風の向くまま

新共同訳聖書ヨハネによる福音書3章8節より。いつも、聖霊の風を受けて爽やかに進んでいきたい。

8月12日(土) 創世記31章

「わたしはベテルの神である。かつてあなたは、そこに記念碑を立てて油を注ぎ、わたしに誓願を立てたではないか。さあ、今すぐこの土地を出て、あなたの故郷に帰りなさい。」 創世記31章13節

 ヤコブは、ラバンの息子たちが「我々の父のものを全部奪ってしまった。父のものをごまかして、あの富を築き上げたのだ」(1節)というのを耳にします。これは、ヤコブのものを搾取するつもりが、自分がその落とし穴に落ち込んでしまったということであり、ヤコブのゆえに豊かに祝福されていたものを取り戻された形になって腹立たしい思いになっているということを表わしています。

 ですから、神の祝福を受けて、ヤコブには満面の笑顔を見せていたであろうラバンの態度は、以前とは全く違ったものに変わってしまいます(2節)。ずっとただ働きさせながら、群れを大きくするつもりが、むしろヤコブに取り上げられるかたちになったわけですから、腹立ちも一様でなかったことでしょう。

 そのとき、主なる神がヤコブに、「あなたは、あなたの故郷である先祖の土地に帰りなさい。わたしはあなたと共にいる」(3節)と語られました。

 そこで、ヤコブは早速妻たちを呼び、話をします(4節以下)。それは、妻たちがその子らも含め、自分の帰郷について来てくれるかどうかを確認しようとしてのことでしょう。

 その際、父ラバンがいかにヤコブを欺いたか(6節以下)、それにも拘らずいかに神がヤコブを祝福されたかを語り(6,7,9節)、その神から冒頭の言葉(13節)のとおり「わたしはベテルの神である。かつてあなたは、そこに記念碑を立てて油を注ぎ、わたしに誓願を立てたではないか。今すぐこの土地を出て、あなたの故郷に帰りなさい」と告げられたことを伝えます。

 神がご自身を「ベテルの神」と町の名前で紹介するのは、異例のことだと思いますが、明確に28章18~22節の出来事を思い出させます。神が20年前の出来事を思い起こさせたのは、彼が立つべき場所は、持ち物の多さ、財産の豊かさなどではなく、彼を守り、祝しておられる神への信仰だということを、ヤコブ自身と、この物語を聞く私たちに対して明らかにするためです。

 ヤコブの話を聞いた妻たちは、「父の家に、わたしたちへの嗣業の割り当て分がまだあるでしょうか。わたしたちはもう、父にとって他人と同じではありませんか。父はわたしたちを売って、しかもそのお金を使い果たしてしまったのです」(14,15節)と応じました。

 自分たちに嗣業の地の割り当て分は期待できず、「他人と同じ」(ノクリヨート・ネフシャブヌー:「よそものと見做される」の意)であるし、ヤコブの結納金(14年の労働)を独りで使い果たしたのだから、それは事実上、自分たちを売り飛ばしたということです。

 通常、結納金は使わずにとって置いて、最後には嫁入りした娘に渡るようになっていたようですが、ラバンはそれを私して、娘たちには何も渡さないままでした。そのケチさ加減、貪欲ぶりに、娘として愛想を尽かしていたということでしょう。

 だから、「神さまが父から取り上げられた財産は、確かに全部わたしたちと子供たちのものです。今すぐ、神様があなたに告げられたとおりになさってください」(16節)と答えるのです。
 
 そこで、ヤコブは家族を連れ、密かにラバンのもとを抜け出しました(17節以下)。三日目にヤコブが逃げ出したことに気づいたラバンは、一族を引き連れて追いかけ、七日目にギレアドの山地で追いつきます(22節)。ヤコブが逃げ出したことにすぐ気づかなかったのは、「自分(ラバン)とヤコブとの間に歩いて三日かかるほどの距離をおいた」(30章36節)ためでした。

 ヤコブに追いついたラバンは、「なぜ、こっそり逃げ出したりして、わたしをだましたのか。ひとこと言ってくれさえすれば、わたしは太鼓や竪琴で喜び歌って、送り出してやったものを。孫や娘たちに別れの口づけもさせないとは愚かなことをしたものだ」(27,28節)と非難します。さらに、「なぜわたしの守り神を盗んだのか」(30節)と詰問します。

 それに対してヤコブは、「あなたが娘たちをわたしから奪い取るのではないかと思って恐れただけです」(31節)と応じ、「もし、あなたの守り神がだれかのところで見つかれば、そのものを生かしてはおきません。我々一同の前で、わたしのところにあなたのものがあるかどうか調べて、取り戻してください」(32節)と言います。

 そこでラバンがヤコブたちの天幕に入って守り神を探しますが、その像を見つけることができませんでした(33~35節)。ただ、ヤコブの「わたしのところにあなたのものがあるかどうか」という物言いは、守り神の像のことより、ヤコブと共にいる娘や孫たち、そして多くの家畜もすべて、ラバンのものではないと言い表しているようです。

 ラバンが「夕べ、お前たちの父の神が、『ヤコブを一切非難せぬよう、よく心に留めておきなさい』とわたしにお告げになった」(29節)と語っていました。ここに、ラバンの守り神はその像のありかをラバンに教えることが出来なかったけれども、ベテルの神はヤコブを守るために、ラバンに警告を与えたという、分かり易い対比をもって、主こそ神であることを示しています。

 この神の仲介により、二人は契約を結び、記念碑を立てます(43節以下、45節)。記念碑として立てた石塚を、ラバンはエガル・サハドタと呼び、ヤコブはガルエドと呼びました(47節)。ガルエドはヘブライ語で「証拠の石塚」という意味で、エガル・サハドタはそのアラム語です。ラバンがアラム人だという表現です。

 「その名はガルエドと呼ばれるようになった」(48節)というのは、彼らのいる「ギレアドの山地」(23節)の地名の由来を説明しているのです。また、ヤコブが妻たちを苦しめたり、ほかの女性を娶ることがないいように(50節)、主がヤコブとラバンの間を見張ってくださるようにとラバンが言ったので、そこは「ミツパ(見張所)」(49節)とも呼ばれるようになったと説明されます。

 ラバンは更に、「敵意をもって、わたしがこの石塚を越えてお前の方に侵入したり、お前がこの石塚とこの記念碑を越えてわたしの方に侵入したリスrことがないようにしよう」(52節)と言います。つまり、二人はここに、相互不可侵条約を結んだということです。

 ここに、「多くの民がお前に仕え、多くの国民がお前にひれ伏す。お前は兄弟たちの主人となり、母の子らもお前にひれ伏す。お前を呪う者は呪われ、お前を祝福するものは祝福されるように」(27章29節)というイサクの祈り、それに応えたもう神の祝福が響いています。

 そして「あなたは、あなたの故郷である先祖の土地に帰りなさい。わたしはあなたと共にいる」(3節)と言われたとおり、主がヤコブと共にいて、御言葉を実現するために働いてくださったのです。

 誰の計画が上手くいっているように見えても、あるいはまた、そうは見えなくても、本当に堅く立つのは神の御言葉(イザヤ書40章8節)であり、主の御旨だけが実現するのです(箴言19章21節)。

 恵みの主の御言葉に日々耳を傾け、御旨が実現するよう祈りつつ主の業に励みましょう。

 主よ、あなたは私たちのために、天の窓を開き、溢れる恵みを注いで、良いもので満たしてくださるお方です。大いなることを期待して、絶えず主を仰ぎます。御言葉を信じ、大胆に歩み出します。主が私たちと共にいてくださるということに優る祝福はないからです。 アーメン





8月11日(金) 創世記30章

「『もし、お前さえ良ければ、もっといてほしいのだが。実は占いで、わたしはお前のお陰で、主から祝福をいただいていることが分かったのだ』とラバンは言い」 創世記30章27節

 ヤコブがラバンの下で14年を過ごす間に、二人の妻とその召使いに次々と子が授かりました(29章31節~30章24節)。レアには、女の子(ディナ:31節)を含む7人の子(ルベン、シメオン、レビ、ユダ:29章31節以下、イサカル、ゼブルン:30章14節以下)、レアの召使いジルパに2人(ガド、アシェル:9節以下)が与えられました。

 ヤコブが愛するラケルには1人(ヨセフ:22節以下)、ラケルの召使いビルハには2人(ダン、ナフタリ:3節以下)、子が与えられました。生まれた順に並べると、ルベン、シメオン、レビ、ユダ、ダン、ナフタリ、ガド、アシェル、イサカル、ゼブルン、ディナ(女児)、ヨセフとなります。

 子を産むことでヤコブの寵愛を引き留めようと励んだ結果のように描かれていますが、その結果、たった一人でハランまで来たヤコブは、今や17人の大家族です。「あなたの子孫は大地の砂粒のように多くなり、西へ、東へ、北へ、南へと広がっていく」(28章14節)と約束された神の言葉が、ここに実現し始めているのです。

 ところで、妻を得るために14年働いたヤコブは、妻子と共に故郷へ帰らせてくれるようにと、義父であり叔父でもあるラバンに願い出ます(25節以下)。

 ただ、ヤコブに妻子を連れて行かせることは、現代の私たちが考えるほど単純なことではありません。ヘブライ人の奴隷について、出エジプト記21章4節に「もし、主人が彼に妻を与えて、その妻が彼との間に息子あるいは娘を産んだ場合は、その妻と子どもは主人に属し、彼は独身で去らねばならない」という規定があります。

 ヤコブは奴隷ではなく、ラバンの親族ではありますが、パダン・アラムにあっては、自分の土地を持たない寄留者です。だから、この後、ラバンのもとを逃げ出したヤコブを追いかけてきたラバンが、「この娘たちはわたしの娘だ。この孫たちもわたしの孫だ。この家畜の群れもわたしの群れ、いや、お前の目の前にあるものはみなわたしのものだ」(31章43節)というのです。

 ラバンには、ヤコブを手放す気はありません。むしろ、ずっと一緒にいて欲しいと考えています。冒頭の言葉(27節)でラバンがヤコブに「もし、お前さえよければ、もっといてほしいのだが。わたしはお前のお陰で、主から祝福をいただいていると分かった」と語っているとおりです。

 それまでとは比較にならないほどに家畜が増え、それは、ヤコブに主の祝福がラバンに与えられているからだと分かったのです。それはちょうど、独りでやって来たヤコブが大家族になっているところにも示されていました。

 ヤコブは、ラバンによって裕福になれたのだから、自分も家庭を持つことができるようにしてほしいと言い(30節)、妻子と共に郷里に帰ることを要求します。

 ヤコブを引き留めたいラバンは「お前の臨む報酬をはっきり言いなさい」(28節)と言い、「何をお前に支払えばよいのか」(31節)と尋ねます。

 ところが、不思議なのは、ラバンに答えるヤコブの言葉です。「何もくださるには及びません。ただこういう条件なら、もう一度あなたの群れを飼い、世話をいたしましょう」(31節)と言い、そして、ラバンの群れの中でぶちとまだらの羊、黒みがかった羊、まだらとぶちの山羊を自分の報酬として欲しいと願います(32,33節)。

 ヤコブはここで、ラバンの群れのぶちとまだら、黒みがかった羊、ぶちとまだらの山羊を報酬として受け取れば、帰郷せず、ラバンのもとで家畜の世話を続けると告げているのです。全く破格の条件に、ラバンは「よろしい。お前の言うとおりにしよう」(34節)と請合います。

 そこには、ヤコブがこんなバカだとは思わなかった、これでまた、ヤコブをただ働きさせられるという、少々軽蔑するような思いがこもっているかも知れません。その上、ラバンはその日のうちに、縞やまだらの雄山羊、ぶちやまだらの雌山羊全部、黒みがかった羊を全部取り出して息子たちの手に渡し(35節)、三日かかるほどのところに連れて行かせます(36節)。

 つまり、ヤコブには何の報酬もやらずに、ラバンの残りの羊と山羊、即ちまだらやぶちなどのない白い羊や黒みがかった山羊をヤコブの手に託し、ずっと働かせようとしたわけです。

 ところで、ラバンとその家族がいなくなると、ヤコブはポプラとアーモンド、プラタナスの木の若枝の皮をはいで縞模様を作り(37節)、それを家畜の水飲み場の水槽の中に置きました(38節)。そして、その水飲み場で枝を見ながら交尾させたのです。

 それは、人間や動物の母親が妊娠期間中に見たものが胎児に伝わり、決定的な影響を与えるという、ある種の胎教効果を期待しての工夫でした。そして、それが功を奏して、家畜の群れはみな縞やぶち、まだらの子を産んだのです(39節)。

 さらに、ヤコブは羊の群れを丈夫なものと弱いものに分け、丈夫な羊は皮をはいだ枝の前で交尾させ(41節)、弱い羊の時は枝を置かないようにしました(42節)。そのため、数多くの丈夫な羊はみなヤコブのものとなり、弱いものはラバンのものとなりました。

 ここでラバンは、ヤコブに神の祝福が伴っていることを知りながら、祝福をお与えになる神に目を向けるのでなく、祝福として与えられた群れをヤコブから奪うことに躍起となっていました。

 神はアブラハムに、「あなたを祝福する人をわたしは祝福し、あなたを呪う者をわたしは呪う」(12章3節)と言われました。その祝福をヤコブは、イサクを通じて受け継ぎました。イサクがヤコブを祝福して「お前を呪う者は呪われ、お前を祝福する者を祝福されるように」(27章29節)と言っています。

 もしもラバンが、自分も神の祝福に与ることが出来るように祈ってほしいと求めていれば、そして、自分でも、恵みの主を信じ、導きを祈り求めるならば、全く違った結果を生んだことでしょう。

 コロサイ書3章5節に「貪欲は偶像礼拝にほかならない」という言葉があります。人は、自分の欲を満たす神を求めて偶像を造るということでしょう。そしてそれは、神に喜ばれることはありません。一方、ヤコブがしていることも、褒められるようなこととは思われません。子山羊一匹すらくれようとしないケチな伯父さんに対して、巧妙に出し抜こうとしているからです。

 それでも、確かに彼は神に祝福されているようで、無一物でラバンのもとを去るべき運命かのように思われたヤコブが、多くの家畜を自分のものとしています。私たちが不真実でも、神は常に真実であられ、ベテルの約束(28章13~15節)が果たされるまで、「決して見捨てない」(15節)との宣言を実行しておられるのです。

 「わたしは道であり、真理であり、命である」(ヨハネ14章6節)と語られた主を仰ぎ、神との豊かな交わりに与らせていただきましょう。

 主よ、体の灯火は目である。目が澄んでいれば、全身が明るいという御言葉があります。いつも御言葉に耳を傾け、心の目を主に向けさせてください。そして、私たちの全身を御言葉の光で照らしてください。そうして、天に宝を積むことが出来ますように。 アーメン








8月10日(木) 創世記29章

「ところが、朝になってみると、それはレアであった。ヤコブがラバンに、『どうしてこんなことをなさったのですか。わたしがあなたのもとで働いたのは、ラケルのためではありませんか。なぜ、わたしをだましたのですか。」と言うと」 創世記29章25節

 ヤコブは旅を続けて、東方の人々の土地までやって来ました(1節)。「東方の人々の土地」(アレツァー・ブネー・ケデム:「東の子らの地」)は、ここでは具体的にどの町のことなのか曖昧にして、異郷の地にやって来たという表現になっています。

 その井戸辺にいた人々に「皆さんはどちらの方ですか」(4節)と尋ねると、「わたしたちはハランの者です」という答えで、目指すハランの町の近くにやって来たことが確認されます。そこで、「ナホルの息子のラバンを知っていますか」(5節)と尋ねると、知っているというだけでなく、「もうすぐ、娘のラケルも羊の群れを連れてやって来ます」(6節)と答えました。

 ヤコブがハランの町にやって来たのは、ラバンの娘の中から結婚相手を見つけるためでした(28章1,2節)。ベテルでヤコブの夢枕に立たれた全能の神が、最適な場所にヤコブを導かれたわけです。やがて、羊の群れを連れて、ラケルが井戸辺にやって来ます(9節)。ヤコブはすぐに井戸の口に乗せられていた大きな石を転がし、ラケルの羊に水を飲ませてやりました(10節)。

 そして、ラケルに口づけし、声をあげて泣きます(11節)。それから、自分のことをラケルに打ち明けたというので、ヤコブは、800㎞の孤独な徒歩の旅で目指す地に着き、親族と顔を合わせたというので、感極まってしまったということでしょう。しかし、事情が分からないまま、突然羊に水を飲ませてくれたり、口づけされたリベカは、戸惑ったことでしょう。

 それでも、ヤコブの自己紹介を受けたリベカは、すぐに家に走り、父ラバンにヤコブのことを知らせました(12節)。それを聞いたラバンは、甥のヤコブを走って迎えに行き、自分の家に案内しました(13節)。それで、ラケルを妻に迎え、彼女を伴ってベエル・シェバへ帰って行きましたとなれば、ハッピーエンドになりそうな情景です。

 しかし、ヤコブがハランにやって来たのは、結婚相手を見つけるだけでなく、エサウの憤りが治まり、母リベカが呼び戻してくれるのを待つためでもあります(27章44,45節)。ところが、ひと月経っても、何の音沙汰もありません(14節後半)。

 伯父ラバンは、無為に日を過ごしているヤコブに仕事を与えることにして、「お前は身内の者だからといって、ただで働くことはない。どんな報酬が欲しいか言ってみなさい」(15節)と尋ねます。

 その問いにヤコブは、「下の娘のラケルをくださるなら、わたしは七年間あなたのところで働きます」(18節)と答えます。これは、ヤコブがどれほどラケルを思っているかということ表わしていますが、7年分の給料全部を結納とするというのは、大変なことでしょう。

 勿論、ラバンはこれを聞くと「あの娘をほかの人に嫁がせるより、お前に嫁がせる方がよい。わたしの所にいなさい」(19節)と言います。ヤコブの破格の申し出を断る手はなかったのです。その上、ヤコブとラバンは再従兄弟でありつつ、伯父と甥の関係ですから、ラケルを嫁に出しても、親族の関係に留まっています。

 ラバンの答えを聞いたヤコブは、愛するラケルと結婚出来るとあって、少々の苦労は何のその、喜び勇んで働きました。聖書には、「彼女を愛していたので、それはほんの数日のように思われた」(20節)と記されています。

 ところが、結婚初夜に連れて来られたのは、ラケルではなく、姉のレアでした(23節)。余りの喜びのためか、相手が違うことに気づかないまま一夜を過ごし、冒頭の言葉(25節)のとおり、翌朝になってようやく、それがレアであったことに憤り、ラバンに抗議しました。

 すると、「我々の所では、妹を姉より先に嫁がせることはしないのだ」(26節)と、木で鼻を括ったような答えが返って来ました。その上、「もう七年間、うちで働いてもらわねばならない」(27節)と言い出される始末。それが気に入らなければ、ラケルはやれない、とっとと出て行けと言わんばかりです。

 完全に足もとを見られたヤコブは、ここで諦めれば、ラケルと結婚出来ませんし、7年間の仕事が無駄になってしまいます。結局、叔父に騙されたと知りながら、あと7年、働くほかはありませんでした。

 この背景に、ヤコブが父や兄に対して行ったことがあります。ヤコブは、兄エサウから、パンとレンズ豆の煮物で、釣り合うはずのない「長子の権利」を買い取りました(25章31節以下)。また、ヤコブは目の悪い父を騙して、自分を兄エサウと偽り、その祝福を奪い取りました(27章18節以下)。

 叔父ラバンは、二人の娘を嫁にやることで、ヤコブを14年間ただ働きさせることに成功しました。それも、ラケルと偽って姉のレアを先に押しつけ、「ラケルを嫁に欲しいなら、もう七年間、働いてもらわねばならない」と言い放ち、ヤコブが兄エサウや父イサクに対して行ったことを、まるで復讐されているかのように、やられてしまったのです。

 ヤコブは、更にもう7年ラバンのもとで働くことを了承し、一週間の婚礼の祝いを行ってラケルを娶りました(30節)。それは、ラケルを愛するからこそのことでした。しかし、最初の七年とは違い、伯父ラバンに騙されたと知りながら働く七年は、愛や喜びとは別の感情がヤコブの心を支配していたことでしょう。それは、ヤコブに騙されたイサクやエサウが抱いたのと同じ思いに違いありません。

 ベテルで神の祝福を受けたヤコブですが(28章13節以下)、29章には、ヤコブの祈りの言葉、神との交わりなどは記されていません。ここに、ヤコブの問題があるのではないでしょうか。それでも、常に共におられる神がラバンの家でもヤコブを祝福され、彼が願わず与えられたレアによって、ルベン、シメオン、レビ、ユダという男児を授けられたのです。

 恵み深い主に感謝し、日々御言葉に耳を傾け、主の御旨を行うものとならせていただきましょう。

 主よ、父を騙し、兄の祝福を奪ったヤコブは、ハランの地でその報いを受けなければなりませんでした。けれども、それは無駄ではありません。愛するラケルを得、そして、ベテルでヤコブを祝福してくださった神の約束が伴っているからです。日々、御言葉によって、私たちを力づけ、確かな道を歩ませてください。 アーメン



8月9日(水) 創世記28章

「見よ、わたしはあなたと共にいる。あなたがどこへ行っても、わたしはあなたを守り、必ずこの土地に連れ帰る。わたしは、あなたに約束したことを果たすまで決して見捨てない。」 創世記28章15節

 ヤコブは、母リベカに促され、父イサクに命じられて、パダン・アラムのベトエルおじいさんの家まで旅をします(1節以下)。そこは母リベカの郷里でリベカの兄・ラバン伯父さんがいて、その娘の中から自分の結婚相手を見つけるのです。

 父イサクは、ヤコブを送り出すにあたり、「どうか、全能の神がお前を祝福して繁栄させ、お前を増やして多くの民の群れとしてくださるように。どうか、アブラハムの祝福がお前とその子孫に及び、神がアブラハムに与えられた土地、お前が寄留しているこの土地を受け継ぐことができるように」(3,4節)と祝福を祈ります。

 ここで、「全能の神」というのは「エル・シャダイ」という言葉で、17章1節で神がアブラハムにご自分を「わたしは全能の神(エル・シャダイ)である」と宣言され、「わたしは、あなたとの間に契約を立て、あなたをますます増やすであろう」(同2節)と祝福されました。

 イサクの祈りは、当にこのアブラハムの祝福をヤコブが受け継いで繁栄し、ヤコブとその子孫がアブラハムに与えられた土地、「エジプトの川から大河ユーフラテスに至るまで」(15章18節)の土地を受け継ぐことができるようにというのです。

 ヤコブは、父イサクに命じられたとおりにベエル・シェバを発ち、パダン・アラムに向かいます(10節、27章43節ではハランの町)。その距離は直線でおよそ800km、一ケ月ほどの徒歩の旅です。旅立つヤコブの胸中には何があったでしょうか。

 ヤコブは、一杯の煮物で長子の権利を手に入れました(25章)。それは長男として父イサクの遺産を受け継ぎ、祝福の祈りを受ける権利です。そして、父の祝福を受けることが出来ました(27章)。これで、ヤコブの前途は安泰と思われました。ところが、家族のいるベエル・シェバ(「誓いの井戸」の意)を離れて、遠くハランに旅立つのです。

 母リベカは「しばらく叔父さんのところに置いてもらいなさい」(27章44節)と言って、ヤコブを送り出しました。この旅は、嫁探しは口実で、長子の権利と父の祝福を奪った弟ヤコブを亡き者にしようとする兄エサウの前から逃がれる旅です(同42,43節)。「しばらく」(ヤーミーム・アハディーム:「数日」の意)は、実際には20年という年月にもなるのです(31章38,41節)。

 母に唆されて父を騙し、兄を出し抜いて手に入れた祝福ですが、祝福を得るためには手段を選ばないというやり方が、神に喜ばれるはずはありません。それがアダとなって、すべてを失うような結果になったのです。彼の胸中に残ったのは、後悔や寂しさ、そして恐れではないでしょうか。

 そんな思いを抱えての旅立ちです。ある場所で日が暮れ、野宿することになりました(11節)。石を枕にして横になりますが、すぐに眠れるという心境ではなかったでしょう。そこで彼は夢を見ました。それは、枕許に天国の階段が下りて来て、そこを神の御使いたちが上り下りしているという夢です(12節)。

 そして、彼の傍らに主なる神が立たれました(13節)。父を騙し、兄を出し抜いたことを後悔していたときですから、ヤコブは恐れおののきました(17節)。それは、神が自分を罰するために来られたとしか、思えなかったからです。

 しかし、そこで語られたのは裁きではありません。冒頭の言葉(13節)のように「わたしは、あなたの父祖アブラハムの神、イサクの神、主である」と自己紹介されます。神は「アブラハムの神、イサクの神」と、個人の名で呼ばれることをよしとされます。

 それは、神ご自身が「ヤコブの神」と呼ばれることを喜び、ヤコブが「わが神」と呼ぶことを待っておられるということではないでしょうか。それはまた、神が私たちの名で呼ばれ、そして、私たちが「私の神」と呼ぶことを望んでおられるということでもあります。

 自己紹介に続いて、「あなたが今横たわっているこの土地を、あなたとあなたの子孫に与える。あなたの子孫は大地の砂粒のように多くなり、西へ、東へ、北へ、南へと広がっていくであろう」と言われます(13,14節)。これは、アブラハムに与えると約束されたことが(12,15章など)、ヤコブにも約束されたということです。

 さらに、冒頭の言葉(15節)のとおり「見よ、わたしはあなたと共にいる。あなたがどこへ行っても、わたしはあなたを守り、必ずこの土地に連れ帰る。わたしは、あなたに約束したことを果たすまで決して見捨てない」と言われます。

 ここに、ヤコブに語られた祝福の言葉があります。その第一は、「わたしはあなたと共にいる」です。これは、聖書を貫いている福音で、後に主イエスの肩書きとなりました。主イエスは、「インマヌエルと呼ばれる」(マタイ福音書1章23節)お方です。インマヌエルとは、「神は我々と共におられる」という意味なのです。

 第二は、「あなたがどこへ行っても、わたしはあなたを守る」です。神の守りはいつでもどこお出も与えられます。私たちが信仰の目を開いて仰ぎ見るなら、天地を造られた全能の神が私たちを助け、守っておられることが分かるでしょう。

 神の守りは24時間365日、いつでも完全です。「イスラエル(=ヤコブ)を見守る方は、まどろむことなく、眠ることもない。あなたを覆う陰、あなたの右にいます方」(詩編121編4節)と言われます。ベエル・シェバだけでなく、ハランでも、その途中の荒れ野でも、ヤコブを見守っておられるのです。

 第三は、「必ずこの土地に連れ帰る」です。父祖アブラハムに約束された土地、ヤコブが受け継ぐべき土地があるのです。神は、どこへ行っても、必ずこの土地に連れ帰ると言われました。確かに、ヤコブはここに帰って来ます。ハランから、帰って来ることが出来ました(33章18節)。その後、エジプトからも、そしてバビロンからも、帰って来ました。

 ベエル・シェバを離れることで、神の祝福を失ってしまったかのように見えましたが、今ここに改めて、繰り返し「わたしはあなたを」と言われて、イサクがヤコブを祝福したからというのではなく、神御自身がヤコブを祝福すると宣言し、それが実行されるまで決して見捨てないと保証されたのです。

 祝福の言葉を聞いたヤコブは、枕の石を記念碑として、その場所を「ベテル」(ベート=家、エル=神、即ち「神の家」の意)と呼びました。ヤコブの人生の荒れ野が、神と出会う天の門、神が共におられる神の家となったのです。

 ベテルは、神と出会う場所、御言葉を聞く場所、その実現を味わう場所です。いつでもどこでも、私たちが主に目を向け、主を仰ぐ時、そこがベテルなのです。今私たちが置かれている場所をベテルとして、ヤコブを祝福された神を信じ、御言葉に耳を傾け、その導きに従って歩みましょう。

 主よ、ヤコブを顧みて祝福を賜ったように、いつも私たちに目を向け、私たちを導き、私たちの避け所となって守り支えていてくださることを感謝致します。絶えず主を喜び、御名を賛美することが出来ますように。御言葉に聞き、委ねられた使命を従順に果たすことが出来ますように。 アーメン





長崎平和宣言

長 崎 平 和 宣 言

 「ノーモア ヒバクシャ」

  この言葉は、未来に向けて、世界中の誰も、永久に、核兵器による惨禍を体験することがないように、という被爆者の心からの願いを表したものです。その願いが、この夏、世界の多くの国々を動かし、一つの条約を生み出しました。

 核兵器を、使うことはもちろん、持つことも、配備することも禁止した「核兵器禁止条約」が、国連加盟国の6割を超える122か国の賛成で採択されたのです。それは、被爆者が長年積み重ねてきた努力がようやく形になった瞬間でした。

 私たちは「ヒバクシャ」の苦しみや努力にも言及したこの条約を「ヒロシマ・ナガサキ条約」と呼びたいと思います。そして、核兵器禁止条約を推進する国々や国連、NGOなどの、人道に反するものを世界からなくそうとする強い意志と勇気ある行動に深く感謝します。

 しかし、これはゴールではありません。今も世界には、15,000発近くの核兵器があります。核兵器を巡る国際情勢は緊張感を増しており、遠くない未来に核兵器が使われるのではないか、という強い不安が広がっています。しかも、核兵器を持つ国々は、この条約に反対しており、私たちが目指す「核兵器のない世界」にたどり着く道筋はまだ見えていません。ようやく生まれたこの条約をいかに活かし、歩みを進めることができるかが、今、人類に問われています。

 核兵器を持つ国々と核の傘の下にいる国々に訴えます。

 安全保障上、核兵器が必要だと言い続ける限り、核の脅威はなくなりません。核兵器によって国を守ろうとする政策を見直してください。核不拡散条約(NPT)は、すべての加盟国に核軍縮の義務を課しているはずです。その義務を果たしてください。世界が勇気ある決断を待っています。

 日本政府に訴えます。

 核兵器のない世界を目指してリーダーシップをとり、核兵器を持つ国々と持たない国々の橋渡し役を務めると明言しているにも関わらず、核兵器禁止条約の交渉会議にさえ参加しない姿勢を、被爆地は到底理解できません。唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約への一日も早い参加を目指し、核の傘に依存する政策の見直しを進めてください。日本の参加を国際社会は待っています。

 また、二度と戦争をしてはならないと固く決意した日本国憲法の平和の理念と非核三原則の厳守を世界に発信し、核兵器のない世界に向けて前進する具体的方策の一つとして、今こそ「北東アジア非核兵器地帯」構想の検討を求めます。

 私たちは決して忘れません。1945年8月9日午前11時2分、今、私たちがいるこの丘の上空で原子爆弾がさく裂し、15万人もの人々が死傷した事実を。

 あの日、原爆の凄まじい熱線と爆風によって、長崎の街は一面の焼野原となりました。皮ふが垂れ下がりながらも、家族を探し、さ迷い歩く人々。黒焦げの子どもの傍らで、茫然と立ちすくむ母親。街のあちこちに地獄のような光景がありました。十分な治療も受けられずに、多くの人々が死んでいきました。そして72年経った今でも、放射線の障害が被爆者の体をむしばみ続けています。原爆は、いつも側にいた大切な家族や友だちの命を無差別に奪い去っただけでなく、生き残った人たちのその後の人生をも無惨に狂わせたのです。

 世界各国のリーダーの皆さん。被爆地を訪れてください。 遠い原子雲の上からの視点ではなく、原子雲の下で何が起きたのか、原爆が人間の尊厳をどれほど残酷に踏みにじったのか、あなたの目で見て、耳で聴いて、心で感じてください。もし自分の家族がそこにいたら、と考えてみてください。

 人はあまりにもつらく苦しい体験をしたとき、その記憶を封印し、語ろうとはしません。語るためには思い出さなければならないからです。それでも被爆者が、心と体の痛みに耐えながら体験を語ってくれるのは、人類の一員として、私たちの未来を守るために、懸命に伝えようと決意しているからです。

 世界中のすべての人に呼びかけます。最も怖いのは無関心なこと、そして忘れていくことです。戦争体験者や被爆者からの平和のバトンを途切れさせることなく未来へつないでいきましょう。

 今、長崎では平和首長会議の総会が開かれています。世界の7,400の都市が参加するこのネットワークには、戦争や内戦などつらい記憶を持つまちの代表も大勢参加しています。被爆者が私たちに示してくれたように、小さなまちの平和を願う思いも、力を合わせれば、そしてあきらめなければ、世界を動かす力になることを、ここ長崎から、平和首長会議の仲間たちとともに世界に発信します。そして、被爆者が声をからして訴え続けてきた「長崎を最後の被爆地に」という言葉が、人類共通の願いであり、意志であることを示します。

 被爆者の平均年齢は81歳を超えました。「被爆者がいる時代」の終わりが近づいています。日本政府には、被爆者のさらなる援護の充実と、被爆体験者の救済を求めます。

 福島の原発事故から6年が経ちました。長崎は放射能の脅威を経験したまちとして、福島の被災者に寄り添い、応援します。

 原子爆弾で亡くなられた方々に心から追悼の意を捧げ、私たち長崎市民は、核兵器のない世界を願う世界の人々と連携して、核兵器廃絶と恒久平和の実現に力を尽くし続けることをここに宣言します。

2017年(平成29年)8月9日

長崎市長  田上 富久

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安倍自公政権が本気で、核軍縮にとどまらず、核廃絶に向けてきっちり舵を切って欲しいと願う。


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