風の向くまま

新共同訳聖書ヨハネによる福音書3章8節より。いつも、聖霊の風を受けて爽やかに進んでいきたい。

6月21日(木) 歴代誌上6章

「神の箱が安置されたとき以来、ダビデによって主の神殿で詠唱の任務につけられた者は次のとおりである。」 歴代誌上6章16節

 5章27節以下に、レビの子孫のうち、ケハト族アムラムの子アロンの家に属する大祭司の系譜が記されていました。6章1節以下には、レビ一族の残りの氏族の系図が記されています。縦の系図が横に広げられたという印象です。

 レビ族の3氏族(ゲルション、ケハト、メラリ)から、レビ人として祭司を補佐する人の系図が、5節以下に記されています。そして冒頭の言葉(16節)のとおり、ダビデによって、神殿の詠唱者とされた人々の系図が記されています。そのときにはまだ神殿はなく、臨在の幕屋の前でその任務に就きました(17節)。

 臨在の幕屋がエルサレムに設置され、幕屋とその内に置かれていた祭具を持ち運ぶ役割が不用になった人々が、詠唱者として立てられることになったかたちです。系図を確認すれば、各氏族の長男がレビ人となり、次男が詠唱者となっています。

 ケハト族だけは大祭司を出した氏族なので、長男のアミナダブの家系がレビ人(7節)、大祭司となったアロンとその子孫が連なるアムラムが次男(5章27,28節)、そして三男のイツハルの家系が詠唱者となったようです(18節以下、20節)。但し、3節のケハトの子らとは子らの名が一致しません。詳細は不明で、どう考えて良いのか分かりません。

 ところで、レビは、イスラエル=ヤコブの12人の子らの中で特に宗教的な人物だったわけではありません。むしろ、シメオンと共に、妹ディナのことで腹を立て、シケムのハモルの家のものを剣で殺し、町中を略奪するという暴力を振るう人物でした(創世記34章)。

 父ヤコブがシメオンとレビについて、「彼らの剣は暴力の道具」(創世記49章5節)といい、「彼らをヤコブの間に分け、イスラエルの間に散らす」 (同7節)という呪いの言葉を遺しています。そのとおり、彼らは約束の地に嗣業の地を得ることが出来ませんでした。父に呪われた人物が、主に仕える者となり、さらに神殿において賛美をささげる者とされたのです。

 詩編22編4節に「だがあなたは、聖所にいまし、イスラエルの賛美を受ける方」とあります。原文を直訳すると「イスラエルの賛美に座すあなたは聖なる方」(ヴェ・アッター・カードーシュ・ヨーシェーブ・テヒロート・イスラエール)です。賛美するイスラエルの上に聖なる主が臨まれるということです。新共同訳を活かせば、賛美のあるところを主が聖所となさるということになります。

 ソロモンが神殿を奉献し、主を賛美したとき、主の栄光が神殿に満ちたというのも(歴代誌下5章13,14節)、主が賛美をお受けくださる方、賛美されるところにおいでくださるお方であることを示しています。

 彼らの歌声は主への賛美として、幕屋に臨在しておられる神の前に響き、また、神の幕屋の周りにいるイスラエルの民の耳にも届きます。賛美されるべき神と賛美すべき神の民イスラエルの人々が、詠唱者の賛美によって結ばれるのです。神の祝福を受けた者は神を賛美します。恵みを味わっている者は神に感謝します。

 主イエスは、十字架で死なれた後(ルカ23章44節以下)、三日目に甦り(24章1節以下)、たびたびお姿を弟子たちに顕わされた後(使徒言行録1章3節)、天に昇られました(ルカ24章50節以下、使徒言行録1章9節)。

 その際、主イエスは弟子たちを祝福しながら、天に昇って行かれたのです(ルカ24章51節)。祝福を受けた弟子たちは、絶えず神殿の境内にいて、神をほめたたえていました(同53節)。

 「祝福しながら」(新共同訳)、「祝福しておられるうちに」(口語訳)ということは、主イエスの祝福は終わっていないということでしょう。今も、主イエスの祝福に与ることが出来るということです。だから、弟子たちは絶えずその恵みを味わい、神殿で主をほめたたえていたのです。

 ここで、「祝福する」という言葉と「ほめたたえる」という言葉は、原語では同じ言葉(ユーロゲオウ)です。つまり、賛美は神に祝福を返すことであり、賛美を通して主イエスと弟子たちの間で祝福が循環しているわけです。祝福を受けて感謝し、主を賛美する者にさらに主の祝福が加えられます。

 弟子たちは、人間的には敬愛する主イエスを天に送った寂しさや悲しみがあったと思いますが、しかし、「絶えず神殿の境内にいて、神をほめたたえていた」とあることから、主イエスの祝福が弟子たちの心を満たしていて、その口から主を讃える賛美が溢れ出て、賛美を住まいとされる主が弟子たちに更なる祝福を注がれるのです。

 主イエスが神殿で民衆に教えておられるところへ、姦通の現場で捕らえられた女性が連れられてきたことがあります(ヨハネ8章1節以下)。女性を連れてきた人々は、姦通の罪を犯した者は、石で撃ち殺せという規定があり(同5節、レビ記20章10節)、それを実行すべきかどうかと尋ねます。

 主イエスが、かわいそうだから赦してやれと言えば、神の律法に背くのかといって主イエスを訴える口実を得ようと考え、律法に従って石で撃てと言えば、愛を説いていたのではないのかといって,主イエスの人気に水を差すつもりだったのでしょう。

 ところが、主イエスは、「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい」(ヨハネ8章7節)と言われました。民衆は主イエスの言葉に心さされ、誰も石を投げずにその場を立ち去りました(同9節)。誰も、その女性に石を投げる資格がなかったということです。

 そして、主イエスもこの女性の罪を赦され、放免されます。「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい」(同11節)という言葉に、その女性がどのように反応したのか、何も記されていませんが、どんなに感謝したでしょうか。それこそ主を賛美したことでしょう。そこは、神殿です。恵みが賛美を生み、賛美が恵みを新しくしたことでしょう。

 バビロン捕囚から帰還した民が都に集まり、祭司エズラに律法の朗読を求めました(ネヘミヤ記8章1節以下)。民は皆、朗読を聞いて泣きました(同9節)。心を強く動かされ、悔い改めの涙を流していたのです。

 しかし、総督ネヘミヤと祭司エズラは、「今日は、我らの主にささげられた聖なる日だ。悲しんではならない。主を喜び祝うことこそ、あなたたちの力の源である」と語ります(同10節)。

 ここに、神殿における礼拝に相応しい態度は、語り聞かせられる御言葉に対して喜びをもって応答することであると教えられます。主の力に与って喜び祝い、喜び祝うことでさらに力が与えられるのです。

 置かれている環境がどのようであっても、神の恵みが与えられていることを知れば、賛美出来ます。私たちに賛美を与えて下さるのは聖霊です(エフェソ5章18節以下)。聖霊に満たされて賛美に導かれ、賛美を通していよいよ深く主に満たしていただきましょう。

 主よ、ダビデがエルサレムに都を定め、神の箱をエルサレムに迎えて以来、詠唱者が主を賛美する務めを担いました。賛美こそ、恵みの主に応えるのに相応しいからです。いつも喜び、絶えず祈り、どんなことにも感謝する信仰を授けてください。いよいよ御名が崇められますように。 アーメン!





6月20日(水) 歴代誌上5章

「ルベンは長男であったが、父の寝床を汚したので、長子の権利を同じイスラエルの子ヨセフの子孫に譲らねばならなかった。」 歴代誌上5章1節

 5章には、ヨルダン川東岸ギレアド地方に嗣業の地を得た3部族(ルベン、ガド、マナセの半部族)の系図と、大祭司とされたアロンの子らの系図が記されています。

 冒頭の言葉(1節)の通り、父祖イスラエル(=ヤコブ)の長男ルベンは、ヨセフ、ベニヤミンの母ラケルの死後、その悲しみがまだ癒えない時期に、ラケルの仕え女で父ヤコブの側女ビルハと床を共にしました(創世記35章22節)。これは、父の家督の権を強奪する行為であり、家族の崩壊を意味します。

  それは、父ダビデを王宮から追い出した息子アブサロムが、アヒトフェルの指導に従って行ったのと同じです(サムエル記下16章21節以下)。また、アドニヤが父ダビデの仕え女シュネムの女アビシャグを妻にと願って、ソロモンに討たれたのも同じ理由です。このために、ルベンは長子の権利を失うことになりました(創世記49章4節)。

 ルベンからアッシリアに連れて行かれたベエラまで(6節)、500年以上になるはずですが、この系図はあまりに短すぎます。3節末のカルミと4節はじめのヨエルの間に、相当の省略があるということです。これも、長子の権利を失った部族だからなのでしょうか。

 そこで、ルベンに代わって長子の権利を得たのがヨセフの子孫です。そのことが2節にも記されて、強調されています。ヨセフは、12人兄弟の11番目ですが、イスラエルの愛した妻ラケルの長男です。イスラエルにとってもラケルにとっても、待望の男児でした。そのためにヨセフを溺愛したので、ヨセフは他の兄弟たちの妬みを買ってしまいます(創世記37章3~4節)。

 ヨセフも、父の依怙贔屓を傘に、自分の見た夢を兄たちに傲慢に語ります(同5節以下)。それで、彼は兄弟たちによってエジプトに奴隷として売られてしまいました(同12節以下)。

 ただ、売られた先のエジプトで、ヨセフは主人ポティファルに気に入られ、その家の管理を任される執事になります(同39章1節以下)。ところが、女主人に性的な誘惑を受けるのです(同7節以下)。それを毅然とはねのけた彼は、今度は女主人に訴えられ、無実の罪で牢に入れられます。人間万事塞翁が馬とは、このことでしょうか。

 しかし、そこでもヨセフは監守長に目をかけられるようになります(同21節以下)。ヨセフは奴隷となり、さらに投獄されるというどん底を経験しましたが、つぶやかず、不満を言わずにその運命に身を委ねています。それは、神が共におられることを知っていたからでしょう。

 女主人に言い寄られたときも、「わたしは、どうしてそのように大きな悪を働いて、神に罪を犯すことができましょう」と答えています(同9節)。このように、ヨセフは寝床を汚す罪を犯さなかったので、ルベンの長子の権を譲り受けることになったわけです。

 やがて、彼はその牢獄で出会った宮廷の役人の夢を解いたことがきっかけとなり、数年後にファラオが見た夢を見事に解くことが出来たので、獄屋を出ることが出来ただけでなく、引き立てられて、エジプト一国の管理を任される宰相となりました(同41章)。

 エジプトを大飢饉から救ったヨセフは、やがて、自分をエジプトに売った兄弟たちと感動的な和解をします(同45章)。ヨセフは兄弟たちに、「今は、わたしをここへ売ったことを悔やんだり、責め合ったりする必要はありません。命を救うために、神がわたしをあなたたちより先にお遣わしになったのです」(同5節)と告げました。

 そして、ヨセフはイスラエル一族を、なお飢饉の続くカナンの地からエジプト・ゴシェンの地に呼び寄せます(同46章)。ヨセフの父イスラエルは、ヨセフの子らを特別に祝福し(同48章)、12人の子どもたちに看取られてエジプトで天に召されます(同49章33節)。

 その後、エジプトを出て約束の地カナンに入るイスラエル12部族の中で、レビ族は主を嗣業として、神の幕屋に関わる務めを担うので、土地の分配を受けないことになります(民数記1章47節以下、17章27節以下、18章23,24節)。

 その代わりにヨセフの子孫が2つ分を受け、マナセ族、エフライム族として、それぞれ嗣業の土地を獲得します(民数記1章10節、ヨシュア記13章29節以下、同16,17章)。それは、ヨセフが長子権を有しているからです。長子は、他の兄弟たちの2倍の分け前を与えられることになっていたのです(申命記21章17節、列王記下2章9節参照)。

 主イエスは、その愛と憐れみのゆえに、本来その資格のない私たちに、ご自分を信じる信仰により、神の子となる特権をお与え下さいました(ヨハネ1章12節)。それは、主イエスと出会って罪赦され、救いの恵みに与らせて頂いたたことであり、さらに、聖霊を受けて力と愛に満たしていただくことです。

 ここに、御子の命と聖霊の力という二つの分が、私たちに与えられているのです。受けている恵みをいたずらにせず、御言葉に聴き従い、神の栄光を拝させていただきましょう。“主に感謝せよ、その憐れみはとわに絶えず。ハレルヤ!”

 主よ、私たちが神の子とされるために、どれほどの愛を賜ったことでしょう。どれだけ感謝しても、しすぎることはありません。私たちを聖霊で満たし、神の愛の証し人、主イエスの恵みの証人として用いてください。御心がこの地にもなされますように。そのために用いられる器としてくださいますように。 アーメン




6月19日(火) 歴代誌上4章

「ヤベツは兄弟たちの中で最も尊敬されていた。母は、『わたしは苦しんで産んだから』と言って、彼の名をヤベツと呼んだ。」 歴代誌上4章9節

 4章には、2章に記されていたものとは別の、もう一つのユダ族の系図が記されています。2節のショバルの子らの名前が2章52節と異なっていることで、ここに別の系図として記録されたのでしょう。

 3節で「エタムの父の子は」ということは、自分に戻って来るので、「兄弟は」で済ませられそうですが、原文は「エタムの父は」(アビー・エーターム)となっており(岩波訳参照)、一方70人訳は「エタムの子らは」(フイオイ・アイターム)という言葉遣いになっています(口語訳参照)。新共同訳、新改訳は双方を合体させた訳というわけです。

 ヘブライ語原文のとおりにエタムの父が3人もいるなどというのは、通常あり得ないことです。70人訳、口語訳のように受け取るべきでしょう。ただ、フルの三男ハレフの家系(2章51節)と考えて、「ベト・ガデルの父ハレフの子は次の通りである。イズレエル云々」とする注解者もいます。

 この系図の中に、ヤベツという人物にまつわる小さな物語が記されています(9,10節)。10節の「どうかわたしを祝福して、わたしの領土を広げ、御手がわたしと共にあって災いからわたしを守り、苦しみを遠ざけてください」という祈りは、それを祈ったヤベツの名をとって「ヤベツの祈り」と言われています。

 20年ほど前、ブルース・ウィルキンソンが、この祈りに関する小さい書籍を出版したところ、全米で短期間に一千万部を売り上げるという反響を生み、日本語でもそれが出版されました。その後、様々な牧師、伝道者が、ある人はメディアを通じて、この祈りについて語り、出版しました。

 「ヤベツの祈り」は、ユダの系図の中で紹介されていますが(4章1節以下)、ヤベツの父は誰なのか、また、彼の子どもは誰なのか、記されてはいません。ある方は、イスラエル人でさえないと結論しています。

 2章55節に「ヤベツ」という地名があり、そこには「セフェルの氏族」が住んでいたとされています。口語訳、新改訳、岩波訳は、「セフェル」を固有名詞ではなく一般名詞として「書記(たち)」と訳しています。岩波訳の脚注に「(ヤベツとは)盆地の意か」と記されています。地名との関連もあって、ユダの系図の中におかれているのでしょうか。

 いずれにしても、創世記において、アブラハムの前に姿を現したメルキゼデクのように(創世記14章18~20節)、ただ一度突然現れて、そして忽然と去りました。ともかく、9,10節に僅か数行コメントされただけで、この前にも後にも、全く登場して来ないのです。

 冒頭の言葉(9節)によれば、母親が「わたしは苦しんで(オーツェブ)産んだから」ということで、文字順を入れ替えて「ヤベツ」と名付けたそうです。どのような苦しみであるか、定かではありませんが、出産の苦しみは死ぬほどのものだと聞きます。だからといって、それを子どもに思い知らせるかのような名付けを行うだろうかと思います。

 確かに主なる神は、出産を苦しみとして人にお与えになりました(創世記3章16節)。けれども、苦しんで産んだ後、その子どもの顔を見ると、苦しみを忘れてしまうとも聞きます。主イエスもそのことを引いて、主イエスの受難、離別の悲しみが、喜びに変えられることを説かれました(ヨハネ16章21~22節)。

 ヤコブの愛妻ラケルが二人目の息子を出産するとき、それは大変な難産で、結局ラケルは命を落としてしまいます。ラケルはその子を「ベン・オニ(苦しみの子)」と名付けました。彼女はベツレヘムの傍らに葬られました(創世記35章16節以下)。ベツレヘムはユダ族のダビデの町です。

 しかし、ラケルの二人目の息子「ベン・オニ」は、父ヤコブから特別に愛されました。ヤコブは彼を「ベニヤミン(幸いの子)」と呼んでいます。「苦しみの子」ではかわいそうだという解釈もありますが、母ラケルは苦しみの果て命を落としたけれども、それによって幸いが与えられた、祝福が生み出されたのだと受け取ることも出来ます。

 ベニヤミンは兄弟でただ一人、イスラエルの地で生まれました。他の兄弟は、ヤコブの母ラケルの故郷、ハランの地で生まれたのです(創世記29章31節以下)。イスラエル最初の王がベニヤミン族から選ばれたことも(サムエル記上10章20節以下)、12部族の中で特別な地位を占めていることを示します。

 これは、ヤベツが兄弟たちの中で最も尊敬されていたという言葉にも、重なるところではないでしょうか。そして、ヤベツが最も尊敬されたのは、苦しみを乗り越えて祝福されたことでしょう。その祝福の背後には、「ヤベツの祈り」がありました。その祈りが聞かれて、ヤベツは祝福を受けたのです。

 しかし、その祈りはヤベツの祈りというよりも、ヤベツに与えられた祈り、教えられた祈りでしょう。ヤベツに祈りを教えたのは、母親ではないかと思います。

 そうしたことを考え合わせると、ヤベツの出産のときに、たとえば夫と死別するといった苦しみ、深い痛みを味わい、失意のどん底にいたけれども、そこで主に祈りを捧げて、神の助けに与り、無事に出産を終えることが出来たので、その恵み、主の計らいを忘れないために、あえて苦しみを意味する「ヤベツ」という名をつけたのかも知れません。

 そのとき、ヤベツの母を祈りに導いたのは、聖霊なる神でしょう。そして、聖霊がヤベツを祈りに導き、そして今これを読み、学んでいる私たちをも、祈りに導いてくださるのです。

 聖霊ご自身が、産みの苦しみを味わっている私たちのために言葉に表せない「呻き」(ステナグモス)をもって執り成してくださいます(ローマ8章22~23,26節)。言葉で表現できない深く強い苦しみの感情が、ここに「呻き」として表現されているわけです。

 因みに、ここに用いられている「ステナグモス」があと一度、使徒言行録7章34節に用いられて「嘆き」と訳されています。また、動詞形「ステナゾー」がローマ書8章23節で「(霊の初穂をいただいているわたしたちも)うめきながら」と訳され、福音書では一箇所マルコ7章34節で主イエスが「(天を仰いで)深く息をつき」と訳されています。

 父なる神は、どう祈るべきかを知らない弱い私たちのために呻きをもって執り成される聖霊の祈りに応えられます。神は,聖霊の思いが何であるかを知っておられるからです(ローマ8章27節)。だから、万事が益となるように共に働き、どんなマイナスもプラスにしてくださるのです(同8章28節)。

 これからも、ヤベツの祈りの心をもって進んで参りましょう。そして主の祝福に共に与らせていただきましょう。

 主よ、苦しみの中で生まれたヤベツは、祈りに導かれて、豊かな祝福に与りました。どんなときにも感謝をもって祈り、インマヌエルの主の恵みと平安に与らせてください。御心がこの地の上になされますように。その器として、私たちを用いてください。そして、御名が崇められますように。 アーメン!





静岡教会公式サイト更新

静岡教会の公式サイトを更新しました。

①「礼拝説教」に6月17日主日礼拝の礼拝プログラムと説教動画(YouTube)を掲載しました。

②「今週の報告」を更新しました。

③「お知らせ」は随時更新しています。

④「今日の御言葉」は毎日更新しています。



御覧ください。




6月18日(月) 歴再誌上3章

「ペダヤの子はゼルバベル、シムイ。ゼルバベルの子は、メシュラム、ハナンヤ、彼らの姉妹シェロミト。」 歴代誌上3章19節

 3章1節から16節までに、ダビデからエコンヤまで19代、およそ400年のダビデ王朝を紡いだ王の名が記されています。それは、サムエル記、列王記に記されているものと若干違いがあります。例えば、サムエル記下3章3節でダビデの次男はキルアブとなっています。また、ヨシヤのあとを継いだのはヨアハズですが(列王記下23章30節以下)、その名がありません。

 また、ヨヤキムの子は列王記下24章5節以下でヨヤキンとされています。また、列王記にヨヤキンの子らの名は出て来ません。ところで、16節に「その(エコンヤの)子はゼデキヤである」と言いますが、17節以下の「捕虜となったエコンヤの子は」以下、列挙されている子らにゼデキヤがいないのはどうしてでしょうか。理由は不明です。

 エコンヤの後に、伯父のゼデキヤ(ヨシヤの3男。本来はマタンヤ、列王記下24章17節以下)が、ダビデ王朝最後の王として王座に着きました。紀元前587年にエルサレムが陥落してゼデキヤがバビロン軍に捕らえられ(同25章6節)、王朝の幕が閉じられました。

 17節以下は、捕囚となったエコンヤの子ら12代の系図です。16節までの系図と遭わせて、ダビデから31代の子らの名前によって、ダビデ王朝時代、バビロン捕囚からペルシア帝国末期時代までを描いて見せているのです。

 エコンヤは18歳で王となり、3ヶ月エルサレムでユダを治め(列王記下24章8節)、捕囚となりました(同15節)。何時結婚したのか不明ですが、17,18節に7人の子の名が記されているので、捕囚の地で生まれた子もあったということでしょう。獄中で家庭生活を営むのは難しかったでしょうから、獄を出されてから子をなしたのでしょう(同25章17節以下)。

 冒頭の言葉(19節)の中に、「ゼルバベル」の名を見つけました。ゼルバベルは、バビロン捕囚から解放されてエルサレムに戻って来た民の指導者です(エズラ記2章2節、3章2節)。

 「ゼルバベル」とは、「バビロンの種」という意味です。ゼカリヤ書3章8節に「わたしは今や、若枝であるわが僕を来させる」と記されていますが、これは、ダビデの子孫を思わせる表現であり、ゼルバベルを指しているものと考えられます。

 ただ、ゼルバベルは、歴代誌ではペダヤの子とされているのに対し(19節)、エズラ記などではシェアルティエルの子となっています(マタイ福音書1章12節も)。シェアルティエルは、第一次捕囚でバビロンに連れて行かれたエコンヤ王の長男(17節)、ペダヤはエコンヤの三男(18節)です。

 このことについて、シェアルティエルが子をなさないまま亡くなったので、レビラート婚の規定により(申命記25章5節以下)、ペダヤがシェアルティエルの妻を迎えて子をもうけ、長男ゼルバベルをシェアルティエルの子どもとしたというように考えられています。

 19,20節に記されたゼルバベルの子らの名について、旧約聖書には、この箇所以外に記されてはいません。新約聖書において、マタイではアビウド(マタイ1章13節)、ルカはレサ(ルカ4章27節)の名を上げておりますが、いずれも、旧約聖書には出て来ない名前です。つまり、それぞれが全く違った名を記していて、いずれが正確なのか確証することは不可能です。 

 ところで、ダビデ王直系の子孫ということで、ゼルバベルがイスラエルの民の指導者、ユダヤの総督になったのであれば、それはゼルバベルの指導力もさることながら、ダビデとの契約をなお重んじておられる主の導きだということです。

 ゼルバベルの祖父エコンヤは(17節)、主の目に悪を行い、エルサレムに攻めてきたバビロンの王ネブカドネツァルに投降して捕囚とされたわけですが(列王記下24章8節以下)、後にエビル・メロダク王の憐れみを受けて獄を出され、王と食事を共にする恵みを得ました(列王記下25章27節以下)。

 また、バビロンにいた王たちの中で最も高い位がエコンヤに与えられたということがあって、その孫ゼルバベルがユダの総督とされることに、異を唱えることが出来る者はいなかったのであろうと思われます。

 しかも、ゼカリヤ書4章6節に「これがゼルバベルに向けられた主の言葉である。武力によらず、権力によらず、ただわが霊によって、と万軍の主は言われる」と記されているように、ゼルバベルを立てたのは主なる神ご自身であり、主の霊によって、神に委ねられた使命を果たすことが出来るというのです。

 このゼカリヤの言葉や、ハガイ書2章2節以下に記されている預言を見ると、神殿再建工事がサマリヤ等の妨害で中断させられ(エズラ記4章)、帰還した民は物心両面で貧困の日々を過ごさざるを得なかったので、ゼルバベルの指導に疑義を抱いたり、軽視する者たちが少なからずいたのではないかとも思われます。

 そうした中で、ゼルバベルは祭司イエシュアたちと共に立ち上がり、エルサレムの神殿を再建することが出来ました(エズラ3章以下6章14節)。預言者ハガイやゼカリヤの預言と援助、励ましがなければ、適わなかったかも知れません(エズラ5章1~2節、ハガイ書、ゼカリヤ書)。

 元に戻って、19節以下には、ゼルバベルから数えて11代目までの子孫の名前があります。それが、歴代誌の著者が名を確認できた時代、即ちペルシア帝国末期の紀元前350年頃までのダビデの子孫です。

 当時の人々がどのような生活を送っていたのか、詳らかではありませんが、主が預言者イザヤを通して告げられたとおり(イザヤ11章1節以下)、いったんはバビロン捕囚によって切り倒されたように思われたダビデの家系が、切り株から新たな芽を伸ばし、しっかり実を結ぶことが出来るよう、主の恵みで守られていたのです。

 この系図を書き記した歴代誌の著者の心には、バビロン捕囚以降ずっと苦難続きではありますが、ダビデの家系をこのように守り続けておられる主の恵みに対する感謝と喜びがあったのではないでしょうか。

 38年の長患いの男を安息日にお癒しになった主イエスが「わたしの父は今もなお働いておられる。だから、わたしも働くのだ」とお語りになりました(ヨハネ5章17節)。父なる神が恵みによって選びの民を守り支えて来られたように、御子イエスもこの世においでになって、主を信じる人々を永遠の主の安息に招き入れてくださったのです。

 そして今や、私たちもその恵みに与らせていただいています。日々主の恵みに感謝して御言葉に耳を傾け、その導きに誠実に応えるものでありたいと思います。

 主よ、私たちがあなたの召しに与ったのは、私たちの能力などの故ではなく、ただ主の霊によって御業が成し遂げられるためです。召しに忠実に歩むことが出来るように、御前に謙り、日々御言葉と御霊の導きに常に与らせてください。主の恵みと導きが常に豊かにありますように。 アーメン






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