風の向くまま

新共同訳聖書ヨハネによる福音書3章8節より。いつも、聖霊の風を受けて爽やかに進んでいきたい。

12月16日(日)主日礼拝案内

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12月2日(日)から24日(月)まで、イエス・キリストの降誕、そして再臨を待ち望むアドベント(待降節)です。

12月16日(日・アドベント第三主日)は、教会学校小学科、少年少女科(中学生~18歳)を9時半から、成人科(18歳以上)を9時45分から行います。

「聖書教育」誌にもとづいて、新約聖書・マタイ福音書から、共に聖書の学びと交わりを行います。


主日礼拝を10時半から行います。

礼拝では、プレ・クリスマスとして士師記17章6~13節より、「飼い葉桶のイエス」と題して、原田牧師より説教をいただきます。

写真をクリックすると静岡教会公式サイトの礼拝説教の頁が開きます。
そこで、当日の礼拝プログラムを見ることができます。

キリスト教の集会は初めてという方もお気軽にご参加ください。


礼拝後、信徒会を行います。

信徒会後、昼食会(有料・自由参加)を行います。

昼食会後は各会例会です。




12月14日(金) 詩編42編

「涸れた谷に鹿が水を求めるように、神よ、わたしの魂はあなたを求める。」 詩編42編2節

 42編から、詩編の第2巻(42~72編)が始まります。

 42編について、新共同訳は「42(-43)」と記しています。6,12節と43編5節が全く同じ言葉で、詩のリフレインの形になっていること、思想や内容に関連があること、43編には表題がないことなどから、本来は一つの詩だったのでしょう。それが、祭儀上で何らかの理由で、2回目のリフレインを歌ったところで二つに分けて使用されることになったのでしょう。

 42編は、エルサレムから離れたところに追放され、その地からエルサレムの神の宮にいます主を慕って嘆く歌です。バビロンに捕囚とされた民の中に、この詩の作者がいたと考えてもよいかも知れません。

 冒頭の言葉(2節)を、口語訳では「神よ、鹿が谷川を慕いあえぐように、わが魂もあなたを慕いあえぐ」と訳しています。以前は、鹿が谷川の水を飲みに山の斜面を下って来て、せせらぎで喉を潤し、一声啼いてまだ山の茂みに姿を隠すといった情景を思い浮かべておりました。

 けれども、新共同訳の「涸れた谷」という訳語から、谷底に降りて来て水を飲もうとしても、そこには水がない、そこで、何とか水を見つけようとして必死になるというような状態ではないかと思うようになりました。岩波訳は「川床」と訳し、脚注に「乾期に干上がった川床」と記しています。

 84編7節に「嘆きの谷を通るときも、そこを泉とするでしょう」とあります。「嘆きの谷」を岩波訳は「バーカーの谷底」と訳して、「『バーカー』は神殿への途上にある涸れ谷(ワーディ)の名か。『ベケー』と読むと『嘆き』(七十人訳等。エズラ10章1節)になる。・・その位置は不詳」という注を付けています。

 あるべきところに、あるはずのものがないとなると、どんなに失望することでしょう。落胆することでしょうか。巡礼者が水を求めて谷底に降ってみると、涸れた谷で水を見つけられず、そこを「嘆きの谷」と呼んだのかなあと想像します。

 しかし、重い足を引きずって、来た道を戻るというようなことではないでしょう。水を得ないまま、帰るわけにはいきません。川床を足で掘ってみるでしょう。あるいは、水を求めてさらに川床を移動するでしょう。なんとしてでも水を見つけて渇きを癒さなければ、命にかかわるのです。

 その一途さ、必死さを眺めながら、詩人は自分のことを思うのです。鹿が水なしには生きられないように、そのために必死に水を探し求めるように、自分も、神の助けなしに明日を迎えることは出来ない、兎にも角にも主なる神の御顔を慕い求めるという思いになっているのです。

 3節に「神に、命の神に、わたしの魂は渇く」とあります。原文は「渇く」(ツァーメー)、「わたしの魂」(ナフシー)、「神に」(レー・エロヒーム)、「命の神に」(レ・エル・ハイ:「生ける神に」の意)で、長く神を慕い求めて、魂が渇いてしまっているという状況です。

 だから、「いつ」(マータイ)、「来るだろう」(アーボー)、「そして、見るだろう」(ヴ・エーラーエ)、「神の顔を」(プネー・エロヒーム)と、諦めにも似たつぶやきが、口をついて出ています。 

 詩人を取り巻いている環境、その現実は厳しいものです。周りの人から、始終「お前の神はどこにいる」(4節)と尋ねられます。それは、詩人を心配しての言葉でしょうか。それとも、嘲りの言葉でしょうか。11節にも「お前の神はどこにいる」という言葉があり、詩人を苦しめる者が「絶え間なく嘲って言う」と告げられています。

 いずれにせよ、苦しみの中にいて神を求めているのですが、なかなか助けが得られない、神がその祈りに答えてくださらないという状況でしょう。都を離れ、神殿に詣でることが出来ないようになっているのを、神から遠ざけられたかのように考えているのかも知れません。

 というのも、以前は「喜び歌い感謝を献げる声の中を、祭りに集う人の群れと共に進み、神の家に入り、ひれ伏」(5節)すことが出来たのです。巡礼者と共に連れ立って、エルサレムの城門をくぐり、まっすぐ神殿の中庭にやって来たときの歓喜、感謝に溢れる思いをしたのは、いつのことでしょう。 

 詩人は、「お前の神はどこにいる」と問われて、本当に辛い思いになっているのではないでしょうか。本当は、「ほらここに、神はわたしと一緒におられる」と答えたいのに、現実はむしろ、自分の方が、私の神はどこにおられるのかと問わざるを得ない状況に閉じ込められているからです。だから、昼も夜も絶え間なく涙がこぼれ(4節)、魂はうなだれるのです(6,7節)。

 しかし、詩人はなおも神を尋ね求めます。涸れた谷で水を求める鹿のように、諦めずに神の御顔を待ち望みます(6,12節)。そこにしか、詩人の救いはないからです。詩人は、主が詩人の呼びかけに応え、み顔を向けてくださるところに、一縷の望みを抱いているのです。

 だから、「御顔こそ、わたしの救い」(イェシュオート・パーナーウ:「彼の顔の救い」の意)と告白するのです。「告白」(ヤーダー)は、「感謝、賛美」という意味もあります。口語訳、新改訳は「ほめたたえる」と訳しています。主が必ず詩人の求めに答えてくださるという信仰の表現です。

 主イエスは、「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる」(マタイ福音書7章7節)と語られ、「あなたがたの父は、求める者に良い物をくださるにちがいない」(同11節)と仰いました。

 また、「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる」(ヨハネ福音書7章37,38節)と約束しておられます。

 慈愛に満ちた父、慰めを豊かにくださる神を信じましょう。神は、あらゆる苦難に際して私たちを慰めてくださいます(第二コリント書1章3,4節)。神は、忍耐と慰めの源であり(ローマ書15章5節)、また、希望の源です(同13節)。平和の源とも言われます(同33節)。

 主イエスを信じ、主にあって、忍耐と慰め、希望、平安を満たしていただきましょう。

 希望の源なる神様、信仰によって得られるあらゆる喜びと平和で私たちを満たし、聖霊の力によって、希望に満ち溢れさせてください。平和の源なる神様、あなたが常に私たちと共にいて、恐れと不安から解放してくださいますように。将来に希望を見出せないでいる人々を顧み、救いのみ顔を仰ぐことが出来るようにしてください。御国が来ますように。 アーメン



12月13日(木) 詩編41編

「いかに幸いなことでしょう、弱いものに思いやりのある人は。災いのふりかかるとき、主はその人を逃れさせてくださいます。」 詩編41編2節

 この詩で、詩編の第一巻(1~41編)が終了します。そのためかどうか分かりませんが、この詩は第1編と同じように、「いかに幸いなことか」(アシュレー)という言葉で始まっています。あるいは、同じ言葉で始まっているので、巻末に配置されることになったのかも知れません。

 14節の「主をたたえよ、イスラエルの神を、世々とこしえに。アーメン、アーメン」という言葉は、巻末を示す編集句です(72,89,106編参照)。「たたえる」(バーラク)は「祝福する」という言葉で、幸いを授けてくださるイスラエルの主なる神に祝福を返す言葉になっています。

 冒頭の「弱いもの」(ダル)には、「低い、貧しい、卑しい、寄る辺がない」という意味もあります。七十人訳(ギリシャ語訳旧約聖書)では、「貧しい」という意味の二つの言葉(プトーコス、ペネース)が併置されています。弱く貧しいもの、つまり助けを必要としているものということになります。

 「思いやりがある」(マスキール)は、「思慮深い、熟慮する、賢くなる」という言葉です。14編2節では「目覚めた人」と訳されています。32編の表題に「マスキール」と記されていて、岩波訳はこれを「教訓詩」と訳しています。もともと、学ぶという意味があるのでしょう。相手のことを学ぶ、理解するということから、思い遣るという言葉にもなったわけです。

 これらの言葉の意味から言えば、助けを必要とする弱い人、低くされている人々を思い遣る人こそ、賢い者であるということになり、そのような人の幸いが語られているわけです。

 弱く貧しいものに思い遣りを示す人の幸いについて、主イエスが山上の説教の中で、「心の貧しい人々は、幸いである。天の国はその人たちのものである」(マタイ福音書5章3節)、「憐れみ深い人々は幸いである。その人たちは憐れみを受ける」(同7節)と教えておられます。

 主イエスは、神の身分でありながら、自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました(フィリピ書2章6,7節)。それは、私たちを豊かにするためであり(第二コリント書8章9節)、また、私たちの弱さを思い遣ることが出来るようになるためでした(ヘブライ書4章15節など)。

 詩人は、自分自身をふくむこの詩の読者を「弱いもの」として、また、主なる神を真に「弱いものに思いやりのある人」として、ここに記しているようです。ですから、5節以下で、「主よ、憐れんでください」と求めているのです。

 勿論、弱いものが自分を救ってくださる神を、「いかに幸いなことでしょう」といって祝福するというのは、どう考えても、あり得ないことです。これは、寄る辺のない者に目をとめ、寄り添い、立ち上がらせてくださる主なる神の御業に倣い、弱いものを思い遣り、守る主の僕が登場することを促す教育的な発言でしょう。

 詩人の苦しみの原因は、4節によれば「病」であり、5節で「あなたに罪を犯したわたしを癒やしてください」と求めているところから、罪を犯した報いとして、病を患っていると考えているようです。

 それだけでなく、6節には「敵」という存在も登場してきます。「早く死んでその名も消え失せるがよい」というのは、その敵が詩人の罪を告発しているということなのでしょう。しかも敵は、10節の「わたしの信頼していた仲間、わたしのパンを食べる者が、威張ってわたしを足げにします」という言葉から、詩人の友人だった人物であることが分かります。

 実は、ヨハネ福音書13章18節にこの言葉が引用されて、イスカリオテのユダの裏切りが予告されました。「わたしに逆らった」とは「わたしに向かって彼のかかとを上げる」という言葉です。つまり、ヨハネ福音書において主イエスは、この言葉をご自分の受難の預言であると教えられたわけです。

 主イエスは、罪を犯されませんでしたが(ヘブライ書4章15節)、私たちの罪の身代わりに、十字架に死なれました(同9章28節)。「呪いに取りつかれて床に就いた。二度と起き上がれまい」(9節)とは、実にキリストを十字架につけた者の背後で糸を引いたサタンの心根を表しているでしょう。

 けれども、神は主イエスを陰府から引き上げ、三日目に甦らせられました(使徒言行録2章31,32節)。それは、11節以下の詩人の祈りが神に聞き届けられた結果であると考えることも出来ます。だから、「主をたたえよ、イスラエルの神を、世々とこしえに。アーメン、アーメン」(14節)と、主をたたえているわけです。

 この詩に示されているように、主イエスの贖いの死と復活を通して、私たち主イエスを信じる者は誰でも、神との関係が回復され、神の御前に神の子として立つことが許されたのです。そして、神は決して私たちを離れず、私たちを捨てない、と約束していてくださいます(ヘブライ書13章5節)。

 主イエスを通して賛美のいけにえ、すなわち御名をたたえる唇の実を、絶えず神にささげましょう(同13章15節)。主の祝福に与り、神に喜ばれるいけにえとしての「善い行いと施し」を忘れないようにしましょう(同16節)。

 主よ、今年も日本の各地に自然大規模災害が発生しました。主の憐れみによって神の子とされ、その恵みに与っている者として、被災された方々のことを思い遣り、愛し合うことを学ばせてください。あなたの恵みと慈しみとが絶えず豊かにありますように。 アーメン



静岡教会公式サイト更新

静岡教会の公式サイトを更新しました。

①「礼拝説教」に12月9日(日)主日礼拝プログラムと説教動画を掲載しました。

②「今週の報告」を更新しました。

③「お知らせ」は随時更新しています。

④「今日の御言葉」は毎日更新しています。


御覧ください。



今日12月12日は、「バッテリーの日」です。
日本蓄電池工業会(現在の電池工業会)が1985年に「カーバッテリーの日」を制定。1991年に「バッテリーの日」と名称を変更しました。

野球のバッテリーの守備位置が数字で1,2と表されることから、この日が選ばれました。

この日同会では、セ・パ両リーグから最優秀バッテリー1組ずつを選考し表彰しています。因みに、今年の最優秀賞は、パ・リーグは西武・多和田真三郎投手と森友哉捕手、セ・リーグは広島・大瀬良大地投手―会沢翼捕手が受賞しました。いずれもリーグ優勝を果たしたチームのバッテリーで、4人とも初受賞とフレッシュな顔ぶれです。それぞれ賞金100万円が贈られました。


また、今日は1995年に日本漢字能力検定協会(漢検)が制定した「漢字の日」です。
これは「いい(1)じ(2)いち(1)じ(2)」(いい字一字)の語呂合せによるものです。

毎年、その年の世相を象徴する「今年を表現する漢字」を全国から募集し、この日に京都の清水寺で発表されます。
今年の世相漢字として選ばれたのは「災」でした。
自然災害の多発のほか、人災も様々あったことがこの字が選ばれた要因だということです。
2位は「平」、3位は「終」。
平成天皇の退位、平成の終わりを迎えてのことだそうです。

皆様にとってこの一年はどのようなものだったでしょうか。
それがどのようなものでも、メリークリスマス。
クリスマスを迎えて、すべてが喜びに、そして平和になりますように。





12月12日(水) 詩編40編

「主にのみ、わたしは望みをおいていた。主は耳を傾けて、叫びを聞いてくださった。」 詩編40編2節

 40編は、11節までが神の救いに対する感謝、12節以下が神の救いを求める祈りとなっています。14~18節は、70編2~6節に非常によく似ており、15節以下は、35編にも似た言葉遣いがありました。そのようなことで、この詩は、ある儀式に合わせるために、色々な詩句を組み合わせたものではないかと考えられています。

 けれども、詩人の過去の恵みの経験が今の苦しみに耐える力を与え、これまでも神があらゆる苦難、災いから救い出してくださったのだから、これからも救い出してくださるに違いないという信仰によって、先ず感謝をささげた後、今直面している苦難からの救いを求める祈りをささげているものと考えるべきではないでしょうか。

 冒頭の言葉(2節)に「主にのみ、わたしは望みをおいていた」と記されています。ヘブライ語原文では「待つ、希望する、待望する」(カーヴァー)という言葉が二つ重ねて用いられており、「待ちに待つ、望みに望む」という強調した表現になっています。

 それで口語訳は「わたしは耐え忍んで待ち望んだ」、新改訳は「私は切なる思いで主を待ち望んだ」、岩波訳は直訳調に「待ちに待ち望んだ」と訳しています。「主を待ち望む」という思いについて、25編3節、27編14節、39編8節、52編11節、69編7節、130編5節などにも告げられています。

 祈りの答えを、詩人は忍耐をもって待ち望んだ、待ちに待った、その答えがついに与えられた、神は確かに私の祈りを聞いてくださった、そういう思いでしょう。そこから、私はひたすら主の救いを待った、他のものには全く目もくれなかったということで、新共同訳は、「主にのみ、わたしは望みをおいていた」という訳語を選んだのでしょう。

 詩人がただひたすら神の助けを待ち望んでいたのは、神が「滅びの穴、泥沼からわたしを引き上げ、わたしの足を岩の上に立たせ、しっかりと歩ませ」(3節)てくださるという恵みを、詩人は繰り返し経験することが出来たからです。「滅びの穴、泥沼」とは、陰府という死の世界を示す表現です。つまり、瀕死の苦難からすくい上げられたということです。

 表題に「ダビデの詩」とありますが、ダビデの生涯を振り返ると、羊を飼っていた少年時代、獅子や熊の牙と爪から守られたこと、そしてペリシテの勇士ゴリアトの剣から守られ(サムエル記上17章)、サウルの戦士となって諸外国の敵の手から守られたこと(同18章)、特にダビデを妬み、執拗に命を付け狙うサウル王の手から守られたこと(同24章、26章など)が思い出されます。

 また、18節には「わたしは貧しく身を屈めています」とあります。これは、詩人が自分の手には何もない、拠って立つものがないということ、つまりそれは、神の憐れみなしには生きられないということを示しています。神が祈りに答えてくださらなければ、彼は生きることが出来ないのです。

 ダビデは、イスラエルの人口を数えようとして、神の怒りを買ったことがあります(サムエル記上24章)。神は疫病を送られ、瞬く間に7万人が死にました。ダビデは預言者ガドの言葉に従い、エブス人アラウナの麦打ち場に祭壇を築いていけにえを献げます。それで疫病がやみました(同18節以下、25節。歴代誌上21章も参照)。

 ダビデが人口を数えさせたのは、軍事目的でした(サム上24章9節、歴代上21章6節)。ここに、イスラエルの民は王の持ち物などではないこと、だから、数を頼んでおのが力、誇りとすることは許されず、主なる神のみを畏れ敬い、依り頼むべきことを、厳しく教えられたのです。

 やがて、ダビデが祭壇を築き、いけにえを献げたところに、息子ソロモンが神のために、壮麗な神殿を建てました(歴代誌下3章1節)。

 その場所について、「エルサレムのモリヤ山」と記されていますが、「モリヤ」は、この箇所のほか、創世記22章2節にしか出て来ません。そこは、アブラハムの子イサクを献げるようにと命じられたところです。今日、エルサレムには、イスラム教の神殿、岩のドームがありますが、それは、イサクを献げようとした岩の祭壇を取り囲むように建てられています。

 詩人は7節で「あなたはいけにえも、穀物の供え物も望まず、焼き尽くす供え物も罪の代償の供え物も求めず、ただ、わたしの耳を開いてくださいました」と語っています。神が本当に望んでおられるのは、いけにえや供え物などではなく、神を信頼して、その御言葉に耳を傾けること、御心を悟ることだったというのです。

 創世記32章に、ヤコブがハランの地から多くの財産を携えて帰郷してきたとき、ヤボクの渡しで神の使いと一晩中格闘したという記事があります。そのときヤコブは、「祝福してくださるまでは離しません」と神の使いに言います(同37節)。ヤコブは欲しいものを手に入れるためには手段を選ばないという人物でした。そのために、かえって恵みを失うようなこともありました。

 ここで、ヤコブの願いに答えて神の使いが彼に与えたのは、「イスラエル」という新しい名前と、腿を傷めて足を引きずって歩くようになったことです(同29,32,33節)。ヤコブとは「かかと、陰謀を巡らす者、乗っ取る者」を意味し、一方イスラエルとは「神が支配したもう、神が守りたもう」という意味です。ヤコブは神から新しい力、恵みをいただきました。

 ですから、自分の力で戦うことはないのです。足を傷めたので、押しのける力、蹴飛ばす力はもうありません。ですから、神に依り頼むしかないのです。神の守り、神の支配に信頼する、これが、ヤコブ=イスラエルに与えられた祝福なのです。そして神は、兄エサウの心を全く作り替えておられました。平和裏に再会を果たすことが出来たのです(同33章)。

 私たちも、主の恵みに感謝しつつ御言葉に耳を傾け、御心を行うことを望み、その教えを胸に刻み、広く主の福音を告げ知らせましょう。主に信頼し、どんなときにも感謝を込めて祈りと願いを献げ、主の平安をもって心を守っていただきましょう。

 天のお父様、ヤコブが、ダビデが主にのみ信頼して救いの恵みに与ったように、私たちも信仰により、その御言葉に聞き従い、御心を行う者となることが出来ますように。私たちの耳がいつも開かれていますように。主の恵みと導きが豊かにありますように。 アーメン





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