風の向くまま

新共同訳聖書ヨハネによる福音書3章8節より。いつも、聖霊の風を受けて爽やかに進んでいきたい。

5月24日(木) 列王記下3章

「エリシャは言った。『わたしの仕えている万軍の主は生きておられる。わたしは、ユダの王ヨシャファトに敬意を抱いていなければ、あなたには目もくれず、まして会いもしなかった。』」 列王記下3章14節

 アハブの死後、モアブの王メシャがイスラエルに反旗を翻しました(4,5節、1章1節)。アハブの子ヨラムは、ユダの王ヨシャファトに援軍を頼みます(6節以下)。彼らはなぜか、エドムの荒れ野を迂回する道を進みます(8節)。9節に「ユダの王およびエドムの王と共に出発した」とあるので、エドムの王にも支援を願ったということのようです。

 サマリアから東にモアブの地を目指したのではなく、エドムの荒れ野、即ち死海の南方を迂回する遠回りをして七日を費やすことになり、部隊と連れている家畜のための水が底をつきました(9節)。ヨラムは「ああ、主はこの三人の王をモアブの手に渡すために呼び集められたのか」(10節)と言います。主に背いているという自覚を持っていたわけです。

 そのときヨシャファトが、「ここには我々が主の御旨を尋ねることのできる主の預言者はいないのですか」(11節)と尋ねました。これは、かつてヨラムの父アハブがヨシャファトに向かって、ヤベシュ・ギレアド奪還のため共に出陣しようと願ったときと全く同じ状況です(列王上22章5,7節)。

 しかしながら、ヨラムとヨシャファトは前述のとおり、死海の南を迂回しているわけです。それは勿論ユダの南方なので、その近辺にいる主の預言者の情報については、イスラエルの王ヨラムよりも、ユダの王ヨシャファトの方が詳しいはずです。

 にも拘わらず、「ここには我々が主の御旨を尋ねることのできる主の預言者はいないのですか」と、ヨラムに尋ねているということは、この地に主の預言者がいるかどうかではなく、主の預言者がモアブの王メシャに戦いを挑めと告げたのか、その預言者はヨラムと同行して、今ここにいるのかと尋ねているということだろうと想像します。

 その問いに、ヨラムの家臣の一人が「ここには、エリヤの手に水を注いでいた、シャファトの子エリシャがいます」(11節)と答えました。「エリヤの手に水を注いでいた」というのは、エリヤに近く仕えていたということでしょう。ヨシャファトはそれを聞いて、「彼には主の言葉があります」(12節)と言います。

 ヨシャファトがどこでサマリアにいる預言者エリシャのことを知ったのかは、不明です。けれども、絶えず主の御旨を尋ねようとするヨシャファトの姿勢に、彼の父アサが主の目にかなう正しい道を歩んだように(列王記上15章11節)、ヨシャファトも主の道をまっすぐに歩んでいたということを、確認することが出来ます(王上22章43節)。

 ですから、ヨシャファト自身、常に主の御旨を問うために、傍らに預言者を置いていたでしょうし、そうした預言者から、北イスラエルの預言者エリシャの風評を聞くことがあったかも知れません。あるいは、エリヤのことを知っていて、彼に仕えていたというのであれば、主の言葉を語るに違いないと考えたのでしょう。

 そこで、エリシャのもとに下って行くというのですが(12節)、死海の南を迂回してモアブに向かっていた彼らが、水がなくて困っていたというのに、再びサマリアに戻ってエリシャを訪ねるというのは、考え難いところです。ここにエリシャがいますという家臣の答えから(11節)、何らかの理由でエリシャがエドムの荒れ野まで、足を延ばして来ていたのでしょう。

 エリシャのもとに行ったとき、彼はヨラムに、父母の預言者たちのところへ行けと言いました(13節)。ヨラムの父アハブ、母イゼベルに仕えていた預言者が主の御言葉を告げる預言者でなかったことが、ここでも確認されます。ヨラムは両親ほどではありませんでしたが(2節)、ネバトの子ヤロブアムの罪を犯し続け、それを離れようとしてはいませんでした(3節)。

 ヨラムはエリシャに「モアブの手に渡そうとしてこの三人の王を呼び集められたのは主だからです」(13節)と答えています。現状を主の裁きのように捉えているのです。そこで、この瀕死の状況において、どのようにすれば良いのか、主の御旨を問うために、主の預言者エリシャの許に来たのだというわけです。

 その時エリシャは、冒頭の言葉(14節)のとおり、ユダの王ヨシャファトに敬意を抱いていなければ、ヨラムに会いもしなかったと言いました。エリシャがこのとき、もしも会見を拒否したままであれば、どうなったのでしょうか。神の御旨は告げられず、命の水を得られないまま、悲惨な最期を遂げることになったのかも知れません。

 エリシャは、楽を奏する者を連れて来るように求め(15節)、彼らが演奏を始めると、主の御手がエリシャに臨みました(15節)。確かに主は、イスラエルの賛美を受けられる方です(詩編22編4節)。そこに、ご自身の臨在を示されました。

 主は、「この涸れ谷に次々と堀を造りなさい」(16節)と言われ、続けて「風もなく、雨もないのに、この涸れ谷に水があふれ、あなたたちは家畜や荷役の動物と共にそれを飲む」(17節)と約束されました。

 そして翌朝、その言葉のとおり、その地が水で満たされました(20節)。カルメル山でエリヤに火をもって答えられた神は(列王上18章30節以下、38節)、雨を降らせ、命の水をお与え下さるお方なのです(同41節以下参照)。

 モアブの人々は、その水が血のように赤いのを見て(22節)、「これは血だ。王たちは自分たちどうしで争い、討ち合ったにちがいない。モアブよ、今こそ奪うときだ」(23節)といって突進して行きましたが、さんざんな返り討ちに遭いました(24節)。そこで、エドムの王に向かって最後の攻撃を仕掛けますが、これも失敗に終わりました(26節)。

 最後にモアブ王は、長男を城壁の上で焼き尽くすいけにえとしてモアブの神ケモシュもにささげました。すると、イスラエルに対して激しい怒りが起こり、イスラエルはそこを引き上げて自分の国に帰ったと言われます(27節)。

 全く思いがけない結末です。激しい怒りの持ち主がだれなのか、明言されません。モアブ王メシャでしょうか。モアブの神ケモシュでしょうか。それとも、主が憤られたのでしょうか。そもそも何を怒られたのでしょう。詳細は語られません。ただ、ネバトの子ヤロブアムの罪を離れ、悔い改めて命の水をお与えくださる主に立ち帰るよう求められているのではないでしょうか。

 主イエスは「わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る」と言われました(ヨハネ4章13節)。また、「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる」(同7章37,38節)と言われています。

 常に主の御言葉を慕い求め、命の水に与らせていただきましょう。

 主よ、私たちはあなたを離れて誰のところへ行きましょうか。あなたは永遠の命の言葉を持っておられます。命の言葉なる主を信じ、聖霊に満たされて、永遠の命に至る水が泉となって湧き出で、生きた水が川となって流れ出ますように。主に従う者の上に、主の恵みが常に豊かにありますように。アーメン



5月23日(水) 列王記下2章

「渡り終わると、エリヤはエリシャに言った。『わたしがあなたのもとから取り去られる前に、あなたにために何をしようか。何なりと願いなさい』。エリシャは、『あなたの霊の二つの分をわたしに受け継がせてください』と言った。」 列王記下2章9節

 エリヤが天に上げられるときが来ました。ギルガルを出て(1節)、エリヤはエリシャに「主はわたしをベテルにお遣わしになるが、あなたはここにとどまっていなさい」と告げると、エリシャは「主は生きておられ、あなた御自身も生きておられます。わたしはあなたを離れません」と答え、共にベテルに下って行きます(2節)。

 ベテルで預言者の仲間たちが、エリヤが取り去られることを知っているかとエリシャに尋ねると、「わたしも知っています。黙っていてください」(3節)と答えます。「預言者の仲間たち」とは「預言者たちの息子たち」(ブネイ・ハ・ネビーム)という言葉です。

 同様のやり取りが、その後2度、エリコとヨルダン川のほとりで繰り返されます(4,5節、6,7節)。「預言者の仲間五十人もついて行った」(7節)とは、ベテルとエリコの預言者の仲間たちがついて来ていたということでしょう。そしてそれは、エリヤを呼びに遣わされたアハズヤの使者たちと同じ数です。

 ギルガル(1節)からベテル(2節)、エリコ(4節)、そしてヨルダン川へ(7節)という行程は、何を意味するものでしょうか。ヨルダン川を渡ってギレアドの地に向かうのが目的であれば、西のベテルに向かってから、ギルガルの数km南にあるエリコに戻って来るという旅は不用でしょう。

 どこまでエリヤについて行くのか、エリヤの後継者となるエリシャの覚悟が問われているかのようです。そして、預言者の仲間たちは、エリヤからエリシャへのバトンタッチのときに何が起こるのか、目撃する役割を担っているようです。「黙っていてください」(3,5節)とは、黙って見ていなさいということでしょう。

 ヨルダン川のほとりに立ったエリヤが外套で水を打つと、ヨルダン川の水が分かれました。二人は乾いた土の上を向こう岸に渡ります(8節)。預言者の仲間たちは遠く離れて立ち止まったままのようです(7節)。

 そこで、冒頭の言葉(9節)のとおり、エリヤがエリシャに願い事を尋ねると、エリシャは「あなたの霊の二つの分をわたしに受け継がせてください」と求めました。「あなた(エリヤ)の霊の二つの分」というのは、エリヤの2倍の霊の恵みを求めているということではないでしょう。

 長男は、弟たちの二倍の遺産を受け取る権利(長子権と呼ばれる権利)を持っていました(申命記21章17節)。だから、「あなたの霊の二つの分を受け継がせてください」というのは、その長子の権利をエリシャが求めたということで、それは、エリシャがエリヤの後継者となりたいという強い意欲を示していることになります。

 それを聞いたエリヤは、「あなたはむずかしい願いをする」(10節)と言います。誰がエリヤの後継者となるのかということは、主なる神がお決めになることで、エリヤがその願いをかなえてやることは出来ないということでしょう。

 また、エリヤの後継者となれば、困難を背負うことになるという意味もあるでしょう。そのときエリヤは、かつて自分がカルメル山上でのバアルの預言者との戦いを勝利した後、その使命を投げ出そうとしたという経験について、思い起こしていたのかも知れません(列王上19章参照)。

 そして、自分が取り去られるのを見たならば、願いが叶えられる、それを見なければ叶えられないと告げます(10節)。それは、モーセが神の後ろ姿を見て、イスラエルの民を率いるおのが使命を確認したように(出エジプト33章参照)、エリヤのような預言者の使命について、エリシャに悟らせるためだったのでしょう。

 あらためて、エリヤがエリシャと共にギルガルを出てベテルへ(1節以下)、ベテルからエリコへ(4節以下)、そしてヨルダンに行き(6節以下)、ヨルダン川の水を分けて乾いた土の上を向こう側へ渡ったのは(8節)、かつてモーセが取り去られて、後継者ヨシュアが約束の地に渡ったのとほぼ逆コースです(ヨシュア記3,6,7,10章)。

 モーセはヨルダンの東、ギルガルの地で死にましたが、どこに葬られたのか、知る者はいません(申命記34章6節)。その時モーセは120歳でしたが、目はかすまず、活力も失せてはいなかったと記されています(同7節)。神が取られたので、いなくなったのです。そして、ヨシュアがモーセの後継者として立てられ(ヨシュア記1章2節以下)、イスラエルの民を約束の地へ導きました。

 エリヤも、モーセと同様に神が取られました(11,12節)。エリヤが嵐で天に取り去られる様子の一部始終をエリシャは目撃しました(12節)。一連の出来事でエリヤの後継者としての決意が試されたエリシャでしたが、エリヤの最期を見届けて、預言者の使命を確認したエリシャが、ここに正式にエリヤの後継者とされたのです。

 そのときエリシャは「わが父よ、わが父よ、イスラエルの戦車よ、その騎兵よ」(12節)と叫びました。外敵との戦いにおいて、イスラエルを勝利に導くのは、戦車や騎兵の数、力ではなく、主が共におられ、イスラエルのために戦ってくださるかどうかです(申命記20章1節、サムエル記上14章6節、17章47節、詩33編16,17節など)。

 預言者は、主の言葉を託されて働く者です。エリシャがエリヤを「父」、「イスラエルの戦車」、「騎兵」と呼んだのは、エリヤがまさに主に力を託されて、武具で身を固めた敵軍に対するイスラエルの守りだと評し、その方を「父」と呼んで、自分がその方の使命を引き継ぐ者となると宣言したのです。

 そのエリシャの許に、エリヤの外套が落ちて来ました(13節)。これはかつて、神がエリシャをエリヤの後継者に選ばれたとき、一度エリヤから投げかけてもらったものです(列王上19章16,19節)。はっきりと分かる形で、エリシャがエリヤの後継者として立てられたことが示されています。

 エリシャはその外套を取り上げて、エリヤがやったようにヨルダンの水を分け、渡ることが出来ました(14節)。エリコの預言者の仲間たちは、「エリヤの霊がエリシャの上にとどまっている」(15節)と言い、迎えに出てその前にひれ伏しました。

 主イエスは「わたしについて来たい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」(ルカ9章23節)と招かれました。私たちは、主の御前に自己推薦出来るような存在ではありませんが、主は私たちを選び、主の業を行って実を結び、その実がいつまでも残るように、任命してくださいました(ヨハネ15章16節)。

 日毎に主を仰ぎ、主の御声に耳を傾けましょう。絶えず聖霊に満たされ、力を受けて主の御旨に従って歩ませていただきましょう。

 主よ、御子キリストの十字架の贖いによって救いに与り、神の子とされました。私たちにも、他者のための十字架が用意されています。背負う力を持ち合わせてはいませんが、御言葉と御霊の助けにより、委ねられた使命を果たすことが出来ますように。そうして主の御名が崇められますように。 アーメン




5月22日(火) 列王記下1章

「アハズヤはサマリアで屋上の部屋の欄干から落ちて病気になり、使者を送り出して、『エクロンの神バアル・ゼブブのところに行き、この病気が治るかどうか尋ねよ』と命じた。」 列王記下1章2節

 アハブの死後、その息子アハズヤが王になりました(列王上22章40節)。彼はサマリアで屋上の欄干から落ちて病気になり、冒頭の言葉(2節)のとおり、使者を遣わしてエクロンの神バアル・ゼブブに、この病気が治るかどうか、伺いを立てます(2節)。

 「バアル・ゼブブ」というのは、当時おそらく病気の癒しで評判の神だったのでしょう。エクロンは、ペリシテの町です。また、バアル・ゼブブとは「ハエの主」という意味です。そのような名の神がいてはいけないとは思いませんが、新約聖書で「悪霊の頭」と言われ、サタン=悪魔と言われる「ベルゼブル」(マタイ12章24節)は、本来の読み方は、バアル・ゼブール(「家の主人」の意)です。

 マタイ10章25節で「家の主人がベルゼブルと言われるなら」というのは、本来の読みに基づく表現なのです。イスラエルの民にとって、真の神に適応すべき「家の主人」という称号を異教の神バアルに用いることをよしとせず、これを「バアル・ゼブブ」と読み替え、そして、サタンの別名としたのでしょう。

 主は御使いを預言者エリヤに遣わし、アハズヤに告げるべき言葉を伝えます。それは、アハズヤは、まるでイスラエルに神がいないかのごとく、エクロンの神バアル・ゼブブに伺いを立てようとしたので(3節)、アハズヤが上った寝台から降りることなく、必ず死ぬというものでした(4節)。

 エリヤはアハズヤの使者たちと会って主の言葉を伝え、使者たちからそれを聞いたアハズヤは、毛衣を着て、腰には革帯を締めていたということから、主の言葉を伝えた預言者が、ティシュベ人エリヤであることを悟ります(8節)。

 「毛衣を着て」は、「毛深い人」とも訳せる言葉で、「バアル・セーアール」と記されています。「バアル・セーアール」と言われるエリヤが、「バアル・ゼブーブ」と戦うという語呂合わせが、ここにあります。

 語呂合わせと言えば、この後のところにもあります。「神の人」(イーシュ・エロヒーム)に降りて来いというと、「神の火」(エーシュ・エロヒーム)が降って来たという語呂合わせです(12節)。

 アハズヤは、50人隊の長をその部隊と共に遣わして、エリヤに山から降りて来なさいと命じます(9節)。すると、天から火が降って来て、隊長と50人の部下を焼き尽くしました(10節)。同じことが二度ありましたが(11節以下)、アハズヤは、懲りずに三度目も同様に行います(13節)。

 三度目に派遣された部隊長はエリヤに命乞いし、それに対して、神はエリヤに、使者たちに同行することを許します(15節)。そこでエリヤは立ち上がり、アハズヤのところに降りて行って、主からアハズヤの使者に告げよと命じられた言葉(3節)をもう一度、今度はアハズヤに対して語り(16節)、その言葉どおりにアハズヤは死にました(17節)。

 ここで、主はアハズヤに対して、何度も悔い改めのチャンスを与えておられたのだと思います。彼の父アハブは、エリヤから厳しい裁きの言葉を聞いたとき、悔い改めて御前に謙ったので、罰を免れたことがありました(王上21章27節以下)。それを知らないアハズヤではなかったでしょう。

 しかしながら、アハズヤは謙るどころか、エリヤに軍隊を送って自分に従わせようとしたのです。自分が遣わした軍隊に二度、天から火が降っても、その態度を改めようとはしませんでした。

 三度目の時、神がアハズヤのもとに赴くことを許されたのは、神が50人隊の隊長やその部下たちの命を憐れまれたということもあると思いますが、悔い改めないアハズヤに対して、最後通告をするためだったわけです。アハズヤ自身が、五十人隊の長のように主の御前に命乞いし、悔い改めていれば、全く違った結果になったことでしょう。

 主なる神は、ご自身を否む者には、その罪を子孫に三代、四代も問われますが、主を愛し、その戒めを守る者には、幾千代にも及ぶ慈しみをお与えくださると、十戒の中で語っておられます(出エジプト20章5,6節)。

 異教の神バアルの像を造って拝み、主を否むアハブの罪を息子アハズヤにも問われ、残念なことに、アハズヤはそれに答え損なってしまったわけです。だから、父アハブに語られていた、「見よ、わたしはあなたに災いを下し、あなたの子孫を除き去る」という呪いの言葉が、実現することになってしまったのです(王上21章21節以下)。

 アハズヤには子がなく、彼の弟ヨラムが王位を継ぐことになりました(17節)。 アハズヤはユダの王ヨシャファトの治世第17年にサマリアで即位し、2年間イスラエルを治めたと列王記上22章52節に記されています。そして、彼が死に、代わってその子ヨラムが王となったのは、ユダの王、ヨシャファトの子ヨラムの治世第2年のことです(17節)。

 ヨシャファトはエルサレムで25年王位にあったので(列王記上22章42節)、その治世17年に即位し、代が変わってその子ヨラムの治世第2年にアハズヤが死んだとなると、少なくとも9年は王位にないと、計算が合いません。9年間王位になりながら、イスラエルを治めたのが2年とはどういうことでしょう。

 そのことについて、3章1節に「ユダの王ヨシャファトの治世第18年に、アハブの子ヨラムがサマリアでイスラエルの王となり」とあり、ヨラムはアハズヤの治世2年目に、病気になったアハズヤと共にイスラエルを共同統治することになり、ヨシャファトの子ヨラムの治世第2年にアハズヤが死んで、アハブの子ヨラムが正式にイスラエルの王となったということでしょう。

 いたずらに主を悲しませないよう、主の御前に謙って日毎に主の御言葉に耳を傾け主の御業に励む者とならせていただきましょう。そのため、心を一新し、主が望まれるままに自分を造り変えていただきましょう。

 主よ、あなたは深い憐れみのゆえに、御子キリストの十字架の死によって私たちの罪を贖い、神の子として生きる道を開いてくださいました。それは、まったく一方的に与えられた主の恵みです。その恵みに感謝し、常に主の御名をほめ讃えます。常に私たちを聖霊に満たし、福音宣教の使命を全うさせてください。 アーメン






静岡教会公式サイト更新

静岡教会の公式サイトを更新しました。

①「礼拝説教」に5月20日主日礼拝の礼拝プログラムを掲載しました。今回、説教動画を撮ることが出来ませんでした。ご了承ください。

②「今週の報告」を更新しました。

③「お知らせ」は随時更新しています。

④「今日の御言葉」は毎日更新しています。



御覧ください。

5月21日(月) 列王記上22章

「イスラエルの王は、約四百人の預言者を招集し、『わたしはラモト・ギレアドに行って戦いを挑むべきか、それとも控えるべきか』と問うた。彼らは、『攻め上って下さい。主は、王の手にこれをお渡しになります』と答えた。」 列王記上22章6節

 ユダの王ヨシャファトがアハブ王を訪ねて来たとき、アハブが家臣に(2節)、ラモト・ギレアドをアラムの手から奪い返そうと言い(3節)、ヨシャファトに「わたしと共に行って、ラモト・ギレアドと戦っていただけませんか」(4節)と、援軍を要請します。

 それを聞いたヨシャファトは、「わたしはあなたと一体」と、すぐに承諾します(4節)。歴代誌下18章1節に「アハブとも姻戚関係を結んだ」とありますから、アハブから嫁を貰っていたのでしょうか。詳細は不明ですが、北イスラエルと南ユダの間には、友好関係が成立していたわけです。

 ただ、ラモト・ギレアドに攻め上るにあたり、ヨシャファトはアハブに、先ず主の託宣を求めるようにと要求します(5節)。そこで、冒頭の言葉(6節)のとおり、アハブは預言者400人を集め、託宣を求めます。彼らは王に、「攻め上ってください。主は、王の手にこれらをお渡しになります」と答えました。

 ヨシャファトはしかし、「このほかに我々が尋ねることのできる主の預言者はいないのですか」(7節)とアハブに尋ねます。なぜそう思ったのかはよく分かりません。ただ、ヨシャファトは、どこか400人の預言者の言葉に満足できず、真実な主の御言葉を聞きたいと考えたのでしょう。

 アハブはヨシャファトに、「もう一人、主の御旨を尋ねることのできる者がいます。しかし、彼はわたしに好運を預言することがなく、災いばかり預言するのでわたしは彼を憎んでいます。イムラの子ミカヤという者です」(8節)と答えました。しかし、ヨシャファトは「王よ、そのように言ってはなりません」(8節)と諫めました。

 そこで、預言者ミカヤが呼ばれます(9節)。王に幸運を告げてくださいと求める使いの者に(13節)、ミカヤは「主は生きておられる。主がわたしに言われることをわたしは告げる」(14節)と答えました。預言者として、それは当然の姿勢です。

 そうして、アハブのもとに来たミカヤは「攻め上って勝利を得てください」(15節)と言います。主がそう語れとミカヤに告げられたのでしょうけれども、語った内容はしかし、真実ではありませんでした。

 アハブが、「何度誓わせたら、お前は主の名によって真実だけをわたしに告げるようになるのか」(16節)と念を押すと、「イスラエル人が皆、羊飼いのいない羊のように山々に散っているのをわたしは見ました」(17節)と告げます。それは、アハブがこの戦いで命を落とすということで、アハブがアラム軍に戦いを挑んで命を落とすよう、最初は偽って預言したということになります。

 アハブはヨシャファトに、言った通り、災いしか告げないだろうと確認を求めると(18節)、ミカヤは続けて、主がお見せになった幻を明らかにしました。それは、アハブをラモト・ギレアドで倒すために偽りを語らせる霊によって、アハブのすべての預言者たちが唆されているというものです(19節以下)。

 ここでミカヤは、「彼のすべての預言者」(22節)、「あなたのすべての預言者」(23節)と言います。それは、アハブが呼び寄せた400人もの預言者が皆、主の言葉を告げる主の預言者ではなく、アハブにとって心地のよい幸運ばかりを告げる、「御用預言者」だということです。

 アハブはミカヤを、自分に幸運を告げないと言いますが(8,18節)、神が幸運を告げられれば幸運を、災いをくだすと言われれば災いを語るのが、真の預言者というものです。どんなに王が喜ぶからといって、幸運しか告げないというのであれば(13節)、それは確かに、「御用預言者」と言わざるを得ません。

 それでは、王の気分をよくする以上の効果を期待することは出来ません。今回は、主が王に災いを下そうとしていて、王は銃口が自分に向けられているとも知らず、預言者たちに唆されて引き金を引いてしまうのです。

 ミカヤの言葉を聞いた御用預言者の一人ツィドキヤがミカヤの頬を殴り、「主の霊はどのようにわたしを離れ去って、お前に語ったというのか」(24節)と言いました。確かに、彼自身には偽りの霊に唆されているという自覚はなかったのかも知れません。むしろ、主に導かれて、真実を告げていると考えていたのでしょう。だから、ミカヤの言葉に腹を立てたのです。

 ツィドキヤの振る舞いに、今、400人の言葉に従って出陣すべきだと,アハブはいよいよ確信したことでしょう。それが、アハブを惑わそうとする主の御計画でした(19節以下、エゼキエル書14章6節以下、9節参照)。 

 アハブは、先ず主に問うべきでした。真実を語る主の預言者に耳を傾け、謙って御言葉に忠実に従うべきだったのです。そうしないので、ミカヤは主の命令に従って、アハブに災いを告げざるを得ないのです。とはいえ、主なる神はアハブを滅ぼしてしまいたいと思っておられるわけではありません。

 前に、エリヤの告げた裁きの言葉を聞いて、「衣を裂き、粗布をまとって断食した」(21章27節)ときのように、ミカヤの告げた災いの預言を聞いて謙り、あらためてまことの主に聴き従おうとするなら、今回も、神は彼にくだそうとしていた災いを思い返されたことでしょう(同29節)。

 アハブはしかし、悔い改めて主の御前に謙る代わりに、預言者ミカヤを捕らえて獄につなぎ(26節)、「わたしが無事に帰って来るまで、わずかな食べ物とわずかな飲み物しか与えるな」(27節)と命じます。

 「わずかな食べ物とわずかな飲み物」とは、「苦悩のパンと苦悩の水」という言葉です。岩波訳はそのように訳し、脚注に「ごくわずかな食べ物と水での意」と記しています。空腹と渇きを癒すことが出来ないという意味でしょうか。原語を素直に読めば、味にも問題がありそうです。そのうえで、帰還後にミカヤを処罰するつもりだったのでしょう。

 アハブは、ヨシャファトを伴ってラモト・ギレアドに攻め上ります(29節)。そのときアハブは、ヨシャファトがイスラエルの王であるかのように偽装して、戦場に赴きました(30節)。70人訳は「御自分の」(30節)が「わたし(アハブ)の」(ムー)という言葉になっています。まさにヨシャファトをイスラエルの王に仕立てるという表現です。

 それは、アハブの内に、ミカヤの預言に対する不安があったということでしょう。一方、ヨシャファトはミカヤの告げた主の言葉をどう聴いたのでしょう。それに真剣に耳を傾けていれば、戦いに臨むことはなかったのではないでしょうか。何のためにミカヤを呼んで、主の託宣を伺ったのか、意味が分かりません。

 結局、当初の予定通りヨシャファトはアハブと共に戦いに臨んだため、彼の身代わりに命を落とすところでした(32節)。戦車隊の長たちに攻めかかられましたが、主に助けを求めて叫んだので、すんでのところで戦死を免れたのです(33節)。

 変装して戦いに出たアハブは(30節)、しかし、それによって運命を変えることは出来ません。流れ弾とでもいうような、何気なく引かれた弓によって深手を負ってしまい(34節)、帰らぬ人となりました(35節)。

 アハブに主の災いが臨むと告げた預言者ミカヤの言葉、そして、そのために彼が見た幻が、確かに真実なものであったということが、ここに証明されたのです。かくて、偽りの羊飼いが主によって退けられました。

 私たちにとって、まことのよい羊飼いは、主イエスのほかにはおられません(ヨハネ10章11節)。よい羊飼いは、羊のために命を捨てられます。それは、羊が命を受けるため、それも豊かに受けるためです(同10章10節)。

 主の与え尽くす愛のうちにとどまり、主の豊かな命に生かされ、委ねられている主の使命を全うしましょう。

 主よ、あなたの御愛に感謝いたします。私たちの心が、主の愛と恵みとで絶えず満ち溢れますように。すべての民が主の御声に耳を傾け、平安のうちに一人の羊飼いに導かれる一つの群れとなることが出来ますように。御国を来たらせてください。御心がこの地になされますように。 アーメン




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