風の向くまま

新共同訳聖書ヨハネによる福音書3章8節より。いつも、聖霊の風を受けて爽やかに進んでいきたい。

8月18日(日)主日礼拝案内

02

8月18日(日)は、教会学校小学科(小学生)、少年少女科(中学生~18歳)を9時半から、成人科(18歳以上)を9時45分から行います。
教会学校は、「聖書教育」誌にもとづいて、旧約聖書・創世記(ヨセフ物語)から、共に聖書の学びと交わりを行います。


主日礼拝を10時半から行います。

礼拝では、新約聖書・ルカ福音書22章31~38節より、「主の苦しみ」と題して、原田牧師より説教をいただきます。


写真をクリックすると静岡教会公式サイトの礼拝説教の頁が開きます。
そこで、当日の礼拝プログラムを見ることができます。

礼拝の中で、洋光台教会少年少女有志の皆さんが特別に賛美を歌ってくださることになっています。


キリスト教の集会は初めてという方もお気軽にご参加ください。


礼拝後、洋光台教会の方々を交え、昼食会(有料・自由参加)を行います。


昼食会後、各会例会を行います。




8月18日(日) エレミヤ書22章

「主はこう言われる。正義と恵みの業を行い、搾取されている者を虐げる者の手から救え。寄留の外国人、孤児、寡婦を苦しめ、虐げてはならない。またこの地で、無実の人の血を流してはならない。」 エレミヤ書22章3節

 これは、ユダの王の宮殿で語られた預言者エレミヤの言葉です(1節)。ユダの王とは、誰と特定されてはいません。注解者は多く、これはヨヤキム王に向けて語られた預言と考えているようですが、すべての王が聞くべき主の御言葉と考えてよいのでしょう。同様の言葉は、21章11,12節にも記されていました。

 冒頭の言葉(3節)で主が「正義と恵みの業を行い、搾取されている者を虐げる者の手から救え」と言われています。「正義」は「ミシュパート(「裁き、公正」の意)」、「恵みの業」は「ツェダカー(「義、正義、正しさ」の意)」という言葉です。口語訳は「公平と正義」、新改訳は「公義と正義」、岩波訳、聖書協会共同訳は「公正と正義」と訳しています。

 「ツェダカー」でいう正しさとは、倫理道徳的な振る舞いの正しさというより、他者との正しい関係のことを表しています。主なる神との関係が正しくされるのは主の恵みによるということで、新共同訳は「恵みの業」と訳しているわけです。

 搾取されている弱い立場の者として、「寄留の外国人、孤児、寡婦」が挙げられます。申命記10章18節に「(主は)孤児と寡婦の権利を守り、寄留者を愛して食物と衣服を与えられる」とありました。ここに、「権利」と訳されている言葉が「ミシュパート」です。社会的な弱者の権利を守ることが、主なる神の望まれる「公正」な社会なのです。

 そして主なる神は、「もし、あなたたちがこの言葉を熱心に行うならば、ダビデの王位に座る王たちは、車や馬に乗って、この宮殿の門から入ることができる、王も家臣も民も。しかし、もしこれらの言葉に聞き従わないならば、わたしは自らに誓って言う、と主なる神は言われる。この宮殿は必ず廃墟となる」(4,5節)と告げられます。

 この後、3人の王たちに対する言葉が告げられます。即ち、10,11節に「ヨシヤの子シャルム」(列王記下23章30節以下ではヨアハズ)、13~19節に「ヨシヤの子ヨヤキム」(列王記下23章34節以下参照)、そして、24節以下に「ヨヤキムの子コンヤ」(列王記下24章8節以下ではヨヤキン)に対する言葉があります。

 いずれも、厳しい裁きの言葉です。彼らが冒頭の言葉で命じられているところを熱心に守り行わなかったわけです。列王記の記事によれば、3人とも、「先祖たちが行ったように、主の目に悪とされることをことごとく行った」(列王記下23章32,37節、24章9節)と言われています。

 シャルム(=ヨアハズ)とヨヤキムの父ヨシヤは、エジプトの王ネコとの戦いで戦死しました(同23章29節)。そこで、ヨシヤの子シャルムが王となりますが(同30節)、3ヵ月後にファラオ・ネコによって退位させられ、代わってエルヤキム改めヨヤキムが即位します。一方、シャルムは、エジプトに連れて行かれ、そこで死にました(11,12節、列王記下23章34節)。

 列王記下23章35節に「ヨヤキムはファラオに銀と金を差し出したが、ファラオの要求に従って銀を差し出すためには、国に税を課さなければならなかった」とあることから、あるいは、ヨヤキムがファラオに金銀を差し出して、それによって王位を手に入れたのではないかとも考えられます。

 その上、「恵みの業を行わず自分の宮殿を、正義を行わずに高殿を立て、同胞をただで働かせ、賃金を払わない」(13節)と語られています。つまり、自分の王宮を建てるために民を徴用したのですが、預言者はここで、同胞をまるで奴隷のように扱ったと、王を糾弾しているわけです。

 そのような悪事のために、彼の死を悼む者はなく、遺体はエルサレム門外へ投げ捨てられると言われます(18,19節)。ただ、列王記下24章6節には、「ヨヤキムは先祖と共に眠りにつき、その子ヨヤキン(=コンヤ)が代わって王となった」とあり、この表現は、ヨヤキムは自然死で、王墓に葬られたということを示します。

 エレミヤの預言が文字通り実行されたとすれば、それは恐らく、エルサレムがバビロンの手に落ちたとき、王墓が荒らされて、ヨヤキムの亡骸が投げ捨てられたということなのでしょう。

 その子ヨヤキン(=コンヤ)は、即位3ヶ月でエルサレムを包囲したバビロン軍に投降し、捕囚となります(第一次バビロン捕囚:紀元前597年、24節以下、列王記下24章10節以下)。

 ここにその記述はありませんが、ヨヤキン(=コンヤ)がバビロンに連れて行かれた後、代わって王とされたのは、マタンヤ改めゼデキヤです(列王記下24章17節)。彼は、ヨヤキンの甥ということですから、ヨシヤの子で、ヨヤキンの父ヨヤキムやヨアハズ(シャルム)と兄弟ということになります。

 そして、主の目に悪とされることをことごとく行い続けている王たちとユダの民に対して主は憤られ、その御前から捨て去られる事態となり、ゼデキヤがバビロンに反旗を翻します(同20節)。そのために、攻め寄せたバビロン軍によってエルサレムは陥落、都は徹底的に破壊され、ゼデキヤを初め多くの者が捕囚となります(同25章1~21節)。 

 こうして、「もしこれらの言葉に聞き従わないならば、わたしは自らに誓って言う、と主なる神は言われる。この宮殿は必ず廃墟となる」(5節)と語られた主の言葉が実現することになりました。あらためて、「わたしは、わたしの言葉を成し遂げようと見張っている」(1章12節)と告げられた主の言葉を思い起こします。

 しかし、憐れみに富む神は、切り倒したダビデの家から、御子イエスを生まれさせられました。その王宮は家畜小屋、揺り籠は飼い葉桶でした。そして、十字架の死によって、新しい契約を結ばれます。この正義と恵みの業により、主イエスを信じるすべての人々が永遠の御国の門をくぐることが出来るようになったのです。ハレルヤ!

 この恵みを無駄にせず、すべての人々がその恵みに与り、信仰によって神の公正と正義を豊かに味わうことが出来るよう、聖霊に満たされ、力を受けて、主の証人として用いていただきましょう。絶えず主の御言葉に耳を傾け、託されている主の御業に励む者となりましょう。

 主よ、あなたに背く罪を犯したのは、王だけではありません。その家臣も民もそうです。そして私たちも。けれども、計り知れない御愛により、罪赦され、永遠の命に与り、天に国籍を持つ神の子とされました。今、主イエスを心の王座に迎え、その御言葉に従います。聖霊に満たし、宣教の業に励む者としてください。御名が崇められますように。御心が行われますように。 アーメン




8月17日(土) エレミヤ書21章

「あなたはこの民に向かって言うがよい。主はこう言われる。見よ、わたしはお前たちの前に命の道と死の道を置く。この都にとどまる者は、戦いと飢饉と疫病によって死ぬ。この都を出て包囲しているカルデヤ人に、降伏する者は生き残り、命だけは助かる。」 エレミヤ書21章8,9節

 ゼデキヤ王が、マルキヤの子パシュフルとマアセヤの子、祭司ゼファニヤを預言者エレミヤのもとに遣わし(1節)、「どうか、わたしたちのために主に伺ってください。バビロンの王ネブカドレツァルがわたしたちを攻めようとしています。主はこれまでのように驚くべき御業を、わたしたちにもしてくださるかもしれません。そうすれば彼は引き上げるでしょう」(2節)と言わせています。

 ここに言われる「マルキヤの子パシュフル」は、20章1節の「主の神殿の最高監督者である祭司、イメルの子パシュフル」とは別人です。マルキヤの子パシュフルは、ゼデキヤ王に仕える役人でした。彼は後に、他の役人たちと共にゼデキヤにエレミヤを処刑するよう進言しています(38章1,4節)。

 また「ゼデキヤ」は、第一次バビロン捕囚(紀元前597年)で捕囚となったヨヤキン王の叔父で本名をマタンヤと言います。ヨヤキンに代わり、バビロンの王ネブカドレツァルによって王位につけられ、ゼデキヤと名を改めさせられました(列王記下24章17節)。所謂、バビロンによる傀儡政治が行われることになったわけです。

 ところが、やがてゼデキヤはバビロンに反旗を翻します(同20節)。それは、重い税負担のためと、エジプトの援軍に期待してのことでした。しかし、列王記の記者は、「エルサレムとユダは主の怒りによってこのような事態になり、ついにその御前から捨て去られることになった」(同20節)と、その理由を説明しています。

 イスラエル軍は、エルサレムを包囲したバビロン軍の攻撃によく耐えて戦いましたが(同25章1,2節)、兵糧がつきて(同3節)都の一角が破られて(同4節)、ゼデキヤは捕えられ(同6節)、町は焼かれ(同9節)、民は捕囚とされました(同11節)。これが、第二次バビロン捕囚(紀元前587年)です。

 ということは、ゼデキヤ王がエレミヤに使いを送ったのは、エルサレム陥落直前の、エジプトが頼りにならず、万策尽きたときだったということではないでしょうか。そこで、溺れる者は藁をも掴む、苦しいときの神頼みとばかり、預言者エレミヤを頼み、主に縋ろうとしたのです。

 それは、ヒゼキヤの代に、アッシリア軍がエルサレムを囲んだとき、イザヤに執り成しを頼むと、主なる神がヒゼキヤの願いを聞いてくださり、アッシリア軍は壊滅したという出来事の再現を求めているかのようです(列王記下19章参照)。

 しかしながら、主は既にユダを断罪して「疫病に定められた者は、疫病に、剣に定められた者は、剣に、飢えに定められた者は、飢えに、捕囚に定められた者は、捕囚に」(15章2節)と判決が言い渡されています。だから「たとえモーセとサムエルが執り成そうとしても、わたしはこの民を顧みない。わたしの前から彼らを追い出しなさい」(同1節)とさえ語られていました。

 それを確認するかのように、冒頭の言葉(8,9節)のとおり、主はエレミヤに「あなたはこの民に向かって言うがよい。主はこう言われる。見よ、わたしはお前たちの前に命の道と死の道を置く。この都にとどまる者は、戦いと飢饉と疫病によって死ぬ。この都を出て包囲しているカルデヤ人に、降伏する者は生き残り、命だけは助かる」と言われました。

 15章2節の言葉と語順は異なるものの、エルサレムを襲う災いは同じです。つまり、主なる神はゼデキヤ王の苦しいときの神頼みを突っぱねられたのです。主がエルサレムの民の前に置かれた二つの道、バビロンに降伏するという命の道と、エルサレムに留まって戦いと飢饉と疫病によって死ぬ道、この二者択一は、どちらを選んでも「幸い」とは程遠いものがあります。

 エレミヤは、バビロンによってエルサレムの都が剣で打たれ、火で焼き払われてしまうことが、主なる神の御心と信じており、それゆえ、バビロンに降伏し、捕囚とされることこそが、生き残る唯一の道と考えているのです。

 バビロンに行けば、何とかなるということではありません。そうすることが、悔い改めて主に立ち帰り、御心に従って歩むことであり、それによって、命の恵みに与らせて頂く道が開かれるということです。そう信じるからこそ、このように語っているのです。

 言うまでもなく、バビロン行きが幸せを約束してくれるわけではありません。捕囚の生活が安楽であるわけがありません。それは、彼らの背きの結果だからです。だから、火事場で焼け出された人のようにというのは、語弊があるかも知れませんが(第一コリント書3章15節参照)、まさに、命だけは助かるという状況です。

 その苦境の中で、もう一度主なる神を信じ、その御言葉に聴き従うことが求められます。そのように、試練を通して謙遜を学び、主の力強い御手の下で自分を低くすれば、キリストの日に、高めて頂くことが出来ます(第一ペトロ書5章6節)。

 日々主の御言葉に耳を傾けましょう。御心を弁えてそれを実行する者となれるよう、聖霊の導きを祈り求めましょう。

 天のお父様、主イエスと共にその軛を負い、キリストの柔和と謙遜を学ばせてください。そうして、主にある平安と喜びを得させてください。いつも目覚めて信仰にしっかり立ち、悪しきものの誘惑に陥ることがありませんように。主の口から語られる言葉で生きる者としてください。栄光と誉れが世々限りなく神にありますように。 アーメン





8月16日(金) エレミヤ書20章

「主よ、あなたがわたしを惑わし、わたしは惑わされて、あなたに捕えられました。あなたの勝ちです。わたしは一日中、笑い者にされ、人が皆、わたしを嘲ります。」 エレミヤ書20章7節

 預言者エレミヤが、主の神殿の最高監督者の祭司パシュフルによって鞭打たれ、拘留されました(2節)。それは、トフェトばかりでなく神殿の庭でも、エルサレムとそれに属するすべての町々に災いが下されると告げたからです(19章10節以下、15節)。パシュフルは、神殿警護のため、主の霊によって語る預言者をも監督する権限を有していたわけです(29章26節も参照)。

 それに対してエレミヤは、「主はお前の名をパシュフルではなく、『恐怖が四方から迫る』と呼ばれる。主はこう言われる。見よ、わたしはお前を『恐怖』に引き渡す。お前も、お前の親しい者も皆。彼らは敵の剣に倒れ、お前は自分の目でそれを見る。わたしはユダの人をことごとく、バビロンの王の手に渡す」(3,4節)と語ります。

 エレミヤ書で「バビロンの王」への言及は、ここが初めてです。神殿の秩序維持のために権力を行使するパシュフルに対し、主なる神の御言葉に耳を傾けないエルサレムの町は破壊され、パシュフルら宗教指導者たちのみならず、ユダの人々がバビロンの捕囚となるというのです。 

 本来、主なる神がその御名をおき、民のための執り成しの祈りが捧げられる神殿、そして、神の御言葉が説かれるべき場所で、真の神を知り、その御言葉に耳を傾けることが出来ないという状況が、そこにあります。だから、エレミヤは、王や祭司、預言者たちを糾弾する言葉を語らざるを得ないのです。

 それは、神殿でなされていることが、真の神を信じる信仰を妨げるものになってしまっているからです。主がパシュフルを「恐怖が四方から迫る(マーゴール・ミッサービーブ)」に改名されるというのは、何らかの語呂合わせがあるのではないかと思われますが、よく分かりません。パシュフルの存在、その務めが、エルサレムの脅威、恐れを引き起こすものとなっているわけです。

 パシュフルがエレミヤを鞭打ち、拘留したのは、エレミヤに預言することをやめさせるため、屈辱を味わわせようとしてのことです。それは勿論、エレミヤが望んでいることではありません。エレミヤの望みは、彼が語る預言を民が受け入れて、悔い改めることです。

 しかしながら、そういう結果を見ることが出来ません。むしろ、エレミヤが主の預言を民に告げれば告げるほど、民はますます頑なになっていくようです。冒頭の言葉(7節)の通り、語れば語るほど民に嘲られ、罵られ、苦しめられるのです。

 「あなたがわたしを惑わし、わたしは惑わされて」という言葉から、あるいは、自分は主なる神に欺かれているのではないか、御用預言者を偽物だと糾弾している自分が、もしかすると偽物なのではないかと疑う思いが窺えます。 

 10節には「わたしには聞こえています、多くの人の非難が。『恐怖が四方から迫る』と彼らは言う。『共に彼を弾劾しよう』と。わたしの味方だった者も皆、わたしがつまずくのを待ち構えている」とあります。

 パシュフルに向けて語った言葉が、多くの人々からエレミヤに向かって投げ返されています。つまり、イスラエルの民は、まさにエレミヤこそ偽りの預言者と考え、主の呪いはむしろエレミヤの上に臨むと考えているわけです。

 そのような民の反応を受けて、エレミヤは、もう主の預言を語り告げるのはよそう、彼らに主の御言葉を伝えても無駄になるだけだと考えるようになります。9節に「主の名を口にすまい、もうその名によって語るまい」という言葉が記されています。

 「口にすまい」、「語るまい」というところに用いられているのは、いずれも未完了形の動詞です。つまり、エレミヤはこれまで何度も、もう口にすまい、語ることはやめようと考えたのです。民の拒絶に合う度にその思いは強まって、ここまで来たのです。

 それなのに、黙っていられません。語るまいと思うエレミヤを、その都度主がせっつき、語らずにはおれなくするのです。だから、「主の言葉は、わたしの心の中、骨の中に閉じ込められて、火のように燃え上がります」(9節)というのです。

 「わたしの負けです」は、7節の「あなたの勝ちです」を受けて語られているのですが、用いられているのは、「ヤーコール」(「出来る、耐える、獲得する、勝利する」の意)という同じ動詞です。あなたは出来る、わたしは出来ない、あなたは勝利する、わたしは勝利しないといった言葉遣いです。

 語るまいという思いと、語らざるを得ないという思いの板挟みにあって、預言者エレミヤは、「呪われよ、わたしの生まれた日は。母がわたしを産んだ日は祝福されてはならない」(14節)と語ります。

 この言葉は、ヨブ記3章3節以下の言葉を思い起こさせます。このような事態に陥って、エレミヤは、これでは死んだ方がましだと考えたのでしょう。だからといって、自殺を考えているわけではありません。消極的ながら、自分の思いもすべて、神に委ねているのです。

 M.ルターが若い頃、「わたしには説教者は務まりません。三ヶ月以内に死ぬでしょう」と言ったところ、先輩のシュタウピッツ教授が「君がそれで死ぬというなら、死んだ方がよかろう。ただ、神に対する務めを忠実に行い、生き死にも神の御手に委ねるべきである」と忠告しました。それ以来、務めに忠実に歩み、あの偉大な宗教改革を成し遂げる者となったということです。

 エレミヤも、このような経験から、自らに絶望することによって、もう一度主なる神に従い、御言葉の務めに生きる道を見出したのでしょう。それが、「あなたの勝ちです」(7節)、「わたしの負けです」(9節)という言葉になったのです。

 日ごとに主の御言葉に耳を傾けながら、自分に委ねられている主の使命に、喜びと感謝をもって忠実に仕えて参りましょう。

 主よ、あなたとあなたの御言葉を信頼し、その導きに従います。どうか弱い私たち、不信仰な私たちを憐れんでください。喜びと感謝をもって信仰に歩むことが出来ますように。信仰の創始者であり、完成者である主を常に仰ぎ見て、自分に定められている競争を忍耐強く走り抜かせてください。 アーメン




8月15日(木) エレミヤ書19章

「それゆえ、見よ、と主は言われる。このところがもはやトフェトとか、ベン・ヒノムの谷とか呼ばれることなく、殺戮の谷と呼ばれる日が来る。」  エレミヤ書19章6節

 新共同訳聖書は、19章1節から20章6節までの段落に、「砕かれた壺」という小見出しを付けています。

 1~3節に、「行って、陶工の壺を買い、民の長老と、長老格の祭司を幾人か連れて、陶片の門を出たところにある、ベン・ヒノムの谷へ出て行き、そこでわたしがあなたに語る言葉を呼ばわって、言うがよい」と主がエレミヤに告げられました。

 これは、以前行われた「麻の帯」を用いた預言(13章1~11節)や「妻をめとらない」ということで示す預言(16章1~13節)などと同じく、象徴的な行為で主なる神の御言葉を告げる「行動預言」と呼ばれるものです。

 「壺」はヘブライ語で「バクブーク」といいますが、壺の中のものを注ぎ出すときの「ドクドク、ゴボゴボ」といった擬声音が器の名となったようです。

 「陶片の門」は聖書中、ほかに言及がなく、どこにあったのか不明です。ネヘミヤ2章13節などに言われる「糞の門」と同じではないかと考える学者も多いと、岩波訳の脚注に記されています。「陶片の門」という名がついたのは、門の近くに「陶工の家」(18章1節)があり、陶片が捨てられる場所がその側にあったからだろうと想像されます。

 冒頭の言葉(6節)で、「トフェト」とは「燃やす」という言葉と関連して、暖炉とか火の祭壇という意味に解釈されます。7章31節に「彼らはベン・ヒノムの谷にトフェトの聖なる高台を築いて息子、娘を火で焼いた」と記されていました。

 このことについて、列王記下23章10節に「(ヨシヤ)王はベン・ヒノムの谷にあるトフェトを汚し、誰もモレクのために自分の息子、娘に火の中を通らせることのないようにした」という記事があります。モレクとは、ヘブライ語の「王」(メレク)に「恥ずべきもの」(ボシェト)の母音をつけて発音したもので、「恥ずべき王」という意味であろうと思われます。

 列王記上11章7節に「アンモン人の憎むべき神モレク」とあり、モレクがアンモンの国家神であることを示しています。同11章33節には「アンモン人の神ミルコム」と記されています。この「ミルコム」というのが本来の呼び名なのでしょう。イザヤ章57章9節に「メレク神」とあり、イスラエルの人々は「メレク」と呼んでいたのではないでしょうか。 

 「息子たちを火で焼く」とは、最も高価な犠牲を捧げて、神に自分たちの祈りを是非とも聞き届けて欲しいと願う行為です。特にそれは、危機的な状況からの救いを求めるようなときに行われます。いわゆる「人身御供」の一形態ということです。

 列王記下3章27節に「そこで彼(モアブ王)は、自分に代わって王となるはずの長男を連れて来て、城壁の上で焼き尽くすいけにえとしてささげた」とありました。モアブの神ケモシュへの人身御供が「イスラエルに対する激しい怒り」となって、イスラエル軍が撤退することになり、モアブ王は危機を脱することが出来ました。

 しかるに主なる神は、「自分の子を一人たりとも火の中を通らせてモレク神にささげ、あなたの神の名を汚してはならない」(レビ記18章21節)と、律法で明確に禁止しておられます。ゆえに、それを行う行為は子ども殺しにすぎず、まさにそこは、冒頭の言葉のとおり、「殺戮の谷」と言わざるを得ないところになっているというわけです。

 そのような場所が、エルサレム神殿のすぐ傍らにあるというのは、実に驚きです。これは、ごく一部の人が、そのような主に背く行為をしていたというのではなく、王がそれを禁止しなければ止められない、否むしろ王自らそれを行っていたというほどの影響力を持っていたわけです(列王記下16章3節、17章17節、21章6節)。

 それは逆に、まことの神を信じる信仰が失われて来ていることを、如実に表していると言えます。そこで、神はエレミヤに壺を買わせ(1節)、それをベン・ヒノムの谷まで持って行かせ(2節)、そして共に連れて行った民の長老や、長老格の祭司たちの前でその壷を砕かせました(10節)。

 そして、「陶工の作った物は、一度砕いたなら元に戻すことができない。それほどに、わたしはこの民とこの都を砕く。人々は葬る場所がないのでトフェトに葬る。わたしはこのようにこのところとその住民とに対して行う、と主は言われる。そしてこの都をトフェトのようにする。エルサレムの家々、ユダの王たちの家々は、トフェトのように汚れたものとなる」(11節以下)と言わせました。

 ベン・ヒノムの谷は、エルサレムの都の南にあるヒノムの谷のことで(ネヘミヤ記11章30節)、東の端がケデロンの谷に接しています。ヒノムの谷をヘブライ語で「ゲー・ヒノム」と言います。

 マタイ5章22節に「火の地獄」という言葉があります。新改訳は「燃えるゲヘナ」と訳しています。新共同訳聖書は「ゲヘナ」を「地獄」と訳しているのですが、この「ゲヘナ」は、ヘブライ語の「ゲー・ヒノム」のギリシア語音写なのです。

 ヨシヤ王の宗教改革で、ベン・ヒノムの谷にあるトフェトが汚されました(列王記下23章10節)。それは、その場所で二度と息子・娘を燃やして献げる儀式を行うことが出来ないように、そこを町の廃棄物や罪人の遺体の焼却場にされたということです。そうしたことから、「ゲヘナ」が永遠の刑罰を受ける場所を表すようになりました。

 12節に「この都をトフェトのようにする」とあります。エルサレムの都がトフェトのようになるとは、トフェトのある場所がヒノムの谷、ゲヘナなのですから、エルサレムの都がゲヘナになるということです。神がご自身の名を置かれた永遠の都エルサレムが、永遠の刑罰が降る地獄となるというのです。それが、人間の罪なのだと思います。

 人間は、神聖なものを汚します。そして、清めることは出来ません。最も神聖なもの、それは神の御名です。主の祈りにおいて「御名を崇めさせたまえ」と祈りますが(マタイ6章9節)、原語は「あなた(主)の名が清められますように、聖なるものとされますように」という言葉です。清めれらるように、ということは、御名が汚されているということです。

 誰がどのようにして、主の御名を汚したのでしょうか。それは、私たちの不従順、不信仰です。だから「御名が清められるように」と祈るのです。それでは、誰が清めるのですか。それは、御名を汚した私たちに出来ることではありません。主ご自身が清められるのです。だからこそ、天の父なる神にそう祈り願っているのです。

 神はご自分の御名をどのようにして清められるのでしょうか。それは、神の御子イエス・キリストが私たちのすべての罪の呪いをご自身の身に受け、血を流されることによってです。それによって、私たちは罪赦され、神の子どもとされ、永遠の御国に本籍を持つ者として受け入れられるのです。だから、神を「わたしたちの父」と呼ばせていただくことが出来るのです。

 慈しみ深く憐れみ豊かな主に信頼し、謙虚に主の御言葉を受け入れ、喜びと感謝をもってその導きに従いましょう。

 主よ、私たちの傲慢と不信仰の罪をお赦しください。御名が清められますように。御国が来ますように。うなじを柔らかくし、主の御言葉に聞き従わせてください。私たちを試みに遭わせず、悪しきものからもお救いください。力も御国も栄光も、すべてあなたのものだからです。 アーメン


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