世界にありますように。キリスト教会が全世界の平和の道具として、主に用いられますように。私たちの心の中から、憎しみや妬みなどが追い出され、キリストの愛と平和が心を満たしますように。 アーメン

6月28日の御言葉 「ダニエルよりも賢く」

「お前はダニエルよりも賢く、いかなる奥義もお前には隠されていない。」 エゼキエル書28章3節

 ティルスに対する託宣(26~28章)の最後の章で、ここには君主に対する託宣が記されています(2節)。冒頭の言葉(3節)では、ティルスの王に対して、「ダニエルよりも賢く、いかなる奥義もお前には隠されていない」、と言われています(3節)。ダニエルについては、ダニエル書1章17節に、「この四人の少年は、知識と才能を神から恵まれ、文書や知恵についてもすべて優れていて、特にダニエルはどのような幻も夢も解くことができた」と言われています。ある註解書には、「古代世界における伝説的な賢人であり、ツロ(ティルスのこと)より少し北のラス・シャムラで発掘されたウガリット語の文献の中でも言及されている」とありました。
 
 ダニエルよりも賢いと言われるティルスの王は、その知恵を用いて国際貿易で大きな利益を上げ、金銀を宝庫に蓄えることが出来ました(4節)。しかし、彼はその知恵にも拘らず、愚かさを示したと言われます。それは、「わたしは神だ」と思い上がり(2,6節)、自分が人間に過ぎないという真実を認めることが出来なくなっているからです。その意味で、「ダニエルよりも賢く」というのは、思い上がって自分を神であるかのように思っていることを皮肉った表現ではないでしょうか。
 
 13節を見ると、彼はエデンの園にいるとあり、そして14節では、「翼を広げて覆うケルブとして造った」と言われます。創世記3章で蛇が人間に善悪の知識の木の実を食べさせるとき、神のように善悪を知るものとなる、つまり、神のように知恵あるものとなると誘いました。人は知識の実を食べて賢くなったかもしれませんが、しかし愚かでした。それは、神に背いたからです。結局、エデンの園を追放されてしまいます。そして神は、命の木の実を食べて永遠に生きる者となることがないよう、命の木に至る道を、ケルビムときらめく剣の炎に守らせられました(創世記3章24節)。
 
 ということは、神に背いてエデンの園を追い出されたアダムたちから命の木を守るようにという使命を仰せつかったケルビムが、おのが知恵と美しさに心昂ぶり、「わたしは神だ」と言い出して、神に裁かれているという状況が思い浮かびます。
 
 確かに、優れた知恵をもっていれば、この世において、様々な工夫やアイデアで大きな業績を上げ、莫大な富と力を手にすることが出来るでしょう(4,5節)。ただ、そのような工夫や努力、成し遂げた成果に目を奪われていて、その知恵をお与え下さった神を忘れてしまいます。
 
 聖書は、「主を畏れることは知恵の初め」と語ります(箴言1章7節など)。この真の知恵を神から授かった者は、当然、主なる神を畏れることを知っているわけで、その人間が、「わたしは神だ」、「自分の心は神の心のようだ」」などと思うはずがないのです。それなのに、他人と比べて優れた知恵を持っていると、自分が人間に過ぎないことを忘れてしまうのです。
 
 同じ箴言に、「豚が鼻に金の輪を飾っている。美しい女に知性が欠けている」、という言葉があります(11章22節)。金の輪は美しいものだけれども、それを豚の鼻輪にするのは不釣合いです。ですから、対句の「美しい女性に知性が欠けている」というのは、美しい女性に知性が欠けていて、不釣合いだということになります。豚が鼻に金の輪を飾り、美しい女に知性が欠けているという組み合わせから、自分の美しさを鼻にかけている女性は、豚が金の花輪をしているようで、知性に欠けているという意味に読めばよいのでしょう。そしてこれは、女性の美だけを語っているものではないでしょう。自分の知恵の豊かさを鼻にかけたり、財産の多さを鼻にかけたりと、自分の持ち物を過信する者たちの愚かさを語っているのです。それは、いかにも不釣合いなので、神に取り上げられてしまうのです。豚に真珠を投げ与えるべきではないからです(マタイ福音書7章6節)。
 
 私たちにすべての賜物をお与え下さった主の恵みを忘れず、賜物を生かして用い、主にあって豊かな実を結ぶ人生を歩ませて頂きましょう。その原点は、主を畏れること、主を愛すること、主を信じることです。

 主よ、私たちが持っているもので、本当に私たちのものといえるものは一つもありません。それらは皆、委ねられた使命のために用いるようにと、あなたから授かったものです。主にあって豊かな実を結ぶ人生を歩むことが出来るように、日々御言葉を賜り、その導きに忠実に従うことが出来ますように。 アーメン

見えるようになりたい


両親幼稚園の用事で福岡に出かけたので、両親を訪ねました。

薬が効いてむくみがとれたのか、父はすっきりした顔をしています。
なんと、訪ねると連絡していたので、頭に油をつけて待ってくれていたそうです。

実は、29日(月)に入院して、白内障の手術をすることになりました。
それだけなら、なんということはないのですが、緑内障があり、少々手術をやっかいにしています。
緑内障の治療は、心臓に負担がかかるために出来ないそうです。

心臓の主治医は、命と引き替えに目の治療をするのかと父に言ったのだそうですが、眼科医は、父の心臓の調子も考えた上で、大丈夫、任せなさいと言ってくれています。
目がよく見えないために字も書けなくなって来ていて、不便というよりも、気力をそがれているので、眼科医の言葉に身を委ねる決断をしたわけです。

エリコのバルティマイのように、「見えるようになりたいのです」と主に願い、何よりも主の御業を見ることが出来るように、主の十字架のみ姿を拝することが出来るようにと、父と共に祈って来ました。

この治療を通じて、主の栄光が表されるよう、お祈り下さい。

リンク集

大牟田教会HPリンク集について
http://www.h7.dion.ne.jp/~omutabc/link.html

南九州連合の「天草中央教会」のサイトが開けません。リンクを外しました。

福岡連合の「福岡城西教会」がサイトを開設されました。
URL http://www1a.biglobe.ne.jp/joseich/

関西連合は、「大阪中央教会」がサイトを開設しておられます。
URL http://www.jobc.org/
近い将来、日本語のページも開かれる予定のようですが、現在は、ハングル仕様になっています。

神奈川連合の「横浜山手教会」がアドレスを変えてサイトを再開しておられます。
URL http://yybc.web.fc2.com/

北海道連合の「帯広教会」がサイトのアドレスを変更されました。
URL http://www.geocities.jp/gyfth274/obc/

日本バプテスト連盟関係の団体・事業体の欄に「西南・聖書植物園」のサイトをはりました。
URL http://www.seinan-gu.ac.jp/shokubutsu/index.html

 キリスト教会関係の欄の「有明バイブルチャーチ」がサイトをリニューアルされ、コンテンツが増えました。
URL http://www.ariakebc.jp/
是非ご覧になって下さい。

父の日のプレゼント


父の日01今日、娘から家内宛に荷物が着いた。
その中に、娘夫婦からの、父の日のプレゼントが入っていた。

写真がそのプレゼント。

これ、なあ~んだ?

答えは、万歩計。

なかなかの優れもので、歩数だけでなく、歩行時間、平均歩行速度、歩行距離、消費カロリー、脂肪燃焼量を表示する。

こりゃあ、5月26日のブログを見た娘たちが、メタボ予防のためによこしたものだろう。
その心遣いを嬉しく思う。

パソコンにつないで、データを管理することも出来るので、これから週ごと、月ごとに確認してみよう。

薬のお蔭もあって、血圧も中性脂肪、コレステロール値も基準値内に落ち着いている。
犬との散歩も、何とか継続している。

不摂生で健康を害することがないように、もっと気をつけていきたいと思う。
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