風の向くまま

新共同訳聖書ヨハネによる福音書3章8節より。いつも、聖霊の風を受けて爽やかに進んでいきたい。

3月21日の御言葉 「主の子ら」

「あなたたちは、あなたたちの神、主の子らである。死者を悼むために体を傷つけたり、額をそり上げてはならない。」 申命記14章1節

 冒頭の言葉(1節)に、「あなたたちは、あなたたちの神、主の子らである」とあります。「主の子ら」というのは、聖書中ここだけにしか出て来ない、とても珍しい表現です。

 ただ、32章5節の「もはや神の子らではない」は、原文を直訳すると、「もはや彼の子らではない」で、「彼」は前節の「主」を受けていますから、意味をはっきりさせるなら、「主の子ら」となるところです。口語訳、新改訳はそのように訳しています。
 
 イスラエルの民を「神の子」と呼んでいるのは、旧約聖書中、詩編29編1節とホセア書2章1節だけです。それ以外に4回、「神の子」が出て来ますが、創世記6章2,4節、ヨブ記38章7節とダニエル書3章25節では、天使というべき存在をそのように呼んでいると考えられます。
 
 もう一箇所、申命記32章8節にも「神の子らの数に従い」とありますが、原文には「イスラエルの子らの数に従い」と記されていて、口語訳、新改訳は正しく訳していますので、そのように訳すべきだと思いますが、同5節との関連で、「神の子ら」という訳語を選んだのでしょう。
 
 また、主なる神がイスラエルの民を、「わたしの子」と4回呼んでいます(出エジプト記4章23節、詩編2編7節、イザヤ書45章11節、エゼキエル16章21節)。そして、ダビデを指して「わたしの子」と呼ぶ例が2回(サムエル記下7章14節、歴代誌上17章13節)、ソロモンのことをダビデに対して「わたしの子」と呼ぶ例が2回(歴代誌上22章10節、28章6節)あります。
 
 かくて、イスラエルの人々が自ら積極的に「わたしは神の子です」と告白する信仰は、旧約の時代には出て来ていません。
 
 その意味で、イスラエルの民一人一人を指す言葉として、「あなたたちは、主の子らである」と言われているところ、そして、個人を指して「わたしの子」と呼ぶ例は、新約聖書の信仰につながってくるところです。
 
 新約聖書では、「神の子」、あるいは「御子」が120回ほど出て来ます。大半、神の御子イエス・キリストを指して用いられますが(マルコ1章1節など)、20回ほど、主イエスを信じる者を指して用いられます(ヨハネ1章12節など)。また、平和を実現する人々が神の子と呼ばれ(マタイ5章9節)、使徒言行録17章29節は、アテネの人々を含め全人類を神の子孫としています。
 
 勿論、私たちは人間から生まれた人間の子であって、イエス・キリストと同じ神様の子どもではありません。神の子だから主イエスを信じることが出来たというわけでもありません。イエス・キリストが私たちの罪の贖いの供え物として十字架に死んで下さり、私たちに命を授けて下さるという一方的な恵みによって、神の子としていただいたのです。神の深い憐れみなしには、私がどんなに逆立ちしても、神の子になれるはずがないからです。
 
 ですから、冒頭の言葉で「あなたたちは、あなたたちの神、主の子らである」と言われているのは、憐れみ深い神の一方的な恵みの宣言なのです。そして、イスラエルの民が神の子とされたのは、すべての者に神の恵みが証しされるためでした。アブラハムが祝福の源とされ、アブラハムによって地上のすべてが祝福に入ると言われているからです(創世記12章2,3節)。
 
 主イエスを信じる信仰によって、神の子として頂いた私たちも、「主の聖なる民」であり、「地の面のすべての民の中から」、神の「宝の民」とされた者です(2節、一ペトロ2章9節)。
 
 私たちは土の器に過ぎませんが、内側には永遠の宝を宿しています(二コリント4章7節)。主イエスが内にいて下さるからこそ、宝の民なのです。主のものとされたのですから、主の恵みに感謝して、その愛の御業をあまねく宣べ伝えましょう。

 主よ、欠けだらけの土の器である私をも憐れみ、神の選びの民に加えて下さったことを感謝致します。私の内に宝なる主がおられます。主に愛されている僕として、いつでもキリストの福音を宣べ伝える者とならせて下さい。そして、多くの人々が豊かに恵みを受けられますように。 アーメン

3月14日の御言葉 「主の聖なる宝の民」

「あなたは、あなたの神、主の聖なる民である。あなたの神、主は地の面にいるすべての民の中からあなたを選び、ご自分の宝の民とされた。」 申命記7章6節
 
 主なる神は、約束の地に入った時、七つの民、ヘト人、ギルガシ人、アモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人を自分たちの前から追い払えと命じられます(1節)。それは、容易いことではありません。ユダヤの民よりも数と力において勝っている民だと言われます。追い払えと言われる主を信じ、その命令に従うとき、主の助けによってそれが可能になります。私たちは無力でも、主なる神は全能のお方だからです。
 
 神はイスラエルの民を、ご自身のものとしてお選びになりました。主は彼らを、冒頭の言葉(6節)のとおり、「主の聖なる民」と呼ばれ、また、「ご自分の宝の民」と言われます。勿論、主なる神はイスラエルだけを作られたのではなく、全世界のあらゆる種族、部族、民族を作られたのです。
 
 けれども、主はその中からイスラエルを選び出して、ご自身の「宝」(セグッラー)とされました。注解書によれば、この言葉は経済用語で、金や銀といった非常に高価な財産、宝を指すものだそうです。また、「主の聖なる民」とは、主がご自分のために他から区別した、とっておきの民ということです。

 そう言うと、さぞ優れた民族なのだろうと思われますが、その特別さというのは、イスラエルの民の特質などによるものではありません。聖書は彼らが選ばれた理由について、「主が心惹かれてあなたたちを選ばれたのは、あなたたちが他のどの民よりも数が多かったからではない。あなたたちは他のどの民よりも貧弱であった。ただ、あなたに対する主の愛のゆえに、あなたたちの先祖に誓われた誓いを守られたゆえに」と記しています(7,8節)。
 
 つまり、神がイスラエルを選び、その力ある御手をもって救い出して下さるのでなければ、民の数が多くはなく、むしろ貧弱と評されたイスラエルにとって、自力でエジプトを脱出することなど、到底適わないことだったわけです。
 
 ということは、初めに述べたように、約束の地から、彼らより数も多く、力も強い七つの民を自力で追い出すことは出来ないでしょう。けれども、エジプトの手からイスラエルを救い出された神は、七つの民を打ち破り、イスラエルの前から追い出すことがお出来になるのです。
 
 そのように、数も少なく貧弱な民が、どうして「主の聖なる民」、また「宝の民」と言われるのでしょう。そのことについて、出エジプト記19章5,6節の、「今、もしわたしの声に聞き従い、わたしの契約を守るならば、あなたたちはすべての民の間にあって、わたしの宝となる。あなたたちは、わたしにとって祭司の王国、聖なる国民となる」という御言葉に答えを見いだすことが出来ると思います。
 
 つまり、主に従い、契約を守ることによって「宝の民」とされ、「祭司」の務めを果たすために区別された民だということです。
 
 宝石などが「宝」であるのは、その希少性と純粋な美しさにあるでしょう。我が国において、純度99.99パーセント以上の金を純金と言います。現段階で、不純物を一切含まない純度100パーセントの純金を作ることは、未だ出来てはいないようです。
 
 七つの民を追い払うというのは、文字通りそれを実行するというより、イスラエルの民がその心の内より一切の不純物を取り除き、純度100パーセントの全き心で主の御言葉に耳を傾け、その契約を守るということでしょう。そのとき、彼らは主にとって、まさに宝の民となるわけです。
 
 言い換えれば、イスラエルの民が主によって与えられた戒め、また祭司としての使命を「宝」として受け止め、大切に守ることが求められているのです。そしてそれは、人が独りでよく行うことの出来るものではありませんから、常に主の御声に耳を傾け、導きと助けを願って祈り求めることです。

 そのとき、主は私たちの心を聖霊で満たし(ルカ11章13節)、聖霊を通して神の愛を豊かに注いで下さいます(ローマ書5章5節参照)。

 主よ、あなたは私たちの弱さをよくご存じです。しかし、神の力はその弱さの中で十分に働くということを知っています。主よ、あなたに御心を行う知恵と力、信仰を与えて下さい。私たちの心からあらゆる不純物を取り除きを聖霊で満たし、愛と平和に溢れさせて下さい。 アーメン

3月7日の御言葉 「嗣業の土地を固く守って」

「イスラエルの人々の嗣業の土地が一つの部族から他の部族に移ることはなく、イスラエルの人々はそれぞれ、父祖以来の部族の嗣業の土地を固く守っていかなければならない。」 民数記36章7節
 
 いよいよ、民数記最後の章です。民数記1章1節に、「イスラエルの人々がエジプトの国を出た翌年の第二の月の一日、シナイの荒れ野にいたとき、主は臨在の幕屋でモーセに仰せになった」、とありました。「荒れ野にいたとき」(ベ・ミドゥバル)が、民数記の原題です。
 
 そして、36章13節には、「以上は、エリコに近いヨルダン川の対岸にあるモアブの平野で、主がモーセを通してイスラエルの人々に命じられた命令と法である」と記されています。つまり、民数記には、シナイ山のふもとに広がっていたシナイの荒れ野から、もう一歩でカナンという、ヨルダン川の東側、モアブの平野まで、約39年に及ぶシナイ半島の荒れ野の旅において起こった出来事が記されていたわけです。
 
 1章と26章に、「民数記」という題がつけられる根拠となった、イスラエルの人口調査の記事があります。1章では、エジプトを脱出した民の数が数えられます。そして、25章までに、それらの人々はモーセに不平を言い、神に背いたため、カレブとヨシュアの二人を除き、荒れ野で死に絶えてしまいました。
 
 26章で数えられたのは、約束の地に入ることが出来る民の数で、彼らは荒れ野で死に絶えた民の子どもの世代の人々です。言ってみれば、25章までの荒れ野の旅で、世代交代がなされたわけです。
 
 36章には、「相続人が女性である場合の規定」が記されています。これは、27章の「ツェロフハドの娘たちの申し出」と関連があります。マナセ族のヘフェルの子ツェロフハドには、娘は5人いましたが、息子はいませんでした。父の死後、娘たちがモーセのところに来て、「男の子がないからといって、どうして父の名が氏族の中から削られてよいでしょうか。父の兄弟たちと同じように、わたしたちにも所有地をください」と申し出(27章4節)、了承されました(同7節以下)。
 
 36章ではそのことを取り上げて、神はツェロフハドの嗣業の土地を娘たちに与えるようにされたけれども、娘たちが他の部族の男子と結婚すると、その土地は他部族に移ってしまい、マナセ族の嗣業の地が削られてしまうではないかという訴えが、マナセ族の家長たちによってもたらされたのです(2節以下)。
 
 それに対するモーセの回答は、「娘たちは自分を気に入ってくれた男と結婚してよい。ただ、父方の部族の一族の者とだけ結婚できる」(6節)というものです。通常、結婚相手を同族の者に限るというのは、劣性遺伝を出現させる確率が高まるので、歓迎されません。だから、そのような制限を設けず、「娘たちは自分を気に入ってくれた男と結婚してよい」というのが大原則です。
 
 しかしながら、それでは、マナセ族の嗣業の地が損なわれてしまいます。冒頭の言葉(7節)に言うとおり、「イスラエルの人々の嗣業の土地が一つの部族から他の部族に移ることはなく、イスラエルの人々はそれぞれ、父祖以来の部族の嗣業の土地を固く守っていかなければならない」のです。
 
 そこで、「嗣業の土地を相続している娘はだれでも、父方の部族の一族の男と結婚しなければならない」(8節)という制限が設けられるのです。それほどに、嗣業の地を守ることが重要だということです。
 
 イスラエルの民は、約束の地カナンに、まだ一幅の土地も手に入れてはいません。「エリコに近いヨルダン川の対岸にあるモアブの平野」にいるのです。けれども、この規則を通して、必ず嗣業の地を得ることが出来ると確証しているのです。その地に入ったならば、神の御言葉に誠実に聴き従うように、彼らは荒れ野で訓練されて来たのです。
  
 主よ、私は勿論、神の子として生まれた者ではありません。しかしながら、主イエス・キリストにより、天に国籍を持つ者として頂きました。今は、御国に入るために、御言葉に誠実に聴き従うように、この地で訓練を受けています。愛する子として訓練して頂けることを、感謝致します。 アーメン

2月28日の御言葉 「聖なる集まり」

「八日目には、聖なる集まりを開く。いかなる仕事もしてはならない。」 民数記29章35節
 
 29章には、年度後半の祝日の献げ物が規定されています。
 
 まず、7月1日に聖なる集会を開きます。それを「角笛を吹き鳴らす日」としています(1節)。ユダヤ教の伝統では、この日を「新年の日」と呼ぶそうです。現在は、春を新年としていますが、春と秋のいずれを新年とするかで綱引きがあったと聞いたことがあります。7月1日を「新年の日」と呼ぶのは、その名残ということでしょう。
 
 10日にも聖なる集会を開きます(7節)。ここには、この祝日の名が記されていませんが、レビ記23章27節に、「贖罪日」と記されています。同16章にこの贖罪日の詳細な規定があり、31節に、「これは、あなたたちにとって最も厳かな安息日である」と記されています。
 
 年に一度、この日に大祭司は至聖所に入って罪の贖いの儀式を行います(出エジプト記30章10節、レビ記16章3節以下、34節)。この日、民は「苦行」(レビ記16章29~31節、23章27,29節)、即ち断食を行います。
 
 贖いの儀式の後、大祭司は生きている雄山羊の頭に両手を置き、イスラエルの人々のすべての罪責と背きと罪を雄山羊の頭に移して荒れ野に追いやります(レビ記16章20~22節)。罪の身代わりとされることを英語でスケープゴート(scapegoat)と言いますが、それは、ここから来ています。
 
 「贖罪」(キプリーム)という言葉は、「覆う」(キッペル)という言葉から派生したものです。「いかに幸いなことでしょう、背きを赦され、罪を覆っていただいた者は」と詩編32編1節に詠われています。雄牛と雄山羊の血で神の目から罪が覆われ、それによって赦しが与えられるということです。
 
 最後の晩餐の席上、主イエスが杯を取って、「これは、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である」と言われましたが(マルコ福音書14章24節)、主イエスの血によって私たちの罪が覆われ、神と新しい契約が結ばれたわけです。
 
 15日にも、聖なる集会を開き、七日間祝います(12節)。これは、「仮庵祭」です(レビ記23章33節)。13節以下に、8日間にわたって祝われる祭りにささげられる献げ物のリストが詳細に記されています。三大祭(過越祭、七週祭、仮庵祭)の中で、仮庵祭が最も盛大に祝われました。それは、いけにえの量にも現れています。
 
 過越祭 牛14頭 羊7匹  小羊49匹  山羊7匹
 七週祭 牛2頭  羊1匹  小羊7匹   山羊1匹
 仮庵祭 牛71頭 羊15匹 小羊105匹 山羊8匹
 
 ユダヤ教の伝統では、「仮庵祭にエルサレム巡礼をしなかった者は、喜びを知らない者だ」という言葉があるそうです。これは、ぶどうの収穫祭ですが、約束の地に入ってぶどうなど豊かな農作物の収穫にあずかったときに、エジプトの奴隷生活から解放され、荒れ野を40年旅したときのことを忘れないようにするためであり(レビ記23章43節)、そのときの苦しみと比べて、約束の地での生活がいかに幸いなものであるかを知って、神に感謝するのです。
 
 ヨハネ福音書7章37節に、「祭りが最も盛大に祝われる終わりの日」という言葉があります。これは仮庵祭の最終日のことです。最大の祝祭日の最も盛大な祝日が終わりの日、即ち8日目のことというわけです。冒頭の言葉(35節)では、この日、「聖なる集まりを開く」とあり、そこで神を礼拝します。
 
 そして、前日までと比べると全く控えめな量のいけにえをささげます(36節)。それを「盛大」と表現するのは、人が神の御前に静まるときに、神の御声がさやかに聞こえ、御業を見させていただくことが出来る。それこそが、神の民の最も大きな喜びである、ということではないでしょうか。
 
 「渇いている人は誰でも、わたしのところに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書に書いてある通り、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる」(ヨハネ福音書7章37,38節)と主イエスが言われました。命の御言葉を受け、御霊の恵みに与り、主の御業のために働く者とならせていただきましょう。

 主よ、あなたから離れて、私たちが実のある人生を送ることが出来ません。あなたこそ、恵みの源であり、また希望と平安の源であられるからです。私たちの感謝のしるしとして、賛美のいけにえ、即ち唇の実を絶えずあなたにおささげします。私たちを主に喜ばれるまことの礼拝者として下さい。 アーメン

2月21日の御言葉 「意に反するのでしたら」

「バラムは主の御使いに言った。『わたしの間違いでした。あなたがわたしの行く手に立ちふさがっておられるのをわたしは知らなかったのです。もしも、意に反するのでしたら、わたしは引き返します』。」 民数記22章34節
 
 22~24章は、「バラクとバラム」について記されています。モアブ人の王ツィポルの子バラクは(4節)、おびただしい数のイスラエルの民が近づいて来るのを見て恐れをなし(2,3節)、「ユーフラテス川流域にあるアマウ人の町ペトルに住むベオルの子バラムを招」き(5節)、イスラエルを呪ってもらおうと考えました(6節)。
 
 21章27節以下に、モアブがアモリ人の王シホンに滅ぼされ、捕虜となったという歌が記されています。アモリ人がモアブ人に勝ったという出来事、それを祝う歌がそこに記されているのは、モアブ人に勝ったアモリ人をイスラエル人が打ち破ったからです。モアブに勝ったと歌われているアモリ人を打ち破ったイスラエルが、いかに強いことかということを強調しているわけです。
 
 ということで、自分たちを打ち負かしたアモリ人を返り討ちにしたイスラエルの民をモアブの王バラクが恐れるのは、当然の成り行きだということを示しているのです。
 
 バラクは、長老たちを使者として礼物を持たせ、遠路はるばる預言者バラムのもとに遣わします(7節)。バラムが主の前に伺いを立てると(10,11節)、主は、「あなたは彼らと一緒に行ってはならない。この民を呪ってはならない。彼らは祝福されているからだ」と答えられました(12節)。それでバラムは、バラク王の使者に断りを告げます(13節)。
 
 バラク王は、使者が役不足だったかと考えて、政府高官を派遣し(15節)、「あなたを大いに優遇します。あなたが言われることは何でもします」(17節)と、まるで、白紙の小切手を渡して、好きなだけの金額を書き込みなさいといわんばかりの招き方をします。
 
 バラムは、「たとえバラクが、家に満ちる金銀を送ってくれても、わたしの神、主の言葉に逆らうことは、事の大小を問わず何もできません」と言い(18節)、もう一度神の前に出ます。すると、先には「彼らと一緒に行ってはならない」と言われた神が、「立って彼らと共に行くがよい。しかし、わたしがあなたに告げることだけを行わねばならない」(20節)と、方針を転換されました。
 
 「ところが、彼が出発すると、神の怒りが燃え上がった」と22節に記され、抜き身の剣を手にした主の御使いが、妨げる者となって道に立ちふさがります。23節以下の、「バラムとろば」のやり取りは大変ユーモラスですが、ろばには見えた主の御使いが、預言者には分からなかったというのは、皮肉なことですね。
 
 これは、バラムはバラクの、「あなたを大いに優遇する。言われることは何でもします」という報酬の大きさに目がくらんでいたということでしょう。もともと、「一緒に行ってはならない、呪ってはならない」と言われていたのに、改めて託宣を求めているのは、政府高官の持ち出した報酬に心動かされているためだと思われます。

 使徒ペトロが「バラムは不義のもうけを好み」と記し(第二ペトロ書2章15節)、主イエスの弟ユダも「金もうけのために『バラムの迷い』に陥り」と語っているのは(ユダ書11節)、そのためでしょう。
 
 主によって目が開かれ、すっかり肝を潰したバラムが語ったのが、冒頭の言葉(34節)です。それに対して主の御使いは、「この人たちと共に行きなさい。しかし、ただわたしがあなたに告げることだけを告げなさい」と、先の託宣と同じことを告げます(35節)。
 
 ここに神は、バラムをイスラエルを呪う呪(まじな)い師としてでなく、イスラエルを祝福する預言者として召し、モアブの王バラクのもとに遣わそうとされているのです。そのときにバラムが報酬に心惑わされてしまわないように、主の御使いによって、しっかり釘を刺されたわけです。
 
 私たちも、外見などに惑わされず、しっかりと御言葉に耳を傾け、その導きに従って歩みたいと思います。

 主よ、知恵と啓示の霊を賜り、神を深く知ることが出来ますように。心の目が開かれて、神の招きによってどのような希望が与えられているか、聖なる者たちの受け継ぐものがどれほど豊かな栄光に輝いているか、そして、私たちに対して絶大な働きをなさる神の力だどれほど大きなものであるか、悟らせて下さいますように。 アーメン
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